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伝承文化研究所コミュの百人一首作者のエピソード其の3

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七 安部仲麿(七〇一〜七七〇)

 天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも

 (Ama-no-hara hurisake mireba Kasuga naru Mikasa-no yama-ni ideshi tuki kamo)

上の句 あまのはら ふりさけ みれば かすがなる
下の句 みかさのやまに いでし つきかも
取り札 みかさのやまにいてしつきかも

歌意 大空を遙かに見渡すと、月が昇っている。嗚呼あの月は、故郷の春日の三笠の山に出ていた月なのだなあ

解説 この歌は古今集羈旅に「もろこしにて月を見てよみける 安部仲麿」とある。

★三笠の山 今では奈良県の若草山の別称であるが、この当時は奈良の春日大社の裏手にある御笠山のことである。遣唐使は出発の前航海の無事を春日大社に祈願したという。


人物について

 養老元年、一六歳の時第九次遣唐使の學生として中国に渡り、玄宗皇帝に重用され、中國では朝衡という名前であったと云ひます。

 三十五年後、日本に帰ろうとしたときに中國の人達により別れの宴が開かれ、その時に創られた歌といわれています。

 日本に向かうも途中で嵐に遭い、遭難して中国に戻ることになります。

 そして異国の地中国で七十五歳で亡くなりました。日本への望郷の念が詠い込まれた名歌であります。

 ある歌学者はこの安部仲麿とこの歌について次のように謳い上げます。

「私は、今この月の前に立っている彼の姿に、あの頃大陸に渡り、大陸にとどまった人々の、エトランゼとしての巨大な哀しみがすべてあると思ふ。日本海の怒濤、大陸の果てしなき荒涼、祖国への耐え難い慕情、それらがすべてあると思ふ。しかし、彼の船は、ついに日本に帰らず、彼は再び大陸に戻り、そこに二十年もいてこの世を去った。ただ一首故国に帰ってきたこの歌。歌よ、あらん限り号哭せよ、そして作者の心を永遠に訴えよ。」

 また、中国に於て仲麿は李白、白楽天など蒼々たる文人達との交流が深かったのです。

 李白は、仲麿の遭難の報せを聞いて哀しみのあまり次のような漢詩を作りました。

 『日本晁卿辞帝都 片帆百里繞蓬壺 
  明月不帰沈碧海 白雲秋色満蒼梧』

  日本の晁卿、帝都を辞す  片帆百里蓬壺を繞る  
  明月、帰らず碧海に沈む  白雲秋色、蒼梧に満つ

 稀代の詩人李白のこの詩は、仲麿を失ったといふ哀しみと慟哭が伝わってくるではありませんか。

 この後、仲麿が中国に無事戻った時の李白の驚きと喜びは想像するに難くありません。

 それほどまでに、文学者としての評価も素晴らしいものであったのです。


 かるた一口メモ 

 この札は「あま」で始まる歌二枚の内の一枚。もう一枚は「天津風雲のかよひ路ふきとぢよをとめの姿しばしとどめよ」である。「天の」の「の」で取れる札である。
 



九一 後京極摂政前太政大臣(九条良経)一一六九〜一二〇八

 きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかもねむ

 (Kirigirisu nakuya shimoyo-no samushiro-ni koromo katashiki hitori kamonen)

上の句 きりぎりす なくや しもよの さむしろに
下の句 ころも かたしき ひとり かも ねん
取り札 ころもかたしきひとりかもねむ

歌意 コオロギの鳴いている、この霜夜の寒い筵の上に、私は一人で、衣の片袖を敷いて寝なければならないのだろうか。

解説 新古今和歌集秋下に載っています。きりぎりすは、「こおろぎ」の昔の呼び方。。

 この歌は、恋の歌のようにも聞こえるが、恋の歌ではなく秋の夜の寂しさをよんだものといわれています。

 「衣かたしき」とは、独りで寝るといふ意味です、

人物について

 九条良経は、関白九条兼実の子で摂政太政大臣になったが、建永元年三十九歳の若さで急死した。

 あまりにも突然のことで刺客により殺害されたと言われました。

 この頃は武士の台頭により、王朝貴族が滅びかけていた時代であり、王朝の滅び、歴史の哀しみが染み込んでいるように感ずる和歌です。

 貴族の中でも最高の地位にあった彼が、このような寂しさやわびしさ溢れる和歌を作る。

 時代は、武士の世へ移ってゆく悲哀を感じることが可能ではないかと思ひます。

 大僧正慈円は、叔父にあたります。

 幼少より、聡明で十五歳の時、蝋燭の火が七寸燃える間に、二首の漢詩を創ったといふ逸話も残っています。

 和歌に卓絶した才能を発揮し、藤原定家の最もよき理解者でした。

 新古今和歌集の監修にもあたり、其の『假名序』は彼が書いたものであります。

 彼の心は、妖艶に燃え上がるよりも、「幽寂なるもの、永遠なるものへ憧れ」その様な和歌が多く、それはまさに日本人の感性を感じさせる歌といえます。

人住まぬ不破の関屋の板びさし荒れにし後はただ秋の風(新古今)

あすよりは志賀の花園まれにだに誰かは訪はむ春のふるさと(新古今) 

うきしづみこむ世はさてもいかにぞと心に問ひてこたへかねぬる〔新古今〕

わすれじとちぎりていでしおもかげは見ゆらむものをふるさとの月〔新古今〕

しきしまややまとしまねも神代より君がためとやかためおきけむ〔新古今〕

おく山にひとりうき世はさとりにきつねなきいろを風にながめて〔新古今〕

わが涙もとめて袖にやどれ月さりとて人のかげは見ねども〔新古今〕

わが国はあまてる神のすゑなれば日のもととしもいふにぞありける〔玉葉〕

恋ひ死なむわがよのはてににたるかなかひなくまよふゆふ暮の雲

さびしさやおもひよわると月見れば心のそらぞ秋ふかくなる

くにかはるさかひいくたびこえすぎておほくの民に面なれぬらむ

みし夢の春のわかれのかなしきはながきねぶりのさむときくまで


 かるた一口メモ 

 この札は二字決まりの札である。「きりぎりす」の「きり」で取れる。初心者が非常に覚えやすい歌で、競技かるたに於いては得意札にしている人も多い札である。


次回は小野小町を書き込みます。


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