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日記ロワイアルコミュのHERO。

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 ああ、どのネクタイにしようかなあ。今日は大事な顧客と会うから、やっぱ渋めでいかなきゃかなあ。もう、ネクタイとかウザい、暑いし。はぁ、無難に茶色でいこ。

 子供の頃の僕は、夢が無限に膨らんでいて何にでも成れると本気で思っていた。他人とは違う特別な存在なのだと根拠もなく信じきっていた。けれど、伸びていく身長と反比例してそれらは収縮していった。
 ネクタイで迷う今の僕を、幼少期の僕が見たらきっと泣き出すだろう。

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 僕が就職活動を始めた頃。
 翌日に面接を控えていた僕は、赤茶色に染まった髪色を戻すために、即日予約可能な美容室を求めてあちこち電話しまくっていたのだけど、その頃はといえば美容師が神のように崇められていた頃で、無能な自称カリスマたちは「いやー、予約なしで本日はちょっと・・」と、半笑いで対応し、電話を切った後には「マジ、今の客ありえねんだけどー」などと、前髪をフッと吹き上げて、とがった靴の先っちょを見ながら妙な関東弁で僕を罵っていたに違いない。

 憤慨しつつも美容院を諦めた僕は、コンビニで市販の黒染め染毛剤を買って自分で染めようと思ったけれど、ムラができたら余計に悪印象を与えてしまうかもしれないことを恐れて何もできずにいた。
 (ああ、畜生。カリスマの奴ら、いつかまとめて相手してやる!)

 途方にくれた僕は、部屋の窓からボケーっと外を眺めていた。目に入ったのは円柱状の青と白のしましま模様。
 ふと、思った。
 (理髪店でもいいじゃないか!)
 そうだ、黒染めする程度の技術、町の理髪店で十分だ。

 僕の家の道路向かいにある小さな理髪店にアポなし突撃することに決めた。電話番号知らないし。
 店の一歩手前で足が止まった。ゴシック体で「バーバー・コバヤシ」と、縦に書かれた表看板は、平成の幕開けに今尚、気付いていない様子で、僕に恐怖だけを与えた。
 (いや、しかしもうここは行くしかない。)
 意を決して入店すると、店内はもはや大正デモクラシー。の亡骸。褪せた水色タイル床の上に木製の大きな骨董置時計がtoo muchしていた。
 50代後半の店長らしきおばちゃん(頭ボサボサ)がこちらを見ている。
 「あの〜、黒染めお願いできますか?もちカットなしで」
 『はいはい、じゃあ、ここに座っとってね』
 そういって、金属部分が全て錆び付いたリクライニング式の黒い椅子に案内された。
 僕以外に客はいない。けれど、もし先客に木村拓哉がいたとしても、安心できる空気がそこにはなかった。
 『せっかくやのにから、散髪はしていけへんの?』
 「は、はい。おそろし…いえ、今回はけっこうです」
 この店内の雰囲気で散髪をお任せしたら、鳥肌実か三島由紀夫ヘアになること以外の想像が僕にはできない。
 おばちゃん店長が僕の頭にペタペタと染毛液を塗っていく。
 赤茶色だった髪が漆黒の染毛液で黒く埋め尽くされた。

 キィー。蝶番(ちょうつがい)の錆びたドアが開く音。
 小学二年か三年生くらいの男の子が入店してきた。
 『ボク、ちょっとそこの椅子に座っとき。今、このお兄ちゃんやってるから』
 「うん」
 男の子は僕の隣の席に座った。
 ほどなくして、染毛液の塗布が完了した。
 『塗り終わったさかい、このままおくからちょっと待っててな』
 僕にそう言って、おばちゃんは隣の男の子の席に行った。
 『散髪か?』
 「う、うん」
 『よっしゃ、わかった』
 ボサボサに伸びた男の子の髪は、20センチほどの長さだった。
 「ご、悟空にして」
 『はいはい。了解』
 いやいや、了解ってその長さじゃ無理やし、第一、あんなエキセントリックな髪型、町の理髪店で具現化できるのか。もしできるのなら実写化も夢じゃない、ハリウッドが動くぞ。と、自分そっちのけでわくわくしながら彼らを見ていた。
 おばちゃん店長は少年の頭にシャンプーをかけて洗髪し、その後、続けて顔剃りをしている間に、男の子は大きなあくびをひとつして眠りについた。
 顔剃りが終わって、さぁ、これからどうするんだ。と、興味津々で見ていたら、奥の部屋からじいさん(70歳くらい)が出てきて僕の頭を洗い流すと言い、洗髪台に屈まされた。
 じいさんは小指の爪だけが長く伸びていて、おそらく鼻や耳をほじるためだろうけど、それがガツガツ頭皮にあたるものだから、もう痛くて痛くて・・・。
 ウィーーン。
 機械音が聴こえた。洗髪台から目だけ動かして必死に隣の席を覗き込む。
 おばちゃん店長が右手にバリカンを持っていた。
 (おいおい、まさか、いっちゃうのか?それでいっちゃうのか?)
 ウィーーン。バサバサバサ。
 (あー、いっちゃったよ。)
 男の子の頭髪が首筋から額までノンストップで刈り込まれた。
 (ああ、それじゃ落ち武者じゃないか。)
 彼女にカットをお任せしなかった自分に、心の底からサムズアップ。

 男の子が目を覚ました。
 「・・あ、あ」
 顔が引きつって、今にも泣き出しそうだ。
 しかし、店長のバリカンは休息を知らない。特急列車は次々に新開地を駆け抜ける。
 僅か三分程の所要時間で全ての路線が開通し、見事なクリリンが出来上がった。
 『はい、お疲れさん』
 「・・・ヒック」
 少年は半分以上泣いていた。
 『じゃあ、2000円ね』
 店長がそう言うと、男の子は首から提げた小さな財布から千円札一枚と五百円玉二枚を取り出し、震えた手で店長に渡した。
 『ありがとう、また来てな』
 (いや、絶対来んやろ。)
 男の子は店を駆け出た。

 多分、いや、まず間違いなく無免許のじいさんの手により洗髪、乾燥を終えた僕は、髪が真っ黒になって、無事に全ての工程が終了していた。
 どうしても気になったので聞いてみた。
 「あの〜、さっきの子、悟空って言ってましたけど」
 『ん?子供は五厘狩りが一番やで!』
 (ええーーーっ!そ、そんな。あんまりだ。)
 「けど、…悟空ですよ?」
 『悟空やろ。西遊記やろ。そんなに変わらんやんか』
 「あ」
 (西遊記って、それ・・・まちゃあきじゃないか。)
 (悟空って言ったら今どきの子供はドラゴンボールに決まっているじゃないか!)
 けれど、店内は西遊記があたりまえの空気に満ちていて、妙に納得させられた。
 少年よ、相手と場所が悪すぎた。

 代金を支払って店を出た僕の目が、道路沿いのガードレールに寄りかかって泣いているクリリンを見つけた。
 余程かなしかったのだろう。小さな財布を握り締めておんおんと泣いていた。
 勢いあまって車道に飛び出さないかと心配になった僕は、しばらく彼を眺めてから家に帰ることにする。
         

 ・・・今回、彼は悟空に成れなかった。

 なぁ、少年。
 悟空に成れなくてもいいやんか。
 髪型を悟空にしても、ヒーローにはなれない。空も飛べない。
 君は君だ。
 飛べない君は、歩いて行けばいい。
 そして、いつか誰かに真似られるような人物になっていければ、めっちゃいいと思わん?

 ドラゴンボールの主人公は孫悟空。
 西遊記の主人公は堺正彰。
 けど、君の人生の主人公は君やろう?

 人生はでっかい宝島だぜー。


 ポケットの中に、前日、居酒屋で貰った口直しのハッカ飴が入っていた。
 僕は、泣き続ける男の子に歩み寄ってその飴を差し出した。

 僕:「ほら、仙豆(せんず)あげる。元気出し」
 男の子:「・・・、ぼ、ぼく、・・ハッカ・・きらい」
 僕:「そ、そっか」

           ・
           ・
           ・

 子供の頃に描いた、たくさんの大きな夢。今ではもう全てを思い出せない。
 楽しいこと、気持ちいいこと、くだらないこと。
 そんな誘惑に寄り道ばかりしてきた僕は、今日もネクタイで迷っている。


 
 君の知らないところで応援してやる。
 20年後の君がネクタイで迷わぬように。

コメント(61)

ほんのりあったかい感じがナイス。

1票!
クリリンになってもうたー(泣)

素敵な文章!
プロの作品みたいです。
今って逆に、ハッカが大人気らしいですよ〜
最近はキシリトールの普及でハッカに馴染みがあるかららしいです。

しっかし、丸刈り2000円て!
家でおかんにやってもろた方が早いやん!
一票!
ハッカ断るなりそこね悟空。

かわいい。ほっとした顔けどせつない。(^_^;)

一票手(パー)チューリップ

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