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日記ロワイアルコミュの永遠の抱擁が始まる・後編

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 前編はこちらです。
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−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

 スープを飲み干して、口元をそっと拭う。
 彼のグラスが空きかけていたので、私はワインを注いだ。

「お。ありがとう」

 短く言って、彼は私からビンを奪うと、私のグラスにも同じようにワインを追加してくれる。

「ありがと。ねえ」
「うん?」

 彼の表情はまるで、悪戯っ子だ。

「いつ考えたの、今の話」
「退屈だった?」
「ううん。でもさ、5000年以上も前の話なんだよね?」
「そうなる」
「なんか馬車とかランプとか、文明が進み過ぎてない?」
「そうだなあ」

 彼はグラスを持ち上げ、口をつける。
 再びテーブルにグラスを置くと、彼は続けた。

「エジプト文明、黄河文明、インダス文明、あと、何だったっけ?」
「急に何よ」
「世界の四大文明だよ。あと何だったっけなあ?」
「えっと、うーん。マヤ文明?」
「それじゃない。もっと大きな文明」
「えっと、じゃあ、メソポタミア文明?」
「それだ!」
「それが、どうしたの?」

 彼は得意げな笑顔を浮かべている。

「その4つの文明、だいたい4000年前から、ほぼ同時に発生してるんだ」
「ふうん」
「なんでだと思う?」
「わかんないよ、そんなの。たまたま?」

 そこでウエイターが次の料理を運んできてくれた。

「いよいよメインディッシュだね」

 彼が嬉しそうに、3つ目の話を始める。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

<例えば世界が滅んでも>



 街には様々な噂が溢れている。
 死神が出ただとか、原因不明の病気が流行っているとか、建設中のバベルタワーは神にだって作れない物になるだろうとか、もうすぐ天変地異が起こるとか。
 どこかでは大型の移動式シェルターを作って、動物を乗せ、大洪水に備える奴もいる。
 俺はといえば、普段通りだ。
 いつものように、老齢になる馬に、「今日も踏ん張ってな」と首筋を撫で、手入れをし、馬車を走らせている。

 乗せた客は2人組みだ。
 服装、乗せた場所、時刻から察するに、踊り子だろう。
 目的地を聞けば、やはり飲み屋だ。
 これから出勤らしい。

「ねえねえ、お兄さん」

 暇を持て余しているのか、声をかけてくる。
 話しかけてくるんじゃねえよと、心の中で密かに返す。

「なんでしょう?」

 用件を聞こうとしたら、何故か1人が「きゃはは」と声を立てた。

 最近の馬車乗りはサービスの一環として、移動中に楽しい話をする奴が多いと聞く。
 俺もどうやら、そういった「愉快な馬車乗り」だと思われたらしい。

「この馬、もうおじいちゃん?」
「ええ。もうずっと頑張ってくれていますよ」
「きゃはは」

 何が可笑しいのか、解らない。

「お馬さんもさ、加齢臭ってするの?」
「どうでしょうね。するんじゃないですか?」
「だからかー。この馬車、なんか変な匂いするもん」
「きゃはは。やめなよー。でも、確かにスピードはないよね」

 俺は馬が好きでこの商売をしている。
 だが、ここまで人間と接する機会が多いとは思わなかった。
 黙って馬車を走らせ、会話を必要としないものだと思っていた。

 俺は馬車を停め、振り向きもせずに言う。

「代金、要らねえよ。テメーらもう降りろ」

 こいつらに悪気がないことは解る。
 だがこいつらは、自分が無礼だと気づいてはいない。
 何が侮辱に該当し、それがどれだけ罪深いことなのかを知らない。
 その無知が、俺を怒らせる。

 説教をするつもりさえ起きなかった。
 小娘どもはピヨピヨと「それが仕事なんでしょ」という類の正論を喚いている。

「仕事放棄だ。だから金を取らねえって言ったんだろうが」
「このこと、あんたンとこの会社にチクるからね!」
「すっごい失礼な態度だよね! 絶対チクるー!」

 その「すっごい失礼な態度」というのは、お前らが引き起こしたことなんじゃねえのか?

 腹の中ではそのように思っていたのだが、俺は自分の気持ちを言葉にするほど器用じゃないし、苛立ってもいる。
 だからただ大声で、「早く出ていけ」と怒鳴った。

「ロウェイ、ちょっと」

 会社に戻ると同時に、社長に呼び出される。
 案の定、あの踊り子ども、本当に会社に苦情を言いに来たらしい。

「お前、仕事やる気、あるのか?」

 小娘の軽率な言動に腹を立てるなという説教にだったら甘んじるが、どうして仕事への熱意を疑われるのか解らない。
 いや、正確には、解る。
 俺が客を減らしたことに、社長は憤っている。
 その事実を曲解し、先走って、客を減らした理由を勘違いしているのだ。
 俺に仕事をやる気がないのだ、と。
 さっきの客がいかに自分達の無礼を伏せ、どう大袈裟に俺のことを悪く言っていたのか、想像も容易だった。
 解らないのは、何故に社長は、付き合いがある俺よりも、見知らぬ小娘の言葉を信じたのか、だ。

「悪いって思っています」

 若い娘に立腹してしまった度量は、我ながら狭いと思う。

「言うだけなら簡単なんだよ!」

 社長の檄は、いつだって的確ではない。

「お前はな、客を客だと思ってないんだよ!」

 俺のどんな態度でそう思われたのかは、なんとなく解る。
 確かに俺の接客態度は最悪だ。
 でも、その態度の理由は、客を客だと思っていないからではない。
 それなのに、どうして断定されているんだ、俺は。
 他の可能性が想像できないのか、社長は。

「威圧して、ふんぞり返って、お前、王様じゃねえンだぞ!」

 俺がいつ、威圧して、ふんぞり返ったのか解らない。
 俺がいつ、王様を気取ったのか解らない。
 社長が何故、こちらの言い分を尋ねてこないのか解らない。

「だいたいお前、馬小屋に毛布を持ち込んでるだろ!」

 話題の展開が読めない。
 寒い夜、ワラだけだと馬が凍える想いをするだろうと思って、それで確かに棲み家からは毛布を持ち込んだ。
 馬小屋が持ち込み禁止だと知ってはいるが、それは火事や病気を避けるためのルールだ。
 日干しした毛布ぐらい、問題ないはずだ。

「お前、ルールは破るものだと思ってないか?」

 覚えているのはそこまでだった。
 どうやら、俺はキレてしまったらしい。
 気がつくと、社長が顔を押さえ、うめいている。

「ロウェイ、お前はクビだ!」

 クビのついでだ。
 社長をもう1発殴って、俺は馬小屋に向かった。

「済まねえな。俺、不器用でよ。またクビになっちまったよ。短い間だったけどよ、今まで、ありがとな」

 馬の頭を撫で、抱き込む。

「最後まで面倒、見てやれなかったよ。ごめんな」

 相棒は、ブルルと声をかけてくれた。
 毛布は、きっと社長に捨てられてしまうだろう。
 それでも相棒にかけ、俺は馬小屋を後にする。

 悪いことは重なるものだ。
 酒場でヤケ酒に明け暮れていたら、いつの間にやら酔っ払いに声をかけられていて、いつの間にやら会話をさせられ、いつの間にやら喧嘩をし、いつの間にやら数人を半殺しにして、気づけば何故か、俺だけが店を追い出されていた。
 どうやら俺は、どこにいたって悪者扱いをされるらしい。

 よろよろと家路を進み出す。

「あの、もし」

 店のドアが開いた気配がして、すぐに背後から女の声がしたが、どうせ説教の類だろう。
 無視して進む。

「あの、もし」

 もう1度聞こえたので、振り返る。
 女は、シスターだった。
 暴力はいけませんなどと、解っていることでも言いに来たのだろうか。

「なんの用だ?」
「あの、私、お酒が飲めないので、酔ってはいません。そこのお店の方にお願いされて、まだ小さなお子さんに絵本を読んでいて、寝ついてくれたので、帰りの挨拶をさせて頂いてたんです」
「それがどうした」
「さっきの喧嘩を見て…」
「それで?」
「あなたが心配になりました。痛そうだったから」
「痛そうなのは、まだ店の中で伸びてる奴だ。俺じゃねえよ」
「いえ」

 シスターは、少し間を置いた。

「あなたが、痛そうだったんです。ずっと我慢させられて、辛かったんじゃないかって」

 被害者扱いをされたことが初めてで、驚く。
 まじまじとシスターを見た。

「差し出がましくって、ごめんなさい」

 女はペコリと頭を下げる。

「私、いつも、すぐそこの教会で暮しています。何もない小さな教会なんですけど、手当てぐらい、できますから」

 俺の両拳は皮膚が擦り切れ、腫れていた。
 冷水に浸され、包帯を巻かれる。
 口元のわずかな傷も、消毒された。

「あの、なんつうか、…すまねえな」

 ボソリとつぶやくように、ようやくそれだけを振り絞るように、言った。
 馬以外の奴に礼を言うだなんて、慣れていないから苦労した。

「あなたは、傷つけられているんだと思うんです」

 シスターは申し訳なさそうな顔をしている。

「なんで、俺がそうだと思うんだ?」
「自分の心を傷つけられて泣く人もいれば、怒る人もいます」

 何を言い出すのか読めない奴もいるのだと、またもや驚かされる。

「あなたは人の気持ちが解るから、怒るんだと思うんです。嘆く感情が、怒りに変わっているんだ、とも。さっきの争いの後、あなたはスッキリしていないように見えました。悲しそうな顔に、なってました」
「そうだったのか、俺は」

 そうかも知れない。
 少なくとも、この女の言うことには説得力を感じる。

「手当て、その、…ありがとう」

 いつの間にやら手当ては終わっていて、俺は教会の外でシスターの顔を見ている。

「いえ。遅い時間なのに、引き止めてしまって、ごめんなさい」
「いや、そんなこたァねえよ。ちゃんとシラフになったら、礼しに来るからよ」
「お礼だなんて、気になさらないで下さい。でも、またいらして下さいね」
「え、ああ、おう」

 手当てをされたのは、拳や殴られた傷だけではなかった。
 今まで蓄積されていた胸の憑き物が落ちた。
 そんな清々しい気分だ。
 酔って危なっかしかった足元も、今ではシャンとして、歩けている。

 夜空を見上げると、月がいつもより少しだけ大きく見えた。

 仕事を失ったものだから、俺は昼間から「昨日の礼だ」と称し、教会を訪れる。
 本当の目的は、もっとシスターと話をしたい、ただそれだけで、会話が嫌いな俺としては珍しい。

「あら」
「おう、来たぜ」

 シスターの周りには、小さな子供達がいた。

「誰ー?」
「この兄ちゃん、誰ー?」
「この方はね、私のお友達なの。ちょっと待っててね」

 シスターが使った「お友達」という言葉が、心地良い。

「おう、昨日、どうもな」
「お気になさらないでって言ったのに」

 くすくすと笑う仕草さえ、俺の何かを救っている気がした。

「俺よ、何か買ってこようと思ったんだけどさ、人に何かやったことなくてよ。花にしようと思ったんだけど、花瓶がどこに売ってるのか知らなくてよ。手ぶらで来ちまったよ」
「いいんですよ。ゆっくりしていって下さいな。今、お茶を煎れますね」
「いや、気にしねえでくれ。そんなことされたら、また明日、礼を言いに来なきゃならねえ」
「あら。だったら尚更です。紅茶、お好きですか?」
「おう、好きだ。いやそうじゃねえ。俺は何かタダ働きしに来たんだ。昨日の礼によ」
「いいから、子供達のお相手、お願いします」
「待ってくれ。俺ァ子供、苦手なんだよ」

 訴え空しく、シスターは台所があろうと思われる教会奥に行ってしまった。

「お兄ちゃん、なんていうの?」
「おいおい、なつくなよ。名前か? ロウェイだ」
「ロウェイー、いくつー?」
「縄跳び、できる?」
「絵本読んでー!」
「うるせえな! いっぺんに喋るなよ! 絵本なんて持ってくんな! 俺ァ字ィ読めねえぞ!」

 声を張り上げると、子供らはきゃっきゃと手を叩く。
 昨日の小娘どもと同じようなはしゃぎようだが、不思議と腹が立たない。

「なあシスター、むかつく客と、あのガキども、どう違うんだろうな」

 紅茶を馳走になりながら、どうして子供に腹が立たないのかが気になって、疑問をぶつけた。
 シスターはニコリと笑む。

「それは、ロウェイさんが、心の中でしゃがんであげているからですよ。昨日のお客さんにはロウェイさん、対等に接したんだと思います。だからイライラしちゃったんでしょうね」
「そうか、昨日の小娘どもも、子供だと思ってしゃがめば良かったのか。でも、そんなの失礼じゃねえか? なんか手加減されてるみてえでよ」
「手加減、いいじゃないですか。本気で来られたらほうは、背伸びに疲れちゃいます」
「でもよ、しゃがみ続けるってもの、疲れるじゃねえか」
「その時は、そうですね。いっそ、立ち上がっちゃいましょうか」
「いいのか、素に戻っちまっても」
「ええ。たまにそうして、自分の目線に戻ってあげるんです。相手に、本当の自分を見せてあげるのも、たまには刺激になるでしょう?」
「俺にゃあまだ、よく解らねえや。バカだからよ」

 人間相手なのに、こんなに喋れるのかと、我ながら意外だ。

 この日はガキどもと一緒に夕飯まで喰わせてもらい、帰宅する。
 明日も「昨日の礼」が必要じゃねえかと、帰り道で独り言をつぶやいた。

 昨日の礼は何だかんだと結局、毎日言いに来るようになっていた。
 雨漏りをする天井を直せば果物を貰い、ガキどもの相手をすれば紅茶を出され、夕飯時だと質素ながらも食事を馳走される。
 おかげで、礼を言い足りない。

「なんだか、あんたには貰いっぱなしだ」
「私も、ロウェイさんからは色んなもの、いっぱい頂いていますよ」
「そうなのか? 何もやってねえぞ、俺ァ」
「元気、貰っています」
「そうかなあ。あんたは、俺がいなくても元気だと思うんだけどなあ」
「そんなこと、ないですよ。私、ロウェイさんが来てくれるようになって、笑う回数が増えました」
「ホントか」

 人が喜んで、自分まで嬉しくなるなんて、また1つ思い知ってしまった。

「なあ」

 前々から気になっていたことがあって、俺は尋ねる。

「あんた、いい人いないのかい?」
「恋人、という意味ですか?」
「おう。あんた、器量もいいし、優しいじゃねえか。男が放っておくわけねえだろ」

 するとシスターは、ころころと笑った。

「私、神様に仕えていますから、そういうのはないんです」
「あ、そうか。そうだったな。あんた俺に聖書なんて読まねえし、すっかり忘れてた」
「お望みとあれば、読みますよ?」
「いや、勘弁してくれ。眠くなっちまう」

 2人で笑い合う。

 神様がライバルか。
 などと洒落たことを考えて、俺は内心で慌て、その想いをかき消した。
 俺みたいな無粋な奴に言い寄られても、困るだけだろう。

「さてと、そろそろ帰ェるわ。今日も邪魔しちまったな」
「とんでもないです。いつでも邪魔しに来て下さい」
「邪魔って言い切られるのも嫌だな」
「あはは。そうですね。ごめんなさい」
「いや、いいって」

 そこでふと、口元に添えられたシスターの手に違和感を覚える。
 手の甲に、赤紫のアザがちらと見えた。

「どうしたんだい、その手」
「ああ、これですか。いつの間にか。どこかでぶつけたのかしら」
「いけねえなあ、気をつけねえと。あんたに何かあったら、ガキどもが泣くぜ。じゃ、帰るわ。お大事にな」
「はい。ありがとうございます。みんな、ロウェイさん、お帰りになるわよ」

 子供達の集合は、もはや毎日の儀式だ。

「ロウェイー! また明日ねー!」
「ばいばーい!」
「おう、また明日な、ガキども」

 1人1人の頭をくしゃくしゃと乱暴に撫で、家に向かう。
 月が、またさらに大きく見えた。

 崖の側面を掘り抜いた横穴に、俺は住んでいる。
 人と会いたくない頃に、俺はこんな素っ頓狂な棲み家を作った。
 木の板を外し、洞窟のような我が家に入る。

「シスター、びっくりするだろうなあ」

 俺は気味悪くニヤニヤ笑って、今夜も唯一の特技を振るった。
 キャンパスに、絵の続きを描き始める。
 普段から世話になりっぱなしだというのに、俺には物を買う金も尽きている。
 プレゼントといったら、俺には絵を描くことぐらいしか思いつかない。
 下書きはもう出来ていて、あとは色を塗るだけだ。
 教会の前に、ガキどもと、シスターと、俺が立っている。
 買ってやれなかった花を、ここぞとばかりに周囲に咲かせた。

「喜んでくれるといいなあ」

 そうだ。
 3日ばかり教会通いを我慢して、さっさとこいつを完成させちまおう。
 その思いつきは、俺を少し寂しい気持ちにさせたが、時間の先行投資だと割り切った。

 俺は腕をまくる。

 絵が完成した日、俺は熱を出していた。
 体温を計る物がないからどれだけの熱なのかは解らないが、おそらく高い。
 いつの間にやら、手にはシスターと同じような赤紫のアザができていて、それは日に日に少しずつ大きくなっているように思えた。

 最近、他にもおかしなことがある。
 月が徐々に大きくなっているのも、考えてみれば不自然なことだ。
 地面も、たまに揺れるようになった。
 どれもこれも、初めての現象だ。
 耳鳴りがするのは、気圧に何かしらの変化が起こったということだろうか。
 表からは、どこか遠くでゴーっと、濁流のような重低音が聞こえる。
 心なしか、体重が軽くなったり、重くなったりと、毎日一定のリズムで変化する。
 その変化は微妙に、やはり日が経つにつれ、重量の幅が大きくなっている気がした。

 絵の完成からさらに1週間。
 俺は寝込みながら、街で聞いた2つの噂を思い出していた。

 流行り病のこと。
 天変地異のこと。

 手のアザはもはや両手両足に現れ、体の中心に向かって進行している。

 どうにか身を起こして、よろめきながら、俺は出入り口の板を外した。
 表に出て、俺は息を飲む。

「マジかよ」

 月が、大き過ぎる。
 もうすぐ落ちてくるんじゃないか思えるほどに、月は夜空の数割を支配していた。
 もはや眩しいぐらいで、色は黄色ではなく、灰色に変色してしまっている。

 天変地異だ。
 もうじき、とんでもないことが起こる。
 こうなってしまっては、誰でもそう確信するだろう。
 地面が小刻みに震え、轟音もどこかで鳴っている。

 熱で朦朧とする意識を奮い立たせ、俺は街に向かって、よろよろと歩き出した。

「シスター、いるかー! おーい! ガキどもー!」

 教会の中には人影はない。

「どこだー! おーい!」

 叫びながら、ドアを開けて回る。
 そこで俺は、「なんてこった」と言わずにはいられなかった。

 1番奥の部屋は、子供達の部屋だった。
 2段ベットが並んでいて、その全ては埋まっている。

「なんてこった。マジかよ。なんてこった」

 ガキどもはみんな、全身を赤紫にさせ、息絶えていた。
 部屋の奥には椅子があって、シスターが座っている。
 顔が、肌色ではなかった。
 抱いている子供は、もう息を止めてしまっているのだろう。

「おい、シスターよお! 大丈夫か! おい! なあ!」

 肩を揺さぶる。
 ゆっくりと、彼女は目を開けた。

「ロウェイ、さん…?」
「おう、俺だ! 大丈夫かよ!」
「わ、たしは、だいじょう、ぶ、です…」
「くっそう! なんてこった! ガキどもが…! みんな…! あんな元気だったじゃねえかよ!」
「ロウェイさん、会えて、嬉しい」

 ベットの1つ1つを確認していると、シスターは「子供らは、天に召されたんですよ。神様に守られたんです。だからロウェイさん、悲しまないで」と、途切れ途切れに言った。
 その目は、俺がいない方向を見つめている。
 シスターの目は、見えなくなっていた。

「そんなの、俺は納得できねえよ!」

 涙でぐしゃぐしゃになりながら、俺はシスターから子供を奪い、小さな亡骸をベットの中に寝かせる。

 シスターを抱きかかえ、外に出た。
 月が近いせいか、病のせいか、シスターの体は驚く程に軽かった。

「あんたに、見せたいものがあるんだよ。ごめんな。遅くなって、ごめんな」

 いくら彼女が軽いとはいえ、俺は俺で衰弱している。
 それでも、シスターが目を閉じたら2度と目覚めないような気がして、俺は声を張り上げ続けた。

「俺よ、驚かそうと思って内緒にしてたんだよ。ごめんな。もっと早く言えばよかったよ」
「なに、を、内緒、に…?」
「俺、俺よ、絵、描いたんだよ。あんたと、ガキどもに見せたくってさ。ごめんな。俺、遅かったよ」
「絵、描くんですか、ロ、ウェイ、さん」
「おう! もう完成したんだ!」

 シスターの目は、もう見えていない。
 それは解っている。
 抱きかかえた時も、彼女の目は俺を追ってはいなかった。
 それでも、俺はみすぼらしい洞穴のような棲み家に、シスターを連れていきたかった。
 絵を、どうしても見せたかった。

 地鳴りが激しくなり、ドラゴンの咆哮を思わせるような音も徐々に迫ってきている。
 俺の足はふらつき、ずるずると、1歩1歩、ゆっくりと前に進ませる。
 街道はまだまだ、めまいがする程、遠くまで伸びていた。

「もう、ちょっとだけ、辛抱な」
「ロウェイさん。少し、休みましょう」
「駄目だ。俺は大丈夫なんだ。待っててな」

 息が切れ、視界が白く染まりかける。
 とうとう、俺は揺れる地面に膝をついてしまった。

 神様よ、あんまりじゃねえか。
 あんたに仕えたこの人だけでも、せめてどうにか、幸せな最後を迎えさせてやってくれよ。
 今まで祈らなかったのは謝るよ。
 俺ァどうなってもいいからよ。
 だから、頼むよ、神様よ。

 生まれて初めて、俺は神に乞う。
 涙のせいか、病のせいか、視界がぼやけた。

「頼むよ! 神様よォ!」

 絶叫はしかし、謎の轟音の中へと消える。
 シスターを地面に下ろし、息を整える。
 地面の揺れは収まるどころか、さっきよりも大きくなっていた。

 遠くから、さらに別の地響きが近づいてくる。
 懐かしいリズムで、地面が脈を打った。
 遠くから、何か来る。
 涙を拭って、目を細める。

「相棒!」

 蹄の音が力強い。
 先日まで一緒に働いていた、馬車を引いていた、あの馬だった。
 寒い夜には毛布をかけ、毎日声をかけていた、年老いた、俺の相棒だ。

「来てくれたんだな、ありがとな。神様よ、ありがとな」

 最後の力を振り絞るかのように、俺は再びシスターを抱きかかえ、相棒の背中に乗せる。
 俺もまたがって、相棒の首筋を撫でた。

「俺からの、最後のお願いだ相棒。今日も踏ん張ってな」

 ささやかな我が家に着くとシスターをベットに横たえ、キャンパスを近くまで運ぶ。
 油の絵の具はもう固まっていた。
 俺はシスターの手をそっと持ち上げる。

「さあ、見てくれ。俺が描いた絵だ」

 俺の赤紫の手が、シスターの赤紫の指を取り、導く。

「これが教会だ。ほら、屋根も直ってるだろ。こいつがガキども。顔はな、みんな今の俺達に向かって、笑ってる。で、これが俺で、これがあんただ」

 説明しながら、俺は泣いた。
 せいぜい悟られないよう、声の震えを抑える。

「前に俺、花を買ってこれなかったじゃねえか。だから、教会の周りに咲かせたんだ。黄色いやつと、オレンジの花だ。あんたみてえな、太陽みてえな色にした。いっぱい咲いてるだろ」

 シスターは弱々しくもしっかり、微笑んでくれた。

「こんなに、綺麗で、暖かい絵、初めて」
「そうか。気に入ってもらえて、嬉しいよ」
「ロウェイさん」

 地響きの音や、謎の轟音のせいで、彼女のか細くなった声が聞き取りにくい。
 一言だって聞き漏らしてなるものかとばかりに、俺はシスターの口元に耳を近づける。

「なんだ?」
「私、実は、ロウェイさんに、隠していることが、あるんです」
「なんだ、どんなことだい」
「私が病気で、頭がおかしくなったなんて、思わないで下さいね」
「当たり前だろうが。信じるぜ」
「良かった…」

 そう言って、彼女は長い話を始めた。

「実は、私も、子供達も、この世界の人みんな、ロウェイさんのこと、騙していたんです。ロウェイさんが生まれてから今までに知ったことって、全部嘘なんですよ」

 最初は、何を言っているのか解らなかった。
 黙って、俺は彼女の言霊の続きを待つ。

「この世界、全部が嘘なんです。ロウェイさん1人を騙すための、偽物の世界なんです。人間は、本当は、ロウェイさん1人だけなんです」
「じゃあ、あんたは人間じゃないのかい」
「そうなんです。神様が、ロウェイさんを騙すようにって」
「なんでまた」
「ロウェイさんは、実はまだ産まれる前なんです。産まれる前に、ロウェイさんに試練を受けてもらっていました。今までずっと」
「試練?」
「そうです。これに合格したら、ロウェイさんは改めて本物の世界で産まれるんです。ロウェイさんは優しい人だから、絶対に合格します」
「そりゃ、ありがてえな」
「これ、内緒ですよ、神様には。私が打ち明けたって、誰にも言わないで下さいね」
「おう。約束する」
「私はもうすぐ死んじゃいます。でも、それも、神様が書いた台本ですから。嘘の世界のことですから」
「おい、待てよ」
「悲しまないで下さいね。私は、本当は死にません。この世界は登場人物が多いから、1人で何役もこなすんです。今のこのシスター役が死んでも、私はちゃんといますから。また別の誰かになって、ロウェイさんの前に現れます」

 相槌が打てなかったのは、信じていないからではない。
 涙で、声が出せないのだ。

「他の役になったら、私はロウェイさんに、試練のこととか、今の私のこと、絶対に知らないフリ、しちゃいます。もしかしたら、ロウェイさんを怒らせちゃう役かも知れません。でも、もしそんな人が現れても、その人は、私かも知れないから、ぶたないで下さいね」

 何度も何度も、俺は頷いた。

「私、この後、神様にお願いしてみます。ロウェイさんが恋するような女性の役になりたい、って。できれば、神様に禊を捧げていない役。そしたら、私、ロウェイさんに、お嫁さんにしてもらいたいです」

 どうにか返事をしなくては。
 一緒に住もうな、と。
 今度はちゃんと働くし、穴にも住まねえ。
 喧嘩もしないし、腹も立てねえ。
 ぶっきらぼうな性格も直すよ。

 約束しようと、口を動かそうとする。
 それでも先に喋ったのは、彼女だった。

「好きですよ。あなたが。私、あなたに会えて、よかった」

 シスターはそして、ゆっくりと瞼を閉じる。
 安らかな寝顔のようなその顔は、やはり赤紫に染まっているけども、俺には最高に綺麗で、何よりも偉大に見えた。

 もはや聞こえてはいないであろう彼女に、囁く。

「おう。俺ァまた、あんたを好きになるよ」

 このまま世界は、1度終わるのだろう。
 そんな気がした。

 大洪水が起こり、大陸を全て飲み込むかも知れない。
 1つだった大陸は、バラバラに砕かれるかも知れない。
 バベルタワーは崩れ去り、箱舟と呼ばれる移動式シェルターが役に立ち、人類がいつか再び繁栄するかも知れない。
 高速で移動した大陸はやがて速度を落とし、水が引いた後の世界には洪水伝説だけが残るかも知れない。
 もしかしたら「1夜で消えた幻の大陸」なんて言い伝えが、どこかで語られるかも知れない。

 例えばそんな時代が来たとしても俺は、決してこの手を離さない。

−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

「いい加減、答えてよ」

 メインディッシュを楽しんで、料理の余韻に浸りながらも私は、改めて彼に詰め寄る。

「そんな話、いつ考えたの」

 少なくとも、3組目のロックペア発見が報じられたのは今朝だ。
 急遽作った話にしては、設定が細かいと思う。

 彼はワインのボトルをもう1本追加するべく、ウエイターを呼んだ。

「まあ、飲もうよ」
「その奮発振りも謎」

 決して安いお店じゃないのに、「最近は金がない」が口癖の彼にとっては、けっこうな散財になるはずだ。

 ニューボトルが届いて、彼は今度もまた、私のグラスを優先して満たす。

「そうだなあ。この話を僕が知ってる理由だろ?」
「なにその、今から考えますって雰囲気」
「実は、僕の正体が、太古から生きてる死神だった。ってのは?」
「あたしは何度も、あんたに直で触ってるっつーの」
「あ、そうか」
「ねえ、なんで? マジで気になるんだけど」
「そんなことよりさ、ロックペアの画像、持ってたよね」
「え? うん」
「ちょっと、開いてみて」

 彼に言われ、私はケータイを操作し、目的の画像を表示させる。

「その画像がね、ロウェイ達だ」
「なんで解るの?」
「頭の部分、見て」

 言われるがままに、注目をする。
 彼が再び、得意げな笑顔を見せた。

「鼻先が触れそうになってて、完全に横顔になってるだろう? 2人とも」
「うん。なってる」
「ハートの形に見えないか?」
「あ!」

 厳格なお店の中だということも忘れ、私はつい大声を出してしまった。
 彼の言う通りだったからだ。
 向き合った2つの頭蓋骨が、ハートをかたどっている。

「ハートは、1人じゃ作れない」
「凄いよ、凄い! ホントにハートじゃん!」
「実は、4組目のロックペアの話があるんだ」
「え?」

 意外な展開に耳を疑う。

「4組目?」
「そう。でも、まだ発見されてない」
「じゃあ、なんであんたが知ってるの」
「発見されない理由があるんだよ」
「私の質問に答えない理由も知りたいんだけど」
「4組目は、まだ生きていて、白骨化していない。ってのは、どうかな?」
「何よ、『どうかな』って」
「いやあ、やっぱり緊張する」

 彼はそれで、背もたれに身を預け、ネクタイを緩めるような仕草をした。

「実は、最初からね、いっぱい考えてたんだよ、ロックペアの話。君、1組目が見つかった時から興味持ってたじゃない。それで、『これは使える』って思ってね」
「あ、やっとタネ明かしだ」
「そしたらさ、続々と発見されるでしょ? せっかくだから、作った話を全部使うことにしたんだ」
「ご苦労様でした」
「裏設定まであるんだぜ?」
「どんな?」
「ロックペアの発見場所だよ。世界地図をさ、大陸が1つだった頃まで戻すと、それなりに3ヶ所は近くなる」
「あ」

 頭の中で、私は世界地図を広げた。
 イタリア、アメリカ東部、エジプト。
 確かに。
 大昔、大陸移動を始める前の状態まで地図を戻すと、発見場所はそれぞれ、そこそこに近い。

 彼、なんだってここまで頑張って話を作ったのだろう。
 謎が謎を呼ぶとは、まさにこのことだ。

 その点を問い質すと、彼は今までの笑顔を曇らせる。

「いや、だってさ。凝りたいじゃないか。たぶん、人生で最初で最後のことだし」
「何がよ?」
「クイズ形式にしようかどうしようか、今、迷ってる」
「ヒントは?」
「もう出てるかも」
「どれがヒントになるのか、わかんないよ」

 すると彼は「じゃあ第1問」と言って、出題を始めた。

「最初の怖い話では、奥さんが疑わしい行動を取っていたよね。その行動は、実は何のためだった?」
「えっと、結婚記念日」
「そう。5年目のね。続けて第2問」
「はい」
「最近の僕にお金がなかったのは、なんででしょう」
「知らないよ、そんなの」
「うう〜。そうだよね」
「なんでなかったの?」
「実は、今日のために、貯めてた」
「そうだったの!? なんで?」
「続いて第3問。4組目のロックペアは、まだ生きているから発見されていない。ってのは、どうかな?」
「もはや問題じゃないじゃん。でも、いいんじゃない? そんな設定も」
「だよね。ふう。やっぱりアレだな。思い通りに切り出せない」
「なんなのよ、さっきから」
「君に、プロポーズがしたいんだ」
「へ?」

 思わず間の抜けた声が出た。
 今、なんて?

「ここで格好良く、『俺達が未来のロックペアになろう』なんて言えたらいいんだけどね。でも、我ながらキザっぽくって」

 どういう、ことですか?
 思わず敬語で尋ねそうになる。

「僕ら、付き合うようになってもう5年だし、そろそろいいかなって」

 彼は上着の内側に手を忍ばせる。

「ちゃんとベタに、給料3ヶ月分だ。律儀だろう?」

 もじもじと、それでいてどこか誇らしげに、彼は小さな箱をゆっくりと取り出し、私の前に置く。
 頭の中が一気に真っ白になって、回転しなくなった。
 それでも、箱の中身が何なのかぐらいは解る。

 ここまで手の込んだ求婚に対し、私はどのようにイエスと言えばいいんだろう。
 そのことで、私の頭はいっぱいになった。






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※ロックペアという単語は、作品内の造語です。
 作中では遺骨が3組発見されたとありますが、実際には1組だけが見つかっています。

コメント(162)

あんたのせいで、明日は寝不足だよっ!一票。
ステキだったわーぴかぴか(新しい)ぴかぴか(新しい)頭の中で映像となって凄く楽しかったです、文句なしの1票!!本当は100票入れたい気分です。
泣いたε=ε=ε=ε=ε=ε=┌(; ̄◇ ̄)┘凄い話でした。
一票

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