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十二鳥コミュのゆびきりげんまん・2

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[ゆびきりげんまん・2]

翌朝、四時。
川島の部屋に若い衆が迎えにきた。
外はまだ暗く星も輝いている。

十二月に入ってからは毎日、起床はこんな時間だった。

仕事である。

今の川島の仕事は、もっぱら組傘下の街金の回収業が専門になっている。
そして、わざわざ朝の四時から出掛けるのは、いわゆる[夜討ち朝駆け]の[朝駆け]だった。

早朝から返済を滞納している家や店に出向き、ドアを叩く。
それも大声で何度も叩き、仕舞いには思い切りドアを蹴り、督促忠告文を何枚も貼付ける。
寝る前や、まだ寝ている、夜中やら朝方に、こんな真似をされては堪らない。
生きた心地にもさせない非情な手段。
それが[夜討ち朝駆け]だった。

この手段に出る多くのケースは、期日までの返済が出来ていない、家や店等にこの手を使い、最終的には無理矢理に担保にしていた土地建物等の物件権利書で支払いをさせる。
夜逃げも防げるし、何より金融規制の曖昧なこの時代には、最も有効的な手段であったのかもしれない。


この調子で[朝駆け]は午前7時過ぎまで仕事をする。
毎日、約四〜五件を様々に廻り、8時過ぎには山上一家の邸に帰る。

川島たちはここで返済滞納者の近況などを街金事務所へ報告し、朝飯を食べる。
此処にくれば親分の邸宅だけあって、それなりに良い食事が出来るので、実入りの少ない平の構成組員の川島や若い衆にとっては、有り難い限りである。
それに姐さんの出してくれる朝食は素材も腕前も実に良く、仕事を終えた後の彼等には一番の楽しみになっていた。

そしてこの後、いつもなら川島と若い衆は、[一飯]の礼として邸の庭や部屋の掃除をして帰るのが慣例なのだが、今日に限って食べ終えると、川島だけ親父(親分)の山上晋吾に呼び出された。


二十畳はあろうかという座敷広間の一室。
そこが山上一家組長、山上晋吾の部屋だった。

久しぶりに呼び出された川島は、入門当時から厳しく仕込まれた礼儀作法を間違えない様に、カクカクとぎこちない動きで襖を開け、深々と頭を下げた。
「お、お、およ、およ、…」
緊張でどもる口調が、いつもより酷い。
御呼びでしょうか、その一言が中々出なかった。

「およ、およ、…あ、およよ、およ」

「呼んだ…」
「へいっ」
山上の低い声に、川島は慌てて頭を下げた。
慌てながらもこの時、川島の頭の中は、昔、兄貴分から殴られながら教えられた親分に対する礼儀作法を思い出していた。

[最初に親父の前で頭を下げたら、声を掛けられるまで、顔を上げてはいけない]

だから川島は正座してそのまま頭を下げているが、どういう訳か今日の山上は長々と言葉をかけてくれなかった。

そのまま暫く。
いい加減足が痺れてくるかという、そんなところで漸く山上が口を開いた。

「辰巳、てめぇ今年で幾つになった」

痺れる寸前の言葉で、ホッとした様に、川島は「三十八になりました」と答えた。

「…そうかい。公園で乞食みてえになってたお前を拾った時は、確か十五だと言っていたな」

「へい」

「あれから二十年以上とは…、オメエも根気よく随分頑張ったもんよ」

山上は窓から見える庭を観ながら、感慨深く頷いている。
川島は、親父が何の話しをするのか察する事も出来ず、呆然と山上を見ていた。

「まぁ、なんだ…。オメエも四十を前にしてるし、このままヒラ者にしとく訳にもいくめぇと思ってな」

「は、はぁ…?」

「ムッ、はぁって、オメェって野郎は…」

山上は呆れたが、何だか笑いたくなった。

普通なら大概ここまで話しが出れば、いい加減、出世の話しであると察するものだが、川島は馬鹿というほど純粋だった。

しかし山上は内心、川島のこんな所が嫌いではなかった。
それに山上には、この歳までうだつの上がらない川島を破門する事なく飼い続けた理由がある。

それは大きな手柄がなくても彼の実直な人柄が大きな要因と言えた。

最近は一家に小賢しい若い衆が随分ふえた。
しかし昔気質の山上から見れば、体を動かす前にアレやコレやと論じたり、小知恵ばかり回す最近の若い衆は、どうも好きになれない。

若いうちは考える前に、動く事。それが山上の持論である。
だから少し位、馬鹿でも健気に働く川島のほうがよほど可愛いげがあって見ていて気持ちが良い。

そして年輩者になっても、黙々と雑用や凌ぎ仕事に汗を流す川島の姿は、説教より何より、若い衆の最も良い模範になった。
だから組織の中に、こんな男が一人くらい居ても良いんだと、山上は心から思っている。

「……あのなぁ、辰巳。俺はそろそろオメェを幹部に引き上げてやりてぇと思ってるんだ」

「えっ、お、お、俺をですかっ」
回りくどい言い方を止めた山上の言葉で、川島は今更ながら驚いた。

「おぅ、そこでだ…」


しかし山上が続けた話しは他の連中の手前、ただ出世させる訳にもいかないという内容だった。

仮にも山上一家は極道に生きる侠客である。
けじめは何より優先され、なし崩しは許されない。年功序列の出世など以っての外である。
そこで山上が出した提案は川島に手柄を与える事だった。

「いいか辰巳、よく聞け」
「へ、へい」

川島は再び深々と頭を下げた。
「今、この街に、とある印刷会社があって、そこそこの中小企業だが、ウチの蔵(組傘下の街金)から金を貸してるんだ」
「へ、へぇ…」
「それでやはり返済が遅れている」

「か、かか、回収ですか?」
川島の質問に、「いや」と山上は右手を前に出した。

「ただの回収じゃねぇ」

「は?」

「ヤッコさん年明けには現金で一括完済が出来ると言うんだが、今回は金での回収は求めちゃいねぇ」

山上は無意識に話しを勿体振るので、川島はまた要領を得ない顔をしている。

「あ、あぁ判った、判った。平たく言えば物件回収だ。返済期限が切れちまってるんでな」

こう言われて川島は漸く合点が着いた。
物件回収と言われれば、要はいつも通りの『夜討ち朝駆け』をしろという事だろうと察しがつく。

だが、そんな川島の考えも見抜いた様に、山上は言葉を付け足した。
「辰巳、今回はオメェの討ち駆けは必要ねぇぞ。
既に蔵の若い衆に任せて、散々やらせてあるからヤッコさんはもうケツ捲る寸前だ。
オメェは最後を締めて、抵当権利書を受け取ってくればいいんだ。
仕事としちゃあ極めて簡単だし、あの会社の物件は元金の三倍は降らねぇから手柄としても充分だ。」

普段、仁王の様な顔をしている山上だが、川島に事の説明をし終える頃には、ゑびす像の様な顔をしていた。
そんな表情は実に珍しいのだが、子飼いにしていた川島への親心が、彼をそうさせたのかもしれない。

「どうだ辰、理解は出来たか?」
「へ、へい、む、難しい事はよく判りませんが…、要は権利書をもってくれば、いいんで…」

川島の答えに山上はガックリと頭が下がった。
何故これだけ説明して、難しく判らない事があるかと、ツッコミたくなった。
だが、権利書を持って来る事を理解すればいいだろう、と不安ながらも仕方ないという顔で頷いた。

「うん…、まぁ、よし。
オメェがきちんと仕事を済ませてきたら、出世の祝儀として幾らかなりと、包んでやる。
せいぜい、きっちり押さえてくるんだぞ」

「へ、へいっ!」
何事も難しく考えない川島の最後の挨拶は、気持ちが良いほど爽やかだった。

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