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FACTORYコミュのThe Railway Children

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ファクトリーで1stミニ・アルバムだけ出してヴァージンに移籍してしまったバンド。このアルバム、Indie chartで一位になりました。私、昔ファンジンしてたんですけど、どなたかファンだったという人いませんか?Vo.のギャリーは日本に移住して、Railway Childrenを東京ベースで続けています。

コメント(8)

1stは『再会』という邦題がついてシングルから4曲プラスされてフルアルバム仕様になってましたね。
ライナー読んだら元がミニアルバムだったということを知ったんですが、全く違和感のない編集と構成でした(CDもこの仕様に近かった記憶があります)。
当時ファクトリーが異例ともいえるプロモーションを展開したということですが、あっさりヴァージンに移籍してしまいましたね。

よく聴いてました。
「アナザー・タウン」「ヒストリー・バーンズ」「レイルロード・サイド」が好きですね。
写真学校を出たというギャリーさんの手になるジャケットも秀逸で、音も含めて水墨画のような味わいのある1枚でした。

ギャリーさん、日本に来てらっしゃるんですか。

余談ですが、ミスター・チルドレンというバンド名はレイルウェイ・チルドレンが元ネタだという話があるのですが。
あ、あと「ブライター」も好きです。
嬉しいです!私はRailway命だったものですから。Railwayが好きで結局マンチェスターに住むのに固執したようなもんですから。(ま、彼らはWigan出身だけど。)ちなみに私は今もマンチェスター在住です。ハシエンダはお洒落なアパートメントになっちゃったけど、バー・ドライはまだ健在のようです。もう5年くらい行ってないですけど・・・。

あれだけトニー・ウィルソンが頑張ってくれてたのに、それでも宣伝が足りないといって彼らはヴァージンに移ったんです。ま、メジャーに移るというのはバンドしてると夢見るものだろうし。でも、それから二枚出して、ヴァージンがどっかと合併した際にあっさりクビ切られてしまいました。今、ギャリーは日本人の奥さんと娘もいて、東京暮らししてるとサイトで見て、しかも去年の春だったかにライブもしたそうです。ヴァージンから出す予定だったアルバムも去年だかおととしだかにリリースしたそうで、1991年にボードウオークのリハーサル・ルームで聞かせてもらった曲がそのまま入ってるみたい・・・。その時、ギャリーが一曲演奏するたびに「どう?今までとは違うだろ?」と聞いてきて、私は「うーん」としか言えなかったけど、実際今振り返っても1st以降はどうもイマイチだったように思います。ま、In the meantimeなんかは好きでしたが。しかもその時点ではリズム・ギターのブライアンも抜けてしまってて、先行き暗いなーと思ってたら、ヴァージンクビきり、バンドもあっという間に解散しましたね。

ファクトリーにいた頃は、ギャリーもまだアート・スクールの学生で、アート・ワークは好きなようにやらせてもらってたみたいで、凄いセンス良かったですけど、ヴァージンに行ってからはそうそう好きにはさせてもらえなくて、ジャケットとかにメンバーの顔をバンバン載せたりして、明らかに路線違いの売り方されてても、「レコード会社の意向で、僕のアイデアじゃない!」って言ってて、結局言いなりになってて、んで、さっさとクビ切られちゃって、悲惨でしたね。

あの日本でのシングル曲をカップリングされた1stアルバムは本当、追加曲も違和感無く聴けましたね。ちなみに私は1stシングルのGentle SoundのB面の’Darkness & Colours’と、Somewhere southの10InchのB面に入ってた1985年録音の”Waterfall”という曲がめちゃめちゃ好きです。

「ブライター」は一度だけ、マンチェスターのクラブでかかったのを聴いた事があって、誰もフロアーにはいなかったのだけど、友達と二人で踊った記憶があります。で、DJに「レイルウェイの曲かけてくれてありがとう。珍しいよね、クラブで初めて聴いたよ。」と言ったら、「いい曲だよね。Indie Classicだよ。」と言ってました。何か、凄い嬉しかったです。

おっと長くなってしまいました。ミスチル、レイルウェイ元ネタ説初めて聞きました!真相はいかに?
>ときこさん

マンチェスターから当時の貴重な話を寄せていただき、ありがとうございます。
いやぁ、興奮しますね。

レイルウェイ・チルドレンは当時のインディーギターバンドの中でも佇まいこそ地味ではありましたが、独自の色彩感覚を出せる貴重なバンドだったと思います。
時期的にはザ・スミスが解散してストーン・ローゼズが登場するまでの間が主な活動期間だった記憶があるのですが。

ヴァージンレコードも初期の精神を忘れて商売に走り始めた時期でした。
そりゃ屋台骨を支えていたマイク・オールドフィールドも怒って出て行っちゃうわけです。
ちなみに私の心の師、ジョン・フォックスはヴァージン時代の自分の作品の版権を自ら買い取ってデーモンからリリースしています。

もっともファクトリーも90年代の幕開けと共に倒産してしまうんですよね。

イギリスにはアンド・オルソー・ザ・トゥリーズやサッド・ラヴァーズ&ジャイアンツみたいに80年代から一貫してインディーレーベルでリリースを続けてるバンドもいると聞きます。
言うまでもないことですが、バンドを続けるって大変なことなんですよね。

でも、ギャリーさんが音楽を続けてるって聞いて嬉しいです。

で、最後にミスチル、レイルウェイネタですが。
私の友達でパンク好きがいて、その人が急にスミスに目覚めて私に他にいいのあったらテープにダビングしてと頼まれた時があったのです。
そのテープにレイルウェイの曲を入れたのですが(確か「アナザー・タウン」と「レイルロード・サイド」と「ヒストリー・バーンズ」だったと思います)友達はすげーよかった!と言ってアルバムを集めだしたのです。
で、その友達から聞いた話なんですよ。
ちなみに私が昔ヘルプでドラム叩いてたバンドが新宿アンティノックに出た時にデビュー前のミスチルと対バンになったんですが、当時はモロU2みたいなギターバンドでえらくカッコいいバンドだなぁと思いました。
ミュージック・ビジネスの世界で、時に流されず、また「売れたい!メジャーになりたい!」という願望だけに流されず、好きなように曲を作ってリリースできて、バンドを存続させていくのはそりゃ大変な事だと思います。ま、ほとんど不可能に近いですかね。笑。今思い浮かべても、そんなバンドはほんの一握りではないですか。それに、Indieなレコード・レーベルだっていつまでも最初に抱いていたような精神では経営やっていけないと思うし・・・。理想と現実・・・ですね。Creationだってオアシスで立て直したかと思いきや、倒産しましたもんね。Factoryもトニー・ウィルソンのお父さんってグラナダのえらいさんで、かなりのお金持ちだと思ってたんだけど、あっけなく倒産しちゃったし。

ヴァージンも本当、あの頃は初心を忘れて始めていた頃だったですね。笑。そう、基本的にレイルウェイの主な活動期間はスミス解散〜ストーン・ローゼスが現れる頃だったですが、マッドチェスター後期の頃、ちょっとハウスを意識したシングルを出した事もありました。かなりお粗末でしたけど。笑。あと、その90年初め頃に3rdアルバム出したんですけど、ギャリーの顔面アップのジャケばっかりフューチャーされて、一時期
Every beat of the heartのチャート入りもあって、アイドルしてた頃もあります。これには閉口しましたが・・・。NMEとかにはちょろっと「今まではIndie kidsばかりだった客が、今は女の子が前列を陣取って黄色い歓声を上げている。彼らに何が起こったんだ?」って書かれた事もありました。

ギャリーは私から見るとかなり性格悪いというか、Moodyというか、バンドもかなりワンマンでそれでブライアンも離れて行ったのではないかと勘ぐりましたが、でも、こうしてまだやってるって事は、本当に音楽が好きで、音楽から離れられないんだなーとしみじみ思ったりしました。

しかし、And also the treesですか!これまた懐かしい名前が・・・。笑。本当、懐かしいです。笑。ジャスティン、美しかったです。笑。

私は日本のバンドは80年代後期からこのかたさっぱり分からないのですけど、ミスチルは名前だけ知ってたんです。あと、最近オレンジ・デイズというドラマの主題歌歌ってましたよね?母が送ってくれたビデオに入ってたので。笑。でも、昔はU2みたいだったんですか!?想像できないなあー。

しかし、そのパンク好きのお友達のお話、嬉しいです。私、まじでレイルウェイを日本でもっと広めたくて、必死でファンジンしてたんですよ。でも、ヴァージン・ジャパンの冷たかった事と言ったら・・・。涙。「公認のファンクラブは作らない。本人達が言ってるだけで来日もありえない。(その後、くすっと笑っていた!怒。)」要するに、「全く売る気がない!」って感じだったんですよ。何度、じゃあせめて、ちょっと資料やニュース聞かせて下さいって言っても暖簾に手押しだったです。笑。ただで宣伝してあげようってのに、せめて利用しようという気もなかったんですから。何の為の担当者なんだろうと最後は悲しくなりましたよ・・・。あのまま、ファクトリーにいたらどうなってたんだろう?って何度となく考えたものです。
ヴァージンジャパンができたあたりで、私から見たらヴァージンレコード自体がもうただのレコード会社になっちゃった気がしてました。末期だったんでしょうね。

ファクトリーからヴァージンへ移籍というパターンではOMDがいますが、あの頃はまだヴァージンはまともな会社だったように思います。
タイミングも悪かったんじゃないでしょうか?。
通りがかりのものです。「ブライター」の名前が出てたものですから・・・貼らせてくださいな(笑)

では失礼します(スタスタ

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