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霧生ヶ谷市役所企画部考案課コミュの中編(前編):人面魚は空を泳ぐ

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 泡のように弾けて。煙のように流れて。
 人のざわめきも、目に刺さる光も、速打つ鼓動も。
 全部全部、消えてしまえばいい。


【人面魚は空を泳ぐ】


 周りを見渡せば、キャイキャイと楽しげに話すクラスメイトたち。
 中身は化粧品や好きな芸能人、昨日見たテレビ、入りたい部活、クラスの男子でめぼしい人がいるかどうか、先生がおじさんばかりでがっかりだの、教科書が重くて嫌になるだの。
 鮎沢紀美子(あゆざわ きみこ)は、その空気にいつまでたっても慣れることができなかった。
(……群れてるみたいですぞ)
 一人席を離れながらそんなことを思う。あれは、群れだ。高校生にもなってトイレにまで一人で行かない。行けない。どこへ行くにも複数で行動し、話の内容や思考までも周りを模そうとするだけの動物の群れ。
 そんなことに興味はなかった。何が面白いのか分からなかった。分かりたくもなかった。
 それならいっそ、その全てが一瞬で消えた方がきっと楽しい。物が壊れる瞬間というのはどんなに儚く美しいだろう。
(……外の空気でも吸いに行きますぞ)
 教室の音は、あまりにも味気なく耳に痛い。

「あ、卑弥呼さんが行った」
「紀美子ぞ」
 教室を出る間際の声に振り向き訂正すれば、目を丸くして体をのけぞらせるクラスメイト。
「あ……ご、ごめんなさい」
「……別にいいですぞ」

「……卑弥呼さんって暗いよねえ」
「何考えているのか分からない感じ」
「ていうか地獄耳すぎてびっくりした!」
「それにしても何で白衣着てるんだろ……」
 紀美子は今度こそ振り返らずに教室を出ていく。
 ……言うことが同じすぎて、やっぱりつまらない。


 特に行く宛があるわけではなかった。紀美子は人の音ができるだけ少ない方を目指して歩を進める。いっそ何もない場所はないか。ないなら作ればいい。ではどうやって作ろうか。場所は、手段はどうしようか。
(こうなったらやっぱり科学部ですぞ……)
 科学の力はすごいのだと、紀美子には根拠のない自信と憧れがある。幸いにも北高には科学部が立派に存在しているというではないか。なかなか怪しい雰囲気を醸し出しているようだが、それもまた本物らしくていいというものだ。

「科学部はどっちですぞ?」
 紀美子はふいに足を止めた。部活動そのものにはさほど関心を持っていなかったこともあり、活動場所がさっぱり分からない。科学部というくらいなのだから理科室を使用しているのだろうか。いや、しかしまだ部活動が開始される時間ではない。たとえ正解だったとしても今見に行ったところで掃除中か準備中だろう。
 どうするべきか廊下の隅で悶々と悩んでいると、ふいに近くの教室から派手な物音が聞こえた。びくりと大袈裟なほど肩を強ばらせ、しかしながら逃げることはせずに紀美子はおそるおそるその音へ近づく。
(テロですぞ? テロが起こったのですぞ?)
 怯えつつも思考は果てなき夢の彼方へ。現実から乖離しかけつつ紀美子は教室の扉をそっと開ける。あまりにも不安と期待が交錯しすぎた結果、まずはその教室がどんな部屋であるのか、プレートを確認することさえ忘れていた。

「お、いらっしゃーい」
「……」
 出迎えたのは魚らしきものの被り物をした人で、紀美子の思考は一瞬ばかり停止した。
 口の周りにはピンと張ったヒゲが数本、黄色い体に不明瞭な斑紋、つぶらで底の見えない真っ黒な瞳。それらの特徴からこの魚のような被り物はおそらくモロモロ――霧生ヶ谷に生息するドジョウに類した魚だ――を模しているのだろうと見当をつける。自信のなさに理由をつけるならばモロモロの顔がもはや人の顔として描かれている点だろうか。それもニヒルな笑みをたたえながらも無意味な凛々しさを感じさせる顔立ちである。市販でモロモロを模したぬいぐるみが「モログルミ」として存在するが、この被り物は明らかにそれと異なっていた。手作りなのかもしれない。
 隅ではもうもうと埃が巻き起こっている。おそらくこのモロモロが何か派手に物を落としたのだろう。むしろモロモロの頬辺りが薄汚れているので、まさにこの被り物を落としたのかもしれない。
 期待はずれだ。それも予想外の方向に。
「……何ですぞ」
「やあやあ、ここは演劇部だよ。どうぞどうぞ」
「入るつもりはないですぞ」
「みんな最初はそう言うんだよねぇ。あ、君一年生? いいねいいね、若いって才能の一つだよね。俺にも分けてほしいっていうか、むしろお前は若いっていうより頭が残念な感じに幼いとか言われるからさー。残念じゃなく若いってほんとうらやましいと思うわけですよ。だから演劇部に入りませんかねお嬢さん」
 部屋に入って早々一方的にまくし立てられるが、その半分も意味が把握できなかった。無意味な言葉の羅列。乱れた言葉の固まり。
 しかもちゃっかり椅子を用意し有無を言わせないうちに座らせるこの手際良さは一体……。
「あ、自己紹介まだだっけ? 俺は大間岳大(おおま たけひろ)という者でして一応演劇部に所属してるオチャメで安心が売りの男の子なんで今後とも是非ぜひよろしくしてもらえると嬉しいかななんて。ええと君は?」
「……名前ですかぞ」
「うんまあ、ペンネームでも源氏名でも真名でも呼ばれたいのなら何でもいいかな」
「鮎沢紀美子ですぞ」
「ほうほう、紀美子ちゃん」
「紀美子ぞ」
「うん、だから紀美子ちゃんね。オッケーオッケー。じゃあ早速この書類にサインいっちゃう? いってみちゃう? 新しい世界が開けるかもしれないね、こりゃドキドキだね!」

 ……。

「……紀美子、ぞ」

 ポツリと呟き、紀美子はまじまじと相手を見つめた。見つめたところで視界に映るのは黒々としたモロモロの瞳だけだったけれど。
 紀美子の奇妙な雰囲気と名前の響きが手伝って、初対面の人であっても必ず一度は卑弥呼と呼ばれた。だから自己紹介の後は訂正するのが癖になっていた。一発で正しく呼ばれたのは久しぶりだ。

「……」
「うん? どしたの紀美子ちゃん、難しそうな顔して。強制してるわけじゃないから不本意なら悲鳴あげて逃げても俺は許しちゃうよ? むしろ逃げないなら本当に入部届け書いちゃいそうな俺がいるよ? あ、名前ってどんな字だろ。公子、貴美子、紀美子……いっそローマ字でも顧問の先生は許してくれますかね、国際社会を先取りした俺ってば今日冴えてる。こんな自分の潜在的能力が恐ろしいわー。遼ちゃんに頭部殴られたのが効いたかもしれないな!」
「……」
「……もしかして俺空気読めてない? 外してる? ってか、もしや紀美子ちゃんもボケ属性!?」
「紀美子は鋭いつっこみ派ですぞ」
「マジっすか!」
 大袈裟にのけぞったモロモロが、そうかそうか、そりゃいいねえ、とこれまた大袈裟にうなずいた。被り物なので表情は見えないがどことなく嬉しそうだ。
「モロモロさんは、演劇部に入ってるのですかぞ」
「モロモロさんって……え、俺名乗ったよね。あれ、何これそういうプレイ?」
「何で演劇部なのですぞ」
「スルースキル高けぇ!」
 叫んだモロモロだが、紀美子がひたすら回答を待っているのを見たとたんにわざとらしく咳払いしながら姿勢を改める。一応空気は読めるらしい。
 モロモロはこてん、と可愛らしく――姿が姿なので不気味なだけだが――小首を傾げた。
「……えぇと、何で演劇部かって? そりゃまあ、楽しそうだったからねぇー」
「演劇なんて偽物でしかないですぞ」
「そだね」
 あっさりとうなずいたモロモロは、すっくと立ち上がった。紀美子が特に小さい部類だということもあるが、こうして目の前に立たれるとなかなかの迫力だ。モロモロの被り物が圧迫感に拍車をかける。

「そこのお嬢さん」
 唐突に紡がれた言葉は、今まで喋っていた声音よりもずいぶん低いものだった。
「私は魚でありながら泳げない身に墜ちました。泳げない水たちに、この世界に、果たして意味がありましょうか。この身に意味が、この魂に意義が宿りましょうか」
「……?」

「あえて言いましょう、断言してみせましょう。穢れた世界、色の失った世界、そしてそれに相応しい身でありながらも居場所の許されないおぞましい自分。なんと滑稽でありましょうか、なんと無意味でありましょうか!」
 ああ、だから。
「こんな世界ならば、こんな身であるならば」
 いっそのこと。

「全て、朽ち果ててしまえばいい」

「――あ、ちなみにこれハッピーエンドね」
 唐突にまた座り込みながら告げてきた声はすでに先ほどと同様、のんびりとしたものだった。迫力のはの字もない。
 紀美子はゆっくりと瞬く。張り付きそうな喉を無理にこじ開けた。
「……ものすごくダークっぽかったのですぞ。あれがハッピーエンドになるのですかぞ」
「うん、今度こいつ空飛ぶから」
「……」
 魚が。
 紀美子は呆気に取られて言葉をなくす。さすがにどうツッコミを入れていいかも分からなかった。
 だから迷ったすえに出てきたのは、ひどく的外れなもので。
「でも、……本当に消してしまった方が良かったのですぞ」
「ん?」
「桜は散るから美しいと聞きましたぞ。花火は弾け消えるからいいのですぞ。線香花火だって消え落ちないと風情がないですぞ。シャボン玉も弾けるから、風船は割れるから、人は死ぬから……」
 言葉は尻すぼみとなって消えていく。どう続けていいか分からず、紀美子は自然と俯いた。
 馴染めない世界。つまらない退屈な世界。そこに馴染もうともしないずるい自分。
 そんなものが在る必要がどこにあるというのだ。
 全部全部、消えてしまえばいいのに。その方がずっと潔くて素晴らしくて美しいのに。
 紀美子が何も言わなくなるまでただ黙って聞いていたモロモロは「ふーむ」と気の抜けた声を出しながらゆらゆらと左右に揺れた。落ち着きが無い。
「う〜ん、感じ方は人それぞれだろうからその考えも否定しないけど。でも、俺としては消えるのが美しいんじゃなくて、その前に精一杯に咲いたり輝いたりしてるから、消えたときの余韻もまたひとしおってことなんじゃないかなぁとも思ってみたり?」
「その前……?」
「それにほら、終わり方ってのも派手じゃなくてやっぱり老衰がいいなぁ痛くないだろうしなぁ苦しいのは嫌だもんなぁとも思っちゃうわけで。消えればいいってものでもないと思うんだよ。なんていうか、始まりから終わりまで、それ全部で一つの流れっていうの?」
 紀美子はその場に固まったまま頭の中で彼の言葉を反芻した。多くの言葉の弾丸を打ち込まれて身動きが取れない。煙に巻かれたような、流れが変な方に向いているような、しかし何がどうおかしくてそうなっているのかも掴ませないような、……。
「……よく、分からなくなってきたのですぞ」
「うん、俺も。そもそも普段、そんな大層なこと何も考えちゃいないからさ」
 あっけらかんと言い放ったモロモロは無責任ながらも楽しげに笑う。
「まあよく分からない結論より、そうやって紀美子ちゃんが真剣に考えてくれたことの方が俺としては嬉しいんだけどね?」
「……どーゆう意味ですぞ?」
「真剣に考えたってことは、それだけ今の世界を身近に感じたってことじゃない?」
 そうなのだろうか。思いがけないことを言われ、紀美子は一時(いっとき)黙り込む。
 その沈黙を肯定と取ったのか、モロモロは満足げにうなずいてみせた。
「要するに、それなんだよね」
「?」
「現実と非現実の境界が曖昧になって溶けちゃう感覚、っていうのかな。自分がいたはずの世界が消えて、自分じゃない何かの新しい世界に飛び込んでみる感じ。そういうの、なんか面白いなって思ったのですよ。俺ってば夢見る男の子だし?」
「それで演劇部ですかぞ……」
「うん。ま、俺は大道具作る方が得意なんだけどな。ちなみにこのモロモロも俺が作ったんだけど、ど?」
「シュールですぞ」
「いやいやいや! ええー!? ……あ、いや、確かにこれだけ見たらそうかもしれないけど。言っとくけどこれが正しいイメージなのよ? 俺が下手なんじゃなくて原作がこんな無駄にクオリティの高さを窺わせる感じのを要求してきたのよ? 紀美子ちゃんも被ればきっと大空に羽ばたける気がしてくるから、いやこれマジで」
「……ずっとそういうのを作ってるんですぞ?」
「んー、そうなるかな。でも人数足りないときとかイメージの問題とかで演技の方もお手伝いすることは結構あるなぁ。梨奈ちゃんが書く脚本ってついつい男性が多めになっちゃうみたいだし……いや、脚本はちゃんとしてるけどね、うん……。まあ、表舞台に立つにせよ裏舞台で頑張るにせよ、なかなか面白いよ?」
 そう言ったときのモロモロは笑顔で(元からだが)瞳が輝いているように見えた。(これも光の加減で元からだ)
「モロモロさん」
「いや、だから俺モロモロさんなんて名前じゃ……」
 抗議の声はどうでも良かったので無視した。紀美子はまっすぐにモロモロの黒々としたつぶらな瞳を見つめる。

「――紀美子も、世界を消したいですぞ」

コメント(3)

すいません、まだ続きます。
こんなにグダグダ語らず、もっとシンプルにいければ良かったのでしょうけれど。゜゜(´□`。)°゜。ワーン!!

紀美子さんの屈折した卑屈精神(卑屈というだけで曲がってるのにさらに屈折してどうするよ!)は、特に理解する必要はないと思います^^;
多分この話の趣旨は「岳大さん何てきとーなこと言っちゃってんの?」というところでs


続きは主に北高演劇部の部員紹介となってしまいますが(もはや趣旨が分からnげふんげふん)、
引き続きお付き合い下さると嬉しいです。
岳大は優しいな、と思う次第。

これが夢人だった日にゃあ。

「ああ、そうだね。散る桜は美しいだろうね。儚く消える花火は綺麗だろうさ。線香花火が風情があるのも認めるよ。けどな、それは全部人が勝手に抱いた感傷だよ。外側から覗き見ている、関わりのない第三者だからこそ言える戯言さ。シャボン玉が弾けたから、風船が割れたから、あかの他人が死んだから、それであんたの世界は何か変わるのかい? 変わらないだろう? 無関係の立場にいるからこそ美しいなんて言葉が紡げるのさ。散った桜の花びらはどうなる? 真っ白に覆われた白銀の世界は雪が溶けたら、灰色の泥まみれだ。当事者にとっては、壊れる事すら過程の一つさ。終わんないんだよ。仮にあんたがいなくなったとしても、それを『美しい』なんてほざけるのはあんたと関係のない何処かの誰かくらいだろうさ。あんたと親しい人間はそんなことは決して思わない。ただ心に何かしらの傷を負う、それだけの話だ。それでもあんたは、『美しい』なんて言えるのか? なあ、鮎沢紀美子?」

とか、言いたい事だけ言い散らかしてどっか行くでしょうし……。
この二人がこういう会話をすること自体ありえないことだとは思いますが。

ああ、なんかこうエンジンに油注ぎ込まれたような気分です。
>しょうさん
感想ありがとうございます^^

……い、いえいえいえ。
岳大はどちらかというと、多分、何も考えてないだけです←
彼は適当に適当を重ねながらさらにフィーリングをぐりぐりと塗りこめるようにして生きているのでwww
それでも瞬時にそのてきとーさ加減を放出しまくれるのは、ある意味彼の才能なんでしょうけれど(笑

>この二人がこういう会話をすること自体ありえないことだとは思いますが。
確かにw
紀美子さんの場合も、相手が岳大だからこそポロリと零れたというのはあるかもしれません。

というか……夢人くん、ちゃんと名前呼べてる……!(そこか!w)


エンジンが回転するの、楽しみです(´∀`*)

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