ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

君島三郎・死力回復センターコミュの誰もいない演奏会。

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
その指揮者は指揮棒をもたない。
では、その手腕を使うのか。
使わない。
では、その肢体を揺らすのか。
揺らさない。
では、その視線を走らせるのか。
走らせない。
では、瞑目し凝念するのか。
しない。
そうではない。
そうではないのだ。
その指揮者はただそこに立っている。
演奏者が演奏者であることを忘れ、
曲がその本然の流れを生じるそのことの、
よりましとなるためだけに
こころとからだをうつろなものにして
その指揮者はただそこに立っている。
そして気がつけば
指揮者も演奏者も聴衆も誰もいなくなり、
ただ曲が曲そのままに流れていく。





「死力回復センターML」2004/11/04

コメント(2)

2004.7.12に中目黒・楽屋でのライブが終わったあと、「もうこういう場所は苦手だ」と言い出したことがありました。ま、そんなこと言わずに…と切り返したぐらいだったんですが、ちょっと引いた感じがずっと気になってはいました。今となってはそれが一緒に演奏した最後になってしまいました。演奏者と聴衆という関係自体、片岡さんにとっては不自然さを感じていたんではないでしょうか。死力回復センターでのソロ・ライブではお客さんとのやりとりを中心にしていきたいと言っていました(ライブのビデオ観てもらえばわかると思いますが)
’誰もいない演奏会’’ちゃんとした飛行機に乗る’に見られるように、人間が行為する時に介在する余計なものが煩わしかったのではないでしょうか。その場にいる人達が一体化する…片岡さん言うところの”感情のチューニング”ということを追求していたんだと思います。(ちょっと言葉が不備でごめんなさい)
>ウォークスルーさん
感情のチューニング、よくわかります。
片岡さんの余計なものを取り去った状態での行為を理想とする姿勢というのはたまに文章の中から感じ取れますよね。
死力回復センターでのライヴはある種究極的な場所になっていましたしね。
あの場に居たかったです。。。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

君島三郎・死力回復センター 更新情報

君島三郎・死力回復センターのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。