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十二鳥コミュのゆびきりげんまん・4

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[ゆびきりげんまん・4]

川島と梅垣を乗せた車は、小さな街工場へ到着した。
「な、なんだい此処は?」
ガシャンガシャンと機械の回転音が外まで響いてくる。
川島はトタン屋根とヒビだらけのモルタル壁の工場を、マジマジと覗いた。
「親父から聞いてるだろ、此処が物件返済になる印刷工場さ」

「へぇ…」
頷きはしたものの川島はなんだか違和感を感じた。
それは人の多さにだろうと思われる。
川島も『夜討ち朝駆け』のついでに何度か今までに、物件返済の立ち合いをした経験がある。
だがそんな会社や商店は大概従業員の姿は既にないのが常だった。

だがこの工場は違う。
外の窓から中を覗くと、二十人前後の社員が働いている。
川島はその様子に違和感を感じたらしい。

「う、梅ちゃん、この会社、ず、随分景気が良いみたいだけど…」

すると梅垣は不敵に口元を緩め、サングラスを一度指で押し上げた。
「まぁ…、悪くは無かったかもな。ウチから金をツマまなければ」

そういうと川島を促して、梅垣は工場へと入っていった。

ズカズカと構内を歩く二人に、従業員たちも気付き、俄かにざわめいている。

無理もない。

黒革のロングコートにサングラスを掛けた男と見るからにそれと分かるようなパンチパーマの男。
更に梅垣に至っては、くわえ煙草である。

驚いた若い男の作業員は、慌てて梅垣を呼び止めた。
「ちょっと待って下さい!危険物を置いてますので、構内で煙草は困りますよっ」

非常に強い口調だった。若い作業員にしてみれば、職務上の義務感だったのか、それとも恐いもの知らずなだけなのか。
言われた梅垣は眉間に深い皺を寄せて、サングラス越しに作業員を見た。

「あ、あの…煙草は、ま…まずいんです」
改めて梅垣の顔を見た作業員は、まるで生気を抜かれたように、怖じけづいてしまった。
長身の梅垣に見下ろされると、思った以上に威圧感があった。

だが、梅垣は仮にも山上一家の幹部である。
あくまで穏やかに「すまない、知らなかったんだ」とにっこり微笑むと、指先で煙草の火元を押し出す様に摘み消し、吸い殻は自らコートのポケットに入れた。
そんな梅垣の外見とは裏腹な行動に、若い作業員は呆然としてしまった。

梅垣にしてみれば、カタギの人間にはカタギの人間以上に、紳士的に振る舞う。
それが山上一家の幹部たる梅垣の流儀だった。


作業員は小さく頭を下げると、また持ち場へと戻ろうとした。
だが梅垣は「ちょっと兄さん」と彼を呼び止めた。

「もしも、引火して火事になっても、もうそんなに困らないんじゃないか」

「は?」

キョトンとする作業員を尻目に梅垣と川島は工場の事務所へと向かった。


まだ知らないのか…。
梅垣はそう心の中でひとりごちた。


ドアを開けて中へ入ると、事務所内は驚くほど雑然としていた。
床には靴で踏んだ跡の付いた、伝票やら書類が散乱している。
デスクの上もホコリを被った分厚いバインダーが何冊も積み重ねられている。
その隙間から、禿げあがった頭部がチラチラと見えた。
「よぉ社長、元気にしてたかい」
梅垣は、その頭に向かって声をかけた。
「あ、梅垣はん!」
社長と呼ばれた男は初老と言うに近い中年だった。
梅垣を見るなり罰の悪い表情を見せた。
「きょ、今日は何の御用でっか…」
社長は頭を何度も下げて、梅垣と川島の前に姿勢を低くして出て来た。
「ん、まぁ特に何の用も無いが、受け渡し前の挨拶に来てみたところさ」
言い方は穏やかだったが、さっきとは一変して、梅垣の眼が鋭い。
相手を射竦める鋭さがあった。
それはあたかも、「逃げるなよ、約束を破るな」そう言っている様な目付きだった。

「ま…、まぁ、そない恐い顔せんと、座っとくんなはれ」
冬場にも関わらず、社長は冷や汗で濡れる額と鼻先を袖で拭いながら言った。
促された川島と梅垣は、パーテイションで区切られた場所に置いてある、ボロボロのソファーに腰を降ろした。


「いやぁ、突然は困りますがな、従業員の手前もありますさかいね…」
社長はふたりの向かいに座り、煙草に火を着けると、世話しなくスパスパと煙りを吐いた。

そんな社長の姿を梅垣は見定める様に、窺っていた。
「従業員の手前ってのは、なんだい。あんたまだ社員に説明してないのか?」

「え?うっ…、ゴホッ、ゴホンッ」
梅垣の問いに驚いたのか、社長は煙りを詰まらせて咳こんだ。

「か、堪忍でっせ!言える訳おまへんがな…」

梅垣は社長の答えに険悪な表情になった。
組傘下の金融会社を一手に任される程のヤリ手で几帳面な梅垣である。
身勝手なだらし無さは、彼を苛立たせる答えになった。

「…いつか言わなければならんだろう、ウチが社長と受け渡しをするまで、もう後何日も無いんだぞ」

梅垣は更に社長を追い込む様に凄んだ口調になった。
「ま…、まぁ、そない言わんといて下さい、ワテにも事情がありまんねや…」

「言っておくが受け渡しの期日に変更は無ぇぞ。
一日でもゴネたら、簀巻きにして海の底だ」

ぴしゃりと言い切る梅垣の言葉に脅しの要素は感じられず、相手にその覚悟をさせておく為の断言だった。

一瞬にして社長の顔が青ざめた。
隣で呆然と成り行きを見る川島は、ふたりの表情を交互に見るだけだった。
彼には難しい話しが理解し難いので、せめて二人の表情から情況を読み取るつもりらしい。

「んぐっ…、判ってます、判ってまんがなっ、この約束を反故にしたりしまへんわ…、」

言いながら涙目で脇腹あたりを抑え出した。
社長は最近まで連日の様に梅垣の金融社に追い詰められ、すっかり胃を痛めている。

「うぅ…、ちょ…、薬、薬飲みますわ、
あ、せや、お茶、出しますさかい、待っといてくんなはれ…」

立ち上って机から、ゴソゴソと薬を取り出すと社長はそのままドアを開けて
「鈴木はん、鈴木はぁん、お茶を頼んますよーっ」と作業場に向かって声をかけた。


社長はまた机に戻り、咳こみながら、胃薬を流し込んでいた。

痩せた小さい背中が痛々しい。
梅垣とは対象に暫く黙って見ていた川島は、何だかいたたまれない気持ちになっていた。


「な、なぁ…、う、梅ちゃん、社長なんだか、か、かか、可哀相だね…」
川島は耳打ちする様に梅垣に話し掛けた。

だが梅垣は厳しい表情のままで、相槌は打たなかった。
「……辰っちゃん、よく覚えておけ。借金で首が回らない人間てのは、最期はどんな手を使ってでも、同情を引いて何とかしようとするんだ。
いちいち気にする事は無い。」

「え…、そ、そうなのかい…」
川島は夜討ち朝駆けでは、あまり借り主と会わないので、こういう場合の対応には疎かった。
その点梅垣は、一家から金融会社を任された、この道の百戦練磨である。社長から眼を反らす事も無く、その小さな後ろ姿を非情な眼でみていた。


社長にしても言われてみれば、横目でこちらを確認している様にも見える。
川島は何だか此処が、人間のあさましさ漂う非常に息苦しい空間に感じた。

早く帰りたい。
無性にさくらんぼの無邪気な竹馬遊びが見たい。

そう思った時、事務所のドアが開いた。

お茶を三つ運んで来た事務員らしき女性が入ってきた。


「あ…、」
川島と事務員らしき女性は同時に口を開いた。

現れたのは桜子の母だった。

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