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足跡掲示板-みんなが小説家!コミュの千葉編

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「人を探して欲しいの」突然ミミはそう話し始めた。
それは、12月だとゆうのに暖かい日の出来事だった。
「目的は?」煙草を吸いながらジョージが尋ねる。
「目的?今言った通り人探しよ」そう言ってミミは、視線を足元へと移す。
 ジョージはその答えを聞いたとき、一瞬意味を取り違えられたかと思ったが、ミミが視線をそらしたので、そうでないと分かった。
 言いにくい事なのか?少し気が引けたが、ジョージは更に突っ込んで聞くことにした。手伝うからには自分も納得した上で手伝いたい。
 「ははっ。違うよ、その人を探す理由は?復讐?恩返し?それとも、何か他の理由?そもそも、その探したい人って君にとって何?」そう言って、ジョージは深く煙草を吸い込み、ミミの様子を伺った。
ミミは一瞬小さく肩を震わせた。だが何事も無かったかの様に視線をジョージの顔へ戻し、思惑ありげに笑顔を見せる。
「理由?そうね。復讐って言えば納得してくれるのかしら」
そう言うミミの顔は明らかに嫌悪感に包まれていた。
「まだ答えになっていないよ。君が復讐したい人ってどういう間柄の人なんだい?」
ジョージは若干の苛立ちを感じながらも、それを隠し、平然とした表情で問いただした。
公園の広い通りには枯れ葉が落ちている。二人は風で舞う枯れ葉をしばらく眺めていた。少しの沈黙の後、
「今、全てをあなたに話す必要がある?」
ミミはジョージの目を真っ直ぐに見ながら、冷静に、静かな声で言った。さっき見せた笑顔も、嫌悪感も、もうそこにはない。
そこにあるのは、黒く澄んだ強い瞳だけ。
ジョージは、ミミから視線をそらし、もう一度煙草を深く吸い込み、火を消した。
まったくなんなんだこの娘は。この寒い中、人を呼び出しておいて全てを語ろうとしない依頼者の小娘を苦々しく思い、小さく舌打ちを鳴らした。
 一年前まで俺は、警視庁捜査一課の刑事だった。だが官僚体質で己の出世しか興味のない連中の中で俺は一人孤立していた。たしかに俺自身それほど熱心だったわけではない。警官になったのだって、公務員という安定した職業に魅力を感じていただけの話しなのだが。だが、いざ刑事になってみるとそれまで小さな殻に強固に閉じ込められていた歪んだ正義感が徐々に姿を現していった。何の罪もない善良な市民を殺めておきながらのうのうと生きている容疑者を見つけては鉄拳を与えてやったこともある。たしかに問題になりマスコミに必要に責め立てられたこともあったが、俺は平気だった。絶望感に陥っている被害者の家族を思い浮かべると、どうしても許せなかったからだ。そう、それでいいと思っていた。あの事件が起こるまでは・・・。
 俺は再び胸のポケットから煙草を取り出し火をつけ、思い浮かべた苦々しい過去を忘れるように大きく吸い込んだ。その事が原因で警官を辞めた俺は、故郷に帰り小さいながらも、半年前に探偵事務所を立ち上げた。だがまったくやる気のない俺に頼ってくる依頼者など一人も訪れて来る事は無かった、昨日までは・・・。
 俺は、まったく依頼者が訪れない静かな事務所の片隅に乱雑に置かれたゴミ捨て場から拾ってきたソファーに寝転び、所在なさげに火のついていない煙草を口に咥えていた時、埃がつもっている電話のベルが、初めて活躍の場を与えられ張り切った音を事務所内に響かせた。
「もしもし・・・もしもし」
二回目の呼びかけで、相手が答えた。
公衆電話からかけているのか、外の雑音が聞こえる。
声が雑音に混じってよく聞き取れなかったが、女の声だ。
「依頼したいことがある」
それだけ言うと黙った。
「用件は?」
すかさず答えた。
「人を探してほしいの。」
女はそれだけを答え、また黙った。
とりあえず、明日の2時に公園で会う約束をし、電話を切った。
女は、紺色のロングコートに緑色のマフラーを巻いているといって言った。年は25歳。身長は170センチ。
いったいどんな女なのだ。依頼の用件は人探し。でも、誰を探すんだ。いくつかの疑問はあったが明日詳しく聞けばいいと思っていた。
そして、俺は依頼者の女に会った。女は俺が近づいていっても表情を変えず、ただ、俺が自分の近くに来るのをじっと見ている。
詳しいことを聞かなくても、電話の女だとすぐにわかった。
「こんにちは。」
俺の挨拶には反応せず、女は昨日の電話と同じように
「人を探してほしいの。」
と言った。
いくつかの疑問は、謎のままだ。

「引き受けてくれるの?引き受けてくれないなら私はもう行くわ。時間を無駄にしたくないの。」
ミミは、ジョージの舌打ちを無視するかのように、あっさりと言った。
「ちょ、ちょっと、待ってくれ」自分でも情けないくらい、動揺交じりの声だった。
 「何?引き受けてくれるの?」そう言って、ミミはさっきとは違い、冷ややかな、と言うよりも見下すような視線をジョージに送ってきた。
 「ちっ」また無意識に舌打ちが出た。本当に何なんだ、この女は。怒りで頭が真っ白になりそうだ。
 そんなジョージを見て、ミミが更に追い討ちをかける。
 「それで、どうなの?引き受けてくれるの?さっきも言ったけど、時間を無駄にしたくないの」
 ジョージは、自分の拳がいつの間にか、強く握り締められているのに気付いた。
 いや、駄目だ、駄目だ、抑えるんだ。ジョージは必死にキレそうになる自分に言い聞かした。ここでキレてしまっては、何も変わらない。この半年、ずっと考えていたじゃないか、悩んでいたじゃないか。自分のポリシーだと言って、警察では無茶をやった。同僚には何度も大人になれと言われた。それでも、自分の正義は変えられないと警察を辞めた。
 だが、この半年の惨めな生活はなんだ。事務所を立ち上げたが、何の依頼も来ない。毎日、事務所で酒を飲んでいるだけだ。貯金も、もう底を着きかけている。思い出せ、あまりの惨めさに涙を流した、今日までの日々を。ここで断ったら、明日からも又同じ日々を送らなければならない。
 情けない、ここまで追い詰められてやっと、いかに自分が、現実を見てなかったかを気付くなんて……。
 ジョージは、冷静さを装い煙草に火を点ける。そして、深く吸い込み。空に向かって煙を吐き出す。
 「いいよ、引き受けるよ」
「そう。あなたなら引き受けてくれると思っていたわ」
ミミは冷淡な口調のまま、安堵の表情を微かに見せつけたのをジョージは見逃さなかった。いくらアル中寸前のこの身といえども、一年前までは刑事をしていた俺だ。観察力は人並み以上に優れている自負は持っている。俺は目じりに手を押し付け、思いっきりつねった。これは刑事時代からの一種の”儀式”だった。こうすることで、苛立ちを取り除くことができる。もっとも、効果の程は怪しいものだったが。俺は体内に残っているアルコールを吐き出すように、深く深呼吸をし、改めてこの依頼者を見つめた。
 紺のロングコートは、長身の彼女にはそぐわないほど、裾が短い。おまけに首に巻きつけている緑のマフラーは、汚れで色が変わっているし、足元に目をやると、履いている白色のスニーカーも泥地を歩いてきたかのように泥がまといつき、靴底はすり減っていた。
 俺は煙草を吸い込み、依頼者の顔を見つめた。化粧っけは、ほどんどなく、見た目には言われなければ10代後半に思えるぐらいの童顔だ。笑い尻がくっきりと残っている頬を見るかぎり、彼女は笑顔の絶えない女性だったのだろうと推測できる。それをここまで冷淡な態度を取らざるを得なくしてしまったのは何故だろう?彼女が探している人物にそれは関係している。俺ははっきりと断言した。理由はない。あるとすればそれは刑事の勘に他ならない。・・・いや、元刑事か。
「もう少し、詳しい話が聞きたい。今の情報だけでは到底、目的の人物を探す事なんて不可能だからね。そうだな、実は俺、昨日の夜から何も口にしていないんだ。近くのファミレスで飯を食いながら話を聞くよ」
「・・・いいわよ」
そう言いミミは公園の外に向かって歩き出そうとした。しかしその時ミミはいきなり地面に倒れ込んでしまった。
俺は一瞬何がおきたのかわからなかったが、すぐに我に返りミミの傍に向かった。
「おい。」
と何度か呼びかけながら頬を叩く。
「おい。しっかりするんだ。」
ミミがゆっくりと目を開けた。
「大丈夫か?立てるか?」
ミミは首を縦にふる。そして、ゆっくりと体を起こし、頭をおさえた。ジョージはミミの体を支え近くにあったベンチに座らせた。
何分かのあとミミがゆっくり口を開いた。
「ごめんなさい。ありがとう。」
「気分は?どこか痛いところは?」
「大丈夫よ。」
「本当に?」
「ええ。」
「こういうことはよくあるの?」
「ただの貧血よ。もう何ヶ月もまともな生活をしていないの。あな
 たに頼んだ人を探すために、いろんなところに行ったわ。少しの 手がかりを頼りに。でも、あの人は見つからなかった。もう一人 では無理だと思ったわ。それに、お金も底をついてしまった。
 もう一度、いちからやりなおし。だから、私はまたここに戻ってき た。そして、あなたに電話したの。」
ジョージは、何も言えなかった。ここまでして探してほしい相手。一体、彼女に何があったんだ。確か、復讐って言っていたな。何のための復讐、そこまでして憎い相手。多くの謎がジョージの頭をよぎった。
「とにかくここは冷える。どこか温かい場所に移ろう。立てるか
 い?」
「ええ。大丈夫。」
二人は立ち上がり、公園を出た。
駐車場に止めてあった、愛車ローバー・ミニに乗り込む。本当なら、もう少し大きな車が欲しかった。だが、一年前に別れた女房がこの車を見るなり大層気に入り、強引に契約してしまったのだ。別れてしまった今、この車に乗っている義理はないのだが、事務所設立、おまけに仕事がない以上買い換える余裕がなく、乗っている。身長が180cmの俺は、いつもの通り頭を気を付け、慎重にシートに腰掛けた。買ったばかりの頃はよく頭をぶつけて、女房にやつ当たりをしていたのを思い出し、苦笑を浮かべる。ふとミミの方に視線をやると、やはりミミも窮屈そうに車に乗り込んだ。
「窮屈だろうが、しばらく辛抱してくれ」
俺は、エンジンをかけ、返事を聞かず車を走らせた。
 公園を出た俺は、国道357号線に出て、西へ車を走らせる。右側に船橋競馬場が姿を現し、その先には大型ショッピングセンターが見える。そう言えば、別れた女房に、よく買い物に付き合わされたよな。と、考えながら駐車場を見渡すと、休日だからか、満車で車があふれ返っていた。その奥には昨年の12月にオープンした大型ショッピングモールが見える、俺はまだ一度も入ったことがないのだが、地元の友達によると、スーパーマーケットやホームセンター、家電などの大型店や、生活雑貨やエステ、レストランなどが入店しているようだ。
 しばらく車を走らせ、工場地帯へと入っていった俺は、古びた鉄筋コンクリートで建てられた倉庫の前で車を止めた。
「ここは、どこなの?」
「俺の事務所なんだ。とてもじゃないが、今の君の状態じゃファミレスで話しを聞くことなんて出来ないからね。しばらく眠った方がいい。話しはその後に聞くよ。・・・、ああ。心配しないでくれ。天に誓って君には手を出さないから」
不審そうに、手で胸を覆っているミミに気付き、俺は慌てて付け足し、車を降り事務所へとミミを促した。
「どうぞ。かなり散らかっているが、我慢してくれ」そう言ってジョージは事務所の扉を開け、ミミを中に促す。
 「本当ね。お世辞でも綺麗とは言えないわね。それにひどい煙草臭い。これじゃあ、依頼者が来ても、不信感を抱いて帰っちゃうんじゃないかしら?」ミミが相変わらずの調子でそう言ってのけた。
 「じゃあ君も帰るかい?」
 別に腹が立って、言ったわけじゃなかった。彼女の言った事はもっともな意見だ。ただちょっと、今までの仕返しをしてみたくて、ジョージはそう口にした。
 しかし、ミミはまるで聞こえなかったかの様に、黙って真直ぐソファーへと向かう。
 「ここに座っても?」そう言って、ミミはジョージに少し冷ややかな視線をよこす。
 どうやら、さっきの台詞、少しは効果があった様だ。ジョージは少し笑みを零し、返事をする。
 「どうぞ、座り心地は保証しかねるけどね」
 ジョージが言うと、ミミは黙って腰を下ろす。それを確認して、ジョージが更に口を開く。
 「それじゃあ、俺は飯を調達してくるよ」
 「何?今から又、出かけるの?来る途中で買ってくれば良かったじゃない」
 ジョージの行動に、ミミは呆れ顔でそう返した。
 「言っただろう?君は少し眠った方が良いって。調達ついでに、その辺をぶらぶらしてくるよ。その間、眠っていてくれ。いくら何でも、今日初めて会った男が横にいちゃあ、落ち着いて寝れないだろう?それでもまぁ、ソファーじゃ、寝れないって言うんじゃどうしようも無いけどね」
 「ふふっ、そういう事には気が回るのね」
 相変わらず、皮肉を言ってきたが、彼女が笑みを零したので
、悪い気はしなかった。そしてまた、ジョージは笑みを浮かべ口を開く。
 「君も何かいるかい?」
 ジョージの問いに、少し考えた後「じゃあ、サンドイッチを」とミミは答えた。
 「了解」ジョージはそう答えて、ミミを残し事務所を後にした。
「放してよジョージ。あなたにはもう関係のないことでしょ!」
「関係なくはないだろう。俺はハナのことが心配なんだ。頼むから、自分ひとりで解決しようなんて思わないでくれ」
「だけど、警察は何もしてくれないじゃないの。私はただ彼の、婚約者の死因が知りたいだけなの!」
「連中は危険すぎる。とてもじゃないがハナがどうにかできる相手じゃないんだ。もう少し俺に時間をくれないか?きっと上層部を説得してみせる。いや、俺一人でも捜査を続けるから」
「そんなのウソよ。あなたたちは皆一緒よ。もう警察なんて・・・ジョージ、あなたも信用できないわ」
ハナはジョージの腕を振り払い、車道に向かって走り出した。俺はハナを追いかけようとした。しかし、次の瞬間、すさましいブレーキ音とともに、鈍い衝撃音が静かな街に響き渡った。

「痛っ!」
俺は何が起こったか想像すら出来ず、辺りを見渡した。おぼろげな視界は俺の事務所を捉えていた。どこかにぶつけたらしい頭を押さえながら、うっすらと事情が呑み込めてきた。そうか、またあの夢を見ていたのか。ハナがトラックに轢かれ、命を絶って以来、ほぼ毎日のようにうなされ続けているあの夢を
 俺はローバー・ミニのダッシュボードから煙草を取り出し、火をつけた。買出しそのものはすぐに終わった。時間を稼ぐために、俺は事務所の前に車を止め、少し仮眠を取ることにしたのだ。腕時計を見つめる。事務所を出てから二時間が過ぎていた。そろそろ戻るか。俺は何気にバックミラーを見つめた。そこには見られない一台の黒塗りのセダンが止まっている。俺は不審に思い、ミラーを動かし、運転席に座っている男をミラー越しに捕らえた。やはりここら一帯では見かけない顔だった。それどころか、俺と同じ臭いがする男・・・。同業者か。まるで俺の事務所を見張っているかに思われる。何故?俺はどうするべきか迷っていると、こちらの気配に気付いたのか、男はものすごい勢いで車を走らせ、去っていった。追うべきか迷ったが、俺はミミが心配になり、事務所へと戻ることにした。
 音を立てずに階段を登り、ドアの前に立ち、中の気配を伺う。物音がしないのを確認し、慎重にドアを開け、消してあった照明のスイッチを点ける。くまなく狭い事務所を見渡し、最後にソファーに目を向けた。よっぽど疲れていたのか、ミミは小さな寝息をたて熟睡していた。俺は事務所内の至るところを調べ回ったが、何も仕掛けられてはいなかった。あの男の目的は俺か?それとも・・・。俺は今も気持ちよさそうに寝入っているミミを探るように見つめた。そして俺は起こさないように、そっと近づき床に無造作に投げ捨てられていた彼女のコートを拾いあげ、中のポケットから財布を取り出した。それを開けると、狙い通り免許書を見つけた。俺は、すばやくメモを取り、元通りにそれをコートのポケットに忍ばせ、電話の受話器を取った。
「・・・もしもし」
「俺だ、ジョージだ。調べて欲しいことがある」
俺は受話器の男に向かって、ミミを起こさないように声を殺して話し始めた。
「おいおい、まったく用件がつかめないよ。相変わらずだなジョージ」
「この女の素性を調べて欲しい。名前はミミ。住所は千葉県千葉市花見川区幕張町・・・。本籍地・・・。それともう一つ、車の所有者を調べて欲しい。黒塗りのクラウン。ナンバーは・・・」
「ちょ、ちょっと待ってくれジョージ。いくらお前が元刑事だとしても、今は民間人だ。そんな個人情報を教えられる筈がないだろう!」
電話口の男は慌てたように、周りを気にしているのか声のトーンを落とした。
「そこをなんとか頼む。俺とお前のよしみじゃないか。こういうことを頼めるのは、警察ではお前だけなんだ。今度酒でもおごるから。なぁ、頼むよ」
「本当に勝手な奴だな!刑事を辞めてから初めての電話がこんなこととはな。ええぃ。わかったよ!どういう事情かはあえて聞かないが、もう無茶なことはするなよ!分かったら電話するよ」
「恩にきるよ。それじゃ、頼む」
俺はそっと受話器を置き、寝入っているミミを見つめた。やっかいな物を拾ってしまったかと若干の後悔と、それに勝るとも劣らない好奇心を見せながら。
何か気配がする。
目を開けるとミミがコンビニの袋からサンドイッチを出していた。
ミミも俺に気がついたようだ。
「起こしちゃったかしら?」
電話を切ったあとの記憶がない。二度寝しちまったか・・・
「いや、かまわんさ。お前こそもういいのか、寝てなくて?」
一応聞いてみる。
「ええ、おかげさまで。もう大丈夫よ」
ミミは優しい目でそう答えた。再びサンドイッチに目をおとす。
「サンドイッチありがと。頂くわね。」
「ああ。」
コーヒーでもいれてやろうかと立ち上がったが、俺は一つ重大なことを思い出し
ズボンのポケットから財布を取り出した。財布からコンビニのレシートを1枚取り出し
彼女の前に差し出す。
「210円だ」
まじめな顔でミミを見つめる。
一方ミミはジト目で俺を見つめていた。
ミミはあきれたように深くため息をつき脱ぎ捨ててあったコートから財布を取り出した。
財布を開けたところでミミは石のように固まっている。まったく反応がない。
しかたがないので俺はそんなミミを背に給湯室のほうに足を向けた。

思い出した重大なこととはまさに金のことだ。
免許証を物色したときに財布の軽さが印象的だった。
上から見た感じ札は一枚も入ってなかったし、小銭が入っている気配すらなかった。
そして昨日ミミは確かにこう言った。「お金も底をついてしまった。」と・・・。
どうやって俺に謝礼を払うかを明確にしてもらわない限り、この女との付き合いも
これまでだ。よくよく考えてみると依頼通りこいつが探しているヤツを見つけたとして、ちゃんと法的手段にのっとった復讐をするんだろうな?
これがもし殺害という形で復讐が完遂されるようなことになれば俺は殺人幇助・・・
そんな最低限のことも聞かずに、惨めな半年から開放されたい一心で依頼を引き受けるなんて。
俺もどうかしてるぜ・・・。
自分がとってしまった行動に半ば呆れ、自嘲的な笑いを浮かべながら俺は給湯室を後にした。

インスタントコーヒーの入ったカップを置き、再びソファーに腰掛けると俺は自分の分の
コーヒーを啜る。ふと見るとミミに反応があった。
スクラップ寸前の機械のようにぎこちなくこちらに振返ると口が開く。
「あ、あ、あのね・・・」
やっぱり・・・。っていうか210円も持ち合わせていないのか?
俺はある意味ミミを尊敬した。
「サンドイッチ代は冗談だ。食っていいぞ。」
あれだけまじめな顔で210円を迫った男の言う台詞じゃないのかもしれないが・・・
ミミはホッと胸をなでおろしコートをたたむと再びソファーに腰をかける。
「インスタント物で悪いがコーヒーも冷めないうちにどうぞ」
恭しくコーヒーを勧める。
ミミがサンドイッチを置きコーヒーを一口啜ったところで俺は話をきり出した。
「食べながらでいい。そろそろビジネスの話をしようか」
ミミも真剣な表情でうなずいた。
「まだ、俺の名前を言ってなかったね。俺はジョージ。君の名前は?」
「ミミよ。」
「千葉を離れる前はどこに住んでたのかな?今も住まいはあるの?」
「一応住まいはあるわ。幕張に。今もたぶん住めると思うけど。」
「一人で住んでたのか?」
「いいえ。姉と暮らしてたわ。家を出て2年近くになるから、まだ住んでいるかはわからないけどね。」
「そう。他に家族は?」
「いない。」
「いない?」
「ええ。母はもうこの世にはいないわ。私が17歳の時に死んだの。」
「お父さんは?生きているのか?」
ミミの表情が一瞬変わったように見えた。
「父はいない。」
ミミは、ボソッと答えた。しかし、次ははっきりと話し出した。
「父はいないの。もう10年も会っていないわ。母が亡くなったときでさえ顔を見せなかった。突然消えてしまったのよ。本当に突然。私たちの前から・・・」
「原因はわからないのかい?夫婦の仲がうまくいってなかったとかそういうのはなかった?」
「仲良しだったわ。母は父といるときはとても幸せそうだった。いつも笑顔だったわ。でも、父がいなくなってからは、まるで魂が抜けたように黙って、表情一つ変えず、抜け殻のような人になってしまった。そして、その2年後に死んだのよ。」
「じゃあ、君が探してほしい人は、父親なんだね?」
「そうよ。」
「でも、復讐っていっていたけど、どうするつもり?」
ミミはこの質問には答えたくないのか、口を閉ざしたままだ。
「どうするつもりなんだ?」
今度は少し強く問いただしてみた。しかし、ミミは話そうとしない。ジョージは深くため息をついた。
「わかった。質問を変えるよ。これからどうしたい?」
「一緒に父を探してほしい。」
「それは、わかっているよ。でも、手がかりがないのにどうやって探すつもりだい?」
ミミは悩んでいるのか、しばらく何も答えない。
「探し回って何か見つかった?」
ミミは黙ったまま首を横に動かす。
「しょうがないな。とりあえず、一から調べ上げるしかないか。」
ジョージはコーヒーをすすり、また、ため息をついた。
ふと時計を見ると、まもなく夜の9時になろうとしている。
ミミも時計を見ていた。
「私、今日は帰る。」
「帰るって、家があるかわからないのに?」
「ええ。帰りたいの。少し一人で考えたいの。どうするか。これからの動きを。」
「そう。わかった。じゃあ、具体的なことは次に話そう。俺も少し調べてみるよ。それと、引き受けるからにはお金もかかってくるけど大丈夫?」
「なんとかするわ。」
ジョージはこの言葉に不安を感じたが、ミミのことを信じてみることにした。
「家まで送るよ。」
「いいわ。一人で帰れる。」
「どうやってここから幕張まで帰る気?お金もないのに。歩いて帰るのか?」
ミミはふてくされた顔をしたが、どうやら俺の意見に同意したようだ。何も言わず、コートを着て、マフラーを手に持った。
「じゃあ、行こう。」
ジョージは、事務所の電気を消し、車のキーを持って外に出た。
外は冬のにおいと潮のにおいが混じっていた。空にはいくつかの星が見える。車に乗り、二人はミミの自宅に向かった。
「君の家まで、後どれくらいなんだい?」ジョージが徐に口を開く。
 「十五分って所かしら。どうして?」意味有り気にジョージが聞いてきたので、ミミが不思議そうに聞き返す。
 「十五分か……じゃあこの辺の地理には詳しいな?」
 「ええ。何も変わってなければだけど。それが何?」
 ミミは少し苛立ちを感じた。ジョージが何を言いたいのか、理解できない。
 「いや、さっきからずっと、追いてきている車がいる」
 見覚えのある車だった。それは昼間見た黒塗りのセダンに間違いなかった。
 「それって、尾行されてるって事?」ミミが驚いて聞き返す。
 「ああ。恐らくね……。心当たりは?」
 「あるわけが!いえ、もしかしたらあるかも……」ミミはそう言って、頬に手を当て深く考え込みだした。
 「考えるのは、後だ。とにかく、巻きたい。この辺に、この車がギリギリ通れそうな狭い道は無いか?」
 ジョージの言葉に、ミミはハッと我に返る。そして、今度は、自分の記憶をたどり、ジョージの言うような道が無かったかを必死に思い出す。
 「あるわ!次の十字路を右に曲がって住宅街に入って。そしたらT字路にぶつかるから、そこを又右に、そこの道がこの車でもやっとのはず」
 「了解!」
 そう返してジョージがハンドルを右に切る。そして、しばらく走ると、ミミの言った通りT字路にぶつかった。ジョージは又ハンドルを右に切る。
 すると、目の前は行き止まりだった。目の前には、古い一軒家と、竹薮が見える。
 「おいおい。行き止まりだぞ」ジョージは、驚いて思わずブレーキを踏み込んだ。
 「あそこ!あそこなら、この車で抜けられない?」
 言われて、ジョージがミミの指差した方へ目を凝らす。すると、そこには僅かだが、家の塀と竹薮の間に、土が剥き出しの、道とは思えない道が見える。手入れの届いていない竹薮に覆われ、一見では分からなかった。
 「あそこかよ。ほんとに行けるんだろうな」ジョージがミミに念を押す。竹薮のせいで、道幅が正確に把握できない。
 「たぶん。いけると思うわ」
 「たぶんかよ。ちっ、しゃーねーな」
 ジョージは覚悟を決めて、アクセルを踏み込んだ。どうやら、道幅は足りていたようで、車はすっと入り込んだ。しかし、無造作に生えた笹くれが、車に襲い掛かる。その度に、シャリシャリと嫌な音が舞い上がる。
 「まったく、もっとましな道は思い出せなかったのかよ」
 ジョージは、少し泣きの入った声を上げる。しかし、そんなジョージとは対照的に、ミミは冷静に口を開く。
 「そんな注文は聞いてないわ」
 「ああ、そうだな。次からは、気をつけるよ」
 皮肉を目いっぱい込めてジョージは言ったが、ミミは全く気に止める様子も無かった。
 そして、何とか無事その道を抜け、ジョージはバックミラーを確認する。
 「どうやら、うまく巻けたようだな。まさか、こんな形でこの車が生きるとは思わ無かったよ」ジョージは、ほっと胸を撫で下ろした。そして、ちらりと、ミミの様子を伺う。すると、必死で何かを考えているようだった。
 「心当たりがあるっていったよな?誰なんだ?あいつら」ジョージはミミに聞きながら、胸ポケットの煙草に手をやった。
 「分からない……」ミミがボソリとそう零す。
 「分からないだって?じゃあ、さっき心当たりがあるって言ったのは何だったんだ?」
 予想外の答えに、ジョージは口に咥えたばかりの煙草を足元に落としてしまった。
 「クソッ」そう零し、又胸ポケットに手をやる。
 「心当たりと言っても、父を探している間、誰かに追けられている気がしてたのを思い出しただけ。だから、何者かなんて、全然想像もつかないわ」ミミはまるで、独り言を零すかのようにそう答えた。
 「もしかしたら、父親がらみかもな……」ジョージはそう言って、やっと火を点けられた。煙草を深く吸い込む。
 その後しばらく、車中に沈黙が走った。そして徐に、ミミが機械的に道案内を始めた。
 「ここよ」
 ミミがそう言ったので、ジョージはその家の前に車停めた。見ると、ジョージが予想していたより、立派な二階建ての家だった。
車が停まると同時にミミがドアを開く。それに続いて、ジョージが車を降りる。
 「何?あなたも家に上がる気?」ミミが訝しげな表情を浮かべた。
 全くこの女は……。ジョージは頭の中でそう零し、溜息をついた。
 「ああ。嫌だと言っても上がらせてもらう。もしさっきの連中の目的が君だとしたら、ここも調べられている可能性がある。最悪すぐに、ここを離れなきゃならないかも知れない」
 「いつの間にか、ボディーガードになっちゃったわね」
 皮肉っぽく、ミミがそう言ってきたが、ジョージは気にならなかった。今、この女を放って帰ることは自分の正義に反するからだ。
 「どうやら、長いこと留守にしているようだな」ジョージが不意に零す。
 「どうして、そんなことが分かるの?」
 「それだよ」ミミの問いにジョージが顎でそれを示す。
 ミミがその方向に目をやると、郵便ポストが新聞で溢れ返っていた。ミミの顔が少し青ざめる。
 ミミは慌てて玄関に向かい、ドアノブに手を掛ける。しかし、鍵は掛かったままだ。続いて、インターホンを何度も押しながら、ドアを何度も叩いた。だが、反応が返ってこない。
 「鍵は持ってないのか?」
 慌てている、ミミとは裏腹にジョージが冷静に口を開く。それを聞いて、ミミがコートのポケットに手を伸ばす。そして、そこから取り出した、鍵束の一つを鍵穴に差し込んだ。
 ガチャリという音がなったと同時に、ミミが中に入っていった。ジョージがその後に続く。中に入ると廊下が、奥へと真直ぐ伸びている。左手には二階へと続く階段が見えた。
 ミミは靴を脱ぐと、真直ぐに廊下を進み、突き当たりの部屋に入った。
 「何これ……」ミミはそう零し、部屋の入り口で立ち尽くした。
 ジョージもミミの後ろから部屋を覗き込む。すると、半ば予想していたが、リビングであろう、その部屋は荒らされていた。
 「本当に、狙われる心当たりは無いのか?」ジョージは、そうミミに問いかけ、煙草を口に咥える。すると、ミミがキッとジョージを睨み付け大声を上げる。
 「禁煙!」
 そして、ミミはリビングを出て他の部屋へと向かう。しかし、どの部屋も同じ様な状況だった。もちろん、ミミの姉らしき姿は無かった。
 呆然とするミミに、ジョージが話し掛ける。
 「何が起こったのか、わからないがここに長居するのはよくない。場所を移ろう」
 しかし、ジョージの言葉に反応せず、ミミはその場に立ち尽くす。見かねて、ジョージがミミに肩に手を掛ける。
 ビクッとして、ミミがその手を振り払う。そして、目を見開き、真直ぐジョージの目を見つめ返す。
 「ショックなのは分かるが……」
 ジョージが全て言い終える前に、ミミが急に走り出した。
 「おい、何処に行くんだ?」
 ジョージのその声はミミに届かない。
 「たくっ」そう零し、ミミの後を追う。
 すると、向かった先は初めに入ったリビングだった。そして、その部屋の隅っこにある。箪笥をいじり出した。何かを探しているようだ。その様子を、ジョージは黙って見守った。
 「あった!」
 しばらくすると、ミミが不意に声を上げた。
 「何があったんだ?」ジョージがミミに近づき、その手に持っているものを見た。それは、通帳とその銀行のカードだった。そして、徐に通帳を開き、ジョージに見せてきた。
 「五百……万?この通帳は?何?」ジョージは一瞬思考が止まってしまった。
 「良かった。まだ、振り込まれていて……」
 「振り込まれて?」ジョージは訳が分からなかった。しかし、よく見てみると、通帳の最後の欄の日付が”18年11月17日になっている。ちょうど一ヶ月前か……。それまでは、この家に、ミミの姉が居たという事か?そして、30万円が振り込まれている。
 そして、名義人の名を見るとサトウタカシと書かれている。
 「サトウタカシ?これは?誰だ?」ミミの苗字は免許証には確か早川と書かれていたはず。だが……。
 「わからない。母が死んでから不定期だけど、振り込まれるようになったわ。じゃなきゃ、当時まだ学生だった、私たち姉妹がやっていけるわけ無いわ」そう言って、ミミは当時のことを思い出しているようだ。
 「もしかしたら、父親かもな……」
 「でも、名前が!」
 ジョージの意見にミミが反論する。
 「名前なんていくらでも、変えられるさ。もし違ったとしても、何らかの手掛りになるだろう。ははっ、ちゃんと手掛りがあったじゃないか。このお金を何処の銀行から振り込んだか分かれば、もしかしたら、もしかするかもな……」
 「でも、どうやって調べるっていうの?」
 「持つべき者は友って奴だ。刑事の知り合いに何とかさせるさ。ついでに、君の姉の事も調べさせよう」
 そう言って、ジョージは笑みを浮かべた
「何、探しているの?」
車のトランクルームを物色している俺に、背後から不安げにミミが問いかけてくる。
「・・・探偵の七つ道具さ。あった、これだ」
俺は目的の品を見つけると、何か言いたげなミミにウインクをし、家の中へと戻っていった。
「ちょっと、何しているのよ!」
「・・・」
「目的ぐらい言いなさいよ!電話線を引き抜いて、何か小さな箱型のものをつけたと思ったら、今度は何?玄関の扉に細工なんかして・・・。一体人の家で何やっているのよ!」
「ちょっとしたお楽しみだよ。さぁ、終わった」
俺は、リビングから拝借してきた椅子から飛び降り、目をつりあげているミミに向かって言った。
「あなた、わたしの話しを聞いてないでしょ!」
「まぁ、そのうち分かるさ。とりあえず、事務所へもどろう。調べたいこともあるしね。・・・あっ、そうそう。ちゃんと鍵かけとけよ!」
「ちょっと!待ちなさいよ!」
まだ何か言いたげなミミをほっといて、俺は車へと向かった。

「あなたって、本当に勝手な人ね」
「そうかな?君には言われたくはないけどね」
俺はバックミラーを用心深く見つめながら、車を走らせる。
(ピー・ピー・ピー)
やけに古めかしい電子音が車内に響き渡る。俺は人差し指をくちびるに当て、家を出てからずっと小言を言い続けているミミに、黙るように合図を送った。そして、胸ポケットから携帯電話を取り出し、通話ボタンを押したそれを耳に当てる。
「奴っ子さん。やっぱり現れたらしいな。一つ、君に確認したいことがある。君の家の鍵は、君が今持っているそれ。そして、お姉さんが持っている鍵の二つだけなのかい?それとも、他にもスペアキーがあるのか?」
「いいえ、鍵は二つしかないわ。だけど、それがどうしたって言うのよ」
質問の意味が分からないのか、ミミはとまどった仕草を見せる。俺は煙草に火をつけながら、これから取るべき行動を考えた。
「俺たちは、君の持っている鍵で、玄関から君の家へ入ったよな。その鍵穴はピッキングで開けられた形跡はなかった。それから、俺たちはリビングへ向かい、その後、全ての部屋を調べた。もちろん、風呂場やトイレも含めて。確かに室内は荒らされていた。しかし・・・、窓は割られていなかったし、ロックもされていた。そこで、一つの謎が浮上してくる。それは部屋を物色していた何者かは、どうやって君の家へと侵入し、出て行ったかということだ。そいつは、君の家の鍵で、玄関からはいっていったとしか考えられない。二つしかない鍵の内、一つは今、君が持っている。つまり、お姉さんの鍵を使ったっていう事だ」
「・・・そんな」
「君がお姉さんと最後に会ったのはいつだい?」
「二年前に家を出てから、一度も会っていないわ。それから、先月までは、電話は何度かしてたけど・・・。その後は、電話止められてしまって。お金払っていなかったから・・・」
「溜まっていた新聞紙の最も古い日付は、今月の一日だった。話しは変わるが、知っての通り、俺はさっき君の家である仕掛けを施した。玄関の扉が開けられると、君の家の電話を通して、俺の携帯へ知らせるように。状況からいって、黒塗りのクラウンに乗っていた奴に間違いはないだろう。君を追っていたのも、そいつに違いない」
「ちょっと、待ってよ!じゃあ姉は、そいつに連れ去られたって言うの?どうして?」
ミミは、膝を震わせ、顔を手で覆い泣き出した。
「聞いてくれ!気持ちは分かる。だけど今君が泣いても、何も状況は変わらない。いいかい?お姉さんを救えるのは君しかいないんだ。・・・もちろん、俺は君に協力する。だけど、お姉さんを救える手がかりを持っているのは君しかいないんだ。気をしっかり持つんだ!絶対に俺が、お姉さんを見つけ出してやるから」
「だけど・・・、だけどもう、殺され・・・」
「それはない。お姉さんは生きている。やつの目的は、君の父親だ。おそらく君の父親は、奴の依頼主にとって表に出したくない何かを掴んでしまったんだ。それで、君の家に入り込んだ。その何かを探しに・・・。今も君を追っているという事は、それはまだ、奴の手に渡っていないという事だ。君のお姉さんを拉致したのは、君の父親と取引するため。だから、お姉さんを殺すはずがないんだ」
「本当に・・・?」
「ああ」
ミミは少し安堵の表情を見せた。そして、泣きはらした瞳の奥から、強い決意の光を覗かせた。きっと、姉を救ってみせる。その思いで満ち溢れているのだろう。もう、大丈夫だ。その光さえ持っていれば、彼女は前へ進む事が出来るだろう。
「さあ、着いたよ」
事務所に到着し、俺は階段を登っていった。後ろからミミが後に続く。その足取りがしっかりしているのを、俺は見逃さなかった。
「どうしたの?」
事務所へと入るドアの前に座りこんでいる俺に、ミミが声をかける。
「奴が・・・。いや、奴の仲間だろう。留守中に事務所へ入り込んだみたいだ」
「えっ!どうして、分かるの?」
俺は、コンクリートの床に落ちていた小さく切り込んだ新聞紙を彼女に見せた。
「君の家に行くときに、ドアの隙間に挟んでおいた。それを開けなければ、まずこれが落ちることはない」
この事務所を訪れる人間は、まずいない。奴ら以外はだが・・・。俺は、わざと鍵を掛けずにいたドアを開けるべく取っ手に、手を掛け、慎重にドアを開けた。
ジョージは、真っ暗な部屋の中の様子を伺う。人の気配は感じない。だが、暖房が付いているのか、部屋の中は少し暖かい。ジョージは警戒しながら、そっと照明のスイッチを入れる。すると、「う……ん」と男の呻き声が聞こえた。見ると、ソファーに誰か寝ているのが、分かった。
 「誰だ!」ジョージはミミを庇うように身構える。
 「ん?ああ、帰ったのか?」そう言いながら、体を起こした男の顔をジョージは知っていた。サトシだ。
 「わざわざ、来てくれたのか」ジョージはそう零し、ほっと胸を撫で下ろし、煙草に火を点けた。
 「ああ。明日が休みなもんでね。ついでに、俺の必死の説得も無視して警察を辞めていった。元同僚がどんな、惨めな生活をしているか、様子を伺いに来たんだよ」そう言って、サトシはジョージの胸ポケットから、さっと煙草とライターを抜き取った。「もらうぜ」そう言った時にはすでに、サトシは煙草に火を点けていた。ジョージはいろんな意味で、苦笑した。
 「誰なの?」
 二人のやり取りを見て、ミミが当然の疑問をぶつけてきた。
 「ああ、こいつは元同僚のサトシ。あの黒塗りのクラウンの持ち主を調べてもらっていたんだ。君には、まだ言ってなかったかも知れないがあの車、昼間にもこの事務所の前でも見かけたんだよ」
 この言葉を聞いて、何か言おうとしたミミを遮り、ジョージは、そのままサトシに話しかける。
 「それで、この女性はミミ。まぁ仕事の依頼人だ」そう言って、ジョージはサトシに、視線で合図を送る。もちろん、ミミを調べて貰っている事は、伏せていろという事だ。サトシも意図が分かったらしく、肩をすくめて合図を返してきた。
 「ああ、それとサトシ。調べてもらいたい事が増えたんだが、いいか?」
 「おいおい。又、厄介事かよ。取敢えず、話を聞いてから考えるよ」サトシはげんなりといった表情を浮かべた。
 「なぁーに、超優秀なお前なら、てんで大した仕事じゃないよ」
 「まぁな。俺に出来ない事は無いからな」サトシが鼻高々にそう言ってのけた。
 相変わらず、扱いやすい奴だ。心の中でそう零しジョージは笑ってしまった。だが、すぐにその心の中の笑いは消えてしまった。それは、今のサトシとの会話に、気になる事があったからだ。サトシは「又、厄介事」と言った。「又」?それに、あの表情。気になる。黒塗りのクラウンの持ち主か?それとも、ミミの素性か……。それとも、その両方?唯の皮肉ならいいんだが。どうする?先にサトシと二人で、話をするか。いや、それだと、ミミに余計な警戒心を持たれてしまう。まずは、三人で、これまでの経緯を話そう。サトシとはその後だ。どの道、ここに長居するのは、かなり危険な気がしてきた。まずは、必要な荷物だけもって移動だ。
 「悪いが、サトシ、ミミ。場所を移そう。話は車の中でしよう」そう言って、ジョージはまだ半分も吸ってないタバコの火を消し、荷物をまとめ始めた。「場所を移すって、一体どこへいくつもり?」
ミミの質問を無視し、ジョージは荷物を詰め続ける。
「まあ、行くところならたくさんあら〜な。」
と、不機嫌そうな顔をしたミミをなだめるように、サトシは答えた。
「ここにいるのはどっちみち危険だ。」
荷物を詰めながら、早口でジョージが答えた。
二人は、ただジョージの動作を突っ立ったまま見ている。
「よし!準備完了だ。お二人さんは大丈夫だよな。」
二人は顔を見合わせて、うなずいた。
「それなら、とにかくまずは車に移動だ。」
ジョージは、事務所の鍵を持ち、財布がズボンのポッケにあるか確認し、部屋を出るときにもう一度、入念に忘れ物はないか確認したあと、「よし」と呟いて、ドアを閉めた。
出発時刻は、夜中の12時30分を回っていた。
「さて、どこに行こう」
車に乗るとジョージが二人に問い掛けた。
「何も考えてなかったわけ?」
ミミが呆れたように行った。
「とりあえず、走れ。」
とサトシが言う。
ミミは二人の顔を交互に見てから、この無計画な大人に甚だ呆れたという顔をして、ため息をついた。
車を走らせ、ジョージはすぐにバックミラーで、後方を確認した。どうやら黒い車はいないようだ。
「何を持ってきたの?」
ミミがジョージに尋ねた。
「捜査に必要なものと、着替え、書類、その他もろもろだ。」
アバウトにジョージが答える。
「もう事務所には、戻らない気?」
「まあ、しばらくはな。必要なものは持ってきたし、捜査が片付くまでは戻る必要もないだろう。」
「私は、どうするのよ?何も持ってきてないわ。」
「そうか。そうだよな。」
「呆れた。自分のことしか考えてないのね。」
「ごめん、ごめん。様子を見て、君の荷物も取りに行こう。」
サトシが咳払いをして、二人の会話に入ってきた。
「おまえさんたちは、いつもこんな感じなのか?まるで子供同士の喧嘩だな。それより、そろそろ、今までの経緯とやらを話してくれないか?」
「そうだったな。俺から話すよ。」
と言ったあと、チラッとミミの方を見た。別に、どうぞというような顔をしたので、今度は、サトシの方を見て、話し始めた。

時刻は夜中の1時を回ったところだ。
「はぁ。それで、俺はその通帳のお金が何処から振り込まれているかを、調べればいいって分けね」溜め息を付きながらサトシはそう言って、助手席のダッシュボードの上に足を放り投げた。
 「出来そうか?」ジョージは、そう言って横目でサトシの様子を伺う。
 すると、サトシは乗せたばかりの足を下ろし、真剣な眼差しでジョージと、ミミの顔を交互に見た後、口を開いた。
 「なぁ。ジョージ。そしてミミ。ひとつ質問だが……」
 「何だ?」「何?」
 サトシが急に真剣な口調になったので、ジョージとミミに緊張が走る。
 「俺が、今までの人生で味わった事が無いものが二つだけある。何だか分かるか?」
 「はぁ」ジョージは溜め息を付いた。この質問は、刑事時代、何度も聞いたことがある。
 そのジョージの溜め息を聞いて、又サトシが口を開く。
 「おっと、この質問はジョージにした事があったかな。じゃあ、ミミ。君は何か分かるかい?」
サトシが真剣な顔で、ミミの顔を覗き込む。それに対して、ミミがさらっと答える。
 「さぁ?全く興味の無い話だわ。それでも答えなくちゃいけないのかしら?」
 「答えてやってくれ」ジョージは、横目でもハッキリとサトシの顔が、一瞬引きつったのが分かったので、そうミミを促した。
 「分かったわ。そうね。あまりモテそうに無いから、女性のいる生活と、愛のある生活って所かしら?ああ、ごめんなさい。どっちも似たような事ね」
 「なっ!?」サトシは一瞬、顔に怒りを顕にしたが、すぐに表情を戻し、いや、正確には戻しきれず、やや引きつっていたが、口調だけは冷静にこう答えた。
 「ちがうよ、ミミ。答えは『挫折』と『不可能』だ。つまり、俺に出来ない仕事は無いって事さ。それに、俺は女には、モテるんだぜ」そう言って、サトシはミミに笑顔と共にウインクを送った。
 「ああ、そう」ミミはそれだけ答えて、視線を窓の外へとやった。
 サトシはあっけに取られて、小声でジョージに話しかける。
 「こういう娘なのか?」
 「ああ。俺は今日一日でだいぶ馴れた」そう答えた後、ジョージは話題を元に戻す。
 「それで、通帳の件なんだが。通帳はサトシに預かってもらいたい。もちろん、ミミが良ければの話だが」
 「どう言う事?」ミミが窓の外から、ジョージの方へ、視線を移す。
 「振込みの場所が一箇所とは、限らない。もしかしたら、全国を移動しながら、その場その場で、振り込んでるのかもしれない。だとしたら、振り込まれる度に、サトシに頼みに会いに来るのは手間だ。なら、サトシに預けておいて、振込みがあったらその都度連絡を入れてもらった方がいい。お金は、カードがあれば、下ろせるしな」
 「そう言う事なら。いいわ。もし、中身が勝手に使われても、犯人は分かってる訳だし」ミミは、相変わらず皮肉交じりにそう答えた。
 「よし、なら決まりだ。ところでサトシ。今、金いくら持ってる?」ジョージが唐突に、サトシにそんな質問をした。
 「なんだよ、急に」サトシは少し身構える。
 「今夜は、もうどこかビジネスホテルでも探して休もう」ジョージは諭すように言った。
 「って、まさか、俺に払わす気か?」驚いて、サトシの声が裏返った。
 「せこい事言うなよ。もう、ボーナスも出たんじゃないのか?ビジネスホテル何て一人一万も出せば泊まれるだろう?」
 これに、対してサトシが答えようとするのを遮り、ミミが口を開く。
 「お金は私が返すわ。だから、今日は立て替えておいて」
 「返すって、その五百万でかい?」サトシがミミのが持っている鞄の方へ視線を移す。
 「ええ」ミミは深く頷いた。
 「でも、その通帳まだ、本当に中身があるか確認して無いだろ?誰かが、もう下ろしてるって事は無いかい?」
 ミミの眉間に、軽く皺が浮かび上がる。見かねて、ジョージが助け舟を出す。
 「恐らく、下ろされてはいない。何故なら、カードと通帳は一緒に置いてあった。つまり、下ろすにしろ、何にしろ常に一緒に持っていたはずだ。だから、常に通帳記入はされていたはずだ。だいたい、もし誰かが、盗むとしたらわざわざ、家に通帳とカードを返しに来るはず無いだろ?」
 「まぁ、そうだな。だが、使っても大丈夫な金なのか?」
 答えた後、サトシが別の質問をミミにした。
 「社会人になってからは、ほとんど手を付けてなかったけど。学生時代には、すでに使ってしまっているわ。だから、今使っても一緒でしょ?」
 「なるほどね、じゃあ。良しとしますかね」サトシは、少しはき捨てるように言った。
 「細かい男ね。ほんとに、モテるのかしら?」ミミはわざと聞こえるくらいの大きさで、独り言を呟いた。
 「くっ、ジョージ。お前大人になったな」サトシが小声又ジョージに愚痴を零した。
 「いや、今日でだいぶ大人になったんだよ」
そう言って、二人は黙って、煙草に火を点けた。
「はぁ。それで、俺はその通帳のお金が何処から振り込まれているかを、調べればいいって分けね」溜め息を付きながらサトシはそう言って、助手席のダッシュボードの上に足を放り投げた。
 「出来そうか?」ジョージは、そう言って横目でサトシの様子を伺う。
 すると、サトシは乗せたばかりの足を下ろし、真剣な眼差しでジョージと、ミミの顔を交互に見た後、口を開いた。
 「なぁ。ジョージ。そしてミミ。ひとつ質問だが……」
 「何だ?」「何?」
 サトシが急に真剣な口調になったので、ジョージとミミに緊張が走る。
 「俺が、今までの人生で味わった事が無いものが二つだけある。何だか分かるか?」
 「はぁ」ジョージは溜め息を付いた。この質問は、刑事時代、何度も聞いたことがある。
 そのジョージの溜め息を聞いて、又サトシが口を開く。
 「おっと、この質問はジョージにした事があったかな。じゃあ、ミミ。君は何か分かるかい?」
サトシが真剣な顔で、ミミの顔を覗き込む。それに対して、ミミがさらっと答える。
 「さぁ?全く興味の無い話だわ。それでも答えなくちゃいけないのかしら?」
 「答えてやってくれ」ジョージは、横目でもハッキリとサトシの顔が、一瞬引きつったのが分かったので、そうミミを促した。
 「分かったわ。そうね。あまりモテそうに無いから、女性のいる生活と、愛のある生活って所かしら?ああ、ごめんなさい。どっちも似たような事ね」
 「なっ!?」サトシは一瞬、顔に怒りを顕にしたが、すぐに表情を戻し、いや、正確には戻しきれず、やや引きつっていたが、口調だけは冷静にこう答えた。
 「ちがうよ、ミミ。答えは『挫折』と『不可能』だ。つまり、俺に出来ない仕事は無いって事さ。それに、俺は女には、モテるんだぜ」そう言って、サトシはミミに笑顔と共にウインクを送った。
 「ああ、そう」ミミはそれだけ答えて、視線を窓の外へとやった。
 サトシはあっけに取られて、小声でジョージに話しかける。
 「こういう娘なのか?」
 「ああ。俺は今日一日でだいぶ馴れた」そう答えた後、ジョージは話題を元に戻す。
 「それで、通帳の件なんだが。通帳はサトシに預かってもらいたい。もちろん、ミミが良ければの話だが」
 「どう言う事?」ミミが窓の外から、ジョージの方へ、視線を移す。
 「振込みの場所が一箇所とは、限らない。もしかしたら、全国を移動しながら、その場その場で、振り込んでるのかもしれない。だとしたら、振り込まれる度に、サトシに頼みに会いに来るのは手間だ。なら、サトシに預けておいて、振込みがあったらその都度連絡を入れてもらった方がいい。お金は、カードがあれば、下ろせるしな」
 「そう言う事なら。いいわ。もし、中身が勝手に使われても、犯人は分かってる訳だし」ミミは、相変わらず皮肉交じりにそう答えた。
 「よし、なら決まりだ。ところでサトシ。今、金いくら持ってる?」ジョージが唐突に、サトシにそんな質問をした。
 「なんだよ、急に」サトシは少し身構える。
 「今夜は、もうどこかビジネスホテルでも探して休もう」ジョージは諭すように言った。
 「って、まさか、俺に払わす気か?」驚いて、サトシの声が裏返った。
 「せこい事言うなよ。もう、ボーナスも出たんじゃないのか?ビジネスホテル何て一人一万も出せば泊まれるだろう?」
 これに、対してサトシが答えようとするのを遮り、ミミが口を開く。
 「お金は私が返すわ。だから、今日は立て替えておいて」
 「返すって、その五百万でかい?」サトシがミミのが持っている鞄の方へ視線を移す。
 「ええ」ミミは深く頷いた。
 「でも、その通帳まだ、本当に中身があるか確認して無いだろ?誰かが、もう下ろしてるって事は無いかい?」
 ミミの眉間に、軽く皺が浮かび上がる。見かねて、ジョージが助け舟を出す。
 「恐らく、下ろされてはいない。何故なら、カードと通帳は一緒に置いてあった。つまり、下ろすにしろ、何にしろ常に一緒に持っていたはずだ。だから、常に通帳記入はされていたはずだ。だいたい、もし誰かが、盗むとしたらわざわざ、家に通帳とカードを返しに来るはず無いだろ?」
 「まぁ、そうだな。だが、使っても大丈夫な金なのか?」
 答えた後、サトシが別の質問をミミにした。
 「社会人になってからは、ほとんど手を付けてなかったけど。学生時代には、すでに使ってしまっているわ。だから、今使っても一緒でしょ?」
 「なるほどね、じゃあ。良しとしますかね」サトシは、少しはき捨てるように言った。
 「細かい男ね。ほんとに、モテるのかしら?」ミミはわざと聞こえるくらいの大きさで、独り言を呟いた。
 「くっ、ジョージ。お前大人になったな」サトシが小声又ジョージに愚痴を零した。
 「いや、今日でだいぶ大人になったんだよ」
そう言って、二人は黙って、煙草に火を点けた。
「とりあえず生ビールを頼む。ジョージも飲むか?・・・ああ、すまんすまん。運転手様は飲んだらダメだったな。まあ勘弁してくれ。それから、エビの変わり焼きと、イタリアンスペアリブを二本」
注文を聞きに来たウエイトレスにそう言うと、サトシはメニューを閉じ、お次どうぞと言わんばかりに俺とミミを見比べた。
「俺は、ペペロンチーノ生ハム添え。ミミはどうする?」
「グラッチェカルボナーラにするわ」
俺は遠慮なくビールを注文したサトシを恨めしくにらめ付けてやった。
「まあまあそんなカリカリなさらんな!ホテルに着いたら、いくらでも好きなだけ飲めるさ」
テーブルに置いた俺の煙草を、当然の様に手に取りサトシは運転手に対する配慮などおくびにも出さずそう言った。
「そんなことよりも、まだ黒塗りの車に乗った連中の事を聞いていないんだけど、誰なのよ?」
ミミは苛立ちを隠すことなくサトシをにらめ付けた。
「えっ?そうだったけかな。まあ今から話してやるから、そう急かすなよ。そんな風に恐い顔してたら、男が逃げていくぞ」
ニヤニヤとミミを見つめながらサトシが言った。
「あなたって本当にいい加減な人ね!本当に調べたんでしょうね?」
「あれ?もしかして俺を疑っているのかい?この俺を!!まいったなぁー。ジョージ、お前からもこの不機嫌そうな女性に言ってやってくれ。いかに俺が優秀なのかを」
「張り倒される前に、さっさと言ったほうがいいぞ」
俺は、見る見る顔が真っ赤に染め怒りを表しているミミに気が付いてサトシに話すように諭した。
「やれやれ、せっかくこの俺様がこのお嬢様の張り詰めた気持ちを和らげようと・・・。じゃあ言うぞ!車の所有者は、新宿に事務所を構えている新山探偵事務所だ。所長の名前は新山和樹。優秀な俺様の調査によると、かなりあくどい連中みたいだな。暴力団との関わりもあるという噂もあるらしい。最近では茨城県選出の国会議員の鬼瓦権蔵の元を頻繁に出入りしている」
「・・・新山和樹」
「ああ、そうだ。ジョージ、お前が刑事を辞める事件に深く関わっていたとされる男だ」
俺は、吐き気を覚え頭を抱えた。まさか、あの男が今回の件に関わっていたとは・・・。俺は、今も夢に見るあの事を頭に思い浮かべた。
 俺は新宿で起こったある殺人事件の捜査に当たっていた。被害者は一流商社に勤務する男だった。懸命な捜査の結果、容疑者としてある一人の男の名前が浮上し、令状を取るべき証拠を固めていた時、「捜査を打ち切る」新宿署に置かれた捜査本部で、警視庁捜査一課管理官が、真意を掴めずにいた我々捜査官に唐突にいいはねた。
 捜査本部が解散となった後も、納得が行くはずもなく、俺は、一人で捜査を続けた。いや、一人ではなかった。殺された男の婚約者のハナと一緒に・・・。しかしハナは車にはねられ命を絶ってしまった。その上、車を運転していた男は送検されることなく放免されたのだ。恐らくその運転手と警察上層部との間に何らかの繋がりがあったのだろう。・・・ハナをひき殺した男、それが新山和樹だった。
「はぁ〜あ」
 ジョージとサトシが真剣な話をしているのを余所に、ミミが気の抜けるような、欠伸をした。
 「悪いんだけど、私少し車で寝てきてもいいかしら?どの道こんな時間じゃ、チェックイン出来る様なホテルなんて無いでしょうし」ミミは少しも悪びれず、眠そうにそう言った。
 「おいおい、これは君も関係のある話だろ。一緒に聞いていた方が良いんじゃないのか?」サトシがむっとして、少し強い口調で、ミミに言った。
 「そうかしら?確かに無関係では無さそうだけど、あなた達の過去の話には興味ないわ。話をまとめて、関係のありそうな所だけ、後で又聞かせてもらえる?」
 そう言って、ミミは黙ってジョージに手を出してきた。どうやら。車のキーを寄越せという事らしい。
 「あのなぁ……」
 サトシが更に、口を出そうとするのをジョージは止めた。良い機会だ、ここでミミがどういう素性の女か調べてきた事を聞いておこう。そう思い、ジョージはサトシに目で合図を送る。
 その視線の、意味に気付き、サトシが溜息を付いた後、口を開いた。
 「ああ、分かったよ寝てきな。だが、最後にひとつ確認だ、ミミ。君のお姉さんの事だが、捜査願いを出してもかまわんよな?」
 「捜査願いを?」ミミはサトシの意図を図りかね、眉間に皺を寄せる。
 「ああ。もしかしたら、今回の件、暴力団も絡んでる可能性がある。そんな組織相手に、民間人二人で何とか出来る訳が無い。警察の力を利用した方が良い。俺としても、その方が動きやすい。もちろん、この件は公にはしない。どうだい?」
 ミミは、少し考えた後、「いいわ、任せる」そう言って、又ジョージの方に手を出してきた。
 ジョージもすんなり、その手に車のキーを乗せた。
 「キーを閉めるのを忘れるなよ」ジョージが立ち上がろうとする、ミミに言った。
 「分かってるわ」その一言だけ返して、ミミはスタスタと出て行ってしまった。
 すると、今度は、横に座っていたサトシが急に立ち上がった。
 「サトシ?どうしたんだ?」
 ジョージの質問には答えず、サトシはミミがさっき座っていた所にさっと、腰を下ろした。
 「こんな夜中でにおっさん二人隣り合って座ってちゃ、誤解を生むだろ?」サトシが苦笑いを浮かべる。
 「確かに」そう言って、ジョージも苦笑いを浮かべた。しかし、すぐ真顔に戻り、ジョージが早速話題を進めた。
 「それで?ミミの事なんだが。何か分かったのか?」
 「分かったも何も、な〜んもまだ調べてないよ」サトシはあっけらかんとそう言ってのけた。
 「何もって?何も?」ジョージは目が点になった。
 「あのなぁ、俺も暇じゃないんだ。お前と違ってな。今日も仕事なの。そんな中、車の事をあれだけ調べたんだ。むしろ、褒めるべきところだろ?しかも、車の持ち主があの新山だ。嫌でも、そっちに興味が言っちまうよ」サトシは一気にそういった後、水の入ったグラスに口を付けた。
 「ああ、そうだな。すまない。ありがとう」ジョージは素直に詫びを入れた。
 「そんな事より、ミミのことで思ったんだが……」
 「何だ?」
 「何故?あの女はお前の所に依頼に来たんだ?」
 「何故って……」
 「お前の事務所ってそんなに有名なのか?あの事務所の状態を見る限り、ほとんど仕事の依頼なんて来ちゃいないんだろ?そんな寂れた事務所にわざわざ、依頼になんて来るか?「俺ならしないね」そう言って、サトシは鋭い視線をジョージに向けてきた。
 「何が言いたい?」ジョージも真剣な表情で、サトシを見つめ返す。
 「あの女、実はお前の事、ある程度調べていたんじゃないのか?」
 「まさか……」そう言って、ジョージはミミの依頼を引き受けた時の事を思い出した。確かに、ミミは『貴方なら引き受けてくれると思ったわ』と言った。『あなたなら』?そうだ。今思い返せばおかしい。そうだ、初めて会った人間に言う台詞じゃない。
 「何か、思い当たる節があるようだな」ジョージの表情を
読み取りサトシがそ言った。そして、続けて、サトシが話を進める。
 「あの女、実はお前の事、事前に調べていたのかもな?」
 「どうして、そんな事を?」ジョージは全く、推理が立たない。
 「これは、あくまで俺の勘だが……あの女、今回の件ある程度自分で調べが付いていたのかもな。二年も父を探して、何の手がかりも無しじゃ、普通諦めそうなもんだ。それでも諦めないのは、少なからず手掛かりがあるからだ。そして、その手掛かりから真相を掴むのに、一人じゃどうしようもなくなってきた」
 「それで、俺を?」ジョージは自分の考えが、全く出てこず、唯、一言返すだけだった。落ち着こうとばかりに、煙草に手を伸ばす。
 「ああ。もしかしたら新山の事位までは、知っているのかもな。それで、過去の事を調べ、関係のある、お前を選んだ」そこまで言って、サトシも煙草に手を伸ばした。
 「まさか……」ジョージはそう零したが、サトシの話はどうも真に迫っている気がする。もし、この推理が当たっていたら……くそっ、あの女め。こうなったら直接……。
 「ああ。止めておけよ」
 ジョージはサトシの突然の言葉に、ハッとした。
 「何の事だ?」冷静を装って、ジョージがサトシに聞き返す。
 「お前、今、こうなったら直接あの女に、って思っただろ?止めておけ。初めに言ったが、あくまで俺の勘での話しだ。当たっているにしろ、しないにしろ下手に扱わない方が良い。今は様子を見ていたほうが良い」
 「はぁ、全くお前には敵わないな」ジョージは溜息混じりにそう零す。
 「当たり前だ。だが、恥じる事は無いぞ。凡人が天才に敵わないのは当たり前だ。お前も、俺の様に常に冷静な判断が出来るようになれば、敵わないまでも、俺の域に多少は近づけるだろうな」そう言って、サトシは天井に向かって煙を吐き出した。
 これさえ無ければ、心の底から尊敬できる奴なんだが……そう思い。ジョージは苦笑いを浮かべた。
ふう〜。
と、ジョージは大きく息をはき、これからのことを考え始めた。ミミのことも、父親のことも、まだ何もわからずじまい。
かりに、ミミがある程度の情報を持っていたとしても、どうやって聞き出そうか。もっと、素直でかわいげのある娘だったら。
やれやれ。明日、ん?もう今日か。とにかく、このままウダウダしてるわけにもいかない、今日から行動に移さなければ。
でも、どこから、何を?
あっ、そうだ。とりあえず、朝早くミミの家に行って、荷物を取に行こう。早朝なら、一応安全かもしれない。
いろいろ考えめぐったあげく、まともな答えは思いつかないまま、考えるのをやめた。

ふう〜。
と、もう一度大きく息を吐き出した。
「どうした?疲れが出てきたか?」
と、サトシが尋ねる。
「いや。今日からどうしようと考えていたんだ。」
「どうせ、まともな答えは見つからなかったんだろう?」
「ん。。。」
またかよ。と思いながら、サトシを見た。
「とにかくだ。もう朝だし、きついかもしれないがこのまま寝ずに行動か、どこかで少し仮眠をとってから行動か。どちらかだ。
俺も、今日は仕事が休みだし付き合うよ。」
「悪いな。恩にきるよ。」
「もちろん恩は返してもらうよ。きっちりな。」
と、サトシは笑みを浮かべて言った。
「あっ。ミミの荷物を取りに行きたいんだけど。できれば今から。
朝、早くのほうが安全だろから。」
「ん〜。安全かの保証はできないが、まあ、いいだろう。」
「それなら、行くとしますか。」

サトシとジョージは店を出て、車に戻った。
中では、ミミが気持ちよさそうに眠っている。
車の戸を開けると、ミミが目を開けた。
「寝顔は、かわいかったぞ。」
と、眠い目をこすっているミミに向かっていった。
チラッっと、サトシを見たが、何も言わない。
「どこ?」
と、ミミが不機嫌そうに聞いてきた。
「どこ?向かう先は君のお家ですよ。姫。」
と、ジョージが冗談まじりで言う。
「あっそう。」
と、ミミがさらに不機嫌そうに答えた。
サトシとジョージは目を合わせ、肩をすくめた。
3人は、ミミの家に向かった。「ところで、ミミは何処に住んでいるんだい?」
グラッチェの駐車場を出て千葉街道に入った所で、助手席に座っているサトシが後ろを振り向きミミに白々しく聞いた。
「今はつくばみらい市かしら」
「なっ、つくば」
「えっ、つく・・・」
俺は意表を付かれ、思わず声を発してしまった。隣に座っているサトシも呆然とミミを見つめている。
「何をそんなに驚いているのよ。ああ、幕張に住んでいると思っていたわけ?」
「幕張?きさ・・・」
サトシは、はっっとした様な仕草を見せ、口を閉じた後に何か言いたげな表情で俺を見つめた。
「ハァ〜。ジョージ、あなたに任せて本当に大丈夫かしら。わたし言ったよね。幕張の家には、ここ二年の間、一回も帰ってないって。その間、ずっと同じ服を着ていたと思っていたわけ?ホテル暮らしをしていたと?馬鹿じゃないの」
「いや、そういう訳じゃ・・・」
俺は、自分でも嫌になるぐらい間抜けな声を発していた。確かにミミの言うとおりだ。二年も実家に帰っていないならば、何処かに住んでいると考えるのが普通だ。では、何故俺はそう思い込んでいたのだろう?父親を探し続けているという言葉から、勝手に定住せずにあちこちを転々としていたのだろうと思ってしまったのか。
「そこでアパートを借りているのかい?」
刑事時代の先輩から、絶対に先入観を持って捜査をするな。と口を酸っぱくして言われ続けていた事を思い出していた時、俺が疑問に思っていることをサトシがミミに聞いた。
「そうじゃないわ。私、父親を探して、全国を歩き回っていたから一つの場所に留まる事が出来なかったの。最初の内は安いビジネスホテルなんかに泊まっていたんだけど、そういつまでもそんな生活が続かないから、知り合いの家を転々としたり、短期の住み込みバイトをしたりしていたの。今はつくばみらい市の知り合いの家に居候させてもらっているのよ」
サトシは無言で、呆れた顔を俺に向けてよこした。俺はそんなサトシに何も言い返せなかった。刑事を辞めて、たったの一年でこんなにも鈍ってしまった自分が情けなかった。
「じゃあ、その知り合いのアパートに向かえばいいわけだな?まあ、丁度いいかも知れないな。茨城は、鬼瓦権蔵の選挙区でもある。ミミのお姉さんの失踪に奴が一枚噛んでいるとすれば、そこで何か情報が掴めるかもしれないからな」
サトシが間を取り繕う様に言った。
「黒塗りの車の連中を調べる方が先じゃないの?」
ミミが不満そうな表情を見せる。それを見たサトシが何かを言いかけるの俺は制止した。先に茨城にいく理由だけは、俺の口から言いたかったからだ。ミミの依頼者は、この俺なのだから・・・。
「心配しなくてもいい。鬼瓦の周辺を探っていれば、奴らの方が茨城に現れるよ」
「だけど、今は臨時国会の会期中よ。鬼瓦は東京にいるはずだわ。そっちに行った方がいいんじゃないの?」
「確かにミミの言うとおり、鬼瓦は東京にいるだろう。だが、そこに君のお姉さんが囲まれているとは到底思えない」
「それは、ジョージお得意の刑事の勘ってやつかしら?だとしたら、あなたの勘は信用できないわ!」
ミミは、鼻で笑ってそう言い放った。たった一つの失敗で、そこまで言われたくはない。
「はっはっは!確かにジョージの勘は当てには出来ないかもな。でも大丈夫。今回に限っては、この俺様が保証するよ!なんたって、この優秀な俺様の刑事の勘が”茨城に行け!”って叫んでいるんだからな!」
全く、こいつの調子の良さにはかなわないな。俺は苦笑し、目の前に現れた、常盤道三郷インターチェンジに向かってアクセルを強く踏み込んだ。

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