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日記ロワイアルコミュの父さんの手とゆがんだ月

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やっぱり、今日の体育の時間は先生に言って見学させてもらえばよかった。
そんな風に思ったけど、きっとこれは大人の言葉で言えば「あとのまつり」って言うんだろう。
3時間目の算数の時間からなんだか少し体の調子が悪くなってきて、
目の前がゆらゆらするような気がしてたけど、
でも給食はいつもと同じようにパンもシチューも全部残さず食べることができたから。
だから、5時間目の体育は、ちょっと無理をして出た。
まあ、体育を見学するのは、クラスの中でもガリ勉組か女子しかしないことだから、
ぼくみたいに普通の男子は体育は休まないものと決まっているんだけど。
でもやっぱり今日の体育は休んだ方がよかった。

ぼくは今、ひざを擦りむいて保健室にいて、
ぼくの隣には、ぼくよりももっとひどいケガをした親友のマットがいて、
担任の岩永先生と保健室の水野先生はさっきからバタバタと走り回っていて。

しくじった。

そう思った。
そう思っても、もう「あとのまつり」だけど。


**************************************


今日に限って、体育はぼくが嫌いなウンテイだった。
サッカーとかドッジボールとか、球技は大の得意なんだけど、
鉄棒とかウンテイとか、そんなのはぜんぜん面白くない。
3年生になって担任になった、
ぼくの母さんよりもきっとずっと年上のおばさんの岩永先生は、
ここのところの体育はずっと面白くないものばかりをさせる。

5時間目が始まって、校庭の片隅のウンテイの横に列を組んでぼくらは座った。
隣に座ったマットが「ウンテイってつまんねーよな」とヒソヒソとぼくに耳打ちをする。

マット。
ホントの名前はまさと。
だから縮めてマットってみんな呼んでるんだけど。
マットの家はぼくの家から歩いて5分ぐらいのところで、
小学校1年のときから今まで3年続けて運よく同じクラスだったから、
毎日一緒に遊んでいるうちに親友になったんだ。
母さん同士もよく道端で話なんかもしているから、きっと仲いいんだろうと思う。

順番にウンテイにぶら下がって、前へ前へと進む。
ていうか全然楽しくないな。これのどこが楽しいんだか。
なんて思ったりもしたけど、人生なんてこんなもんだよなって自分に心の中で言ってみた。
ウンテイは苦手でも得意でもなかったけど、好きじゃなかった。
ぼくのひとつ前を行くマットの後ろに続いて、ぼくはウンテイを進んだ。

ここで、ぼくはしくじったんだ。


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血相を変えてこっちに駆け寄ってくる岩永先生の顔が見えた。
マットが目の前で顔をおさえて倒れている。

前を行くマットの背中を見ながらウンテイを進んでいて、
ウンテイのちょうど半分を越えたあたりで、
なんか急に目の前が3時間目の算数の時間のようにゆらゆらしたぼくは、
しくじって、ウンテイを掴み損ねて、かっこ悪く落ちてしまった。
勢いがついたまま落ちたぼくは、そのまま前につんのめるようになってしまって、
そして前を行くマットにぶつかってしまった。
マットは押されて、そのまま落ちて転んで、
そのときに運悪くウンテイの支柱に顔をぶつけてしまった。
すごい音がした。ゴンって音がした。
同じように転んでぼくもひざから血が出たけど、マットのケガのほうがひどかった。
鉄の支柱に歯をぶつけて、前歯が一本折れてしまって。

血相を変えて駆け寄った岩永先生は、
「自習にします」と言うとすぐに、マットを連れて保健室へと向かった。

クラスのみんながドッジボールを始める中、
ぼくは10分ぐらいウンテイの周りをひとり折れたマットの歯を探して、
少し離れた場所で見つけると、それを持って保健室へと向かった。


**************************************


マットは、水野先生に連れられて近くの歯医者へ行ってそのまま家に帰った。
ぼくは帰りの会が終わると岩永先生に呼ばれて、一緒に職員室へ向かった。

「ちゃんと気をつけないとだめじゃない」
「ちょっと、目の前がふらふらして」
「風邪気味なら体育は休みなさい」

職員室へ向かう廊下で、ぼくは岩永先生に怒られた。
でも怒られているときも、ぼくはマットが心配だった。
マットの歯が折れてしまって、ぼくが見つけた折れた歯がちゃんとくっつくか心配だった。
唇が少し切れたみたいで血が出ていたから、その血が止まったかどうか心配だった。
でもいちばん心配だったことは、マットがこれからもぼくと親友でいてくれるか。
それが心配だった。
さっきマットが水野先生に連れられて保健室を出て行くとき、
「マットごめんね」と言ったんだけど、聞こえていないように何も言わなかった。

擦りむいたひざの傷がじんじんと痛んだ。
早足で歩く岩永先生に遅れないように我慢をして歩いた。
保健室から職員室までの廊下がいつもよりもずっとずっと長い感じがして。
ようやく職員室の入り口にたどり着いたと思ったら、岩永先生はそのまま前を通り過ぎた。
あれ?と思って立ち止まると、先生はそのまま先の校長室の扉を開けて手招いた。

ぼくは校長室の中を見た。

大きなソファーには校長先生と教頭先生が座っていた。
そしてもうひとつ、見慣れた背中が座っていた。
ぼくの母さんの背中だった。


**************************************


外は少し暗かった。

「仕事場に先生から電話かかってきて、びっくりした」
校門を出ると母さんは言った。
あなたはケガないの、と聞かれたけどぼくはひざのケガのことは黙っていた。

「今日の夜、お父さんと岩永先生とまさとくん家にあやまりに行くことになったから」

家に着くとすぐに母さんは父さんに電話をした。
ぼくは少し離れてその話を聞いていた。

「そうなのよ。まさとくんのお父さん、PTAの会長さんだから。
 だから校長先生に今日呼ばれて。
 そう、だから、今日は残業しないで帰ってきて」

なんかすごく悪いことをした。
父さんも母さんも先生も。みんなであやまりに行くんだ。
マットの父さんがPTAの会長さんだから、なんかとてつもなくヤバイんだ。
マットは許してくれるのかな。もう一生許してくれないだろうな。
だって、ぼくのせいで歯が一本無いんだよ。
父さん怒るだろうな。母さんがうっかりお酒買い忘れたときとか、
ぼくが宿題やらずに遊んでばっかいるときとか、父さんはすぐ怒るからな。
ぼくが悪いことをして会長さんに怒られるんだから、その分ぼくに怒るに決まっている。

父さんが帰ってくるまでの間、ぼくは自分の部屋にずっといた。
いつもだったら夕方はおやつを食べながらテレビを見たりゲームをしたりするんだけど、
今日はずっと2階の部屋でひとりで座っていた。

6時を少し過ぎたぐらいに玄関の扉が開く音が聞こえた。
父さんの声がする。
二言三言母さんと話すと、コンコンと階段を上がる足音がした。
ぼくの部屋の前で音が止まって、勢いよく部屋の戸が開いた。
怒られる覚悟を決めたぼくがそっちを見ると、父さんが笑いながら立っていた。

「なんだ、おまえ、ウンテイから落ちちゃったんだって?大丈夫か?」


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マットの家の前で岩永先生が待っていた。

「先生、すいません」
父さんが頭を下げる。
岩永先生は、それじゃインターホン押しますから、とだけ言ってチャイムを押した。

マットの父さんと母さんが出てきた。
岩永先生が深々と頭を下げている。
「すみませんでした」と父さんと母さんも頭を下げた。
ぼくも同じように頭を下げてあやまった。

マットの父さんは
「そんな、頭を上げてください。子供にケガは付き物ですから」
と笑いながら言う。

マットの母さんは
「そんなことよりも、広い運動場から折れた歯を見つけてくれたそうで。
 歯医者さんに聞いたら、きれいに折れてるんできれいにくっつくって」
と言うと、
「外ではなんですから上がってください」とぼくたちを招き入れた。


**************************************


父さんはビールをすすめられ飲んでいた。
母さんはマットの母さんと、いつも立ち話で話すようなことを話している。
岩永先生もお酒をすすめられたが、わたしは車ですから、と断ってお茶を飲んでいた。
ぼくが、そんな大人たちを見ながら部屋の隅に座っていると、
マットが缶コーラを持ってやって来た。

「部屋来る?」とコーラを渡しながら言うマットにぼくはうなづいた。


**************************************


何度か入ったことがあるマットの部屋は、なぜかいつもと違う感じがした。
きっといつもよりもずっとずっと遅い時間だからだろう。
閉まったカーテン。照らされた電灯。隙間を縫って入り込む夕食の暖かな匂い。

コーラの缶を開けると、中からプシュと空気が漏れた。

「マットは飲まないの?」
そう聞くと、
「歯が痛いから」
と笑いながらマットは答えた。

「ごめんね、落っこちてぶつかって」
「うん、いいよ。それよか歯見つけたのすげーな」
「小さな石たくさん落ちてたから、めちゃ探した」
「歯、くっつくって。歯医者ってプロ」
「怒ってるよな?」
「怒ってなんかねーよ。親友にこれぐらいで怒るわけねーじゃん。
 てか、父さんに怒られた?おまえんち父さん怖いんだろ」
「たぶん帰ったら怒られると思う。まだ怒られてないけど」
「あっ、そういえばこないだ言ってたマンガ。17巻出たから貸すよ」
「まじ、もう読んだ?おれ読みたかったんだ。借りてくな」

30分ぐらいして、ぼくたちはマットの家を出た。


**************************************


「先生、ほんとご迷惑をおかけしました」
マットの家を出てすぐに、父さんが先生に言った。
マットの家から出たばかりの先生は、
さっきよりもなんかホッとしているような気がした。
そしてさっきとはうって変わってよくしゃべった。

「本当にどうなることかと思いましたよ。
 まさとくんのご両親がとても優しい人でよかった。
 今度からは気をつけるようにと家庭でも言ってくださいね。
 あ、あと、なんか風邪気味らしいので風邪のときは体育は休ませてください」

まくし立てる岩永先生に父さんも母さんもただただ頭を下げていた。

「それじゃ、わたしはこれで失礼します。
 すぐに校長先生に報告しないといけないので」

岩永先生はそう言いながら車に乗り込もうとした。
そしてそのときぼくに向かってこう言った。

「これからは気をつけるのよ。
 まさとくんは、特別な子なんだから」

マットはPTAの会長さんの子供なんだ。
だから特別な力を持ってたりするのかな。
いつもぼくと遊んでくれるけど、親友だっていうけど、
ホントはすげー偉い人なんだな。
だって岩永先生も校長先生も教頭先生も、
みんなマットがケガしたとき大慌てだったもんな。
マットってすげー。

なんて思ったそのとき、隣に立つ父さんが静かに声を出した。

「ちょっと待てください、先生」

父さんの手がぼくの頭に乗る。

「先生、わたしにとってはこの子が特別な子ですから。
 だからもう、そんな言い方は辞めてください。
 もう、許してやってください」

父さんの手。
ゴツゴツとして、大きな手だ。
そういえば、父さんの手に久しぶりに触れた気がする。
小さい頃、小学校に入る前までは、よく買い物とか行って、
父さんと手をつないで歩いてたけど、
最近は全然そんなことない。
あっ、こないだ叩かれたことがあったかな。
でもなんで叩かれたんだっけな。宿題しなかったんだっけ。
でも父さんの手、なんかかたいなあ。
そんなことを考えていると、どうしてだろう、
だんだんと目の前がぼやぼやと滲んできたから、ぼくは上を向いた。

暗くなった空に、白い月が浮かんでいたけど、ぼやけて変な形に見えた。

月はどんどんぐにゃぐにゃゆがんでいった。


**************************************


家に帰ると、父さんはすぐにテレビをつけた。

「巨人勝ってる?なんだ、負けてるじゃないか。
 おい、ビールくれ」

母さんは瓶ビールの栓を開けながらこう言った。

「今日はもう遅いから、出前でもとりましょうか。
 今からご飯作るの大変だし」

時計の針はもうすぐ8時になろうとしている。

ぼくは、心の中で何度もこうつぶやいていた。

「父さん、母さん、ごめんなさい、父さん、母さん、ごめんなさい」
巨人が点数を入れたときに言おう。
出前が届いたときに言おう。
そんなことを考えていると、父がぼくに向かってこう言った。

「そう言えば、おまえ、風邪大丈夫か?」

ぼくは、大きく息を吸い込んで、大きな声でこう返した。

「父さん、母さん、今日はごめんなさい」

テレビの中から、誰か巨人のバッターがホームランを打ったという、
そんなアナウンサーの声が聞こえてきた。ちょうど。











 










 

コメント(427)

こんなしょうもない教師がおるから
子ども達が行き場なくなるねん

お父さん素敵!
一票
こういう先生にだけは子供託したくない…(´Д`)
お父さん最高!
いい家族!♡
一票!

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