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高石ともやコミュニティコミュの'19椛の湖フォークジャンボリー -50年目のメッセージ- へ行きました。

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あこがれのフォークジャンボリーへ行ってきました。
還暦を超えた今、自分の人生にとって最も大切な出来事が1969年フォークジャンボリーでした。その50周年記念のコンサートへ初めて行けたことは本当に嬉しかったです。
高石ともやさんの「観客がいなければ歌えないのか」との言葉は、志の高さを感じました。
年末の年忘れコンサートへはまた行きますが、ジャンボリーの記憶は不滅でしょう!!
感謝します!!

コメント(7)

自分も行きましたexclamationOKexclamation ×2憧れの中津川るんるん
バラーズ、中川五郎さん、長野さん夫婦。

とりわけ自分のハートをゆさぶったのは、よしだよしこさんでしたexclamation
あまりにもピュアexclamation
自分同年代るんるん
激しく魂を揺さぶられました。
>>[1] サテパパくにゃんさん
よしだよしこさんは本当にピュアな感じがしましたね。
私は最初はてっきり高石ともやさんの妹さんだとばかり思っていましたが、帰ってからいろいろ調べましたところ、立派な方だと知りました。
ともかく自分の中の歴史的コンサートへ行けたことは、内容うんぬんよりも、大切なことでした。
自分自身反省すべきところは反省し、成長できればと思います。感謝。
>>[2] 高石さんの、受験生ブルース聴けたのは望外の喜びでした。一発めの「労務者とは云え」
ぞくぞくしました。
《高石ともやさんの記憶》

高校受験の頃、「受験生ブルース」が流行りファンになりました。
その後「思い出の赤いヤッケ」が流行り、この曲を長く聞きました。

3年前、還暦を迎えた私は、人生を振り返りました。
すると、私の人生は「音楽」が第一の趣味でした。
そして、人生の中で最も長く聞いたのは高石ともやさんの歌だということが分かりました。

人生を悔いのないようにしようと今後の私の人生でヤリタイことをまとめましたところ、高石ともやさんのコンサートへ行くことが確かナンバーワンに上がってきました。(なお2番は確か大金持ちになるだったかと思います。笑。)

で、2年前から年忘れコンサートに行くことができるようになりました。感謝。

高石さんのコンサートをチェックする内に知ったのが、今回の「'19椛の湖フォークジャンボリー」でした。参加できて本当に嬉しかったです。


曲《私に人生と言えるものがあるなら(日本語詞:笠木透)》

   私に人生と 言えるものがあるなら
   あなたと過ごした あの夏の日々
   きらめく草の葉に 心がはずみ
   野に咲く花に 心がかよう
   ・・・

この曲は今回のコンサートでもラストで歌われました。

私も精一杯歌いました。
なぜなら、この曲は単なる失恋の歌ではなくて、実はフォークジャンボリーの歌だからです。
驚きですね!!

どう考えても失恋の歌なのですが、実はこの曲を作詞したのはフォークジャンボリーの主催者の笠木透さんなのです。しかも3回のジャンボリー開催直後に作詞しているのです。ですから、多分に中止に追い込まれたフォークジャンボリーのことが頭にあったのではないかと何かで読みました。フォークジャンボリーとの失恋の歌ともいえるでしょうか。

だからこそ、笠木さんと2人でジャンボリーを始めた高石ともやさんがしばしば歌うのだと私は理解しています。で、今回もラストで歌ったということなのです。あくまでも私の理解ですが…。

大切な曲なのですね♪


《第1回フォークジャンボリーの意義、&'19フォークジャンボリーの意義》

実は、私は、もともとは吉田拓郎のファンだったんです。笑。
まあ私の世代では、ごくごく普通なのですが・・・。

ところが、3年ほど前に人生を整理していたところ、なぜか第1回フォークジャンボリーのCDが出てきたんですね。
多分、世代的にフォークジャンボリーのことはよく知らず、それでとりあえず第1回目のものを20年くらい前に購入して、1・2度聞いて、完全に忘れていたようです。

そして、今回改めて聞き直してみると、これが意外と良かったんですね。
それで、第2回目、第3回目とCDを購入して、1回から順番に1・2・3と聞くようになったんです。

当然私は拓郎世代ですから、拓郎の出ている第3回が気に入ると思っていたんです。
すると、なんと意外にも第1回目が一番良くなったんです。
ほんと自分でも不思議で意外でした。

それから第1回目フォークジャンボリーについてネットや本などでいろいろ調べたんです。

すると、なんと意外にも
「第1回フォークジャンボリーでフォークは終わった」
との高石ともやさんの言葉に出会ったのです。

「第1回フォークジャンボリーでフォークは終わった」

この言葉を知っているフォークファンが何人いるでしょうか。
人生で最も自分が親しんだものはフォークだという私でさえ、全く知らないかよく理解していませんでした。

フォークとは単なる歌ではなく、自分の想いを語り聴衆と共鳴するものなのでしょうか。

つまり、第1回フォークジャンボリーは、第2回・第3回ジャンボリーとは異質のジャンボリーだったんですね。

こう気付いた時、なぜ第1回フォークジャンボリーのみが、とりわけ私の心に迫ってきたのかが分かった気がしました。

そうです。第1回フォークジャンボリーは、特別の大きく偉大な意義があったのです。

そして今回の「'19椛の湖フォークジャンボリー」は、第2回・第3回の記念コンサートではなく、あくまでも偉大な「第1回フォークジャンボリー」の「50年目のメッセージ」として開催されたのです。このように大きな意義を秘めたジャンボリーだったと思います。
(以上あくまでも私見ですが・・・)

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