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八戸せんべい汁推進委員会コミュの祝ゴールドグランプリ(1)

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 B−1グランプリの優勝、おめでとうございます。本当によかったですね。これで、よりせんべい汁の名が広まることは確かでしょう。
 かつて八戸で開いたとき、この機会に八戸市民が挙って箸を入れて勝たないと、よそでは勝てまいと小生が書いたら、そんなことをしなくて楽勝だというような投稿があり、結局勝てなかったことを忘れてはいません。それだけに九州で優勝したことは、地元八戸で勝つことよりも遙かに価値があるし、木村さんもトロフィーをぐっと重く感じたでしょう。
 それでまことに変なお祝いではありますが、去年10月、小生が高校同期会で八戸に行った際、デーリー東北総務局長の中村悟志さんにお願いして開いた汁゛研の皆さんとの10年煎餅味見会のことを記したmixi日記を公開します。1年もたったカメレスもいいところではありますが、汁゛研の見えざる研究活動を知ってもらう一助になれば幸いとアップします。
 なぜなら、その煎餅は、中村さんがあまり偉くなかったころ「せんべい物語」を書くため札幌にいた小生に会いに来られて、お土産として頂戴した物だったのです。小生は耳を先に食べて、小中野の橘店で作った煎餅(金色の胡麻入りなど)を大事に仕舞いすぎて、すっかり忘れていたのです。中村さんの「せんべい物語」は下記URLで読めます。
http://www.daily-tohoku.co.jp/kikaku/tyouki_kikaku/senbei/senbei_menu.htm

 たまたまパソコンを整理したとき、それが出て来たのです。初めから10年たったらどう変わるかと保存してみる悠長なひともいないだろうから、この際、中村さんにこうこうしかじか、味見してみませんかとメールを送ったことからの企画でした。
 わが南部煎餅は保存食としてみれば、10年たってもカビはなかったのですが、煎餅を食べ付けている皆さんには、とても受け付けられない物体と化することがわかりました。多分5年ならカビも生えず食べられるでしょう。このとき確かめておりませんが、おつゆ煎餅は胡麻が入っていないので、胡麻油分の酸化が目立たず、ましてや煮るので7年物でも食べられるように思いますが、その検証は今後どなたか奇特な方にお願いします。

まずくて落胆

2011年10月12日09:39
 10日分。7時過ぎ本八戸駅裏にバスが着き、数人が下りた。小生はリュックを背負い、ポチ入りのバッグを肩に駅中の食品店を見た。とくに変わったこともなさそうなので外に出たら、そば店の窓に鉄繰りらしい「煎餅」という字の下に「そば」「うどん」と入った変なポスターが目に入った。
 近づいて見たら、そば・うどんとせんべい汁の合体というか、せんべい汁にそば・うどんを入れたものというか新メニューのお知らせだった。CMは「せんべい汁を作ることが得意な八戸のかっちゃ達が作りました。まあまあの出来栄えですよですよ。」だった。食べてみる価値がありそうだと思ったが、午前11時まで待たなければならないらしいので写真を撮っておくだけにした。
 それから緩い上り坂を上がったら、シャッターやガラス戸に緑色の吹き出しを張り付けた店があった。読んでみると、ちょっとした一口知識のようなことが書いてあった。例えば30年やつているとか、奥さんが合唱サークルで活躍しているといった調子。市役所前の植え込みにもあり、八戸市民は市役所といわず市庁と呼ぶとか、某文房具店に自転車競技の元選手がいるとあった。
 それは面白いのだが、駅前にあった四戸煎餅店がやめて骨董とは書いてあったが、空き家状態になっていた。かつて煎餅組合長を務めた店だが、それがこうでは煎餅店の先が思いやられる。岩館には百年続いている煎餅店ですという吹き出しを期待したが、なにもなかった。<略>
 図書館では八戸煎餅のことを書いた本を探したが、江刺家均氏が書いた「稿本南部せんべい小事典」ぐらしいしかないことを知った。また台鍋についてレファレンスの担当の司書女史に尋ねたら、いろいろ探してくれたが、結果は日本国語大辞典の掲載例の域を出なかった。この点は江刺家氏の小事典も同様で「台鍋せんべい」の項で「病院で、小さな鍋で台の上で作ることから〈台〉と〈鍋〉を合わせて呼称が誕生。」というに至っては噴飯物だ。それで江刺家小事典の一部と中村雅子著「私の献立帳」の一部をコピーして退去、スマイルにチェックインした。
 午後6時になったが、5時半ごろ中村さんに電話しなかったせいか、連絡がなく、検証会場の「わが家」という店に電話したら、4人そろっているとわかったので、急ぎ屋台村を抜けて駆けつけた。
 「わが家」は屋台村で開店、繁昌して道路1本向こうの六日町の久保田ビル1階にできた2号店で正確には肴町のわが家という。せんべい汁を得意にするだけに汁゛研が贔屓にしているらしかった。久保田ビルはかつての久保田商店で、小生の母親が久保田の刻み昆布などを送ってくれたりしたので知っていた。
 駆けつけたら、汁゛研の田村所長と木村事務局長、中村さんがお土産にした煎餅を焼いた店「たちばな」の谷戸さん、中村さんの4人がビールを飲みつつ小生を待っていた。田村さんとは初対面だったが、7年前の手紙から名前は知っていた仲。本当に初対面なのは谷戸さんだけだった。後で伺ったことだが、谷戸さんは若いとき受験雑誌「蛍雪時代」でお世話になった旺文社に勤めており、八戸に戻って家業を継いだ女性。
 中村さんが透明なプラスチックの外袋から開封し始め、真っ先に胡麻煎餅の附録を開けただけで、煎餅に詳しい4人は、すぐ酸化している臭いがするといいだした。小生は鼻がよくないので、わからなかったが、それぐらいきつい臭いがしたらしい。
 それだけで、囓るには及ばないと思ったらしいが、10年も保存した味の変化は話の種としても味わってみようと、割って小さなかけらを皆で囓ってみた。見た目ではまったくわからないが、しけた煎餅であり囓ると胡麻が少し苦みを帯びていて、実にまずい煎餅であることがわかった。これにはがっくりきた。
 カビが生えないのはいいが、煎餅で育ったような八戸人には、これしか食い物がないとなればいざ知らず、とても喰うに堪えない代物であることがはっきりした。胡麻煎餅を食べたことのない人に食べさせれば、こんなものかと食べるかも知れないが、これではとても南部一帯の非常用保存食どころではない。
 やはり保存食とするには煎餅の酸化防止策を講じる必要があり、お菓子みたいに酸化防止材を同封するとか、缶詰にしなければならないという結論になった。いうなれば、今夜の意義は10年保存という珍しい古煎餅を囓ってみたというだけのことになってしまった。
 そこで「好きだDear! 八戸せんべい汁」を歌ったトリオ・ザ・ポンチョスの中島美華さんが近くにいるから呼ぼうということになり、田村さんが連絡したら、間もなく中島さんが現れたので、煎餅を味見させた。
 中島さんは八戸せんべい汁研究所の主任研究員であり、ラジオのリボターなども勤めているので、いずれなにかのネタにすると思われるが、本当に10年前の煎餅なのと疑い、食べた見てまずいと目を丸くしていた。
 また、古煎餅から谷戸さんのようなプロと話すいい機会でもあったので、煎餅を焼く前に団子のように練った小麦粉をまるめるとき、手に粘り着かないようにする打ち粉はいい品質のメリケン粉を使わないと、美味しい煎餅ができないなど谷戸さんの研究成果の一部を聞かせてもらった。
 それから、わが家のせんべい汁が出た。これに7年物の煎餅を入れたかどうか定かではないが、自慢するだけのいい味だった。また田村さんが目下研究中という煎餅を使ったつまみを味見させてくれた。
 煎餅に載せたときに合うよう塩味を加減した特注の×××<特に秘す>缶を開け、その中身を裏返しにした煎餅に平らに塗りつけて、硬いカナッペのようにして囓るようにと勧めるので試してビールを飲んだ。煎餅がぶわぶわにならぬうちに食べ終わるようにしなければならないと思うが、×××と煎餅がいい味を出しており、もう1枚リクエストした。田村さんは、その辺の安い×××缶ではこんな味は出せないと強調していたが、×××缶の味をより磨けば、南部煎餅が北欧風のつまみに化けるのではあるまいか。
 小生としても、できるできないは別として、四戸煎餅店が廃業したように、南部煎餅の前途が明るくないならなおのこと、あらゆることの記録を残すように努力しなければならんとの思いを新たにした。
 中締めをした後、中村さんと2人でみろく横町という屋台村にいき、もう少しビールを飲み、新聞人としての共通の苦労話をした。勘定を払おうとしたら中村さんが済ませており、御馳走になった形で別れてホテルに戻った。トリオ・ザ・ボンチョスのURLは下記の通り。
http://sakurada-makoto.com/ponchos/top.html

 写真は左から?10年でもカビはないですねと見せる中村さんとそれを見つめる中島さん、?では私がトップでと煎餅を割る中村さん、?おつゆ煎餅も試しますねと鍋に入れる中島さん(ケータイのカメラは自動焦点のはずなのになぜかピントが合っていない)。

コメント(2)

祝ゴールドグランプリ(2)
(古いmixi日記から)

 8日分。小生のノートパソコンはSOTEC製で機種名はAfina AL7190
というのだが、これにはいくつかの型式は含まれていて、小生のはワイヤレスLAN
ができるAL7190CLだ。何はともあれ、リカバリーCD−ROMの有無を確か
めねばならない。それでどっさり積んである段ボール箱の山を崩して、外箱を取りだ
した。
 すると、その下の箱の中に模様付きのビニール袋があった。何かと中を見て、びっ
くり仰天した。それは八戸市小中野の「たちばな」という煎餅店が焼いた煎餅の詰め
合わせと同店の煎餅の耳の袋だった。八戸の新聞「デーリー東北」が平成14年に連
載した「せんべい物語」にホームページ「汝、南部煎餅を愛せよ」の製作者である小
生にインタビューに来た中村記者からお土産にもらったものだ。
 食べた記憶がないのに、いつの間にか見当たらなくなったので、やはり酔っぱらっ
て食べてしまったのだろうと思っていたが、パソコンの35ミリフィルムスキャナー
の空き箱に入っていたとは。
 肉眼で見たところ7年前の煎餅に黴が見当たらないことが驚異であり、一方では南
部煎餅なら当然と誇らしい気にもなった。経験で3年ぐらいならシケるけれども、
焙って湿気を追い出せば、バリンバリンと食べられることは知っていたが、7年は大
記録だろう。ただ、それは煎餅本体の話で、耳の方は開封して少し食べた形跡があ
り、こっちは部分的に灰色の黴が生えていた。
 按ずるに、耳は焼き型からはみだして焼けたものであり、焼けるときの高圧のかか
る煎餅の本体とは、少し違う状態でできるものだから、黴が生えたのだろう。これに
対して、煎餅本体に黴が生えにくい理由は、焼き型に入れて焼くと発生する高圧水蒸
気で黴菌が殺されることと含有塩分による殺菌作用と、さらにビニール袋の包装によ
り室内の湿気の侵入を阻止することにより黴が生育できないのではあるまいか。
 ともあれ、これは「汝、南部煎餅を愛せよ」に加える絶好のネタだ。災害対策の保
存食としてビスケットや乾パンなどを貯えても、数年しかもたないので更新しなけれ
ばならない。その点南部煎餅なら5年はもつと思う。食べ甲斐がないという人が多い
と思うが、お茶を飲みつつ10枚食べてご覧。十分食べた気になること疑いなしだ。
<略>
祝ゴールドグランプリ(3)

2011年02月22日00:44
 21日分。午前10時すぎ、ひょいと思い立って八戸のデーリー東北新聞にいる中村記者に提案メールを書いた。かつて彼が連載記事「せんべい物語」を担当して、その取材でホームページ「汝、南部煎餅を愛せよ」を開いている小生に会いに来て、そのときおみやげにくれた煎餅が出てきたので、これをネタにすることを考えてたが、その1案ができた。
 検索したらちょうど10年前とわかったので、いい区切りだし、味見して煎餅がそれぐらい古くても食えると書けるだろう。それで下記のように送った。

中村悟志様

 「せんべい物語」でお尋ね下さった札幌の24研です。覚えておられますか。
 いま検索してみてわかったのですが、あの記事を掲載してから10年もたつのですね。もう重役室におられるのではないかと思いますが、いかがお過ごしですか。小生の方は鍛えておりますので、加齢による身体のスルメ化は進行しておりますが、並の77歳よりは遙かに元気でジンパ学の調査・研究を続けております。
 ところで、このようにメールを送るのは、ある事を思いついたからです。というのは、お会いしたとき、おみやげに頂いた小中野の「たちばな」の煎餅詰め合わせ1袋をしまい忘れていたのですが、それが出てきたのです。
 耳の方は、袋を開けて少し食べた形跡がありまして、そのせいと思いますが、カビが生えております。しかし、金ゴマ、ビロードゴマ、白ゴマ、海苔塗りの方は袋が2重に密封されていたため、頂いたときのままに見えます。カビが生えた形跡はありません。
 小生は食べた覚えがないのに、煎餅が見えなくなったのはおかしいと思いつつも忘れてしまったのですね。それが、小生が実験室と称している部屋の書棚の上に置いてあったパソコン関連パーツの空の外箱などを入れていた空箱に入っていたのです。ほとんど小生しか出入りせず乾燥している部屋であることは認めます。
 八戸で焼く煎餅に限らないと思いますが、南部煎餅の焼き方では殺菌効果があり、2年程度で更新せよというわれる乾パンなんか問題にならない保存性の良さがあるという証拠です。それだけなら、証拠能力が弱いのですが、あの連載の後、間もなく田村暢英さんから頂いた鍋っこ煎餅2枚もあるのです。昨年12月1日の新幹線開通後と書いてあるので、2003年、堅くも見積もって7年前のものですが、これまたビニール袋で密封されていたこともあり、たちばなのものと同様です。
 そこで小生はことしの秋も東高校の同期会に出るつもりでおりますので、そのときでもたちばなの社長や汁゛研の方も呼んで味見会を開き、記事にするという案はいかがですか。たちばなとしては喜んで参加すると思いますし、汁゛研にしてもホームページの話題に使えるので顔を出すか、出さなくてもデーリーの記事を引用するでしょう。
 さらに一部を保健所か高専にサンプルとして進呈して、煎餅に残る雑菌の観察をしてもらい、それをネタにする。地震などの保存食糧に適するというお墨付きが得られれば、新たな販路が開けるかも知れず、願ったりかなったりでしょう。盛岡の歯科医がせんべいは歯の健康によいなどと書いたホームページがありましたが、保存性からみれば問題外。ビニール袋で密閉しなくても、小生の経験では、しけるけれども3年ぐらいは楽にもちますね。なんなら、煎餅だけ送りますから、材料にしてください。
 せんべい汁はたいぶ知名度が上がったようですが、せんべいがあっての汁ですからね。  まずは中村さんがまだ在社されておられるのかどうかのお伺いです。<略>

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