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大筒繁盛記コミュの堺編 10

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 長屋から少し離れた川原にある墓場に お夕と又衛門を除く仲間達が集まってオヨネの遺体が入った小さな、お棺を埋めた。
 葬式という奴は不思議なもので、何故かその日の天候に故人の人生が滲み出たりするものだ、もちろんそれは都合よく物事を解釈出来る人間という生き物の錯覚に過ぎないのだが。
 しかしその日の天気も少々肌寒いが少し厚着すれば苦にならぬ穏やかな天候で、いやでも目立たぬオヨネの人柄を想起させるものであった。
 葬式に参列した南蛮人のロレンツォはいつものだらしない格好ではなく立派な南蛮の服を着ていた、黒人のスウィフトも今日は折烏帽子に皺のない青い小素襖を着ている。
 出来上がった土饅頭に川原から留吉が拾ってきた手ごろな石を置いたところで因念は持ってきた行李から小奇麗な袈裟を取り出し着用すると、裏の荒れ寺に忍び込んでかっぱらって来た卒塔婆に戒名を書いた。その後これまたかっぱらって来た香炉に線香を立てると読経を始めた。線香は喜八老人が分けてくれたものだ。

 簡素だがそれなりの葬式が行われた。

「妙禅院釈尼静米、どうでぇ文句あるめぇ」

 読経を終えた因念は昨日から妙に静かにしている源十郎に法名軸を渡して神妙な顔で お題目を唱えて数珠を揉んだ。

「妙禅院たぁ大仰だな」。源十郎は法名軸を開いて静かにそう言った。
「まぁいいじゃねぇか、そりゃぁおめぇ硬く考えりゃ院号なんざつけられねぇよ。でも おりゃぁどうにもケチクサイのは嫌いでね。大体うちの宗派は妙禅寺のたぁ違って大雑把なのが売りだからな。それにこの卒塔婆、失敬した妙禅寺だって色々縁がねぇわけじゃねぇし、あそこの仏さんだってオヨネの事なら細かいこた気にしねぇだろうさ」

 そう言われて、源十郎は寂しそうに法名軸に書かれた戒名をしばらく見つめるとそっと巻きなおし抱きしめるように懐にしまいこんだ。

 

 長屋に帰らずに墓場から少し離れた空き地で酒盛りが始まった。しんみりしているのは、源十郎が静かなせいだ。酒癖が悪い男だったがいつも暴れる奴が暴れないと言うのも違和感があるもので、どうにも場がしらけた。
 時が過ぎて一番星が見え始めた頃、留吉が事前に用意していたマキに火をつけると仲間達は焚き火を囲んだ。

「なぁおい、黙ってねぇでオヨネの思い出話でもしろよ、そいつを聞いてやる為に葬式してやってんだからよう」

 因念が源十郎に酌をしながら、そう言うと、源十郎に皆の視線が集まった。源十郎は頬張っていた団子をつまらなそうな顔で飲み下すとそれでもしばらく黙っていたが、周りの仲間がいつまでも黙って自分をみているので柳の木にもたれてぼそりと一言こぼした。

「よくある苦労話しかねぇよ」
「それを聞いてやろうって言ってんだ」
「悪趣味だな」
「葬式なんてそんなもんだ」

 因念のお得意の開き直りが出て思わず源十郎が失笑した。

「まぁな・・・・・遠まわしの死人の悪口」
「こまけぇ遺産の取り合い」
「死んだ人間が誰に一番感謝してるのかのつまんねぇ競争」
「死人が一番嫌いだった奴が一番の友人に平気でひょいと化ける」
「葬式の間だけ義理で黙ってやる借金取り」

 ここで喜八老人が軽やかに笑った。猟犬のように老人についてきた例の顔を真っ二つにする傷がある男が少々憤慨した表情を見せたが喜八老人の和んだ表情を確認してすっと一歩引いた。

「葬式なんてそんなもんだな」
「いやまったく葬式なんてそんなもんさ」

 硬くなった場の空気が因念の話術で和みだした、以外と名僧だ。

「なんのこたぁねぇ、死人を酒の肴にして飲みてぇだけだろうがお前ら」
「まぁそうすねんなよ」
「すねちゃいねぇよ解っちゃいるさ・・・



・・・話はなげぇぞ、その上つまんねぇ、酒の肴にゃ向かねぇがお前ら聞いたからにゃぁ最後まで責任もって聞くんだぜ、いいか」

 そういって杯の酒を一口舐めると目をつぶりしばらく言葉を選んだ後、源十郎は、ぽつぽつと話し始めた。

「・・・俺が鉄ぶったたき始めたのは十二歳の頃の事だから・・・そうさな四十年以上になる」
「おいおい、そんな事からか」
「だから長くなるって言ったろうが、文句があるんならそこで寝ちまえ馬鹿」
 そう言われて因念は両手を上げておどけた後、むしろに肘をついて横になった。

「元々親父が刀鍛冶でな、俺はその弟子として仕事を覚えた、でも俺は五人いた兄弟の末っ子でな、仕事を粗方覚えた所で放り出された、それが二十歳の頃の事だ、自慢じゃねぇが今思っても俺が一番筋が良かったんだがね」

 そこまで言って、車座になった仲間達の顔をじろりと見回すとロレンツォの顔で視線を止めて聞いた。

「おい南蛮人、刀鍛冶が良く斬れる刀作るのに一番重要なのは何だと思う?」
「決まってるやないか、腕やろ、そりゃぁ」
「そんなもんあって当たり前だ、次、黒いの」。そう言って源十郎はスウィフトを指差した。スウィフトは腕組みしてしばらく考えて言った。
「・・・鉄の元ですか?」
「いい線だ、満点じゃぁねぇがそこだよ、それが全てじゃねぇのは当たり前だが、いい刀作るにゃ、まずいい銑鉄がいる」

 この時代、当然、国内産の銑鉄も存在した、しかし我々が教えてもらったような例えば種子島の砂鉄から作った物は激しく酸化したものを還元したもので実はけして品質が高い物とは言えず品質を追い求めればとどのつまり明から輸入される物に行き着く事になるのが当時の実情であった。

「その為に必要なのはな結局まずは、これだ」。そう言って源十郎は左手の親指と人差し指で丸を作って見せた。「元手だよ、でも俺の親父は冷たい野郎でな裸同然で俺を追い出しやがったんだ、腕があればどうにかなるなんて思ってたが、色々あって勘当同然で追い出された俺は、すぐに壁にぶちあたっちまった」

 源十郎は、そこまで言って、渋い表情をすると焚き火であぶった鮎の干物にかじりつき、苦い過去を噛み砕くようにそれを飲み込んだ。

「そんな時に、材料問屋で下働きするあいつに出会ったんだ」





つづく

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