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日記ロワイアルコミュのモンブラン

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「ねぇ、お母さんってば。」

もう何度となく訊いた質問をまた投げかける。
「ホントに大丈夫だと思う?」
「しつこいわねぇ。」と母は天ぷらを揚げながら苦笑して言った。
「だって…。」
「平気よ。お父さんだって、喧嘩する為に呼んだわけじゃないんだし。」
「そう願いたいけどね。」と私は軽くため息をついた。
「あ〜ぁ。やっぱり、うちに呼ぶんじゃなくて、外のレストランがよかったかなぁ。」
「今さら何言ってんの?それより、そろそろ時間じゃないの?」
あなたは早く支度しちゃいなさい、と母に急かされた。


今日は、和彦が家に挨拶に来る日だった。
会社で4つ先輩になる和彦と付き合ってからもうすぐ2年になる。
思い出すと、初対面の時は何だかとっつきにくい人だった。
仕事はテキパキとこなしていたが、気が利いた会話が出来るわけではなく、
どちらかと言えば無口な和彦は、私へのアドバイスやフォローも必要最低限だった。
協調して何かを行うということが苦手な人なんだろうか、とも思ったりしていた。
だが、時間を重ねて和彦を知っていくうち、その芯の強さに頼り甲斐を感じ、
惹かれていった私がいた。きめ細かい優しさと真面目さに裏打ちされた姿に、
知らず知らずに、一緒にいて落ち着けたのだ。
(きっと、私はこの人と結婚するんだろうな。)と自然に思えた男性だった。

前々からずっと、和彦には「ご両親に挨拶に行きたい。」と言われていたが、
今日のこの日程を決めるまではだいぶ手こずった。

和彦が挨拶に来たいという話を伝えると、
母のほうは「いつでもいいわよ。」と言っていたが、父は対照的に、
その話題を出すたびに不機嫌になり、話が進まなかったのだ。

「食事に来るだけなら俺がいない時で構わない」とか、
「今月一杯は忙しくて予定が立たない」とか。

「あれってさ、昔のホームドラマの父親みたいだったよね。」と私が笑うと、
「そんなものよ。昔も今も変わらないのよ、父親なんて。」と母はしたり顔で言う。
「それか…あとは…借金取りに追われて逃げ回ってる、って感じ?」と言うと、
母は小鉢に煮物を移しながら「こらっ、変な言い方しない。」と私を軽く睨んだ。
しかし、その後、思いついたように「でも…ある意味、そうかもね。」と言った。
「自分の身から、大切なものを剥ぎ取られるんだと思えば似たようなものかもよ。」
と微笑まれて、私はそれ以上、何も言えなくなってしまった。


ほどなく和彦がやってきた。
いつも会社では見慣れているはずの和彦のスーツ姿だが、それが我が家の風景に
重なり合うとどことなく照れくさかった。
もう何度か顔を合わせたことがある母は、にこやかに和彦を迎えた。

和彦は、私から見ても可哀想なくらい緊張している。
先月、私にプロポーズした時より100倍は緊張してるんじゃないだろうか。
玄関先でちゃんと後ろ向きに靴を脱いで上がったはずなのに、さらにしゃがんで
その靴の向きをまた変えている。

母は私に、和彦を部屋に通すよう目配せしながら、笑いをこらえて靴を直していた。


食事は、私と母が和彦と父に代わる代わる話題を振り、ぎこちなく進んだ。
私からすると、父も和彦も、まるで、お互いに相手が出す最強のカードを
恐れながら待っている… そんなプレイヤーのようだった。

食卓を片しながら、キッチンで、
「二人とも、あれでちゃんと食事を味わえたのかしら?」と母が笑っていた。

食後に、和彦が持ってきたケーキを広げ、コーヒーを入れた。
「ここのモンブラン、美味しいんですよ。」と和彦が嬉しそうに言った。
「モンブランか…。」
と父が小さく呟くのと、母が「あらっ?」と言ったのは同時だった。
「あ、もしかして…お嫌いでしたか?」と和彦が慌てて腰を浮かせて尋ねた。
「いえ、そうじゃないわ。お父さんが大好きなのよ。」と母は笑った。
(そっか。そういえば、和彦さんもお父さんもモンブラン好きだったっけ。)
私も今、思い出した。

「そうですか、よかったです。」
和彦は安心したように、座り直した。
そして、ひと息ついたタイミングで意を決したように、顔を上げた。


(来た、来た…。)と私は心の中で思った。母を見ると、母も私を見ていた。
目が合ってこっそり笑った。

「突然ですが…。」

和彦は、私との結婚の話を切り出した。
父は、「そうか…。」と言ったままコーヒーをすすった。

昔から、「結婚なんか無理にしなくたっていい。」と私に言い続けてきた父だ。
本当に、ホームドラマの父親さながら、私の結婚相手に「一発殴らせろ」などと
言い出すのではないか不安で仕方がなかった。
無口で頑固者の父が、和彦にどんな問いかけをするのだろうか。
和彦はその場その場で、父の意を汲んで答えるという小器用な芸当は出来ない。
もっとも、そんなことが出来るような人だったら、私は彼を選んでいない、とも
思っていた。
ただ、和彦の答え次第では、父がつむじを曲げて席を立つこともないとも言えない。


だが、父の言葉は予想に反していた。

「君たちが決めたんなら、それでいい。」

和彦の顔が少し緩んだ。私も正直、ホッとした。
しかし、父はその後、和彦を覗き込みながら、「ただ、ひとつ聞きたいんだが…」
と言葉を繋いだ。

「君はうちの娘を幸せに出来るのか?その自信はあるか?それだけが聞きたい。」

詰問している風ではない。
和彦がどう答えるのか、を単に知りたがっているように見える。

(お父さん…。試してるの?)

私は父の言葉を恨みがましく思いながら、和彦を見た。
和彦は、フッと力の抜けた微笑みを浮かべてゆっくりと言った。

「正直言えば、判りません。ただ、僕は、僕が幸せになりたいんです。僕はお嬢さんが
好きです。彼女といられれば幸せです。
僕は自分が幸せになる為に彼女と結婚したいんです。」

和彦は私へのプロポーズの言葉をそのまま言った。

あの時はその後、
「だから、君が僕といて幸せになれそうだ、と思うなら一緒に幸せになろう。」
と言ったのだ。「ずっと一緒にね。」と言って抱き締められた。
今、思い出して顔が熱くなる。

父は驚いた顔で和彦を見ていた。

(そうだ…思い出して照れてる場合じゃないや。)
こんな正直過ぎる答え、父は納得するのだろうか。

「男なら、『幸せにします』とか『自信はあります』とか言えないのか?」とでも
言い出すのではないだろうか。

私は和彦の顔を見た後、もう一度、父の顔を見た。
父は暫く和彦を見ていたが、困ったように笑い出した。
そして、「そうか…。そうか。」と何度も頷いた後、改まった顔つきで、
「和彦くん、至らない娘だが、よろしくお願いします。」
そう言って深く頭を下げた。

(どうしたんだろう、お父さん。)
あまりに呆気ない父の引き下がり方に、私のほうが拍子抜けした。
母を見ると、母は可笑しそうに父を見ていた。

「ここでいいよ。じゃあ、お父さんとお母さんによろしく。」
表通りまで送ったところで和彦が言った。
「こちらこそ、今日はありがとうね.」
「でも、何だかびっくりしたなぁ、あの質問。ストレートで。」
和彦は目を丸くして笑った。
「うん…。私もびっくりしたよ。お父さんの質問にも、反応にも…。」
「え?」
「あ…ううん、何でもない。じゃあね。お休みなさい。」と慌てて言った。

家に着いて、手を洗おうと洗面所に向かった。
居間から父と母が話し声が聞こえてくる。
私が帰ってきたことに気づいていないようだった。

「もっと難癖つけようとしてたのに、残念だったわね。」という母の言葉を聞いて、
居間に顔を出しづらくなってしまった。
私は思わず廊下で立ち止まって、聞き耳を立てていた。
「何がだ?」
「あなた、びっくりしたんでしょ?」
「…何の話だ?」
「何の話だ…って。和彦さんのセリフよ。」
母が笑っているようだ。
「真面目で、きっといい人よね、和彦さん。」
「なら、いいけどな。」
父は素っ気なく返事をしている。
「なあ。あいつ、幾つくらいまで『お父さんのお嫁さんになる』って言ってた?」
「え?なに、いきなり?忘れちゃったわよ、そんなの。」
母の弾けた笑い声が響く。
「でも、和彦さんって、無口だけど、正直で頼り甲斐がありそうで。」
「まだそこまで判るわけないだろ。」
「判るわよ。『僕が幸せになる為に』よ。」
「…もう、よせよ。わかったから。」と父が困ったように言っている。
「やっぱり…。覚えてたのね、あなた。」
「まあな。」
「あの時、あなたも緊張してたものね。」
「ああ…。だが、30年経って娘の結婚相手から同じ言葉を聞くとはな。」
「しかも…。モンブランよ。私、笑い出しそうになったけど。」
「こっちは驚いたよ。持ってくるものまで同じなんて。」
「自分が好きなものを素直に持ってきたのよ。あの日のあなたと同じで。」

そうだったのか。やっとわかった。

「和彦さんって、あなたみたいな人なのよ、きっと。」
「今のお前くらいには幸せになれるかな、あの子も。」
「そうね。幸せよ、私。あなたもでしょ?」

その後の父の言葉はよく聞き取れなかった。
ウェディングケーキを手作りのモンブランに出来るだろうか、
という考えが頭をよぎって、声を出して笑いそうになった。
でも、何故か涙が出てきた。


手を洗って、うがいをしてこよう。
ついでに、泣いた跡を気づかれないように顔も洗ってこよう。




お父さん、ありがとう.

私は、お父さんによく似た人を幸せにします。



お母さん、ありがとう.

私は、お母さんと同じぐらい幸せになります。



心の中で繰り返しながら、私はこっそりと洗面所に向かった。

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さすがに読み続けられているだけあって強い作品です!

殿堂入りまで見届けさせていただきます。

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