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日記ロワイアルコミュの続・探偵彼女

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 僕の彼女は天然だ。

 僕の彼女はフワフワしている。

 僕の彼女は雨女なのに傘をよく無くす。

 僕の彼女はスクラッチを上手く削れない。

 僕の彼女は蚊を退治できたことが無い。

 僕の彼女はスナック菓子の袋が開けられず、それでも無理して開けようとするから大概中身を飛び散らかす。

 僕の彼女は……時にとんでもない観察眼と卓越した推理力を発揮する。



 近頃の雨には少しだけ温度が加わり始めた。コートを必要としない日が増え、街は重苦しいシックカラーから芽吹きの発色へと移ろう。なんだか、胸の奥からくすぐったい。

「お待たせー」

 安いビニール傘の骨を軸にして首を捻ると彼女が駆け寄ってきた。白いチュニックワンピースの裾をゆるやかに踊らせ、ブーツで小雨を蹴る。細いベルトが彼女の腰で三回口角の向きを変えた。

「ええよ、全然待ってないよ」

 僕は笑顔で彼女を迎える。

「ごめん!」

 挨拶もそこそこに突然謝られたがどうしよう。

「また雨降らしてもうたぁ!」

 ……どうやら今日の天気は全て彼女の仕業らしい。

「明日こそはぁ思たんやけどなぁ、いかんせんアタシの力が強過ぎてなぁ……」

 お前何者やねん。

「祈ってみたけど降ってもたぁ」

 今すぐ干ばつで困っている地域へ連行せねばと使命感に燃えてくるが、この彼女においては事態をもっとややこしくさせるだろうから、ぐっと我慢する。

「そうか、またしても能力を発動させてしもたんか」

「家出る直前で何とか小雨にまでは抑えたんやけどなぁ……申し訳ないわぁ……」

 被害妄想ならぬ、加害妄想だ。

「ま、許すわ。それにしても、今日はえらい可愛らしいカッコしてんな」

「ふふ、せやろぉ。今日はなぁ、可愛いね“今日は”てなんや!」

「間合い満点のノリツッコミ出た!」

 若くしてこの間を操る末恐ろしい彼女だ。

「けど……」

「けど、なんやな?」

「なんで百均のビニール傘やねん……」

「しゃあないやんかぁ。アタシよう傘無くすんやからぁ」

「そのクセ雨女やしな」

「分かってるからこの傘なんやろぉ。可愛い傘買うても結局無くすんやから買わん!」

 注意の喚起などは端から選択肢に無い。傘を無くすことは揺るがない決定事項の様だ。

「ま、ええわ。ほな、ぶらぶらしよか」

 僕はスタスタと歩き出した。

「どっか行くアテあんのぉ?」

「別に無い。そっちは?」

「アタシも特に無いなぁ」

「ほなぶらぶらでええやん」

 僕は構わず歩みを進める。

「まぁ、街ぶらデートいう感じもええかぁ」

「そうそう。どっかええトコあったら入ろ」

「うん、そうしよか!」

 セーフ。

「待った!」

 彼女がピタリと足を止めた。僕の背中に冷たい気配が刺さる。

「な、なんやねん……」

 振り向いた先の彼女が右の眉毛を下げている。

『ギクリ』

 この表情を見せる彼女は「スイッチ」が入っている。

「アンタ今までどこにいた?」

「へっ?」

「アンタ、アタシと待ち合わせするまでどこにいた、って聞いてんねん」

「いや、どこて、どこにも」

「ほぅほぅほぅ……ほな家から真っ直ぐ来たんか?」

「来たよ……」

「アンタから男には似合わん良い香りがするんはアタシの気のせいか?」

「き、気のせいでしょ……」

「アンタのズボンの裾。それからトップスの肩口。家から待ち合わせ場所まで来るにしては濡れ過ぎてる。出た頃には小雨になってたはずやけど?」

「僕、汗かきやから……」

「もっと冷や汗かかせたろか?」

「ヤダナァ」

「汗以外の液体分泌したいか?」

「ソレ、アカイヤツデショ」

「この雨でアタシの嗅覚が鈍るとでも思てるん?」

「滅相もございません!」

「アタシの目は……えと……ふし穴やないで!」

「いや、嗅覚言うとったがな」などと言おうもんなら僕の鼻から例の赤い液体が分泌、否、噴き出す。

「もっかい聞こかな。今までどこにいた?」

「……着いてきて下さい」

「は?」

「今から行く所に着いてきて下さい」

 半ば強引に引っ張ってきたショップには女性向きの服や雑貨が色とりどりに並び、店内にはアロマキャンドルの薫りが漂っている。男性客は皆無だ。

「なに、ここ……」

「あ、お客様、用意してございますよ」

 口を開けてキョロキョロする彼女の隣に立つ僕を確かめ、笑顔で話し掛けてきた女性店員が店の奥から綺麗な傘を持ってきた。

「ありがとう」

 僕はその傘を受け取ると、店の軒下でゆっくりと開いた。青いアクリルの柄には小さな花が細かく刻まれ、開かれた水色の布地には、これまたドットの花壇だ。

「え、これ、これ……」

「お前、いっつも傘だけ味気ないねん。この傘やるから、これからはコレ差し」

「え、傘、かさ……」

 僕から傘を受け取った彼女の目は間違いなくふし穴だ。

「この傘やったら無くさへんやろ?」

「…………」

「お前に似合う傘探そう思て早く出たんはええけど、どんなん選んで良いか分からんくて色んな店ウロウロしてもうてん。女の子の店に一人で入るんとかめちゃめちゃ恥ずかしかったんやから……」

「…………」

「ったく、サプライズまで推理すんのは勘弁してくれや。緊張感あり過ぎるやんけ」

 僕は苦笑いで彼女を見た。軒下で傘に入る彼女が小雨に濡れている。

「ごめんなさい……ありがと……ありがとぉ、嬉しい……めっちゃ嬉しい……嬉しいよぉ……」



 僕の彼女は天然だ。

 僕の彼女はフワフワしている。

 でも、僕の彼女は……時にとんでもない観察眼と卓越した推理力を発揮して、僕の退屈な日常に少しだけドキドキをくれるけど、今日は僕の方が一枚上手やったかな。

「持ってきたビニール傘、無くしたぁ……」

「え!? そこの傘立てに……」

「無くした!」

「えぇ〜」

「アンタもその傘無くせ! 今すぐ無くせ!」

 瞳に次いで紅を頬に移して彼女が叫ぶ。

「……うん、無くす。ほら、無くした。でも、傘無くすんはこれが最後な?」

「うん!」

 俯いて照れ笑う名探偵の頬の雨を拭い、僕達はいつもより近い距離の肩で歩き出した。

 今日はいつもより遠回りして帰ろう。





コメント(82)

ステキです( ´ ▽ ` )♡きゆーん♡
言い回しも好きです( ´ ▽ ` )一票!
一票です。このふたりの雰囲気が好きです。

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