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霧生ヶ谷市役所企画部考案課コミュの短編?:「おかえりなさい」 前編

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 夏といえば。
 海? 山? プール? 花火?

「肝試し!」
 懐中電灯の光を大きく照らし、一ノ瀬杏里が大きく高らかに叫んだ。日の暮れた山の中、その元気な声は反響を残さず消えていく。
 杏里は懐中電灯を顔の下から照らした。可愛らしい顔が一転、影が上手い具合に恐ろしさを増し不気味な形相を作り上げる。ふぎゃ、と短い悲鳴を上げて日向大樹は兄の春樹にしがみついた。
「……大樹」
 慣れているらしい春樹は特に振り払うこともなく、ただただ呆れた視線を送ってくるばかり。
「怖いなら無理に付き合うなって言ったろ」
「べ、べべ別に怖くなんかっ」
「どもりすぎ」
「ちがっ、これは、あれだ! あれ! お、落ち武者!?」
「……武者震いのこと?」
「それだ!」
 勢いよくうなずけば打って響くような速さでため息が返された。大樹はそれを不満に思う。信じていないのが一目瞭然だ。
 このような押し問答を続けているとふいに後頭部が叩かれた。振り向けば、柳川爽真がこちらを見下ろしている。腕を組み眉をひそめているその姿はあからさまに苛立ちの表現だ。
「杏里が喋ってるだろーが」
「何だよ、ちゃんと聞いてるっつーの」
 むうと頬を膨らませ、軽く睨む。今はそれどころではないのだ。
 ふいに、クスクスと控えめな笑い声が耳元をくすぐった。瑞原ほのかだ。その笑い声は上品で大人しそうな彼女にはよく似合っている。
 一ノ瀬杏里、柳川爽真、瑞原ほのか。彼女たちは大樹と同じ小学六年生だった。この町の住人ではない大樹たちとも仲良くしてくれている。そしてこのメンバーの大きな共通点といえば、
「さあ、不思議探検隊の肝試しを始めまーす!」
 ――不思議探検隊。
 杏里が転校先の霧生ヶ谷で結成したグループのメンバーだということであった。
 ここ霧生ヶ谷市では不可思議な現象がたびたび起こるという。多くの噂や伝承・伝説がその事実を曖昧ながらもひっそりと裏付けていた。杏里はそうした不思議が大好きで、もはや「不思議萌え」の域に達し、こうして日々、様々な不思議を追い求めているのだ。杏里が転校する前の学校で仲良くしていた大樹と春樹は、たまの休みを使って霧生ヶ谷に遊びにやってくるのだが、いつの間にやら不思議探検隊の一員としてごく当然のように扱われていた。もちろん大樹も不思議なことには興味があるし、実際にいくつか出会った不思議は面白いと思う。だから不思議探検隊としてみんなと色々なところに行く、それはいい。それはいいのだが。
「なっんっでっ、肝試しなんだよ!」
 不思議、は、別にいい。それは別にいいが、大樹にとって、不思議と恐怖は全くの別物だった。
「え、だって夏だもん」
「もっと他にやることあんだろー!?」
「だって夜だもん」
「花火とかでいーじゃん!」
 問い詰めると、一瞬杏里も言葉に詰まった。もしやこのまま説得できるかと思った刹那、再び後頭部に衝撃。
「杏里の案に文句つけんな」
「うるせー! ボカボカ頭殴んな!」
「うるさいのはお前だ」
 半眼で睨んでくる爽真。やや後方では相変わらず笑っているばかりで全く止める気配のないほのか。
 もうやだこいつら、と大樹は泣きたくなった。バラバラなようでいて大樹の逃げ道をいっさい塞いでいる。鬼か。悪魔か。
「だから家にいれば良かったのに……」
 そう言ってため息をつく春樹を、大樹はふくれっ面で見上げた。
「一人はやだっ」
「あ、そ」
「それに! もしかしたらみんなお化けに食われて戻ってこないかもしれないじゃん!」
「え、そんな心配? 僕ら勝手にすごい勢いで死亡フラグ立てられてる?」
 言葉の端々に呆れが滲み出ている。大樹は思い切りふくれた。本当に食われても知らないんだからな!
「あーもう、とにかく! 今から肝試し、開始!」
 断固として揺るぎない隊長の宣言に、誰も逆らうことはできなかった。

 *

「えっと、それじゃルールを確認するね。この先の小さなお堂に杏里ちゃんが置いてきたモロモロのキーホルダーがあるから、それを取って戻ってきたらクリア。懐中電灯もあるし、蛍光塗料のやつだから多分見つからないってことはないと思うけど……まあ、何か問題があった場合はすぐに僕に連絡すること。ペアは二人一組で今からクジで決める。一組目が行ってから五分後に次のペアが出発。これでいいかな?」
「オッケーであります!」
「杏里がいいなら俺も……」
「私も大丈夫です」
「……え、春兄は行かねーの?」
 素朴な疑問に大樹は首を傾げる。もし行くのなら断然兄の春樹と行った方が心強いので死活問題だ。何より、できることなら友達に情けない姿は見せたくない。――今更とか言うな!
 しかし、そんな大樹の心情を正確に読みとったであろう春樹は肩を落とした。目が語っている、「話聞いてなかったろ」と。
「そりゃ、誰かいた方がいいだろうから。ちゃんと戻ってきたか確認できるし、何かあったら大変だろうし」
「えええっ、だったらオレが!」
「一人で待ってられるのか?」
「う……っ」
 それは、嫌だ。ものすごく。
 肝試しで歩き回るのも嫌だが、ただ一人こんな暗い場所に立ち尽くしているより、まだ二人でいた方がマシというものである。
 今度こそ反対意見が出なくなり、春樹は小さく息をついた。ずい、と割り箸を取り出す。先の方は春樹がしっかりと握っているので見えない。
「杏里ちゃんが用意した簡易くじ引き。先の色が同じだった人同士がペアだよ」
 このちっぽけな割り箸がまるで死神の鎌に見えてしまうのは大樹だけに違いない。
「じゃあ私これ!」
「……これ」
「これにします」
「ぅうう」
「――みんな持った? それじゃ……」
 せーの、という杏里の掛け声と同時に春樹が手を放し。
「赤だ」
「青……」
「赤ですね。杏里さん、よろしくお願いします」
「うん、頑張ろうね!」

「…………」
「何だよ、オレ悪くねーもん! 先に引いたのそっちじゃん! 睨むなよ!」
「うるせえチビっこ」
「んなぁあ!?」

(不安だなぁ……)
 春樹がぬぐえない不安を抱えつつ、こうして肝試しは開始された。

 *

 山の中は暗くて先が見えなかった。杏里の家の近くにある小さな山なのである程度道らしい道ができているし、遭難するようなことはないものの、夜の暗がりが不気味さをいっそう醸し出している。その上、相手が爽真ときたもんだ。彼は何もしてなくてもいきなり睨んでくるときがあるので大樹としてはやめてもらいたい。普段は別段気にすることでもないが、こういう場ではあまりにも心臓に悪い。
 ゆらゆらと頼りない懐中電灯の明かりを必死の形相で見つめていると、ふいに爽真がこちらを振り返った。必死すぎる大樹に何か言いたげにし、しかし上手く言葉は出てこなかったのか、足元に転がっていた石を蹴る。その音にうっかり「に!?」と声が出ると(出す気はなかった! 本当に!)、今度こそ大きなため息が送られてきた。
「あのなあ……」
「な、何だよ?」
「お前、今更何に怖がる必要があるんだよ」
「怖がってなんかっ、……今更?」
 反論しようと噛みついた大樹だが、すぐに気になる言葉に意識が逸れる。ああ、と爽真はつまらなさそうに口を尖らせた。
「だってお前、何だかんだいって結構不思議なこと体験してるだろ。夜桜とかも見たんだろ?」
 夜桜。それはここ霧生ヶ谷市では、夜にだけ咲くらしい不可思議な桜のことを示す。
 今度は大樹が「はあ?」とつまらなさそうな顔をする番だった。
「バカ、桜は人食べたりとかしないじゃんか」
「……は?」
「だからー、桜とかは人食べたり襲ったりしないじゃん。咲いてるだけなんだし。でも! お化けとか幽霊は危ないだろっ、杉山さんとか!」
「……あー、まあ、あー」
 何だその気の抜けた声は。そうジト目で睨むと、それ以上の半眼が返ってきた。
「ガキ」
「何でだよ!?」
 素直に答えただけだというのにその対応はいただけない。大樹は思い切り唸って爽真を威嚇した。しかし爽真はもう取り合うつもりもないらしくさっさと歩調を速める。どうでもいいが普段歩くよりペースが速い。あまりにも速いと杏里たちに追いついてしまいそうだが、それはルール上ありなのだろうか。
 しかし一人より二人、二人より三人、四人。人数が多い方が大樹も心強いし賛成だ。だからとりあえず追おうとし、
「……あ、靴ひもほどけた」
「はあ? 早くしろよ、置いてくぞ」
「待てってば!?」
 慌ててしゃがみ込み、靴ひもに手をかける。一応山の中だから歩きやすい方がいいんじゃないかと春樹に言われてサンダルをやめたのだが、逆効果だっただろうか。それにしてもいつもならばすぐに済む行為が、こうも手元が暗いとなかなか思うように進まない。早くしなければと焦れば焦るほど変な力が入ってしまう。
「うあー……爽真、懐中電灯! 貸し……」
 ふいに、自分の周りがやけに暗いことに思い当たった。夜の山には街灯があるわけでもないのだから当然のことではあるのだが、今までは頼りないながらも懐中電灯の光が周りをうすらぼんやりと照らしていた。持っていたのは爽真だが、大樹と爽真はそれほど離れて歩いていたわけではない。というより無意識に大樹が離れるのを嫌がっていたのでむしろ近かった方だ。だからそれとなく周りの様子は見てとれた。だというのに、暗い。途方もないほどに暗く静かだ。
 ざっと、血の気が引いた。
「そうっ……」
 叫ぼうとしてからハタ、と気付く。道は険しくないしそう難しくもない。しかし懐中電灯を持っていない大樹にはしっかりと道を見極めることができなかった。追いかけるにしてもどちらへ向かえば良いのか。立ち尽くす。
「……」
 冷たくもない風が吹き抜ける。
 叫べば良かった、と大樹は一拍遅れて気付いた。すぐに叫び、駆け出し、追いかければ良かった。一度自分の置かれた状況を正確に把握してしまえば、変な話だが冷静に恐怖を認識してしまう。方向が分からなくたって訳も分からないうちに走り出せば良かったものの、木々の音や風の音が妙に纏わりつくのを感じ取ってしまった今、身が竦んで動けない。動いたとたんに全ての均衡が崩れてしまうのではないかという恐怖感。
(ていうかありえねぇし、置いてくとかひどすぎるしっ、明かりも電話も全部あいつが持ってるとか意味わかんねーしっ……爽真のアホぉおおうああ春兄ぃいい)
 やばい怖いやばい泣きたいやばいやばいやばい。
 背後のこするような音に肩を強張らせた。とっさに思う、何かが出てくるかもしれない。あの茂みから何かが襲ってくるかもしれない。――いや違う、あれは風の音だ、木々のこすれ合う音、ただそれだけだ。そうに決まっている。そうじゃないと怖すぎる!
 もうやだ、と大樹は本気で思った。何なんだこの霧生ヶ谷という場所は。怖いにも程がある、っつーか怖すぎだバカアホマヌケ!
 事実、霧生ヶ谷には不思議な話はもちろん、怖い話も多いのだ。杉山さんはその典型である。いわく、白く濃い霧の夜に人通りのない道で奇妙な笑い声が聞こえたら立ち止まってはいけない。立ち止まってしまえば、杉山さんが訪れて立ち止まっていた人間を消し去ってしまう……。
 他にも、どこぞの学校の怪談では「みよこさん」というものがある、と杏里が教えてくれた。なんでも壁の中から腕が現れ、人を引きずり込んでしまうという。他にも吸血鬼がいるだとかそれは殺人鬼だとか何とか……。これらの話を聞いた日、大樹は寝付くのにかなり苦労した。不思議の多い霧生ヶ谷だからこそ本当に起こってもおかしくないような気がして不安は大きくなるばかりだった。
 怖い話にも嬉々としている杏里、ニコニコしていてばかりで全く止める気配のないほのか、叩くわ悪口ばかり言うわ人を置いていくわでいいところを挙げろという方が難しいかもしれない爽真。みんなみんな嫌いだ。怖い霧生ヶ谷はもっと嫌いだ。そのせいで今こんなに怖いのだ。全部全部消えてしまえ!
 大樹の思考は珍しくネガティブな方向へグルグルと渦巻いていた。そのとたんに再度物音が聞こえ、大樹は思い切り飛び上がる。
 今。ガサリと聞こえた。ついでに人の声みたいなのも聞こえた。聞き間違いだとは思えないほどはっきりと。
「こ、怖くなんてないぞ怖くなんて……だ、だいじょぶダイジョーブ……」
 一人で言い聞かせながら、大樹は渾身の限りの勇気を振り絞ることで一歩踏み出した。自分の足ではないかのようにぎしぎしする。ああ、もしお化けが近くにいた場合、今ので起きちゃいませんように。そう心の中で何度も願いながら、これから起こることをシミュレーションしてみる。事前に何かがあると構えていれば少しは恐怖が緩和されるような気がした。――例えば、大きなお化けが目をむきながら出てくるとか。刃物を研いだお婆さんが追いかけてくるとか。そうしたらとにかく反対方向にダッシュで逃げて……あああなしなしいくら何でもそんなの怖すぎて逃げる前に死んでしまう! それよりはぐれたことに気付いた爽真が戻ってきたとか、連絡を受けた春樹が探しに来てくれたとか。何だその素敵な奇跡。そうであれば神様というものを心の底から尊敬してやってもいい。
「……ない……」
「ふえっ!」
 変な声が出た。大樹はいよいよ泣きたくなる。違う、だっていきなり低い声が聞こえるから、出そうと思って出したわけじゃないしだからどうかどうかどうか気付かれませんように! むしろ空耳でありますように目の前に何もいませんように!
 しかしあれだけはっきりと声が聞こえていながら何もいない、というのも逆に怖いような気がした。結局怖いのかバカヤローと誰に言うでもなく叫びたい衝動を堪えて目を凝らすと、――案の定影が見えた。嬉しいのか悲しいのか分からない。そして次の瞬間、非常に悲しいことに影が、こちらを向いた。それも完全に身体の向きをこちらに変えて。
「ひっ……」
 声が、喉の奥でひきつった。しかし湧き起こった恐怖はそんな支(つか)えなど軽く上回るもので。
「う、あああああ!?」
「わああ!?」
 悲鳴が重なる。こんな近くで大声で叫ばれたのだから――考えてみればそれは相手も同じなのだが――パニックは相当だ。
「うわああああん春兄ぃいいい!!」
「え、あの」
 人影がゆらゆらと近づいてくる。手を伸ばしてくる。無意識に大樹は一歩後退りしていた。だが結べていなかった靴ひもを思い切り踏んづける結果となり、あっさりとバランスを崩す。
「っ」
「あ」
 反射だったのだろう、どこか間の抜けた声を出した相手が――ぐいと大樹の腕をつかみ引き戻した。勢いで相手の胸に額がぶつかる。
「大丈……」
「ふみゃあああ!?」
「え!?」
 触られた! 幽霊に捕まえられた!
 ――食べられる!!!
「く、来んな来んな来んなー!」
「あの、危な……」
「ごめっ、ごめんなさい! ごめんなさいごめんなさい! オレ悪い子だった!! 反省する、するからー! だから食べないでぇええ!?」
「た、食べないよ!? あ、あの、ほら僕、甘いものが好きだし! ね、えぇとほら、シェネーケネギンのチョコとか美味しいよね」
「――え?」
「え?」
 ポンと頭に右手を置かれ、それから励ますように肩や背中を数度軽く叩かれた。しかしそんな優しさらしき行為より、現実的なんだか何なんだかよく分からない言葉に思考が一時停止した。大樹はおそるおそる顔を上げる。正直、恐怖で涙腺が緩みまくっていたものだから判別するのにも苦労した。かろうじて泣いていないが涙は間違いなく溜まっているはずだ。
 相手は、ひょろりとした少年だった。制服らしきシャツを第一ボタンだけ外して着ている。それ以外はどこか目立たなく特徴をあげるのが難しい。身長からして春樹より年上だろうか。しかし春樹よりもやや幼い表情で、眉を八の字にしながら小さく笑う。そして消え入るような、申し訳なさそうな声を絞り出してきた。
「あの、その、怖くないから。えっと僕……」
「……」
「堤下健吾と申しマス……」
「……ひ、ひゅうがだいきです……」
 大樹にしては珍しく丁寧に名乗ってしまったが、それもこれも、思考回路がパンクしていたからに違いない。

 *

「そっか、君も肝試しで来てたんだ」
 落ち着いた――というより思考回路がパンクしきった結果、全ての感情が一旦リセットされてしまった――大樹を隣に座らせ、健吾と名乗った少年はしみじみと呟いた。
「君もって……健吾もなのか?」
「僕はちょっと違うけど。でも、結構来てるのを見るよ。怖いよねぇ」
「怖い?」
「うん。だってさ、お経とか唱えてる子もいるんだよ?」
 うへぇ、と大樹は奇妙な声を漏らして眉をひそめた。なるほど。確かにこんな鬱蒼とした木々の隙間からお経が聞こえてくるなんて不気味にも程がある。お経を唱えるくらいなら肝試しなんてやらなければいいのに。その方が自分のためだし幽霊のためだ。多分、きっと。
「大樹くんの驚きっぷりにもビックリしたけどね」
「や、だってあれは!」
「悪い子を食べちゃうのってナマハゲじゃなかったっけ」
「う……」
 クスクスと笑われ、大樹は目を逸らすしかなかった。生だろうと焼いてあろうと、どんなハゲだろうと関係ない。生きるか死ぬか、ただそれだけの問題だったのだ。
「それにしてもはぐれちゃうなんて災難だったね」
「おう……もー死ぬかと思った」
「あはは」
「笑い事じゃないっ!」
「ごめんごめん。それで、道は? 分かる?」
 言われ、大樹は瞬いた。
「ほとんど一本道だとは聞いてる、けど……」
 言葉は尻すぼみとなって消えていく。道は簡単だと聞いた。しかしほとんど一本道と言ったって、一体どれくらいまでなら「ほとんど」になるのだろうか。何回か曲がるのだろうか、分かれ道があるのだろうか。霧生ヶ谷に住んでいるわけではない大樹としてはここにあるお堂がどんなものなのかさえ分からない。
 ――あれ、そういやここまで来るのも一度は曲がったっけ、曲がってないっけ?
「春兄ぃい」
 情けないのと泣きたいので思わず声に涙が滲んだ、そのとたん。
 よしよしとばかりに頭を撫でられた。
「お堂なら僕、多分知ってるよ。手伝ってあげる」
「え……ホントかっ?」
「うん、僕の用事のついでだし」
 いつもなら頭を撫でられれば「子供扱いすんな」と怒りたくなる大樹だが、このときばかりはそんな気持ちも吹き飛んでいた。冷たい手は生ぬるい気温のせいもあり、不快どころかむしろ心地良い。もう大樹には健吾に後光が見えてならない。ニコニコと穏やかなのでますます仏のようだ。
「あ、もちろん大樹くんが良ければ、だけど」
「助かる! サンキューなっ」
「それなら良かった」
「あ……でも健吾の用事って?」
「探し物」
 ポツリと言い、健吾は立ち上がった。ズボンの汚れをぱたぱたと叩き落としながら、「どうせだから歩きながら話そうか」と笑みを浮かべる。大樹は素直にうなずいた。早く帰れるに越したことはない。

コメント(1)

間に合え間に合え間に合え間に合え……!


連投すみません。
後書きは後編でまとめて書きます。

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