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揚輝荘の会コミュの窟泉聴

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昨日植樹作業で移動している時に偶然目に入った。
今日新聞社が取材に来ると言う・・

防空壕の入口

コメント(16)

もともとは防空壕として作られたものではないようです。
今はマンションが建てられて一番大きな空間は潰れてしまいましたが入口付近の装飾等見ても通路の幅から考えても・・どうもそうではないらしいと言うのが揚輝荘の方々のお話でした。
詳しい事はきっと、新聞社が取材して纏めて下さるでしょう。

ただ、この入口から入って命が助かったという方々のお話を偶然同席して伺った事がありました。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=106952666&owner_id=274038
防空壕というか、例の地下連絡通路の一部でしょうか??
そうみたいです。例の地下通路はとうとう見ることができませんでした。YASUBEEさんは御覧になったのでしょうか?
makoronさん、日記拝見しました。

友人の祖父が揚輝荘に出入りしていた関係で、戦前に竹中工務店が出版した伊藤家関係の建物の写真集(非売品)を見た事があります。

その中には地下壕の存在は触れてなかったですね。
makoronさん、入れ違いですね。^_^;)

残念ながら私も地下道は見ていません。
揚輝荘の会が調査した時に誘われたのですが、仕事でしたので。

聴松閣玄関前の車寄せにガラスが嵌め込まれている箇所がありましたが、そこの地下室があるのではと噂した事があります。あの周辺にも何か遺構が残っているかも知れませんね。
昨日出向いた時には工事のシートも取り払われて、北正面玄関のエントランスも整備されていました。以前の姿を知るものにとってはさみしいことですが、こんな発見もあり、悪いことばかりではなさそうです。(とでも思って置かないと癪w)


それにしても見たかったです。
中日新聞のトンネル記事が私にとって揚輝荘の興味を掻きたてた最初でしたから
今朝の朝刊に取り上げられましたねw
はい、私も朝刊見ました。揚輝荘の会のメンバーが写ってましたね。

昨日の会議の時に写真も撮ってきましたが、建築家の方は石組みの様式が特徴的(何とか風と言われましたけど忘れました^_^;)だそうです。

この部分は名古屋市に寄贈されるエリアではありませんが、保存の方向で話が進みそうですね。

もっとも前に立体駐車場が建てられる予定なので、通りからは見れなくなりますが。
佐藤さんがチラリと後姿は川村氏かな?
YASBEEさんは揚輝荘関係者の方ですか?
お会いしているのかな?

立体駐車場の影になるのかしら?・・
残念ですね。
佐藤氏も絶対残しますと約束してくださいましたが・・
もう既に揚輝荘の地所ではないのですよね。(揚輝荘も公開空き地扱いになっていますね。)

ブログの方にも書きました。
どうぞ宜しければ・・・
http://www.doblog.com/weblog/myblog/44527/2622446#2622446
makoronさん、ブログ拝見しました。
私は揚輝荘の会の会員ではありませんが、城山覚王山地区魅力アップ事業実行委員会のメンバーです。
ずっと地元ですし、やまのて音楽祭の事務局も務めてます。
土日は仕事なので、残念な事に揚輝荘の会の活動には参加出来ませんけどね。^_^;)
あ、だから旧昭和塾堂のこともお詳しいのですね
第1水曜日の会議にはいらっしゃいましたか?
makoronさん>
いえ、会員ではありませんので参加してません。^_^;)

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