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女のリポートに涙腺が緩むコミュの傑作選:終戦記念日3日後の放送

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一遍の朗読が何本もの大作映画より感動する時がある。
2009年8月18日O.A
調布市にお住まい84歳Y.Sさんのお手紙です。
BGMhttp://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=3UB3js8v6R0


東京は麻布にある善福寺に行ってきました。
都内では浅草寺に次ぐ古いお寺です。
このお寺には樹齢700年を超える大イチョウがあります。
木の幹の一部は黒ずんでいます。
昭和20年東京大空襲によって焼け焦げた跡です。
善福寺の本堂は焼けてしまったのに大イチョウだけは生き延びたのです。
じっと見つめていると、あの遠い日のことがよみがえってきます。

わたしは昭和18年18の時に結婚しました。
いいなずけに赤紙が届き
召集される前に形ばかりの式をあげて結婚したのです。
戦争中はよくあったことです。
新婚生活などまったくありません。
主人は式の2日後、山梨県の連隊に入りました。
主人から電報が届いたのはあくる年の6月でした。
「今夜麻布の寺に集結 明朝戦場に出発する」
麻布の寺というのが善福寺でした。
電報が届いた時、すでに日は西に傾いていました。
当時住んでいたのは東京吉祥寺。
私は省線と市電を乗り継ぎ麻布に急ぎました。
善福寺についた時はもう真っ暗。
参道には大勢の人がひしめいていました。

どよめきがあがりました。
ザッザッザッザッ
じゃり道を歩く軍靴(ぐんか)の音。
出兵する兵隊さんたちが行進してきたのです。
3列になって整然と行進しています。
みんな参道の両側の塀に張り付いて道をあけました。
「お父さん!」「ジロウ!」
家族の名前を呼ぶ叫びが闇夜に飛び交いました。
私も背伸びをして目をこらします。
いました。列の真ん中に主人はいました。
絶叫しました。
「あなたーーー!」
主人は私を認めてくれました。
しかし正面を向いたまま眼鏡の奥から横目でチラッと見てくれただけです。
兵隊さんたちはお寺の中に入っていきました。
参門は閉じられました。
これが主人との別れでした。

主人の死を知ったのは敗戦後です。
公報に小さく書かれた主人の名前。
「昭和20年3月17日硫黄島にて戦死」

東京麻布の善福寺。
大イチョウがあの夜と同じようにそびえています。
東京大空襲を生き延びた大イチョウ。
ザッザッザッザッ
兵隊さんたちの死の行進が生々しくよみがえります。
大イチョウの焼け焦げの跡。
私の傷も癒えません。
無念なる想いを抱えたまま歯を食いしばって合掌しました。

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