ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

万葉集コミュの万葉集巻三(235〜483)371

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
371;雑歌,作者:門部王,羈旅,望郷

[題詞]出雲守門部王思京歌一首 [後賜大原真人氏也]
(出雲守(いづものかみ)門部王(かどべのおほきみ)の京(みやこ)を思(しぬ)ひたまふ歌一首 )

飫海乃  河原之乳鳥  汝鳴者  吾佐保河乃  所念國

意宇の海の 河原の千鳥 汝が鳴けば 我が佐保川の 思ほゆらくに

おうのうみの かはらのちどり ながなけば わがさほかはの おもほゆらくに
・・・・・・・・・・・・
島根の中海の河原の千鳥よ

おまえが鳴から

故郷恋しとわが家の佐保川を

思わずにはいられないではないか
・・・・・・・・・・・・
意宇郡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

意宇郡(おうぐん)は出雲国(現;島根県東部)にかつて存在した郡である。
出雲国(いずものくに)は、かつて日本の地方行政区分だった国の一つで、山陰道に位置する。現在の島根県東部にあたる。雲州(うんしゅう)と呼ばれることもある。延喜式での格は上国、中国。

出雲は稜威母(イズモ)という、日本国母神「イザナミ」の尊厳への敬意を表す言葉からきた語、あるいは稜威藻という竜神信仰の藻草の神威凛然たることを示した語を、その源流とするという説がある。ただし旧仮名遣いでは「いづも」であり、出鉄(いづもの)からきたという説もある。

古代出雲http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8F%A4%E4%BB%A3%E5%87%BA%E9%9B%B2
は、青銅器を主とする西部出雲(現在の島根県出雲市付近)と鉄器を主とする東部出雲(現在の島根県安来市、鳥取県米子市、大山町)との二大勢力から出発し、以後統一王朝が作られ、日本海を中心とした宗教国家を形成したと考えられている。特に東部出雲は律令下のいう伯耆国まで連続的な文化的つながりがあったため、特に弥生期では出雲と伯耆(鳥取県西部)を出雲文化圏とする向きもある。考古学的見地からは、古墳が発達する以前の特徴的埋葬様式四隅突出墳丘墓の分布状況からすると、北陸地方なども上古出雲とすべきとの説もある。これらの環日本海への版図拡大の逸話は国引き神話http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E5%BC%95%E3%81%8D
として『出雲国風土記』に記されているとの見方も有力である。

この律令以前の出雲国の影響力は日本神話の各所に見られ、日本創生の神話の大半が出雲やその周辺の話になることから、その精神的影響力は絶大であったとの見解が主流である。しかし、やがてはヤマト王権に下ることとなり、それが有名な国譲り神話http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E8%AD%B2%E3%82%8A
として『日本書紀』などに記されたと考えられる。国譲りの交換条件として建立された出雲大社は、いまだに全国から参拝が絶えない。更には、出雲大社の祭祀を執り行う出雲国造家(北島氏、千家氏)は、天照大神の第二子天穂日命の裔孫として、天皇家と同等の血統の長さを誇り、この「国造」と言う呼び名も古代律令に用いられていた官職名であることからその歴史の長さを読み取ることが出来る。

その後律令制の下では出雲国造の領域を元に、7世紀に設置された。

国府は意宇郡にあり、松江市大草町に国府跡が発掘され公開されている(また、現在の東出雲町阿太加夜神社周辺という説もある)。 平安期には東部出雲(意宇郡)を朝廷に没収された出雲国造家は今の出雲大社がある西部出雲に中心を確定する。東部出雲は荘園守護の管轄下となり、月山富田城(現:安来市広瀬町)を中心とし製鉄を支配し雲伯地方を押さえた戦国大名尼子氏を生み出すこととなる。

江戸期に入ると、松江藩が設置され東部出雲は松江、西部出雲は出雲国造の影響下に入ることとなる。更には、松江藩傘下の東部では明治期に見られた廃仏毀釈の逆の影響が認められたりもする。つまり上古より同じ出雲でも、東西の主権が別々の歴史的見解を残すため、出雲の歴史はわかりづらいものとなっているとの指摘がある。

伝統産業であった製鉄で財を成した出雲三名家(田部家、桜井家、絲原家)は、現在も島根県下の実力者である。

島根県(出雲、石見、隠岐)
八雲立つ出雲八重垣、妻籠(ご)みに八重垣つくる。その八重垣を 古事記
http://nire.main.jp/rouman/fudoki/42simane.htm

古代以前の出雲
http://www.bell.jp/pancho/travel/izumo/history.htm

あなたは「たたら」を知っていますか?
http://www.hitachi-metals.co.jp/tatara/nnp01.htm
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(たのしい万葉集)より

出雲(いずも)は現在の島根県東部にあたり、国造りの神話の場所として知られています。

奈良時代のその中心地だった出雲国府(いずもこくふ)は意宇郡(おうのこおり)にあり、現在の松江市大草町とされ、国府跡(国庁跡)として公開されています。

万葉集の歌人、門部王(かどべのおおきみ)も720〜730年頃(時期は不明)に出雲の国守(こくしゅ:今の県知事)を勤めたといわれています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
佐保川;

奈良市法蓮町辺り、万葉の頃もこの辺りを「佐保」といって大伴氏はじめ大宮人の住宅地であった。
この街中を佐保川が流れる。
今は水量も少なく千鳥鳴くような風情はない。

<大伴旅人、家持、大伴坂上郎女らがこの川の堤を散策したのは遠い昔>

佐保(ほ)川の 清き河原に 鳴く千鳥 かはづと二つ 忘れかねつも  巻7−1123

大伴坂上郎女
うちのぼる 佐保の川原の 青柳は 今は春へと なりにけるかも  巻8−1433

大伴宿禰家持、娘子に贈る歌
千鳥なく 佐保の川門(と)の 清き瀬を 馬うち渡し いつか通はむ  巻4−715

大伴坂上郎女 初月(みかづき)の歌一首
月立ちて ただ三日月の 眉(まよ)根掻(か)き 日(け)長く恋ひし 君に逢へるかも  巻6−993

大伴宿禰家持が初月の歌一首
振り放(さ)けて 三日月見れば 一目見し 人の眉引(び)き 思ほゆるかも  巻6−994

大原桜井真人
佐保川に 凍りわたれる 薄ら氷(ひ)の 薄き心を 我が思はなくに


コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

万葉集 更新情報

万葉集のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング