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日本家屋コミュの『陰翳礼讚』谷崎潤一郎

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写真は谷崎記念館

『陰翳礼讚』は、昭和8年から9年にかけて「経済往来」に書かれた。
 内容は日本家屋がもっている「うすぐらさ」を称揚するもので、それを説明するのに日本家屋の不便さをあれこれ引き合いに出している。谷崎が言いたいことは、煎じつめれば「薄明」と「清潔」の両立に日本の美意識が発端しうるということなのであるが、そこをけっして日本的には説明していない。下手なのだ。文章もうまくない。左官の鏝が右往左往している。
 たとえば、漆器の美しさは闇が堆積しているところにあるという指摘は、その通りである。が、そのことを説明するのに、漆器の闇が文章そのものになっていないのだ。どうした谷崎、なのである。

 もし日本的建築を一つの墨絵に譬えるなら、障子
 は墨色の最も淡い部分であり、床の間は最も濃い
 部分である。私は、数寄を凝らした日本座敷の床
 の間を見る毎に、いかに日本人が陰翳の秘密を理
 解し、光りと蔭との使い分けに巧妙であるかに感
 嘆する。

 この文章もへたくそである。巧妙とは何事か。谷崎がえらびきった言葉とはおもえない。
 後段、「いったいこういう風に暗がりの中に美を求める傾向が、東洋人にのみ強いのは何故であろうか」というくだりに入ってからも、谷崎のペンは冴えない。日本のお化けと西洋のお化けを比較したり、混血の話などをもちだして、話をぶちこわしてしまっている。
 結局、ぼくが納得できたのは最後の最後の文章になってからで、「私は、われわれが既に失いつつある陰翳の世界を、せめて文学の領域へでも呼び返してみたい。文学という殿堂の櫓(のき)を深くし、壁を暗くし、見え過ぎるものを闇に押し込め、無用の室内装飾を剥ぎ取ってみたい」と綴り、つづけて「それも軒並みとはいわない。一軒ぐらいそういう家があってもよかろう。まあどういう工合になるか、試しに電燈を消してみることだ」と結んだところくらいなのである。
 これはよくわかる。
 陰翳を文学にもちこむというのは、まさに谷崎のシナリオであって、戦略であり、また絶妙に成功させたところなのである。

 しかし、『陰翳礼讚』という文章をもって、谷崎が日本の美学や日本の美意識をなんとか説明してくれたなどとは、おもわないほうがいいい。
 むしろ谷崎潤一郎が『陰翳礼讚』で「お茶を濁してしまった」ということが、その後のツケになっていたというべきなのである。
 逆に、谷崎を本来に帰って援護するのなら、われわれは『吉野葛』や『芦刈』にこそ陰翳礼讚をさがすべきなのである。

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