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備後の歴史を歩くコミュの神社の建築様式 八幡造

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神社の建築様式
八幡造(はちまんづくり)

 国指定重要文化財の八幡造本殿は、大分県「宇佐神宮」・京都「石清水八幡宮」そして愛媛県「伊佐爾波神社」の三棟である。大分県「柞原八幡宮」本殿も嘉永年間(1848-54)に建立された正真正銘八幡造であるが、こちらは国の重要文化財には指定されていない。

 八幡造とは、奥側に内陣、手前側に外陣を、それぞれ平入り切妻造を二棟並べて建て、その間に一間の「相の間」を造り、中央屋根の合わさりに樋をかけ連結させた建築意匠を称する。

○宇佐神宮(国宝)
内陣(内院) 桁行三間・梁間二間、一重、切妻造、檜皮葺
外陣(外院) 桁行三間・梁間一間、一重、切妻造、向拝一間、檜皮葺
これを一棟とし、三棟が横一列に並んでいる。一之御殿が神亀2年(725)、二之御殿が天平5年(733)、三之御殿が弘仁14年(823) にそれぞれ建立された。その当時の建築様式が式年遷宮、造替として受け継がれ、現在の本殿は江戸末期の安政2年〜文久元年(1855〜1862)にかけて造営されたものである。したがって八幡造は神亀2年(725)まで遡ることが出来る。

地図
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=33.52339755794702&lon=131.37702409170998&z=13&mode=map&pointer=off&datum=wgs&fa=ks&home=on&hlat=33.523397557947&hlon=131.37702409171&layout=&ei=utf-8&p=%E5%AE%87%E4%BD%90%E7%A5%9E%E5%AE%AE 

○石清水八幡宮(国指定重文)
内陣 桁行十一間、梁間二間、一重、切妻造、檜皮葺
外陣 桁行十一間、梁間二間、向拝三所、一重、流造、檜皮葺
江戸前期寛永11年(1634)、徳川三代将軍家光が建立。中央屋根にかけられた樋は黄金製で、天正8年(1580)に織田信長が寄進たもの。

地図
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=34.87970498932&lon=135.70005774743&z=16&mode=map&pointer=off&datum=wgs&fa=ks&home=on&hlat=34.87970498932&hlon=135.70005774743&layout=&ei=utf-8&p=%E7%9F%B3%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE

○伊佐爾波神社(いさにわ・国指定重文)
内陣 桁行九間、梁間二間、一重、切妻造、檜皮葺
外陣 桁行九間、梁間二間、向拝三所、一重、流造、檜皮葺
江戸中期寛文7年(1667)

地図
http://map.yahoo.co.jp/pl?type=scroll&lat=33.850747877836&lon=132.78898472026&z=18&mode=map&pointer=off&datum=wgs&fa=ks&home=on&hlat=33.850747877836&hlon=132.78898472026&layout=&ei=utf-8&p=%E4%BC%8A%E4%BD%90%E7%88%BE%E6%B3%A2%E7%A5%9E%E7%A4%BE

 宇佐神宮、石清水八幡宮両社ともに行ってみたが、八幡造の本殿は、いずれも回廊の内に建てられており、それに遮られて残念ながら外周からは僅かしか見ることが出来なかった。しかし、愛媛県松山市に鎮座する伊佐爾波神社は、回廊内をぐるりと一周することが可能で、ここでは八幡造を見ることが出来たので紹介する。当社は、神功皇后と仲哀天皇が道後温泉に行幸の際、行宮跡に建てられたといわれる式内社である。建武年間(1334-38)頃、河野氏が湯月城築城に際して湯月八幡宮と称し、江戸時代には伊予松山城を築城した加藤嘉明(よしあきら)が松山城守護として当社を祈願所として庇護している。その後、寛文2年(1661)、弓の名手で名を馳せた伊予松山三代藩主松平定長は、寛文4年(1664)6月に江戸城内で開催される弓道大会(流鏑馬)に出場する際に、伊佐爾波神社(旧称湯月八幡宮)に参拝し、見事勝てたら源氏の守護神である石清水八幡宮を模した社殿を建てることを条件に必勝祈願をして挑んだ。見事に勝った定長は、成就の約束として石清水を模した社殿の造替に着手。寛文7年(1667)5月15日に落成した楼門・回廊を含む社殿は国指定重文として現存している。本殿と透かし塀は平成12年から2年をかけてに檜皮葺屋根の葺き替えと塗り替えが行われ、創建当初の極彩色が蘇った。

 残念ながら八幡造の本殿を持つ神社は、備後ではお目にかかれない。

写真
伊佐爾波神社

左:楼門 方二間、入母屋造、本瓦葺。正面に向唐破風を持つ
中:模されたという石清水八幡宮の楼門 2007年5月は修理中であった。
右:八幡造の本殿 すべての身舎柱に金箔が施されている

コメント(4)

写真
伊佐爾波神社

左:外陣は流造。向拝柱・身舎柱ともに煌びやかな金箔
中:後側内陣の背面。九間社であることが確認できる。
右:外陣と内陣の境。樋の下が一間分が「相の間」と称される。
写真
伊佐爾波神社

左:本殿向拝の前に建てられた吹き放ちの「申殿(もうしどの)」前方へ三間分伸ばされて楼門へ接続される。
中:回廊の中は歩いて一周できる。
右:申殿に掲げられた旧称の扁額「湯月八幡宮」
写真
伊佐爾波神社

左:梁間二間の内陣は切妻造。妻飾りは虹梁大瓶束である。
中:申殿と拝殿(廊下)、楼門の位置関係
右:遠くに松山城が見える。
写真
宇佐神宮
2008年5月4日撮影
左:南中楼門(勅使門)
中:西大門
右:宇佐神宮の黄金の樋
宇佐で見ることの出来る八幡造はこれくらい・・・。

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