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パセオフラメンコ社長室コミュのパセオフラメンコ10月号のガチンコ感想

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 月刊パセオフラメンコ10月号。
 主なラインアップはこんな感じ。
 理由はわからんが、書店注文が急増中!

 ●美しい謎/エストレージャ・モレンテ(フラメンコの光源vol.21)
 ●光の中で(中尾務のフラメンコ写真館)
 ●悠々として急げ(聞かせてよ、そのわけを!?有田圭輔)
 ●ディエゴとの極めつきのソレアー/フェルナンダ・デ・ウトレーラ
 ●麗しき5月に(渋好み純粋正統フラメンコ狂日記)堀越千秋
 ●清里とNHK出演と(なんでかなの記 第22話)濱田滋郎
 ●フラメンコの魂(フラメンコ・フィーリング?)東敬子
 ●進め!ロッカメンコ(しゃちょ日記)
 ●強い味方(失敗はフラメンコの素)浪速のフラメンカkimi
 ●嗜好作娯(小倉泉弥)
 ●都市伝説メンカ(ヨランダ)
 ●三澤勝弘/美意識(Flamenco心と技をつなぐもの)
 ●地球的名演!カニサレスのアランフェス
 ●女が生きる道(石井智子/ラ・ペテネーラ)
 ●今枝友加と仲間たち(フラメンコ・モーダ着こなし大百科)
 ●フラメンコ最前線

  ――――――――――――――――――――
 
 つーことで、おもろくて肥やしになるパセオ創りのために、
 ガチでホメたりケナす、キャッチボールはこつらまで。
 いただいたご感想は無断で本誌に掲載したり、
 日刊パセオやしゃちょ日記に戴っけることも普通なので、
 又スペースの都合で一部カットさせて戴くこともあるので、
 あらかじめ、そのつもりでよろしくねっ!

 なお、本誌掲載分については、
 掲載誌&ヨランダ・フラメンコ手ぬぐいを進呈!
     

コメント(5)


 うっかり、アップ遅れた。
 ひとこと感想も大歓迎!
                
ベスト・オブ・〈Paseoフラメンコ〉。
ココは読んどけ、10月号ベスト3!!!

うっかり風邪なぞひかぬよう
アタマの中で
ドラムロォォォォォォール!

☆ ベスト1 ☆
心から泣けるフラメンコ
ディエゴとの極めつきのソレア

〈渚ようこ〉という歌い手の歌に
「どうせ天国に行ったって」という作品がある。
作詞は、かの阿久悠だ。自分が好きだった人たちは、
みんな天国には行けていない。だから天国に行っても
誰もいないから行きたくない。もちろん自分も
天国に行けるような生き方をしてこなかったしね、
という内容だ。暗い仕上がりと昭和の香りが濃厚で、
とても好きな歌のひとつだった。
しかし、今回フェルナンダとベルナルダの記事を読んで、
死んだらとりあえず天国に行ってみたくなった。
だってナマで聴いてみたいじゃないですか。
姉妹の歌声とガストールのギターを。
ともにマドリードやセビージャからの誘惑にのらず、
地元を活動の中心にすえてフラメンコと向き合った生涯。
そして、それを支えるだけの文化的な蓄積がある故郷と血脈。
生き方が清々しかったのだから、みなさん天国にいらっしゃる。
できれば最前列で。できれば一杯飲みながら。
できればリーズナブルなお値段で聴いてみたい。
さて、最大の問題はわたし自身の生き方である。
天国に行けるかどうか微妙なところだと思う。
ま、あと数十年生きるとして、人生の軌道修正を
試みるとなると結構急がねばならない。
毎日をきちんと生きなければならない。
フラメンコなみなさん、ともに天国で会えるようがんばろう。
お互いの幸運を祈りつつ……。


☆ ベスト2 ☆
フラメンコ公演忘備録
香取希代子追悼公演
「希望の連鎖」

追悼という行事において、舞踊ほどふさわしい行為は
ないと思う。おそらく人類に弔うという複雑な感情が
芽生えた時、体を揺するだけの踊りから表現をともなう
舞踊へと進んだと考えるからである。
言葉でのコミュニケーションが不自由だった分、
死は切実で身近だった分、舞踊は今より多彩で
表現力が高かった可能性だって充分ある。
その舞踊は、数百万年へて香取希代子へとつながり
彼女を師と仰ぐ多くの門下生へと流れ下っている。
追悼公演は、故人への感謝と敬意を表すのが目的では
あるが、同時に追悼する側に決意や内省をせまる
一面も持っている。つまりこれからを生きる
人間にとっても大切な行事なのだ。
香取希代子は今も日本フラメンコ界の先頭を走っている。
姿かたちを見ることはもはや叶わないが、
残像や気配で多くの人間を導いている。
それは今回の忘備録のしゃちょの文章を読んでも明らかだ。
じつに真摯に綴られている。脱線もダジャレもない。
敬意と感謝のすえに希望にたどり着いている。
彼女の偉大さに恐れ入るばかりである。


☆ ベスト3 ☆
聞かせてよ、そのわけを!
有田圭輔
「悠々として急げ」

インタビューの出来不出来ってやつは、
その対象がどれだけ魅力的かってことに尽きる。
今回の有田圭輔の記事を読んでそう思いました。
いいオトコだなー、有田圭輔。
一緒に飲みたくなるなー、有田圭輔。
モテるだろーなー、有田圭輔。
モテるだろーなー、有田圭輔。
モテるだろーなー、有田圭輔。
間違いなく持てますよ、有田圭輔は。
モテ方を知ってますよ、有田圭輔は。
風貌で相手をやや緊張させて、
語り口と言葉遣いでくつろがせて、
音楽を語る純真さで引き込んで、
最後は歌声でノックアウト。
モテたいと願うすべてのオトコは、
有田圭輔を完コピすることから始めましょう。
ある程度できたら完コピを捨て、
自分だけを頼りに勝負しましょう。
毎日コツコツ努力することは当然として、
素っ裸の人間として勝負しなくちゃ。
ほら、なんだかモテそうな気がしてきた。
いいなー、有田圭輔。
モテるだろーなー、有田圭輔。


☆今月のベスト背すじ☆

杉本明美どの
汗をも衣装に変える肩甲骨と
背すじにうねりをよぶ腕使いに
敬意を表しここに表彰する。
おめでとう。
サミーさんに残りぜんぶ!
と、おもわず身を乗り出すベスト・オブ・ガチンコ感想指でOK

呑んでみたいなーサミーさん。

 パセオ10月号のガチンコ感想です。

 まず、全体的にレイアウトが変わっていて読みやすくなりました。
 それぞれの記事に合ったデザインで、より明確にメッセージが伝わって来ました。
 
 堀越千秋氏『フラメンコ狂日記』第274便「麗しき5月に」。
「マドリードの、春は黄金である。」
 冒頭から、輝くような景色が脳裏に浮かぶ。氏は、青空と、光り輝くバロック風の建物に、生と死の美を見い出し感動する。
「マロニエの綿花がふうわりふうわりと漂っている。いや、これは綿花でない! これのひとつずつに、天使が宿っている!」
 ここまで読んだ時、ああ、これはただ完結したひとつのエッセイを辿っているわけではないのだと、今更ながら気付きました。
 堀越氏は、スペインそのものを体現されているような強烈な魂を持つ画家。その人の、キャンバスという2次元の世界に向かって表現しようとする一歩手前の、脳内に存在するヴィジョンが、言葉となって湧き出ているのではないか。
 つまり、絵画に行き着くまでの思考のプロセスを垣間見ているのではないだろうかと思えたのです。
 そしてそれは、ただ眼前に広がる美しい3次元の光景を焼きつけているだけではない。クスリで死んでいったサルモネーテ(へレスの歌い手)との交流という、遠い記憶を遡った感傷と結びついた4次元の情景なのです。マドリードのたそがれのまぶしさとサルモネーテの死は、そのまま光と影の対比を織りなしています。
 そんな思いがストレートにキャンバスを染め上げて、あの2次元で構築される鮮やかな世界へとつながって行くのだ。このエッセイの先にある、作品への麗しい展開を想像すると、ワクワクしてきます。
 このように思い至ったのは、先日、堀越氏の個展を実際に拝見してきたからかも知れません。 
 本物に触れるということは、自分で意識している以上に刺激を受けているのもなのだと感じます。

 濱田滋郎先生『なんでかなの記』第22話「清里とNHK出演と」。
 80年代、濱田先生はNHK・FM放送にひんぱんに出られたそうです。その「クラシック・ギャラリー」「名曲ギャラリー」というラジオ番組は、当時学生だった私もよく聴いたものでした。そのころ録音したカセット・テープで、今なお大切に手元に残しているものがあります。「セゴビアの追悼番組NHK・FM 1987.6.7」と手書きで記録しています。きっと濱田先生も関わっていらしたのではないでしょうか。夜の時間がゆったりと流れていた時代。知っている曲はもちろん、ラジオで初めて知るクラシック音楽をも楽しむことができた心のゆとりが懐かしく感じられます。このときは、名手セゴビアのスペイン・ギターを残しておきたいという意志で録音したのを覚えています。そんな思い出が、ここでつながるとは夢にも考えていませんでした。そして、久しぶりにこのテープを聴きながら、乾いた寂しさを持つスペインの旋律がずっと好きだったのだなあ、と改めて確認することができた嬉しさに浸っています。

(続きます)
 東敬子さん『フラメンコ・フィーリング』?「フラメンコの魂」。 
「いや、そうじゃなくて、足を打った時の音が、スリッパ履いてるみたいに、ぺたぺたしてるの。日本人って部屋の中では靴の生活してないでしょう?……スペイン人の音、聞いてみて。違うから」
 リアルなセリフにドキッとしました。
「小さな違いが、大きな違い」と聞いたことがあります。文化の壁は、さり気ない生活の中にこそ潜んでいるものなのだと思います。
 西洋の歌を習っていて感じるのは、日頃いかに声をひそめ、自分を押し殺して話しているかということです。口に手を当てる仕草が象徴的です。まして自分の意見は声を大にして言ってはいけない。それが日本の女性の美徳、そんな習慣が身に沁みついてしまっている。フラメンコ的な等身大で本音の生き方に憧れます。でもいつまでも憧れてばかりいないで、生活レベルから意識を変えて行かなければ、いつになっても変われない。レッスンの場だけの問題ではないのです。
 そして、フラメンコの真髄に触れてしまった桃子の今後が楽しみです。

『心と技をつなぐもの』三澤勝弘氏「美意識」。
「人を殺すくらいの狂気が無いと本質は視えてきません。」
 狂いそうになるくらいにギリギリのところに自分を追い込んで初めて、フラメンコと対峙できるのだと思う。しかしそういった激しさを内面に秘める一方で、最後に「僕なんて、本当に適当だよ(笑)」とさりげなくかわす。そんなところに女性は、ダンディズムの魅力を感じてしまうのです。

 中尾務氏『フラメンコ写真館』「光の中で」。
 昔、クラシック音楽のコンサートにいっしょに行った人が、いい演奏を聴いていると、あまりの心地良さに頭の中にもやがかかったみたいになってしまう、と言っていた。たいくつで眠くなるのとは違う、と。
 中尾氏の「光の中で」の柔らかな色彩を目にして、そんな言葉が蘇りました。
 難しい分析など忘れて、幻想的な光の彩りに導かれ、ただ恍惚と浸ることができる。それこそが、かつては祈りであった舞踊の本質ではないだろうか。一連の作品がそれを示唆してくれているような気がします。

 どんどん進化するパセオ、
 これからも楽しみにしています。

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