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神話ベースの自作物語集コミュのユグドラシル  0  序章

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ユグドラシル
The child who hates all, the mother who loves all

地が揺れる。
火薬の臭いと、それをかき消して有り余る、
生き物の燃える臭い。
崩れる瓦礫に挟まれ弾ける人間。

何かが狂っていた。


全てか。
醜く汚い人間が争っている。
国というくだらない概念で喧嘩か。
そうして母なる大地を蝕んでいくのだろう?


産んでくれた恩を仇で返すのか。
母に深い傷を与えながらも超小規模の

「緑化運動」

なんかでいかにも自分は
ちゃんとこの星のことを考えていますって面しやがる。


本気で考えろ。考えれば分かるはずだろうが。


死ねばいい。
俺たち(人間)が全部死ねばいいんだよ。

それで解決だ。

本当にくだらない種族だ。
存在にまるで意味も無い。

せいぜい苦しんで死ね






見た夢の感想。俺は終末を望み、夢見るのだ。




それなのに、それに平行して

ユメらしい幸せな『夢』も見ている。









季節は秋。
と言ってももう冬に近い。

11月の初めの空は晩秋ほど高いわけでは無く、
冬ほど澄んでいるわけでもない。

中途半端な感がある空を、
虚ろな目が焦点も定めずに眺めている。

雲に切り取られたような青空に、
何か苛立ちのようなものも感じる。

何かと憂鬱な学校生活。
虚ろだが拒絶が顕わになっている目のまま、
彼はクラスに入る。


「おはよう兆(きざし)君。今日も機嫌悪そうだね。」


おはよう、とため息で返事を返して席に着き、
中空をまた虚ろな目で睨む。



藤代 兆(ふじしろ きざし)は人が嫌いだった。



頭の回転が速い彼は、その過去から、
人の罪深さを知ってしまっているようだ。

両親からの虐待。
隣人達の迫害。
普通に生きていても見えてくる
人間の汚い性を直視してきた。

し続けてきた。


そうして濁った虚ろな目はその罪そのものを
睨んでいるのかもしれない。

人が嫌いな自分を押し殺し、
人間社会で16年間生きてきた。



殺 す こ と 



にはもう慣れた。


『正当防衛』という傘を被って両親を殺害した、
小学6年生のときから。


きっと何かの弾みがあれば、望んで人を殺せる人間だ。
彼は結局、そんな一番自分が嫌いなようだった。


しかし、彼女がそれを変えようとしている。


「ここがわかんなくてさ… 教えてくれない?」


クラスだけでなく学校中で人気者の彼女。

綺麗な顔立ちと、無駄の無いすらっとした体系で、
男子にはかなりの人気を誇っているようだ。


深山 蒼衣(みやま あおい)という名の女子は誰にでも優しく、
明るいため同性にも人気がある。

欠点といえば唯一つ。
あまり成績が良いわけではないうえ、
数学だけはかなり苦手らしい。


学園の人気者がなんで俺に聞いて来るんだよ、
と、気だるさとある意味嫉妬のような感情を覚える兆。


誰にでも優しい?


ふざけるな。


お前はこいつらの中身を知らないんだろうが。



俺は俺以上にこいつが嫌いなようだ。





「ああ〜なるほど!どうもありがと!」


白々しい。

俺のあからさまな視線をまるで無視して、自分の席に戻った。
回りに集まる4人くらいのグループと語り合い始める。









「私が一番望むことは、世界平和です。
 みんなで仲良く暮らせたらいいなと思います。」
 


彼女の学年初めの自己紹介を思い出した。


あなたの夢は?と聞かれて世界平和…






寒気が走った。出来るわけ無いだろう。
ああ、あのときからか。この何の変哲も無い
ただの娘が鏡のようにぎらついて、
邪魔で仕方ない存在になったのは…



午後。授業はサボった。

昼休みが終わった後、
学校の裏口(フェンスの一部の、ブロック塀で見えなくなっているところに空いている穴)

から外へ出て、暫く行くと大きな森がある。


森のほぼ中心に、いつの間に生えたのか、大きな木があった。

その木の最上部近くに、丁度座りやすい枝が張り出している。
そこに腰掛け、鞄に詰めてきた漫画やら何やらを読み出した。



不思議とここは落ち着くのだ。
眠くなれば、ある程度無理な体勢だが、
幹に寄りかかって寝ることも出来る。

なにか秘密基地めいていて、
彼にはとても懐かしい場所だった。

 
「あ〜!見っけたぞサボリ魔!先生キレてたよ?」



よりによってお前か。今日はつくづく運が悪いな。



頭を抱える兆。その様子に少し寂しい蒼衣。


「うっわなにそのリアクション…ショック…」


「帰れよ。日が暮れるまではここに居るつもりだ。」


「せっかく迎えに来たのに…」


とぼとぼと引き返していく。いちいち癪に障るヤツだ。





「あのさ〜。よくここに来るの?」


振り返って質問をしてくる。答える必要はなさそうだが…
 

「暇なときはな。」
 

適当に返事する。

ふーん、と相づちを打って帰っていく蒼衣。



先生にはうまく言ってくれるらしい。
使えないヤツではないな。
その辺の馬鹿よりかはマシか…


読んでいた本を顔に被せて寝ることにする。

寒さで目覚めたときの、
小さいがはっきりとした孤独感が好きだった。

まだ光りはしない青い月が出ている。満月に近いようだ。


目を閉じてみる。
蒼衣の凛とした後ろ姿が浮かんだ。

…やはり癪だった。











目を覚ます。
ブルッと寒気がした。
冷たくなり始めた空気を大きく吸い込んでみる。

少しだけ胸を満たして、
冷たさが胸の中をえぐっていくような、

孤独。


木から飛び降り、家に帰った。
誰もお帰りと言ってくれないそのマンションの一室は、
異次元のように静かだった。

それでいて住んでいる彼に呪いをかけているような
気配もあったりする。

ネズミも、ゴキブリ一匹さえ見かけたことが無いのだ。
この部屋では。

風呂に入って寝るだけの退屈な部屋。


まあ、俺には娯楽など必要ないが。

ふぅ、とため息をついて、床に入った。





必要ないだろう。

どうせどこにも意味のあるものなんて無いんだ。





朝。気だるい。

軽く朝食を摂り、学校へ。
昨日とは違い、土砂降りだった。

雨はむしろ好きだったので、傘を差しながら歩く。
靴に水が染み込んでくるのだけは嫌だったので、
水溜まりを飛び越える。

すると、前方に人影が。


「おはよう兆君。天気悪いね。」




出た。



「何よそのあからさまなリアクション… 
 出た〜 みたいな…」


勘がいい。少し可笑しかった。

ハハハハ、と乾いた笑いをくれてやる。


少し速めに歩く事にした。


「ちょ!歩くの速くなってない!?」


そりゃそうだろう。速くしてるのだから。
もともとお前にあわせて歩いてやるかよ。

ふぅ、とため息を吐いて鞄を背負いなおし、
さらに速い速さで歩き始める。
 

「うぉ!鬼ぃ!」



もう聞こえなかった。




学校に着く。靴が濡れてしまっていた。

速く歩いたせいか。


湿った靴をロッカーに仕舞い、上履きに履き替え教室へ。

鞄を机に掛け、またぼう、と中空に目をやる。



変らない毎日。
蝕まれていく地球。
もはや敵無しと栄える人類。

何一つ面白くない。

眠ろうと顔を伏せたとき、お疲れの人気者が怒声を上げる。


「だぁー! 乙女をちぎって学校まで爆走ですか!
 この走り屋め!」


訳が分からないし眠いので寝ることにする。

あれだ。ガキは無視が一番。眠気も相当だった。


「・・・・・・!」


まだ何か言ってるようだが、程なく聞こえなくなった。





またサボった。


三時間目の休み時間。


何の役にも立たない授業を
真面目に受けろというほうがおかしいのさ。


また雑誌やら漫画やらを持って木の上へ。


ここからの眺めは、どこか寂しいのだが、
懐かしさが大きい気がする。

風景には部分的な変化はあるものの、
それがかえって昔の記憶を呼び覚まし、
脳内に変わらない景色を描いていく。




ああ、自分にはこれしかないのだ。


何も考えないで生きていられた、
幼い頃の楽しかった記憶しか。



気づかないほうがいいことのほうが多いかもしれない。

考えるのが好きな人間は孤独や罪や絶望を考えやすく、
負という黒に染まっていくものだ。

気楽な脳みそほど幸福な事はない。

負に染まった脳漿は腐敗し、
黒い考えしか沸かなくなってくる。

怒りや不満を考えることなく発散できる人間など
まだ白いほうで、普段笑顔で温厚な人間ほど黒いものだ。


白と黒は総体的には同量のようだが、
脳が肥大化した人間は考える事を知り、
自らを落としこめる事である種の快感を得るようになる。


そうして腐った黒を多く含有した人間は必ず行動を起こす。


自分すら対象とした殺人や奇怪な行動。


自分も腐った人間だと自覚していた。
たまに来る震えと高揚。
侍の武者震いのような物か。



そう。俺は。



―俺は、人を殺してみたいんだ―



相手の苦しむ様も興味があるが、
それよりも自分の反応に強い興味がある。

今まで何をしても実感の沸かなかったこの16年間。



人を殺す、

という道徳上最悪な凶暴に、
何より人を死に至らせるほど傷つける行為に、
自分はどんな反応を示すのか。


出来るだけ残虐を尽くしてみよう。

目玉を貫いて脳を撒き散らしてみようか、
腸はどのくらい詰まっているか、
腕を生きたまま千切られた人間はどんな声で鳴くのか… 


震えが止まらない…


小学六年の頃、無心で起こした親殺しなど、


とうに忘却の彼方だった。







そこに丁度。五月蝿いやつが来た。



「やっぱりここだ! サボり魔〜! 降りて来いや〜!」



…やってみようか。

ここなら発見に時間がかかるだろうし、
俺以外こいつしか、俺がここに来ていることを
知らないだろう。


降りようとして手をつき直そうとした。


すると、世界が軽々と反転した。


訳が分からないほどの落下感。



ドス! と音を立てる我が肉体。鈍い痛み。
ヤツが駆け寄ってくる音がしたが、すぐ立ち上がった。


「うゎ! 大丈夫? あんな高いとこから落ちたんだよ?   五メートルはあるよ?」


近づくな、と左手で制した。

右肩が外れているらしい。

小さなときから幾度と無く外れてきた肩だ。
途中は痛いが、外れきればさしたる痛みは無かった。

多少強引に右腕上腕を掴み、捻らず押し込む。


鈍い音がして、右手の痺れが引き始める。


「ふぅ。」


ため息をついてみた。

なんだかんだ落ち着いているのは脳だけで、
心臓は研ぎ澄まされた野生の獣と対峙した
時のように速く収縮を繰り返す。

その心臓から吐き出された熱い血液が、
徐々に脳を落ち着かなくさせていくのだ。



落ち着こうと座り込む。



「ちょっと… 保険の先生呼ぼうか?」



なぜかこいつの気遣いは癇に障る。

無意味な事だろうが、と、
いちいち否定してしまう自分がいるからか。


「そうだな、氷と手ぬぐいのような物があれば欲しいところ…」


言って後悔した。

こいつに協力を求めてしまった。付け上がらせるだけだ。


「分かった。すぐ持ってくるから。」


短めのスカートが風に靡く。

そんなことも気にしないで全速力で掛けていく後ろ姿。
やはりなんだか白く見えて、頭にきた。





(言ってはみたが、帰るか。)



鞄は持ってきてある。

あいつには悪いが帰ることにした。




(悪い。なにが?)




おかしくて笑えた。




帰ってきて肩と腕を見てみる。

二周りほど太く腫れてしまっていた。
氷を待ったほうがよかったか。




こんな鈍く激しい痛みさえ、
フィルターを通したような感じがある。

きっと、最初に俺を殺したときから、
感覚全てが半分死んでいるんだ。

肉体だけが痛がっているにすぎないんだ。


笑えて来た。



でも、鏡で見る自分の顔は、苦痛そのものだったようだ。



まあ、それすらももう笑いの種だが。
鏡で見る自分など、他人以外の何でもない。
とうに俺は死んでいるから。



くっくっくっく。笑いが止まらない。




結局、笑いが眠気に負けた時間は、明け方だった。それにも少し笑えた。






朝。あさ。
眠いな。まあ当たり前か。
また蘇ってくる思い出し笑いをかみ殺し、ドアを開け、
希望という黒を見せ付ける朝におはようを告げる。



しかし、ドアが開かない。
表開きのドアは、その向こう側の何かに
引っかかっているようだ。

なんだ?誰かいるのか?


「兆このやろー… 昨日あのまま帰ったな〜」


知らずに蹴りを入れていた。



あれ?
まあ、あまり力を入れてないからいいか。
痛そうに咳き込む細い女をみて、笑いを必死に堪えた。


「アッタマ来た!!!」


脇を閉じ、肩幅に足を開き息を吸う細い女。


瞬間。ドス、と。



「く…ぁ…」



みぞおちに捻るような正拳突き。
酸っぱくなる口の中。

重かった。
というよりは針のようだった。
よく分からない。膝が崩れる。


「うわ… 防いでくれないし!!!」


速いんだよ、と言おうとしたが、
いかんせん痛みが引かず、ヒキガエルのような声だった。

少しおかしくて、笑いが顔に出てしまったかもしれない。


「…いい突きじゃないか…」


褒めていた。言ってから照れた。


「ごめん。やりすぎたわ…」


気にするな、と返しておいた。
確かに昨日の放置っぷりに少し罪悪感があったのだろう。
こともあろうか、謝罪すら口にしてる自分もいた。


「昨日は悪かったよ」


「え… ああ… うん、気にしないでいいよ…」


それを聞いて時計を見る。
少し急いで通学路へ向かうと、細いヤツもついてきた。
こちらを伺っているようで、やはり気分が悪くなるのだ。

衝動が。走り出したい衝動が。


「っわ! 今度は走るし!」


呆れてついてこないようだ。
一つ学校に近づいた道の角で、足を緩めた。
勝利した気分があった気がした。

また笑いがこみ上げてきた。
気持ち悪いな。笑っている。歪だ。








午前という半日をぐっすり寝た昼休み。

案の定、ヤツが話しかけてきた。


「あのさ… ご飯一緒に食べようよ。」


「断る。」


あちゃー
と呆れた声を出して顔を抑える阿呆に背を向け、大木へ向かう。

今日は一応午後の授業も受けようと思う。テストが近いし。

購買に寄って、栄養のバランスを考えた素敵なパン達を購入。


パンにバランスもへったくれもあるかよ。
笑えもしなかった。

のんびりと木へ向かう。







「あ〜! 遅いぞ! もう弁当からだもん!」


居た。いつも俺が座っていた高い枝に。

何てことだ。自分の領土があったなら、
それが占領される気分だった。


石を投げてみる。陣地を取られたささやかな抵抗だった。


「ぅお!!!」


逆さまになって落ちた。
同時に笑い出す自分の口。
打ち所がいいことを確認しての事だ。

よっぽど変な落ち方をしない限り、
この木の周りは死ぬ事はおろかケガさえ出来ない。
落ち葉が十五センチくらい積もり、
その下の地面はおそらく腐葉土。
なぜかその木の周りは特にクッションのようだった。


「いってて… 笑ってるし…
 自分もっと派手に落ちたじゃんか…」


無視して木に駆け上る。入学から六ヶ月。慣れたものだ。


「うわ… 私五分くらいかかったのに…」


心底悔しそうだった。
構わずに遠くを眺め、素晴らしきパンたちを胃袋の中に招待した。


鞄から三枚ほど絆創膏を落としてやる。
枝での切り傷は避けにくいのだ。


「お… ありがと…」


「さっさと校舎に帰れ。邪魔だよ。」


本心を野球で言うストレートで投げてみた。


「くわ… そう来たか…」


おそらくはデッドボール。
恨めしそうな顔をして校舎に引き返していく。


やはりどうしてか印象的な後ろ姿が腹たたしい。


コーヒーの空き缶を狙って投げた。

スコン

と乾いた音。崩れ落ちる後ろ姿。
振り返って目で言葉を訴えて、カンを持って歩き出す。


ダメだ。あいつはどうも。






鐘を聞いて戻ってきた俺を覗き込むヤツ。
帰ると思ってたんだろう。
悪いがこっちも必死だ。テストに。

意味不明に難しい問題は、必要性どうこうの話でなく重要だ。


…まあ、将来が重要とか、
これもどうせ殻を被った俺の嘘なんだろうが。


また笑えた。かみ殺すのが大変だった。
これからどうなろうが、殻の中の空の俺には関係ないんだよ。
見掛けだけだ。
こうして俺は自分を殺すことで自分の黒に水をやるんだ。
どのくらいの濃さになったのかな。気になる。



















どうしたら彼の気を引けるか。難しい問題だ。

テスト勉強をしてる振りで、
彼のことばかり考えてる自分が恥ずかしい。

周りにトゲを撒き散らして、
今にも暴れだしそうな不良たちとは彼は違う。

むしろ、接する人たちをトゲとして、
自分により深い穴を開けて、それを楽しんでいるような。

恐かった。初めは本当に。
落ち込んだとき夜の暗闇を眺めていて、
ふと黒い気持ちが出てきた瞬間に、感じる無数の視線。

きっと居るんだ。死してなおこちらにとどまる人たち。
暗闇から這い出て、私の中身を抉り取っていこうとするような。

例えようの無い巨大な恐怖。


彼はそれに、限りなく似ているのだ。


その目は冷たく鋭いのに、どこか幼い影がある。
きっと殺伐とした今のその前に、
無邪気で大切な過去(モノ)を抱えているんだ。


だからこそ。そんな目をしている彼だからこそ。



…笑って欲しいんだ。

自虐ではなく、自然に、その幼い記憶の中のように…





拒絶されるわ、仕打ちは酷いわ、最近は攻撃されるわ…

無茶をしているなぁ… 
恥ずかしい。そこまで夢中になってしまっているのか。
嬉しくて、どこか切なかった。


というか。彼と一緒に登校したいのだが、
後を追う格好になってしまい、ぱっとみてみれば… 


す、ストーカーですか?奥さん?


ダメだ!あ〜も〜!うまくいかない。
男友達は居るが、ここまで… その、恋愛というのか。

初めてだなぁ…

くっそぅ、引く手数多だったのに。
なぜ掴まなかったのだろう。


いや!!! ふしだらだろう!!!

何を考えてる私は! 恥ずかしい…









『おい! 深山! 聞いてるのか!?』


先生の声が飛んできた。深山って誰?はて… 



…ぐぁっ!!!



「え? はぁ?」



とっさに返事をしたが間抜けだった。私のことだよ…


『ここまで呆ける生徒も珍しいな。
 珍しさついでに、バケツもって廊下に立っててみろ。』


うまいこといった風な先生の言葉。

なんだこりゃ。あり得ない。





どうしてだろう。なんで、この先生の授業は、

…家庭科なのか…

そう。我が高校は、家庭科は二時間連続なのだ。
休み時間もバケツを下ろしていいと言ってくれない先生。
ちょっと厳しい先生だと思ったが… ここまでとは…

休み時間に廊下を通る生徒の視線が痛い。
できるだけ自然に。口笛を吹かんばかりの爽やかさで…


出 来 る か 。


灰色のバケツが… 爽やかさをこそぎ摂っていく。
穴があったらノーロープでバンジーしたい。顔から火炎放射。

とてもとても恥ずかしかった。










放課後。
あの木のふもとに行ってみよう。
きっと彼がいるはずだ。

テスト前の重たい鞄を抱えて大木の前へ。







居なかった。嫌われたかな… 

いや、きっと勉強してるんだ。
とうに私は嫌われているもの。



寂しい。




木に上ってみた。程よく太った月がよく見える。
秋の深まりのため、葉が少なくなって登りやすい。

なんだか懐かしいなぁ。

落ち着くけどかえって寂しいのだ。
彼はここではいつも、こんな気持ちなのだろうか。


(帰るかな…)


ゆっくり降りる。彼のように飛び降りるなんて、
恐くて出来ない。しかも夜ですし。足元危ないしね。



とぼとぼと暗い道を帰る。
恐いなぁ。なんか変態とか… 最近多いしなぁ… 

いざって時のために空手を習っていた。
高校に入ったときやめたけど。あんま強くない。
大会だって一回戦で敗退。まあそんなもんです。


ふぅ、とため息をつく。家が見えてきた。



お腹一杯だ。
上手く行かない腹いせに、やけ食いしてしまった。
太りませんように… 


湯冷めしないようベッドに入る。目を閉じる。
やはり、彼の笑顔が想像しにくいのだ。だから強く思う。

まあ、眠気のほうが強くなるのだが。









目が覚める。
髪の毛がいつにも増してのたうち回っている。

髪切ろうかな… 手入れ大変なんだぞ…
誰にもぶつけられない気持ちはたくさんあるし。
伝わらない気持ちだって。                                                        
はぁ。ため息が出た。


彼の家の玄関だ。マンションの一室なのだが。
一人暮しらしい彼の部屋は、昨日覗いた限りでは殺風景で、
彼の性格そのものだった。

まあ、ゴチャゴチャしてたりも困るのだが。


呼び鈴に手を伸ばす。同時に覗き穴から覗こうとする。


あ、これって外からは中見えないんだよね。


気付いたその時。ドアが動く気配。



ぐぁ!!!




ガツン!

となかなかの勢いで開いたドアが、
私のさして高くない鼻を押しつぶす。
鼻への衝撃はすぐさま涙になるのだ。
かなり泣いてしまっている。恥ずかしい…



って、おいおい…



なにごとも無かったかのように通学路へ向かう彼。

知ってたさ。冷たいのは知ってたさ。
でも… ここまでとは… 正直、くじけそう。


痛みをこらえて後を追う。振り向くと、軽く謝るような会釈。そして。

鬼のような歩行速度。

これだ。まるで進展が見込めない。本気で泣きそうだ。
…それでもどこか心弾む感じ。
頭悪いな、自分。



やはり後を追う格好で学校に着く。
悔しいやら恥ずかしいやら。

知人に挨拶されても、晴れ晴れした朝の挨拶を返せないで、
低い声で、おはよう。

はぁ。



そんな酷い仕打ちがあっても、授業はしっかり受けるものよ。
なんたってテスト前。
思考を分断して両立。
彼のことと数学の数式を並行して考えてみた。

なかなか捗るじゃん。式が出来た。答えは…


私の恋の成功確率=彼の気持ち×私の気持ち×3.14=…



ぐぁ!!! 入り混じってる!!!

恋の成功確率…? うっわ〜死にたい…


 
一人で頭を抱える私に、
後ろの席の親友の橘 茜(たちばな あかね)
が心配そうに聞いてくる。


「どうしたの蒼衣… なんか、 危ないよ?」


…そんなに挙動を乱していたか。危ない危ない。
言っておくけど変なクスリはやってないからね。念のため。


「いや、ちょっと考え事してんのよ。」


「兆君のことでしょ? 諦めなよ。無理だよ。 
 私もダメだったし…」


そうなのだ。彼は純粋にクールでかっこいいのだ。
モテモテだ。
玉砕覚悟で、神風特攻隊も真っ青なくらいの根性で
アタックするも、見事爆死。犠牲者はゆうに十人を超える。


実際茜は、女の子の私にしても可愛いのだ。
きっと私が男なら惚れてるにちがいない!!!

それでも彼の前に撃沈。


まあ、このままでは私も爆死してしまう。
見事、彼の心の滑走路にしっかりと着陸しなくては!!!


「なに言ってんの蒼衣〜 恥ずかしいよ〜」



ぐぁ!!! 
声に出ていたか!
黙って即座に寝たふり。空しい。恥ずかしい。




『深山〜。お前は廊下の雑巾がけという特攻隊の
 隊長に志願したいようだな。』


ああ。神様は意地悪だ。この先生だったとは。
しかもソレは特攻なのか。


『ほれ。言ってこい。健闘を祈る。』


バケツと雑巾を差し出して敬礼…

仕方なく敬礼を返して廊下という戦場へ。



ぐぁ!!!



…休み時間も続けるんじゃ…



二校時続くこの授業…
うう… 敵は巨大かつ強力だぞ蒼衣… 

一応許可を取ってスカートの中にジャージを履く。


昨今の女子高生が制服で雑巾がけなんかしたら露出狂だろう
が。
少し、通り行く生徒の視線が頭にきた。
見てんじゃないよ、ちくしょう…
 


「おかえりぃ… 気の毒だったね…」

「私さ、自衛隊行こうかな。」


「蒼衣、それ笑えないよ… 泣けるよ…」


気が弱いがノリがいいよこの子は。
ちゃんと突っ込んでくれるし。それに引き換え彼はさ…
必死で四足で突っ走る私を笑うどころか… 

見もしないし… 








ちゃんと話ししなきゃ。
今日も木には行かないのだろうか。
無駄かもしれないけど行ってみよう。


彼の雰囲気は今日は妙に薄いのだ。
異常だった。
存在のない影のようでより一層恐かった。

だから、話をしてみようと決心したのだ。









馬鹿が廊下を四つん這いで走ってたな。気の毒だ。
まあ、当然の報いか。
授業中にあれだけでかい声で話してりゃどんな先生でも怒る。




今日は月を見たかった。満月のような気がする。
あそこから見る満月は白い穴のようでなんとも心地よい。

まるで黒い世界に閉じ込められた俺が、
白い世界を垣間見る小窓のようで、
孤独感やら憎悪やらが沸きあがってくるのだ。

煮えたぎる感覚が忘れられないほど、
妙な快感をよこしてくる。
 
 


残念な事に月は少し欠けている。
窓には見えなくは無いが、まだ不完全だ。

欠けた部分が窓の取っ手のようで、白を掴むための、

つかめるような取っ手のようで、


気が


狂いそうになる






眠気に襲われた。防衛にも思えた。
狂わんばかりに高ぶった俺の心を守る、いわば本能の防衛だ。

すぐさま眠りにつけた。月に見つめられた眠りは、
どこか変な快感をもたらしてくれる。月に欲情しているのか。
自分が気持ち悪くて笑えない。



そして―

夢では。暗い、暗い夢の檻では。

ヤツを、あの細い、蒼衣という女を殺していた。
なぜか手に刀がある。
そして目の前には、透き通るような白い人間。

赤が欲しい。この白い肌という画用紙を引き裂く、
戦慄的に美しい、朱が。


一度動いた腕は止まらなかった。す〜、と、
首筋から臍に向けて刃先を滑らす。


つつつ、

と傷から。

出てきた。

綺麗な、

ゾクゾクするような、

朱が。



そして、金属を引っかくよりも高い、
振るえをもたらす、険しく甘い女の泣き声―





それからはもう。自分は蒼衣という名のモノの部分を
切り落としていった。

指は刀の重さだけで軽くそぎ落とせる。
腕も、ある程度太さのある太ももも、
軽々と千切れて吹き飛んでいく。


悩んだ結果、体を半分に割るよりも、
首を切り落とそうと思った。

振りかぶった刃は、俺の凶器そのものだ。

そう。つまりは狂気。



白いソレの首は

ゴト

と音を立てて闇に落ちる。


びゅうと飛び出る大量の朱に、
おそらくこの世で一番醜く、俺は笑った。
















木が見えてきた。居るのかな…
居たら気持ちを打ち明けて、できれば数学を教えてもらおう。

無理な想像が膨らんでしまう。
鞄を胸に抱えつつ、薄暗闇を歩いていった。



あれは… 
なんと、寝ている。

もう秋も終わろうとしているってのに。
セーターを着るほど寒いのに… 
あれでは風邪をひいてしまう。

起こさなくては… 
あまりガラではないが、声を張り上げて呼びかけた。










「〜い… ちょっと… お〜い!!!」

あのいちいち頭に引っかかるような声が聞こえる。
腹が立った。起こしに来やがった…


同時に夢を思い出した。少し気分が悪い…


「いい加減起きなよ!かぜひくぞ〜!」


なんでこうも五月蝿いのか。正直本当に邪魔だ。
満月ではなく少し欠けている月の中途半端ささえ、
俺の怒りをあざけり笑っているようでなお気が立ってくる。









どたっ
と5メートルくらいの高さから飛び降りる。
同時に勢いよく走り出し、
女の後ろに回りこんで首を鷲摑みにしてみた。

自分でも驚くほどの運動神経だったため、
彼女が回避の行動を取れるはずが無かった。

後ろから半端ではない握力で締め付けられた首から、
女の声とは思えない濁った声が溢れてくる。


「がぁあ… げぇ・・・・・・・・」


濁った音が聞こえなくなった辺りで手を離す。
崩れ落ちる少女。
やはり儚いものは美しく見えるらしい。
この忌々しい女でも例外ではないようだ。

もう衝動は抑えられそうも無かった。
刃物が欲しかったがしかたない。
骨を折ってみる音も興味深いな。と、
また加虐の喜びに打ち震えながら、
再び手を首に掛けようとしたとき。







「き…君は、そんなに… そんなに私が怖いのか…」






思わぬセリフを聞き、固まってしまった。

何を言っている。
恐がるのはお前だろう。
俺が恐くないのか?
自分を殺そうとするイカれた俺が恐くないのか?


…分からない。なんだこいつは…



「君はそんなに… 私に好きになられるのが怖いのか?」



赤面しながら問いかける少女。

呆けてしまった。

こいつは何を言っているんだ?
それがうざったくて仕方ないからこうするんじゃないか。

怒りが戻ってきた。



すると、鞭のような拳と、
また鈍器のような言葉が飛んでくる。

殴られて倒れた。こいつの拳は重いのだ。




人の汚い面を見ただけで全てを知った気してるんじゃないよ!

私だって、私らだって必死なんだ!

汚い自分が嫌だよ!

汚い人間が嫌いだよ!

好きになろうと必死なんだ!

君の思ってることなんて分かりきってる!

みんなに溶け込めない理由を!

何でもかんでもうまくいかない言い訳を!

地球に爪を立てなきゃ生きていけない

人間って種族を嫌いになることで!

誤魔化してるだけだろうが!




ガキの言い訳みたいな口調で叫ぶ。
目からは熱い涙がこぼれている。
恥ずかしさからか、俺に同情してか。

胸倉を掴む拳は小さいが暖かく、
その目には溢れんばかりの涙と、光が。



俺の胸倉を離して隣に座る。
欠けていた月が満月に見えた気がした。

白い月からの黒い欲望の供給が、
今は懐かしい思い出をゆっくりと照らし出してくれるような、アルバムをめくるような、

そんな優しい光に化けていた。変化した。









暫く真っ白で、自分の殻(空)の中を色々と探してみた。


無邪気だった幼年時代。


圧迫され続けた少年時代。


母を、父を殺した、少年時代―





知らず、涙が流れていた。

滲んだ涙で月が三つに増えて見えて、とても綺麗だった。



「分かる気がするんだ。
 地球だって苦しいかもしれないけどさ、自分が生んだ子だもん。
 子供を育てるにはやっぱり、命張ってると思うよ。
 親不孝かもしれないけど、甘える子、やんちゃな子は、
 やっぱりかわいいんだよ。」



母親のような口を利く。

規模は半端ではないが、地球とそこに生きる生物は、
そんな関係かもしれない。
父を、母を殺してしまった俺は、人間がこの大きな母に
巣食って育っていく寄生虫のように感じていたんだ。


同罪、と。


涙はまだ止まってはくれない。



急に小さく体育座りになって俺の様子をを伺っている。


なんだこいつは…


…でも、その行動には怒りは沸いてこなかった。





あのさ、人が嫌いなのは分かるんだ。

拒絶ってか遠ざけちゃうのも分かる。

遠ざかっちゃうのも分かるよ。でもさ… 

…私は、ちょっとでも君の側に行きたいんだ…




暗闇で顔は分からなかったが、
きっと耳まで赤くなっているんだろう。

俺もだ。

初めて知った。自分がこんなに熱を持った生物だったということを。
恥ずかしくて、やっぱりどこか癪だった。

だからこんな事を言ってみたようだ。



「そうだな。孝行できるか分からないが、
 今は甘えてみようと思うよ。」
 

そうだ。
臭い遠まわしな告白を半ば強制的に無視してみたわけだ。
こいつが遠まわしだから、
こいつの意見に賛成という返事でOKを出す事にしてみた。

我ながらなかなか回転がよかったな、と思った。









認めてみよう。こいつが恐かったんだ。

何の躊躇も無く黒い俺に、白い気持ちをたくさん、
無償で持ってくるこいつが。

詐欺みたいで人攫いみたいで、
「あの事件」以来恐れていた白い世界に連れて行こうとする
こいつは、やはり鏡だったんだと思う。

黒と白を対称的に映す鏡。
今まで黒に頼ってきた俺は、白くなること、
白に戻るのが恐かった。

だから、自分の弱い黒に逃げるために、
こいつを敵にしたのだ。



「えっ… あ… あの…」



握手してみた。
これが俺を殴った拳か。
同時にいつも俺の手を引いてくれた手か。


暖かかった。



「俺は藤代 兆。そっちは深山 蒼衣で間違いないよな?」



儀式だ。腐ってはいるが、
人を好きになろうとするこれからの自分に。
母に甘えて育ったあの幼年期に戻るための。


すると彼女は涙で答えてくれた。
涙もろいヤツだな。


「うん。 よろしく、兆君。」


絶妙に欠けた月を見上げて二人で歩いた。
色々話もした。

これか。コレが生きているということか。

何か胸に満ちてくるのだ。こんなに変わるとは。

素敵だな。素直に思う。







こうして生きていければ良いと思った。


いずれ散ってしまうだろう、俺の


ユメのカタチ。







次回 飲み込まれる白。

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