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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの『邪神大戦 クロスメサイア』3

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 翼は雨の中で、俯せに倒れている自分に気づいた。
 真横に寝かせた顔の半分が水に浸かっている。路面に出来た小川は、一段とその水位を増しているようだった。
 身体の変異は止まっており、苦しみは去っていた。翼はもとの自分を取り戻したとことを確信した。人間、絵鳥翼の意志が、邪悪なる神の子の意志に打ち勝ち、翼と父《ヨグ・ソトホート》を繋いでいた呪わしい鎖は切れたのだ。
 歓喜し、立ち上がろうとする翼。

「え?」

 だが、その口から驚呼が漏れた。
 アスファルトの地面についたその手は、人間のものではなかった。
 ゆっくりと立ち上がり、手を裏へ表へと返して、よく見る。闇に溶けるかのような漆黒、その表面にグロテスクな意匠を刻む深紅の線。爪も皺もなく、人間らしい箇所といえば、五本の指を持つ、そのなりくらいであった。
 翼は膝立ちになり、その漆黒の掌で自分の顔に触れてみた。人間の肌にはない異質な感触が伝わってくる。ある箇所は鉄のように固く、ある箇所はゴムのように柔軟だ。

(そうだ……! あの時、俺が見たのは……!)

 翼の脳裏に、母を殺した直後の出来事が甦る。


 翼の本来の意志が戻ったのは、翠が息絶えた、まさにその時だった。
 腹に真っ赤な穴を空け、床に横たわる母。
 自分の行為が信じられなかった。しかし存在する記憶が、衝動のままに部屋を破壊し、母の腹を刺し貫いたのは紛れもない自分であることを証明していた。
 茫然自失のまま母の骸を見下ろしていたその時、翼はふと、その眼の端に異質なものが映り込んでいることに気づいて、顔をそちらへと向けた。
 そこには、今まで悪夢にすら見たことない醜悪な異形の姿があった。
 爛々と赤く光る大きな眼。牙とも触手ともつかない刺々しい物体に覆われた口。天を刺すように伸びた二本の角。全身は漆黒に覆われ、その表面には毒々しい深紅の線が、隆起した筋肉を強調するかのように駆け抜けていた。
 そして、恐るべきことにその異形は、驚いて後退る翼と全く同じ動きをしてみせたのだ。
 その意味を知った瞬間、翼は悲鳴を上げていた。
 それは、鏡に映った翼自身の姿だったのだ。


「どうだ、翼。神の力の素晴らしさ、今のお前にならば理解出来よう?」

 祖父の声が、翼の意識を過去から現在に呼び戻した。
 声の方へ、翼は顔を向けた。祖父の影は相変わらず、常夜灯の光の彼方で不動の姿勢を保っている。
 翼は再び異形へと変貌してしまったことよりも、思いのほか冷静な自分に驚いていた。
 それもそうか、と翼は自嘲していた。心に巣くったもう一人の自分は消せても、自分の体内に流れる血は消せるものではないのだ。
 翼はゆっくりと立ち上がり、影を正面から見据えた。

「どうした、翼? その欲望を解放しろ。世界はお前の思うがままだ!」

 老絵鳥の声には著しい狂喜と興奮の響きがあった。その口調は最早、熱烈を超えて狂信的な導師のそれである。その高揚感の余り、老いた狂信者は孫の中で行われた壮絶な善と悪の闘いの結末にも気づいていなかった。
 そんな祖父に、翼は激しい怒りと憎悪を覚えた。

「さぁ、行け! お前のもたらす血によって、御父上の降臨の日はさらに早まるであろう!」

「黙れ!!」

 翼は叫んでいた。精神感応の力が、その怒号を老絵鳥の心へ直接叩き込む。

「何!?」

 思わぬ一喝に怯む老絵鳥。
 その瞬間、翼は先刻から人影に対して抱いていた違和感の正体に気づいた。
 動きがないのだ。普通、人間ならばその時々の感情の起伏によって、身体にも様々な動きが見える。驚いた時には仰け反り、悲しい時には肩を落としたりするものだ。だが、人影にはそれが全くなかった。興奮してまし立てるに際しても、驚呼して怯む際にも、光の向こうにいるその影は、一寸たりとも動く気配を見せない。まるで、言葉を話す人形を相手にしているようである。

「翼……! お前、まさか!?」

 その声には明かな狼狽の音が混じっていた。
 だが、やはり人影は動かない。翼の中の疑念は益々もって確信の色を濃くし、それに伴って怒りはさらに激しく強くなってゆく。

「そうだ! 俺は、紛れもない絵鳥翼! あんたの言う神の子は死んだ!」

「死んだ……!? 馬鹿な! 脆弱な人間の魂が、神より受け継がれた偉大な魂に勝るとは……!」

「何が神だ! 何が偉大だ! 人を愛することもない、何かを守りたいとも思わない虚ろな魂に、俺は負けない!」

 翼には分かっていた。己が一人の心では到底、邪悪な魂に勝ち得なかったことを。愛する人の存在が自分を勝利に導いたことを。
 恐らく、母は祖父の手によって《ヨグ=ソトホート》なる邪悪な存在の子を、胎内に宿させられたのだ。その受胎が母の望みだったのか、そうでなかったのかは分からない。だが、本来ならば暴力と破壊の権化として育てられるはずだったその赤ん坊を、母は連れ去った。そして邪神の子ではなく、一人の人間として育てたのだ――邪悪な血を継ぎ、いずれは邪悪と闘わねばならないと知りながら。
 それは、あるいは親のエゴだったのかもしれない。
 だが、翼に迷いはなかった。
 母は言った。『愛してる』と。
 たとえ、それがエゴだったとしても、自分はその母の想いによって、人間として生きる術を得たのだ。
 そして千加子――守るべき、愛しい人。異形へと変貌してしまった以上、もう会うことは出来ないだろう。しかし、それでも彼女を守りたかった。たとえ、やがて自分のことを忘れ、また別の相手を見つけて幸せになるとしても。

「おのれ翠……! 神子を誑かしおったか!」

 苦々しい憤怒に満ちた、老絵鳥の声が上がる。

「誑かしたのはどっちだ!?」

 漆黒の手が影を指差す。

「人形を使って、人の弱みにつけ込んで、人殺しをそそのかす卑怯者! 正体を見せろ!」

 相手を刺し貫かんばかりの気迫と闘争心が、その指先から発せられる。

「人形……!?」

 不意に図星を突かれた故か、老絵鳥は口籠もったようだった。

「そう、最初から、おかしいと思ってたんだ! あんたが俺のお祖父さんだっていうなら、どうして最初から姿を見せない。それとも、孫の相手はお喋り人形で充分だっていうのか!?」

 だが、それに対する返答は、冷ややかな笑い声だった。

「気づいていたか。いやはや、力を無駄遣いしたくなかったとはいえ、直立不動というのは流石に問題だったな」

 場の空気が一転する。老絵鳥の不気味な余裕に、今度は翼がたじろぐ番だった。

「……力?」

「いかにも、この肉体は傀儡。私が術によって、遥かに離れた位置から操っているに過ぎない。これにも、なかなか精神力がいるものでな。故に、今まで視覚と、会話に必要な器官以外は力を切り離していたのだ」

 だが、と老絵鳥はもう一度言った。

「お前が私と共に来ないというのであれば……仕方ない」

 翼は後退った。それまで微動だにしなかった人影に、突如として動きが現れたのだ。柔軟運動でもするかのように大きく首を回し、両手を握っては広げをくり返す。
 そして影が、その一歩を踏み出した。常夜灯の光の中に片足が浮かび上がる。
 翼は声を詰まらせ、後退った。

「力ずくでも、お前を連れて行く!」

 そして次の瞬間には、翼は声にならない悲鳴を上げていた。老絵鳥が傀儡と呼ぶものが、ついに光の中にその全容を見せたのだ。

「ば……化け物……!」

 全身を筋肉繊維のような生々しい赤に染まっていた。肉体の各所では――血管であろうか――太いゴムホースのような管が外に剥き出しになり、どくどくと脈を打っていた。顔には人間らしい部分などひとつもなく、複眼のように六つ並んだ緑色の丸い眼球と、無数の牙が突き出た、縦長の口蓋があるのみだった。

「化け物? ふん、今のお前も人間から見れば充分、化け物だろう!」

 傀儡が地を蹴った。蛇のように柔軟でいて、豹のように鋭い動きだった。
 感知した時には遅かった。無防備な翼の腹に、赤い拳が突き刺さる。

「が……っ! あ……!」

 猛烈な痛みと吐き気。下半身の力が抜け、翼は腹を押さえてうずくまった。

「お前には失望した。そう、お前の母親にもだ!」

 怒号を発しながら、翼の顔面を蹴り上げる。
 一八〇度回転し、水を跳ね上げて仰向けに倒れる翼。なんとか立ち上がろうと懸命に藻掻く。

「私の長年の夢……《ヨグ=ソトホート》神の完全なる降臨。そのために……! そのためにこそ、その血を継いだお前が必要だったというのに!」

 やっとの事で立ち上がりかけた翼の腹を、再び蹴り上げる。そして、噎せ返って地面に転がる翼を何度も何度も、執拗なまでに踏みつけた。
 だが、その足を漆黒の手が掴んだ。踏み込もうとする力をさらに超えて、徐々に押し戻してくる。

「そんなこと……っ! 知るかあああ!」

 そして、爆発したかのような怒りの気迫とともに強引に捻り上げ、体勢が崩れたところに下から蹴りを見舞った。
 吹き飛ぶ傀儡。その身体が常夜灯に激突する。壊れたのは常夜灯の方だった。支柱を?く?の字に曲げ、光はその力を失った。
 傀儡との間が開いた隙を見計らい、翼は立ち上がる。

「俺は人間、絵鳥翼だ! あんたの操り人形じゃない!」

 叫ぶや否や、傀儡に突撃する翼。だが、渾身の力を込めて繰り出した拳は、虚しく空を切った。

「くそっ! うおおお!」

 負けじと拳の雨を降らせる翼。人間の限界を遥かに超える速度で繰り出される拳の一発一発が降りしきる雨の雫を砕き、宙に水しぶきを作りだす。
 だが、その腕に確かな肉の衝撃が伝わってくることはない。人間の眼には影として捉えることすら不可能な拳を、傀儡は全て紙一重でかわしているのだ。

「笑わせる! その人間の心が――!」

 拳の弾幕を縫って、傀儡の手が翼の喉元を捕えた。

「お前を半端者にしているのだ!」

 そのまま身体を回転させながら翼を振り回し、背後のコンクリート塀へと叩きつけた。轟音と共に塀の表面が砕け飛び、翼の背中が押しつけられる。
 だが、傀儡の手はそれでもなお、翼の喉を鷲掴みにしたままだ。その手を必死に引きはがそうとする翼を嘲笑うかのように、傀儡は漆黒の異形を持ち上げた。

「連れ帰って、しつけ直してやろうと思ったが、前言撤回だ。有り得ぬとは思うが、万にひとつでもその力を使いこなしてから反抗されては厄介。よって今、この場で、私の手で……殺してくれる」

 傀儡の手に力が籠もる。

「うぐ……あ……っ!」

 その拘束から逃れようと翼は藻掻いた。だが、傀儡の手はびくともしない。

「安心しろ、翼。お前の神の肉体は私が貰い受ける。私の依代となり、御父上に仕えるのだ!」

 傀儡のもう一方の手が手刀を作り、その狙いを翼の腹に定めた。

(駄目だ、やられる!)

 翼の心の中を絶望が占めた。
 その時だった。
 雨音の中から、傘の落ちる音が聞こえた。同時に、はっと驚いて息を呑む声。
 人がいる。それに気づいた次の瞬間、翼は傀儡の背後を凝視し、固まっていた。身の危険も抵抗も忘れていた。

(……どうして……?)

 その言葉が、永遠とも思える時間をかけて翼の頭の中を一周する。
 そこにいたのは、紛れもない、秋名千加子だった。

コメント(1)

はい、やっとアクションの出番でございます。
お気づきの方は多いと思われますが、これ、完全に『ダニッチの怪』のオマージュなんですよね。
「あれにヒーロー要素を加えたら〜……」とか思って書きつづったのが本作です。
トピック三つくらいで済むかと思ったのですが、章の長さの都合上、あと一つ分続きます。長々とスミマセン。

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