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君島三郎・死力回復センターコミュの王の字号、神楽坂を登る。

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曇りというには晴れていて
晴れというには曇っている、
そんな秋の休日の昼下がりにその奇妙な自転車大会は開催された。
神楽坂を早稲田通り下から
赤城神社前まで登りきるという比較的短いコースだったが、
その自転車の車体が一風変わっていた。
四本のフレームが漢字の「王」の字をかたちづくり、
その先端と交点の部分に九つの座席がついている。

便宜的に座席番号を書くと、
第一列左から1,2,3番
第二列左から4,5,6番
第三列左から7,8,9番となる。
おかしなことにタイヤが付いているのは
2,5,8番を貫通したフレームのそれぞれのペダルの中心のみであって、
当然この三つのタイヤが推進力の大きな要になるのだが、
各列すべての座席下にもペダルはあって
それが一本の車軸に通っていた。
それゆえ全員が呼吸を合わせて
ペダルをこがなければならないという寸法となる。

第一列中央の2番に座ったのはアキ兄ィである。
アキ兄ィはこどもときからおとなびていて
筋肉も骨付きもおとな顔負け、
小学校に梅宮辰夫の『不良番長』のレコードを持ってきては
校庭に向かって小型電蓄で流していたぐらいだったから
逆に今日なんぞはおとなになってもこどものままにみえた。
アキ兄ィはスタートとともに
皆をリードするのが自身の天命のごとく
まるで残りの八人を人力車で引っ張っていく勢いで
ぐいぐいとペダルをこぎ始めた。

俺の座席はアキ兄ィの真後ろの5番、
しかし左隣に憧れのおケイさんが座っていることで浮き足だっていた。
パンツルックのしなやかな下肢で
優雅にペダルをこぐというよりは、
ペダルの回転に両足を舞うように添わせているようであった。
おケイさんはマドンナとして不可欠な美を湛えた
いわばこの「正の字号」の女神だった。
皆がこの女神に少なからず好意を抱いていることは、
車体がこころなしか左に傾いていることからもうかがえた。
おケイさんはお嬢様ぐらしが長いので、
走り始めてすぐにもう「なんだか疲れちゃったわ」と
適当にペダルから足をはずして休んでいる。
その育ちのよさから来る奔放さがなんともいえず愛らしく、
俺はそれをそしるどころか、
彼女になるたけ楽をさせてあげようという気持ちになって
その分しゃにむに踏み込んだ。

3番の男がチームの司令塔のような存在らしく
進行方向を見据えたまま冷静に指示を始めた。

「自分に正直でいようとすればどこかでミスが生じるだろう。
 ミスのないように注意し過ぎれば
 自分には正直でなくなってしまう。
 だからそのバランスがむずかしい。
 それがこの『王の字号』のむずかしさだ」

さすがは司令塔、もっともなご意見だと拝聴しながらも、
俺は自分が想いを懸けたおケイさんの隣で
おケイさんのために懸命に汗を流していること、
そしていま九人をいう集団で
ひとつの乗り物を動かしている一体感に無上の歓びを感じていた。

今度は3番に呼応するかのように右隣の6番が説く。

「世の中には無駄なことは何ひとつなどない、
 なんぞときれいごとをいう奴がいるが、
 無駄なことは山ほどある。 
 無駄なことの無駄であることに気づいてはじめて
 そのことが無駄でなくなる」

これまた至言を吐くご意見番だと感心したが、
どういうわけだかおかしな斥力がはたらいて
右隣のその男の顔を見ることができなかった。

後第三列の7番から外国人らしいカタコトの日本語が聞こえた。

「ワタシハトーキョーカラニバンメノエキノ
 ヨヨギニスンデマスガ、
 トーキョーカラハマイバンイツモヘンナニオイガシテキマス。
 トーキョーハシンスイデズイブンヒトヲクサラセマシタカラ
 キットソノニオイナノデショー」

俺はとっさにこの外国人が
タイタニック号の沈没を経験した人ではないかと直感した。

その時、突然アキ兄ィが座席から飛び降りた。
俺はあわてふためいた。
せっかくここまで皆がふんばってきたのに
すべてがおじゃんになっちまうじゃあないか、
そんな言葉が出そうになった時、
アキ兄ィは息も切らせてない様子で
自転車の前に腕組みして立ちはだかった。

「着いた。着いた。」

アキ兄ィは大きく言い放って笑った。
そう、そこはもう赤城神社の境内だった。
見上げれば陽は少し西に傾き、
晴れ渡った秋空にいわし雲が棚引いていた。
1番、9番が護法童子であったことがわかったのは、
それから三年後のことである。
 




「死力回復センターML」2004/10/16より

コメント(2)

>護法童子
僕は帝都物語で知ったような気がします。
コレもやっぱり独特の文体&内容で絶句してしまいます。
そしていつも書き出しとエンディングが素晴らしいと思います。

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