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十二鳥コミュのゆびきりげんまん・5

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[ゆびきりげんまん・5]

嫌悪の表情だった。
桜子の母親は梅垣と列んでソファに座る川島を見て、あぁ、この人もやっぱり本来はそういう人種だったんだと、激しく憤りを感じた。

梅垣の事は、この数カ月で何度か見て知っていた。
来客すれば桜子の母は席を外していたが、工場を潰しにかかる暴力団の高利貸だと知ってはいた。
善良な人間から自分たちが大手を振って生きる為に、騙して脅して全てを奪い取る最低な人種だと軽蔑していた。


そんな最低な人種に、まさかこの川島が…、

いつも桜子を我が子のように可愛がって遊んでくれていた、この人が。

やくざ者である事は知っていたけれど、一般人まで食い物にする、こんな高利貸と同じ人種だとは、思いもしなかった。



裏切りを受けたような、騙されたような、忿懣やる方ない思いが、桜子の母を嫌悪に満ちた表情にさせた。

用意したお茶も荒々しくテーブルに置くと、川島に一瞥も無く事務所を出ていった。

「お、嫌われたもんだナァ」
梅垣がそう言うと川島が立ち上がった。

「さ、桜子のおっ母さん、ちょっと待っ…」
追い掛けようとする川島の腕を梅垣が掴んだ。

「放してくれっ」

「……駄目だ」
梅垣は据わった目付きで川島を睨んだ。

「…辰っちゃんの知り合いか?」
「そうさ、だ、だから、は、放してくれよ!」
川島は力一杯に梅垣の腕を振り払った。

「だったら追うんじゃねえっ」
稲妻のような怒声が雑然とした事務所に響き渡った。
「ヒィッ」とパーティションの裏で驚いた社長の間抜けな悲鳴が小さくあがる。

「辰っちゃん…。俺が此処までヤマを詰めるのに、こっちは散々苦労してんだよ…。
今更、情けの掛かる真似はするな」

梅垣の言葉に、川島は吐き出すような思いで反論する言葉を探した。
「け、けど俺は…、俺ァ…」

「頼んでねぇとでも言うつもりか。
オレと親父がお節介で勝手に廻した仕事だとでも言うつもりかい…」

「………」
梅垣の言葉に川島は言を失った。
一瞬だけ梅垣の言葉に、そうだ、と言いたくなったが、寸前で飲み込んだ。

「…辰っちゃん、オレたちゃァ、やくざなんだよ。義理と人情だけで生きて行けねぇ時代に生まれたやくざなんだよ。
今までそうして生きてきたろうが。
凌ぐ為に、お前だって『夜討ち朝駆け』で人を追い詰めて、オレたちの片棒担いでやってきてんだよ。
こういう現場に立ち会ったら、今更自分は無関係だ、違うんだみたいな面するなっ!
オレ達は、今までもずっとこうして飯にありついてきたんだから!」





帰りの車中。

ふたりは一言も発しなかった。
川島は、ただ町並みに沈みかける夕日を車窓から眺めていた。

梅垣の言葉が重く響いていた。

「ここでいい…」
川島の住むアパートはまだ先だったが、駅前の商店街で車を降りた。

「25日に迎えに行く…、権利書の受け取りだ」
降り際に梅垣がそう言うと、川島は背中を向けたまま、「あぁ…」と頷いた。


川島はひとり重い足取りで商店街を歩き、二、三人のサンタクロースとすれ違った。

『サンタも色々と事情があるのさ』

彼等を見かける度に、梅垣のそんな言葉を思い出した。


あいつらにも…、貧乏人の子供にプレゼントをやれねぇ、のっぴきならねぇ事情があるのか…。


昼間は桜子にプレゼントを渡してやる様に、きっちり脅しを入れてやるつもりだった。
だが、今はそんな気になれなかった。




川島がアパートに着いた時には陽はとっぷり暮れていた。
商店街の帰り道に、八百屋で網に入った蜜柑と大好物のバナナを一房買った。
それを食べて落ち込んだ気持ちを入れ換えようと思った。

年の瀬の日暮れは寒気が激しく、玄関に鍵を挿しても、かじかむ指がもたつく。
白い息を吐いて錠を、回していると、隣から子供の泣き声が聞こえた。


さくらんぼが泣いているのか…。

川島は直ぐに桜子と母の住む隣の玄関に立って戸を叩こうとした。

バナナを一本あげよう。
さくらんぼはきっと喜んでスグに泣き止むぞ。
俺も好物だけど、さくらんぼが泣き止むなら…、あの子が笑うなら、一房全部くれてやろう。


そう思った時。

桜子の泣き声に交ざる母の声を聞いた。

聞き分けなさい!
あのおじさんとは、もう遊ばないの!
悪い人なんだから!


桜子の母はヒステリックに幼い我が子を怒鳴りつけていた。

よく聴けば桜子は泣きながら仕切りに、
いやだ、いやだ、おじさんと遊びたい、
何度も何度もそう言いながら泣き叫んでいた。


そ、そうか、悪い人か…
お、、俺は、さくらんぼのおっ母さんの仕事を奪うんだもんな。
悪い人だ…。


川島は、母の叱り声と桜子の次第に激しくなる泣き叫ぶ声に耳を塞いで、自分の部屋へ駆け込んだ。


裸電球に万年床の布団と小さなちゃぶ台一つの六畳一間の薄暗い部屋。
カーテンすら無い窓から、月明かりだけが差し込んでいた。

川島は部屋の明かりすら点けず、壁際に座り込むと、震える手でバナナを一本むしり取り、無心で食べた。

薄い壁からはまだ桜子の泣き声が聞こえてくる。

バナナを頬張る、顎がガクガクと奮えた。

途端に薄暗い部屋が滲んで見えた。

涙が溢れていた。

川島は、拭いきれない溢れる涙流し、咽びながら無くした小指を噛んで声を殺し、ただ泣いた。

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