日記ロワイアルコミュのストライク　ロリータ

おととしの日記ですが
今日、この日記に出てくる二人の姿を
全く関係のない場所で偶然見かけたので、嬉しくて。

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「雨は？」

「いつの雨？」

「んー、じゃあ夕立」

「はいいろ」

「春のは？」

「あじさいみたいな色｣

まわりに響かない控えめな声で、顔を近づけて楽しげに問答をする母子を、時々会社帰りの電車にみる。
なにかのお稽古の帰りかな、まだ小さいのに偉いなあ。
一年生かな、二年生かな、なんつって考えながら、
僕はその二人を見つけるとヘッドフォンを外して、会話を聞くのが楽しみになっていた。

昨日も帰りに二人がいたので、つつつと近づいて、本を読みながら耳を澄ませた。

「あのね、先生」

え、ああじゃあ親子じゃないんだ。

「蝉をね、みんな捕まえてるんだけど、あたしも捕まえなきゃいけないの？」

「どうして？」

「わかんない。すぐ死んじゃうから捕まえたらかわいそうだよって言ったら、関係ないとかうるさいとか、悔しかったらお前も捕まえてから言えとかって言うの。どうしてかな」

「男の子たちにとって蝉を捕まえるのは、きっと楽しいことなのね。だからかわいそうって言われて、悪いことしてるみたいな気持ちになって、あなたにそんなこと言ったんじゃない？」

「悪いことだなんて言ってないんだけどな、でもそんなふうに思うのかあ」

「照れ隠しよ。きっと」

「ふうん、子どもだね。かわいい」

「そう。こないだね、代々木公園いったじゃない。あの時も蝉が沢山いたけれど、あなたはどう思った？」

「うるさいじゃなくてね、わーっていう気持ちになった。言葉で言うとどうなるの？」

「ど～うだろうね。なつぅ～って感じかな」

「あはは。なつぅ～！｣

「あの時は、はだしでいたじゃない？地面とあなたがつながって、その地面と木の根っこがつながって、木の枝と蝉がつながって、蝉が空とつながって、夏の全部が一緒になったのよ。｣

「ぜんぶ？」

「そう、空や太陽や暑さや、地面にあるもの、音や光もぜんぶ」

「そっか、おもしろいね。じゃあ空気を吸えば空を少し引っ張ってるみたいになるね。海にくちをつければ、海も引っ張れる」

「その考えは素敵ねぇ。ああでも夏も終わっちゃうわね、あなた季節はいつが好き？」

「夏。んー、でも夏休みがあるからかな」

「ハイここで質問。あなたは来年の夏までにしておきたい目標はなんですか？」

「おかねをたくわえる」

「それはなぜ？」

「広島に行って貞子の鶴が見たいから」

いつまでも聞いていたいけど
僕のおりる駅に着いてしまった。

個人的に幼い女の子に対して性的興味は全く無い。が、この子みたいに賢くて可愛い女の子はとても好ましいと思うのであった。さらに一緒にいる先生も、実際なにを教える先生なのかということも非常に気になる。
先生のほうは、見た感じ僕と同じか少し下くらい。いつも座っているのでまともに顔を見たことは無い。

この歳になると、小学校のとき何を考えていたかなんて忘れる。
この女の子もあと１２、３年もすれば、この眩しいやり取りなんか忘れて
合コンやアルバイトのことで頭がいっぱいな女子大生になっているかもしれない。

僕らが過ごした思春期や青春時代なんかよりも
はるかに巨大さと密度を増した情報と
想像も出来ないほど加速した世界のなかに

「じぶんじしん」の原型を保ったまま
彼女は立つことが出来るだろうか
健全な大人の一人として、子どもを育てることが出来るだろうか。

そのためにはどんな風に、大人はこの新しい人たちを導いていけばいいのか。

お金で買えないものがいかに多く、どれほど大切かを
手渡すように伝えなけりゃ。
世界を発狂から守る「普通」の質を上げなきゃ。
特別じゃなくても、いつも幸せじゃなくても、
生きることを「こわくないよ」といつでも言ってほしい。

分不相応に壮大なことを考えてたら、目が回ってきた。
だって悲しいことに僕は「こわくない」と言い切れない。

気づくと電車がホームから滑り出していくところだった。
あわてて二人の姿を探し、見つけた。

「そのまま、今はそのまま」

僕は、先生を見上げる笑顔の可愛い女の子の、
健やかで安全な未来を祈りつつ、電車を見送るのであります。

砂の上に指で線路を描くみたいに。