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君島三郎・死力回復センターコミュの還ってきた男。

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亡くなった晴哉先生がまた整体の指導を始められた。
なんでも瀬田の本部道場を捨て一から出直されるという。
新しい道場は道場とは名ばかり、
新橋の古びた雑居ビルの一室で、
この中だけはいまだに昭和の気配のままである。
参加者は町会から暇人が七、八名ほど。
先生は開口一番、
「いろいろありましたが、ともかくこの間の邪気を吐きつくしましょう」
と、例のしわがれ声を響かせた。
そこかしこでカァーという排気音がする。
つづいてあくびが鳩尾を弛ませた。
ほどなく活元運動が始まって、
俺は瞑目したまま西日の入る窓際で
ゆらゆらと揺れていた。
先生がめいめいの後ろにまわられて
運動を誘導されている気配が感じとれる。
やがて俺の背中にも先生の手が貼り付いて
相互運動が始まった。
しかしそれは通常の相互運動の動きではなく、
次第に柔術のゆるやかなスパーリングとなって、
上になったり下になったり
たがいの体の動きに合わせてポジションを取り合う
猫のじゃれ合いのごときものとなった。
俺には先生がこの動きを楽しんでおられるのが
なんとなくわかった。
そこにはほんらいの活元運動にはない、
かすかな競技性があって
それが現在の先生の興趣をとらえたのだと思った。
俺もむかしの自分のままではないということを
少しは伝えたかったのかもしれない。
運動もそろそろ終息に向かおうとしたころ、
先生が左腕を下にして仰向けになられた。
俺はその左胸のあたりをゴムまりをつくように
自然と何回も右手でドリブルした。
すると先生は笑みを浮かべられて、

「やっぱり弱かったところに手が行くね」

とおっしゃった。
目を閉じているはずなのに、
先生の少しふくよかな若々しいお姿が見えた。
着物姿しか拝見したことのなかった先生が
なぜか質素な抹茶色のジャージ姿であった。

「烏森あたりじゃこいつがお似合いさ」

俺の視線に気付かれた先生はまた笑われた。
東京の戦後がふたたび始まった。




「死力回復センターML」2004/11/03


コメント(15)

君島作品の中でも、かなり個人的に好きな一篇です。
完成度も高いです。
毎回違う内容や文体で戸惑いますが、君島氏の世界の魅力はそんな匿名性の部分にこそあるのかもしれません。

皆様の感想もお待ちしております。
いい意味でSF的な切り口が好きです。
が、それだけではないところに文学としての君島三郎はあぐらをかいています。
ゆっくり、ちょっとづつアップしていきますね♪
タイトルはズバリ川島雄三の映画ですかね。
佐野周二と田中絹代が泣けるんですが。
川島雄三誘ったらだいたい付き合ってくれたです。
確かにいい得てる批評も楽しみでした。

晴哉先生のお弟子さんが君島氏の先生で。
なんで現実半分夢半分でしょうか。。

夢日記かいてるっていってたことがあったけど、
それがベースにあるんだと思います。夢の話はずいぶんきいた。。
でも癒されますね。。
不思議と癒されますよね。
川島雄三ですか〜。バックグラウンドが見えてくると面白いですね。
ズートさんの方でも何かお持ちであれば寄稿お願いします!
>raeさん
君島三郎氏の作品は一部ミニコミおよびメーリングリストでしか読むことのできない、たいへん貴重なものです。
しかし、そのあまりのクオリティの高さ、というより深さのため、今回ミクシィ内だけでも読めるようにしてみました。
多くの人にこのすごさを知ってもらいたいです。
あああああああああ。
のっけからのけぞる文章ですね。
小説における一行目には常々注目しているのですが、
これはなかなかツボにはいります。
心地よい違和感のようなモノがありますねえ。
第三者にとっては非日常な日常を当たり前に生きている感覚が
たまりませんね。
ちょっとだけズレた世界がそこここに存在する事を我々に束の間見せてくれるような。

「還ってきた男。」
引用だとしてもタイトルも秀逸。
川島雄三はフランキー堺が出てるのを二本ばかし観たっきり。
映画も気になるなる。
>notanさん
文芸としてかなり強烈に引き付けられる文章ですよね。
まだまだ凄いのがいっぱいあるんでお楽しみに!!
野口整体は君島氏若かりし頃からのバックボーンの一つとなっていたようです。
野口晴哉氏は著書も深くて、君島氏から貸していただいた『風邪の効用』には影響受けました。
これはとてもレアで強烈なのを読ませていただきました。
ありがとう御座居升。
 
 
まだ彼を知る旅の、ほんの出発点に立ったボクを、これからも導いて 深い迷宮へと誘ってください。
 
『風邪の効用』も読んでみたい。
君島氏の世界には共通した何か、が感じられますが、そのうちの一つとして、こうしたローカル文化的な風景があります。
懐かしさを感じる未来です。
 この文章感慨深いです。片岡さんが行っていた高田馬場の整体指導室。今年で87歳になられる女性の先生ですが元気に指導されています。先日お伺いし、片岡さんの死を伝えました。
自分が片岡さんと出会ったのはそういえばこの道場だった。まだスラッジ解散前でした。そして最後に会ったのもここでした。2004年暮の活元会、息子の群を見るなり「赤ちゃんじゃなくてもう乳児だね」なんて言って抱っこしたりしていた。活元会のあとのお茶の席でいつもおもしろいこと言って周囲をなごませていた片岡さん。
 先生との話のなかでこんなエピソードがありました。ある時片岡さん、女の子を連れてきたという。「‘こんな気持ちになったの初めてです‘なんて言われるのよ。結婚されればよかったのにね。」そうそう、その娘に書いたラブレター読まされたことあったなぁ。自分の心が抑えきれないと言ってもってきた。かなりの量でちょっとヘビーな感じは受けた。その娘の所属する合唱団の音楽会にも連れて行かれた。ラブレターの反応は気がかりだった。片岡さんの気持ちはありがたいんですけど…ということらしかった。ちょっと重すぎて相手の負担になってしまったことを反省してたようだった。
 数年に一度、箱根にある野口晴哉記念館見学ツアーなるものをを片岡さん企画でやっていました。その話がまた最近ちょくちょく出始めている矢先でした。
 片岡さんは野口晴哉をとても尊敬していましたが、現在の協会とは一定の距離、スタンスを絶えずとってきました。言葉で説明するのはちょっと難しいですが…もともと野口晴哉の思想というものは東京・下谷で育ったローカルなものでその手法というものはある意味でアットホームな色彩を持ったものだと思います。
 ともかく、君島氏の文章いろいろ読ませて下さい、
楽しみにしてます…
>ウォークスルーさん
貴重なお話ありがとうございます!
片岡さんの逸話や作品は数多く残っていますが、なかなかそれらをまとめるという作業が困難だったため、いままで実現できずにいました。
ひとまずこのコミュニティでその一端でも紹介していければ、と考えております。
いずれ片岡さんのデータベースみたいなものも作りたいです。
今後ともよろしくお願いいたします!!

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