ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

クトゥルー神話創作小説同盟コミュの長編:『アルバート・デューイ博士の死に関する真相』 1/3

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加


   1 地元新聞《ミールズ・ホライズン》に掲載された記事。


 『一九三三年 一月三日号』
 新年早々、我が町ミールズの一角で恐ろしい殺人事件が発生した。この事件で死亡したのはミールズ三番街に邸を構える、クインバレー大学医学部教授アルバート・デューイ博士(六二歳)。容疑者と目されているのは彼の養子であり、クインバレー大学医学部の優秀な研究員でもあるジョン・W・マイヤーズ(一九歳)。だが警察は現在、彼を容疑者ではなく重要参考人として扱っている模様。
 我が社の調べによると、事件のあらましはこうである。
 昨夜未明、デューイ博士邸から数発の銃声と、立て続けに二つの悲鳴が上がった。付近を警邏中だったミールズ警察署のアーサー・F・ヤング警部(四〇歳)がたまたまこれを耳にしたため現場に急行、邸のノッカーを鳴らしてみても中から反応がなかったため、玄関付近のガラス窓を破って邸内に突入、邸の中をくまなく捜索したところ、地下室で無惨にも殺害されたデューイ博士と、拳銃を握り締めたマイヤーズを発見した。一見、マイヤーズが義父を射殺したかに見えるこの事件はどうやら単純なものではないらしく、ヤング警部はその場でマイヤーズを容疑者ではなく、重要参考人として連行した。当時、マイヤーズは心神喪失状態にあったという。
 現場となった地下室はデューイ博士が研究室として使用されており、ヤング巡査部長が踏み込んだ当時、部屋中に争った跡が見受けられ、瓶やフラスコ、ビーカーなどが床中に割れて散乱し、部屋の中は種々の薬品がおり混ざった、何とも言えない悪臭に満たされていたという。
 死亡したデューイ博士はミールズが誇るクインバレー大学教授陣の中でも屈指の博識と卓越した医療技術で知られる法医学の重鎮。もとはいち講師であった身でありながら、一九一五年頃から突如として頭角を現わし始め、学会に?遅れてきた天才?と言わしめたことでも有名。
 片や養子のマイヤーズは幼き頃から神童として名を轟かせ、一五歳にしてクインバレー大学に入学、一八歳にして医学部の博士号を修得し、?ミールズの麒麟児?として将来を嘱望されていた。

 『一九三三年 一月二五日号』より抜粋。
 アルバート・デューイ博士死亡事件に関するジョン・W・マイヤーズの裁判が明日から開かれる。マイヤーズ被告の罪状は「殺人罪」ではなく、「稀少動物飼育禁止法違反」の容疑とのことである。


   2 検察側による、J・W・マイヤーズに関する調査報告書の内容。


 名前――ジョン・ウィリアム・マイヤーズ。
 年齢――一九歳。
 職業――ミールズのクインバレー大学院研究員(遺伝子生物学専攻)、並びに、養父であるアルバート・デューイの私的研究助手。
 出生――公的な誕生日は三月二日とされているが、実際には不明。
 法的にはフランクリン・マイヤーズとドリス・マイヤーズ夫妻の一人息子だが、実際のところ、これも養子縁組である。一九一一年、三月二日、ミールズ・カトリック教会が運営する孤児院の門の前に、出生間もない状態で置き去りにされていたのが、彼が初めて世の人の眼に触れた瞬間である。
 孤児院が保護して間もない五月一日、かねてより養子を希望していたマイヤーズ夫妻に引き取られ、ジョン・ウィリアムと名づけられる。
 彼の実の両親が何者かは不明、現在も調査を続行中。
 経歴――幼少期より知能・身体共に、他の幼児を上回る成長を見せる。特に知能の伸びは著しく、一〇歳時にはIQテストにおいて一四〇、体力面でも同年時に一〇〇メートル走一〇・六秒を記録している。
 数々の飛び級を重ね、一五歳にしてクインバレー大学に入学。入学直後から、デューイ博士にその才覚を見出され、彼自身も博士の人柄に惹かれて師事するようになる。
 大学においても彼の飛び級は続き、一八歳で博士号を取得。しかし、その直後、フランクリンとドリスの両親が死亡。海沿いの歩道を歩いている二人に運転を誤ったトラックが突っ込んだこの事故はミールズ・ホライズンにも『天才青年の悲劇』と銘打たれて一時、話題を呼んだ。この時、二人を轢いたトラックはそのまま海中に没し、運転手も死亡している。
 両親の死後、既に懇意となっていたアルバート・デューイ博士がジョン・ウィリアム・マイヤーズを養子として引き取るも、マイヤーズ姓が変わることはなかった。その後一年間、養子として、また研究助手として、マイヤーズは養父を支え続けた。
 性格――極めて温厚。フランクリン、ドリスの両親がそうであったように、彼も敬虔なカトリック教徒であり、飛び級を重ねるも自らを奢ることなく、みなをして「誠実」と言わしめる好青年であったことは確かである。現在は精神衰弱を引き起こしているものの、元来の精神的性質上、反社会的行為を起こし得る、或いはそれに荷担し得る人間とは考え難い。
 その他特記事項――背面、肩胛骨の間に歪な円形の傷跡有り。孤児院の修道士の証言によれば、門前で発見された時、既に治癒しきっていない傷として存在し、まるで皮の一部を円形に切り取られたかのようだったという。
 法医学士の診るところでは、明らかに男三者によってつけられた傷跡であり、使用されたのはメスのような鋭い刃物である可能性が高いという。
 皮が剥がされていた理由については医学的、呪術的の両面から調査中。


   3 法廷におけるアーサー・F・ヤング警部の証言。


 警邏中に銃声と悲鳴が聞こえたのが一月三日の午前二時三六分。私が現場に到着したのはそこから一分ほどだったと記憶しております。そんな時間に私が町なかを警邏していたのは――まぁ?警部?という肩書きを聞くと、皆さんオフィスに引っ込んでのデスクワークが主だと言われるでしょうが、私はその夜のデスクワークというのがどうにも苦手でして、それに小さな町の小さな警察署ですから、動ける時に動けるものは動かねばいかん、というのが私の主張で――話が逸れましたな、申し訳ありません。
 とにかく私は六発の銃声と二つの悲鳴を耳にしました。順番はこうです。まず銃声が二発、直後に明らかに男性のものと分かる悲鳴と三発目の銃声が同時に響き渡りました。その時点で私は車のエンジンを切りました――すぐ近くから聞こえたのは間違いなかったのですが、方向が定まらなかったからです。車から降りた時も、男の悲鳴は長く尾を引いていました。段々と切れ切れになってゆく時になって、私はやっとそれが通りを五〇メートルほど先に行ったところに建っているデューイ博士の邸からだと悟ったのです。五〇メートル、私は拳銃を片手に走りました。その間に男の悲鳴は消え、数秒後、立て続けに三発の銃声とまた別の悲鳴が上がりました。あの悲鳴――いや、悲鳴と言えるでしょうか、人のものなのか獣のものなのか、まるではっきりしない、とにかく今まで聞いたこともない、思い出しただけで背筋が凍る思いです。
 辿り着いた時にはデューイ氏の邸の中は静まりかえっていて、物音一つ、鼠一匹動く気配はありませんでした。一瞬、「これは何かの音を銃声と悲鳴とに聞き違えたか」とも思いました。博士が自宅でも医薬品や化学薬品の研究をしていたというは私も知っておりましから、その過程で何か良からぬ化学反応が起き、発砲音にも似た音と、それに驚いた、或いは薬品を被った博士が悲鳴を上げたのを、私が勘違いをしたのでは、というわけです。
 しかし私が最終的にそう判断しなかったのは、先にも述べた通り、邸の中が静かすぎたからです。ノッカーを鳴らしてみましたが、中では動く気配がありません。何かトラブルが起きていようものなら「助けてくれ」の一言くらいあってもいいはずなのです。
 そこで私は――刑事の勘、というやつでしょうか――これは真に恐ろしいことが起こったに違いないとの直感を頼りに、玄関近くにあった窓ガラスを銃把で割り、邸の中へと突入したのです。
 まず、邸の中に入って感じたのは、猛烈な異臭でした。いえ、腐臭、と言うべきでしょうか、硫黄や下水とも違う――上手くは言えませんが、敢えて言うなら、?この世のものならざる臭い?でした。それが邸内中に漂っていたのです。そして、その腐臭の発生源はすぐに分かりました。
 地下室です。邸の奥にある地下室の扉、そこから今申しました?この世のものならざる臭い?が濃縮されて吐き出されているのです。私は刑事として、今まで何人分もの惨い遺体――それこそ腐敗の著しく進んだもの――を見てきており、そのような臭いに対する体勢は充分にあると自負しておりましたが、その時の臭いときたら、一息吸い込んだだけでも胃腸の中の夜食が飛び出してくるかようで、刑事の身で人様の邸の絨毯を汚さねばならぬのかと戦々恐々としたくらいでした。地下室へと続く暗い階段を一歩、また一歩と降りてゆく度、臭いはさらに増してくるようでしたが、私は何とか耐え抜きました。そして行き着いた先で彼らを発見したのです。
 それは奇妙な光景でした。一見、ジョン・マイヤーズが養父のデューイ氏を拳銃で射殺したかのようにも見えましたが、よくよく観ると、これはそう単純なものではないということが解ってきました。何故なら、デューイ氏の死因が銃弾を浴びたことによる裂傷、内臓破裂、出血多量のどれに当てはまるものでもないと言うことは、一目瞭然だったからです。そして博士の死因が頸動脈切断による出血多量であることもまた、同じく一目瞭然だったのです。博士の喉元は、まるで食いちぎられたかのように、ぐしゃりとえぐり取られていたからです。真っ赤な肉が剥き出しになり、夥しい量の血が、その時も倒れた博士の喉元から溢れ出して当たりは血の池と化していました。
 次に私はマイヤーズに近寄り、手にした拳銃を取り上げました――三二口径の回転式拳銃は全て撃ち尽された後でした。彼の手に力はなく、その身体は辛うじて立っているような風情で、指でつつけばそれだけで倒れてしまいそうなほどでした。眼は虚ろで、床のある一点だけをじっと見据えたまま微動だにしませんでした――或いは何も考えられない状態にある、とも見えました。メディアで言われているような心因喪失というよりは、茫然自失、完全な無気力状態でした。この青年は本当は死んでいて、ただ人体の絶妙なバランス故に今もこうして立っているだけの、人間の抜け殻ではないかと感じてしまったほどです。
 最後に、私はジョン・マイヤーズの視線の先を辿ってみました。そこの床に広がっていたものが何であったか、学者ならざる身の想像の及ぶところではありませんが、今はとにかく見たままをお話ししましょう。
 それは黄緑色の光を放つ粘液の水たまりでした。そして、先刻から私を悩ませていた猛烈な腐臭の原因がそれであると、私は理解しました。まるで、しゅーしゅー、と音を立てて蒸気を噴出させるかのように、そこから私の顔に向かって、あの恐ろしい腐臭が襲ってくるのを私はこの肌で感じたのです。そして周囲に腐臭を吐き出しながら、その粘液は徐々に干涸らびてゆくようでした。色も薄気味の悪い黄緑から、石灰のような白色へ、そして最後にはチョーク細工ででもあるかのように、カラカラに乾いてしまったのです。
 私はマイヤーズに手錠をかけ邸の外へと連れ出しました――逮捕、と言う意味ではありませんでしたが、私の経験から言って彼は何かしらの、所謂?薬?をやっているとも思えましたから、突然暴れ出す可能性を危惧してのことです。そして付近の住民からの通報を受けてやって来た部下の二人のうち一人に生気のないマイヤーズ青年を引き渡し、私はもう一人の部下と一緒に、現場検証のために再度、あの腐臭立ち籠める地下室へと降りていったのです。あの粘液状のものがすっかり乾いてしまったせいか、先刻より臭いは幾分和らいでおり、私にももう慣れが来ていましたが、それでも部下は流石に耐えきれなかったようで、地下室の扉の前で強か吐き散らしてしまいました――ええ、あの絨毯のシミが私の部下の吐瀉物によるものであることは私が証言した通りです。
 床の粘液状の物体は相変わらずカラカラに乾いていました。マイヤーズが握っていた拳銃から発射された弾頭は全て室内から発見されました。二発は壁から、一発は天上から、そして残りの三発は、その乾いた謎の残留物の下――つまり床から出ました。
 ここで私見を述べさせていただきますと、私が奇妙だ、と思ったのは、壁に弾痕があったことです。その場所には、もともと何か大がかりなガラス容器が設置されていたようで、粉々になったそのガラス片が辺りに散乱して、周囲を歩く度に、パリパリと音が立ったのを覚えています。そこにあったのは本当にそのガラス容器だけだったようです。水槽かどうかは判りませんでした――何しろ、水が飛び散った跡が見当たらなかったのですから。そして奇妙なのは、銃を発射した順番です――まぁ、これが判ったのは、科学捜査班が調べてくれたからなのですが。
 現場の弾頭と、拳銃の薬室に残された薬莢との兼ね合い。弾頭ごとの硝煙反応を観るに、どうもガラス容器への二発が最初、続いて天上に一発、最後に私が粘液状と見た何ものかへの三発、これが発射の経緯です。さら不可解なことには、拳銃のグリップとトリガーからは、ジョン・マイヤーズ本人以外にも、もう一人分の指紋が検出されました。アルバート・デューイ博士のものです。しかし、博士の死の状況を見るに、どうしても彼が拳銃自殺をしたとは考えられません。
 これが、私が眼にし、耳にし、鼻に嗅ぎ、肌に触れたことの全てです。
 もしこの場で、私がここに一つの仮説を立ててよろしいのでしたら、こう言います。
 アルバート・デューイ博士は、医学の研究のため動物実験を行っていた――それも飼育が禁止されている上に、酷くどう猛な種で。それをガラス容器という檻の中に入れて実験していたのでしょう。しかし何らかの原因で、その動物を殺さざるを得なくなった。そこで彼は拳銃で二発、ガラス容器もろともその動物の抹殺を図った。しかし動物は死なず、かえって檻から解き放たれ、博士の喉元に食らいついた。突然のことに博士は気を動転させ、無駄弾を一発撃った――天上のものがそれです。恐らく博士はそこで力を失って銃を取り落としたのでしょう。
 その時になって、でしょうか。彼の養子で研究助手でもあったジョン・マイヤーズがそこへやって来た。彼は実験動物が、養父の喉元を食い千切った事実を見て取るや、養父が取り落とした銃を拾い、その獣に三発の銃弾を浴びせた――それらは全て、見事に命中し、獣の息の根は止まった。
 さて、私の目の前でその何らかの動物が溶けていった事実ですが、恐らくはマイヤーズ自身が、獣に硫酸のような、何かしらの薬品を浴びせたのだと思わざるを得ません。そうでなければ、あの悪臭の説明もつかないのです。実際に生物に硫酸を浴びせた時の臭いを私は存じていて、あの時嗅いだものはそれとは違いましたが、恐らくは私の知らない、だが生物を溶かし得る薬品だったことでしょう。溶かした理由については、先ほど私が口にしたように、その飼われていた動物が、飼育或いは生態実験が禁止されている類のものだったからではないかと推測します――私自身、残念ながらそれらの生物についての造詣は深くありませんが。つまりは違法飼育或いは違法実験だったわけで、マイヤーズはその死体を消滅させることによって、養父が犯した犯罪の証拠を消し去ろうとしたのだと私は考えます。
 ただ、それだけでマイヤーズ青年があのような放心状態になったとは考えにくいのも事実です。生物に溶解液をかけた際の反応で発生した有毒ガスがそうさせたとは思えないでしょう――何故なら、生物が溶けて行く過程を少なからず眼にしていた私には、何の症状も出ていないのですから。或いは今回の一件で、世間から嘱望されていた自らの将来が閉ざされたことに対する絶望感から、と捉えることも無論、可能ですが…………


   4 サム・コーエン博士による、現場の遺留物に関する調査報告。


 先刻、ヤング警部の報告の中にありました、現場の床に付着していた残留物に関する調査報告を行います。成分の半分は水分の殆どを失っていましたが、紛れもない蛋白質でした。しかし、それが何の生物のものかは不明です。また奇妙なことに、残留物を構成する残り半分の成分も、不明、としか言いようのないものでした。科学的な言い方ではありませんが、地球上に存在する、我々が知り得る限りの物質ではないかのようです。デューイ博士が発明された新種の合成物質かとも思えますが、それが何と何を掛け合わせて作られたものかも皆目見当がつかず、現在も調査を続行している状況です。
 また先刻、ヤング警部はマイヤーズが薬品による融解を行った可能性を示唆されましたが、そのような薬品は――いかに稀少或いは珍奇なものであれども――現場から検出されることはありませんでした。故に、これも不可思議と言わざるを得ないことをお許しいただきたいが、仮に動物が死んだとするならば、それは死後、自らの体内の活動によって自然と融解したことになるのです。


   5 《ミールズ・ホライズン》に掲載された記事。


 『一九三三年 二月二六日号』より。
 今日の午後、アルバート・デューイ博士死亡事件に関連して浮上した、博士とその養子で研究助手のジョン・W・マイヤーズの第二次裁判が終了した。相変わらず、飼育されていた生物、博士の死因等については謎の部分が多く、今回の裁判でも資料不足から進展が見られなかった模様である。被告人ジョン・W・マイヤーズは法廷においても弁護士の前においても完全に黙秘を押し通しており、これも法廷が進展しない大きな要因となっている。
 被告の身柄は現在もミールズ警察署内の留置場にある。
 次回の第三次裁判は三月二〇日の予定。

『一九三三年 三月二日号』より。
 謎多きアルバート・デューイ博士死亡事件は昨夜、最悪の結末を迎えた。
 第三次裁判を今月二〇日に控えた中、昨夜未明、被告ジョン・ウィリアム・マイヤーズが死亡したのだ。警察側の発表では、自分で舌を噛み切ったことによる窒息死で、件の事件以降続いてきた神経衰弱から突発的な精神錯乱を起こしたのが心因だという。しかし、それ以外のことは我々市民には何も伝えられなかった。裁判関係者、医療関係者も揃って口を閉ざす有様で、まるで警察、検察、司法、医学の間で談合とも言える戒厳令が敷かれているかのようにすら見受けられる。遺体の搬送及び葬儀とて、人目につかぬ夜半のうちに秘密裏に行われたと見られ、それらを目撃した者もいない。三月二日の朝、気がつけばミールズの墓地に〈ジョン・ウィリアム・マイヤーズ〉と銘打たれた墓石が増えていたのだ。
 ただマイヤーズが自ら命を絶ったという午後一〇時頃より少し前、ミールズ警察署に入ってゆく、ある人物達を見かけたという噂がこの小さな港町をざわつかせている。その人物達とは他でもない、ミールズ警察署警部アーサー・F・ヤング、検察代表トム・シュマイク、弁護団代表マイケル・ブラウン、担当裁判官ジェイスン・ローズベック、サム・コーエン生物学博士、さらにはミールズ・カトリック教会司祭までもが彼らの中にいたのだという。
 ただ一人、それらの著名人の噂に混じって、ミールズの住民とは見受け難い、八〇歳頃と見られる老紳士が二月二七日から三月一日の三日間に渡ってミールズ警察署に入ってゆくところを目撃したという話もあるが、この老紳士が何者であるかも不明である。
 これらの談合、密談の真偽についても、警察は「ノーコメント」を貫き通している。
 ミールズにその名を轟かせた天才少年が二〇歳を迎える前日に起こったこの悲劇は、彼の友人、知人ら、ひいては学会をも大いに悲しませる結果となった。
 また事件当夜はミールズには珍しい、西の山々から多数の夜鷹の声が鳴り響く騒がしい夜であったが、これもマイヤーズ青年の死と何らかの因果関係があると見るのは、当局の過剰な勘繰りであろうか。


   6 ヤング警部の回顧録。


 被疑者死亡と言うことで、三次裁判は中止となった。事件の筋書きはおおよそ、私が最初に立てた仮説を基盤として作られている。

 ?デューイ博士は飼育を禁止されているある種の危険動物を研究材料として飼育していたが、とある理由から殺害せざるを得なくなり、射殺を慣行するも失敗。逆に飼育動物に喉を食いちぎられて死亡する。そこへ銃声と博士の悲鳴を聞いて駆けつけたマイヤーズ青年が博士の落とした銃を拾い、実験動物に三発の銃弾を撃ち込んで息の根を止めた。その後、新種の薬品か、それとも博士がそのように生態改造を施していたのか、生物の死骸は融解した。マイヤーズの心神喪失については敬愛していた養父の死と、養父が行っていた犯罪行為が明るみに出ることによる名誉の失墜、また養父の犯罪に荷担していた自分の将来に対する絶望感と焦燥感に起因するものと思われる。希望を失った彼は我々ミールズ警察署の拘置所内のベッドでいつも通り眠るふりを装い、監視の眼が緩んだ隙を見はからって窓の格子にシーツを巻きつけ首を吊った?

 これは作られた事実である。そう、表向きの話だ。
 これから私が書き記しておくのは、信じ難くも現実として私自身――そして私以外の法廷重要人物達――が眼にし、耳にした、アルバート・デューイ博士とジョン・ウィリアム・マイヤーズの恐るべき真実と、この世に有り得ざる、悍しくも哀れなる青年の最後である。
 第二次法廷が終わった二月二六日のことだった。家に帰り着いた私はその日に届いたいくつかの手紙に眼を通していた。たいがいは保険の案内や、中古家具のセールのチラシなどだったが、ボストンに住む叔母からの、四十路に入った私の健康を気遣う便りと、故郷のプロヴィデンスに残してきた両親からの「早く身を固めて孫の顔を見せろ」という毎度の如き催促の便りに混じって、一通、初めて名を聞く人間からの手紙が私を困惑させた。「アーサー・F・ヤング警部殿」という丁寧な記述の下に、「要緊急」と付け加えられていた。だが、文字そのものは至極流麗で、それを書いた者の高い知性を窺わせるものだった。
 便箋の裏を返せば、差出人欄に書かれた住所はかの「ミスカトニック大学」、名は「ヘンリー・アーミティッジ」とあった。次のページにその手紙を貼り付けておくとしよう。便箋の文字とはやや違って、内容を記した文字はやや走り書き気味で、そこから私はアーミティッジを名乗る者の焦燥を感じ取ることが出来たが、それがまた、私の困惑を助長させた。

 「見知らぬ人間からの突然の手紙で、なおかつ奇妙と言わざるを得ない内容をお伝えすることを、まずお許しいただきたい。私はアーカムのミスカトニック大学附属図書館の館長をしているヘンリー・アーミティッジという者です。貴殿が現在担当しておられるA・デューイ博士の死亡事件については今年初頭の『アーカム・アドヴァタイザー』で知りました。その真相について当方で行った独自の調査の結果をお知らせしたく、この手紙を送らせていただいた次第です。こと、貴殿が目撃されたという?謎の生物らしきもの?の融解現象について説明し得るに足る事実です。内容の信憑性はともかくとして、まずはそれらを貴殿のお眼にかけたく存じます。恐らく、この手紙が貴殿のもとに届いている頃には私はアーカムからミールズに到る列車の中でしょう。資料がたいへん貴重なものであり、かつ直接口頭で説明せねば、お伝えし難き事象も多々ございますが故に、急な話で恐縮ですが、二七日の夕刻には貴殿の署をお訪ねすることとなるでしょう。詳細はその折に全てご説明いたします。今はどうか私を信じていただけることを、切に願う次第です」

コメント(1)

 イベント「宇宙的恐怖(コズミック・ホラー)」のために書いたのですが、最終的に総文字数が30000と、規定の文字数の1・5倍に膨れあがる始末に終わったので、イベントとは関係なく、単独で提出させていただきます。
 アイデアとしては6年ほど前から温めていたもので、今回形に出来たことで、内心ホッとしております。ラストでいきなりあの老人が出てきましたが、?あの作品?へのガジェットは、最初は意図しておりませんでした。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

クトゥルー神話創作小説同盟 更新情報

クトゥルー神話創作小説同盟のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。