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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの闇島奇譚?怪異の潜む島(第十七回)

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 星夫の壮絶な死には大木中尉も少佐も衝撃を隠せない様子だった。明男も蒼ざめている。だが、薫子だけは落ち着き払って、「さてと、お二人には」と大木中尉と日向少佐を見て「部屋を用意させるから、それまで三郎の部屋でお待ち頂く事にして貰おうかね」
 部屋に落ち着いたところで、三郎は少佐の許可を得て大木中尉に洗いざらい話し、更におのれの任務がバレていた事、そして長らくお館様が不在の状態であり、次のお館様は鍵守神社の筆頭巫女を妻とする事が条件で、三郎自身が次期お館様と目されていて、相手が小夜子である事、又、薫子が祝言を決めたがっている事なども話した。話の途中で大木中尉の顔に嫌悪の表情が浮かんだのだが、彼は三郎が話し終える迄、黙って聞いていた。そして話が終わるや「君は本当にあの女と寝る積りなのか」と気色ばんで言う。「君、あの女は止めろ。実に汚らわしい女だぞ。色狂いどころの騒ぎではないぞ」又か、と想って三郎は説明した。シャンブロウの髪に触れて一時的に色狂いの状態に陥るだけなのだと。だが、大木は続けて言った。「だが、あの女は獣としていたのだぞ。わたしはあの女が森の中で犬を仰向けにしてまたがって腰を振っているところを眼にした。遠目からで肝心な所は良く判らなかったが、あの女のその時の様子から犬と交わっていたのは間違い無い。又、末蔵(すえぞう)が、今朝、端女(はしため)の姿をしていたあの化け物に殺されたわたしの従者だが、あの者も見ているのだ。村の農家の納屋で農耕用に飼われていた雄牛を誘惑し、下になって牛の逸物を必死に自分の中へ導こうとしている浅ましい姿をな」
 「それでも僕は彼女の夫とならなければならないんだ」と三郎が言うと、少佐は「そうだな」と言い、「しかし決めるのは君自身だ。我々の任務は確かに重大なものであるが、人間の尊厳を破棄しても良いものではない。いや、むしろ、そのために人としての誇りを失ってはならない」と言い切った。三郎は何か答えようとした。おのれでも、何と答えて良いか判らず、しかし何か答えなければと言う想いから兎に角口を開こうとした時だった。不意に眩暈のような感覚に襲われ、三郎は蒼白な表情で相変わらず床の間に置かれている壺に背を預け、うつむいて額から首筋から汗をだらだらと滴らせ出した。
 「どうした?大和?」大木中尉が仰天して叫ぶのと、少佐が飛び跳ねるように立ち上がったのと、ほぼ一緒だった。「誰だ?」誰何の声と共に少佐が障子を開くと庭に面した廊下にうずくまる人影があった。明男だった。「おい、どうした?」と少佐に肩を揺さぶられても「ああ。馬鹿な、満月まで間があると言うのに・・・」と明男は呻くだけだった。「満月?おい、満月が、どうしたと言うんだ?」だが明男は答えない。同じ事を繰り返し繰り返し呻くだけだった。その時、少佐は明男が右手に握っている物に気が付いた。短刀だった。少佐はぶるぶると震え続ける明男の手から短刀を取り上げた。
 「こんな物で何をする積りだったんだ?」少佐が短刀を手に呟いた時だった。「大方、三郎に危害でも加える積りじゃったのかな」と声がし、少佐が振り向くと薫子が立っていた。蒼い顔をして心なしか足元が乱れているようだったが、それでも薫子は眼光鋭く少佐を見やると、「ここ迄来てしもうたからには、あんたにも最後まで付き合って貰う」と言う。
 「ここ迄知ったからには、只で帰す訳には行かないと言うのは承知の上です。なあ、大木中尉」と声をかけられ、三郎の具合を見ていた大木はぎょっと顔を引きつらせたが、薫子の方を振り向いて「みな命を落としてしまいました。どうしてわたしだけが帰れましょうか」と言った。
冷たい風が空から庭に吹きつけて来た。「真上からか?」訝しげに少佐は顔を上げたが、そこには闇が見えるだけだった。「星はどうした?」まるで何かに遮られたかのように天上に星は見えなかった。曇ってはいない。けれども、まるで夜空の一画だけを切り取ったかのように庭の真上には星が一つも見えなかったのだ。
突然、庭から廊下に何かがぐにゃぐにゃと這い上がって来た。ショゴスだった。ショゴスは薫子目指してかなりの速度で這い寄って行く。
「ふん、そうかい。そろそろ時季かね」薫子はそんな事を呟き向きを変えて去ろうとする。そこを少佐が呼び止めた。「もしかして、夜部の血筋の方々にだけ、何か異変が起きているのではないかな?」すると薫子は笑った。如何にも楽しそうに。「頭が回るねえ。まあ、その内、そうさね。それ程長くはかからないと想うがね、あんたにも全て判るさ」そして少佐も笑った。「なるほど、それなら楽しみにさせて頂く。あと、もう一つ、教えて頂きたいのだが?」「何だい?」「ミスター・ウエイトリーはこの件にどう絡んで来るのかね?」
薫子は不意を衝かれた様子で一瞬言葉を失い、それから答えた。「彼の将来の何処からしいね」その答には、今度は少佐が一瞬言葉に詰まった。そして少佐は「つまり、あなたにも判らないと?」と訊いた。薫子はふふん、と笑ってから、少しはにかんだように「英語ってヤツはどうにも判らなくてね。後で小夜子さまが、そう教えてくれたんだよ」「すると小夜子さんはあの御仁と話したのですな?それも英語で」「ああ、いつ覚えたのか知らんけど、小夜子さまが、ああも外国の言葉に堪能だとは初めて知ったよ」薫子はそれだけ言って立ち去って行った。少佐も今度は引き止めなかった。大木は三郎の介抱に戻っている。少佐は明男の事を想い出したが、既に何処かへ姿をくらました後だった。
三郎はそれから少しして落ち着きを取り戻した。しかし一体何があったのだと訊かれても、彼には何も答えられなかった。只、おのれの肉体に不意の変調を感じたのだとしか答えられなかった。そんな時、三郎は鼻孔に既に嗅ぎ馴れた臭いを感じた。「どうした、大和?又、調子が悪くなったのか?」様子がおかしいのに気が付いて大木が問いかけるのに対し、「臭いが・・・」としか三郎は言えなかった。言われて大木中尉も「む?そう言えば確かに臭いな」と同意する。少佐が「臭いは庭の方からだ」と言った。一同が庭に眼を向けるのと、庭の奥から人影が現れるのと同時だった。
「小夜子さん?」と、三郎は驚きの声を上げた。そこに居たのは巫女姿の小夜子だった。「今晩は。大丈夫でしたか、三郎さん?」小夜子は三郎に訪れた変調を、どうやら知っている様子だった。「小夜子さん、今、何が起きたのですか?」「異界の門が僅かに開きかけたのです。でも、もう閉まるところです」そう言って見上げる小夜子につられて天上を振り仰いだみなは、星々が戻っている事に気が付いた。
「三郎さん、わたくしとの祝言の事ですけど」小夜子が不意に言った。「その前に父に会って頂きたいのです」三郎は想わず言葉を失った。何故かは判らなかったが、三郎は、小夜子の両親の事など考えても見なかったのだ。「今宵、真夜中の零時にある所まで来て頂きたいのです。迎えを寄越しますから、その者たちについて来て下さい」そう言うと小夜子は、まるで汚物でも見ているかのような視線を送って来る大木中尉に向かって、「立会いの方たちもご一緒にどうぞ。何人でいらしても構いませんから」と微笑みながら言った。聖女の笑みだった。それではお待ちしております、と言って小夜子は庭の奥の方へ消えて行った。三郎は頭の中の整理がつかず、少しの間、呆然としていたが、やがて臭いが消えている事に気が付いた。
「どうするのかね」最初に言葉を発したのは少佐だった。「行きます」三郎の気持ちは決まっていた。小夜子の父と言うなら神社の関係者だろう。それならば会って訊きたい事が多々あった。
「ん?何だ、あれは?」突然、頓狂な声を上げたのは大木中尉だった。彼は庭を見つめていた。小夜子が去った方角だが、今、そこには新たな影が出現していた。大きな犬だった。だが、尾は途中から三つに分かれ、しかも、蛸か何かを想わせるような触手となってうねうねと動いているのだ。
「な、何だ、あれは?」三郎も想わず叫び、少佐は叫びこそしないものの、眼を見開いてそいつを見つめていた。不意にそいつが跳躍した。庭から室内まで飛び込んで来たのだ。そいつは一直線に三郎に向かって飛び掛った。「大和!」大木が隠し持っていた小型の拳銃を構えて撃つと、弾丸は化け物に命中し鮮血が散った。それでもそいつは大して怯んだ様子も無く、横腹から血を滴らせながら三郎にのしかかる。そいつの両の前足が三郎の両腕を踏み付けていた。しかし、見た眼は化け物だが、それでも赤い血が流れていると知って元気付けられた三郎は、半ば反射的だったが両足を想いっきり持ち上げて巴投げの要領でそいつを巧く後ろへ投げ飛ばす事に成功した。そいつは床の間にある壺に叩き付けられた。その瞬間、壺の表面が波立ったかと想うと、そこから触手のようなものが飛び出し化け物をがんじがらめに絡み取ってしまった。
壺は今や完全に正体を現していた。表面が虹色に輝く黒い粘液状の物体がそこには出現していた。腐敗したような異臭が漂っている。しかし、その表面の一部が丸く浮かび上がり、見慣れた形を取り口を開いた。「大和さま、この子は無力化しました。もう安全です。薫子さまにも報告を送りましたので、もうすぐいらっしゃると想います」ショゴスの表面に浮かんだお志世の顔が言う通り、薫子の使いだと言う孝作の姿をした二体のショゴスが現れると、犬に似たその化け物に首輪を付け、鎖で引いて連れて行った。化け物もショゴスの力には叶わないらしい。
壺だったショゴスはお志世の姿に戻っていた。
「お志世、壺はお前だったのか!」三郎が今更ながら驚いたように言うと、お志世は人間のように小首を傾げて「壺は見ておりませんが」と答える。すると少佐が「大和中尉、そのショゴスはおそらく自分がふだんどんな姿をしているのか知らずにいるのだ。予め命令されていた通りの形に変身しているのだろうが、それが壺の形だと気が付いていないのだ。ふむ、そうすると、ショゴスの知能の限界はその辺りなのかな」などと言う。
「大和、その子、いやショゴスは君の命令を聞くのか?なら、今の化け物犬について正体を尋ねてみてくれ」大木中尉がそう言うので三郎はお志世に尋ねてみたが、お志世は知らされていないとだけ答えた。その時だった。庭の奥で銃声が轟いた。みなが、ぎょっ、として見つめると、そこから拳銃を手にした和明が現れた。将校の服を身に着け、左の袖が何かで切り裂かれていたが、傷は負っていないようだった。
「長門中尉、何があった?」と少佐が問うと、「猫又と遭遇しました」と答えが返って来た。誰も笑わなかった。冗談とは想わなかった。「和明、もしかして尻尾の二股具合は、何かの触手みたいな感じだったのか?」と三郎が問うと、「触手?」と和明は少し考えて「いや、どちらかと言えば蔦みたいだった。だが、蔦だとしても人喰い蔦だぜ。この袖を見てくれたまえ。僕に襲いかかって来た時にやられたのだ。この服でなかったら、今頃、派手に傷を負っていたに違いない。しかもそいつは虎か獅子なみの大きさで、尾も結構太かった。姿形は猫だが、とんでもない猛獣だ。あれに較べれば虎や獅子の方がずっと大人しいと言えるのじゃないかな」
「で、そいつはどうなった?」「そっくり同じ顔と背格好の連中が、あれが君の報告にあったショゴス、孝作の姿をしたショゴスなのだと想うが、そいつらが網を被せて何処かへ運んで行ったよ」
そこへ大勢の足音がして廊下の向こうから姿を現したのは、昼子たち姉妹だった。みな巫女の格好だった。「女性の姿をしたショゴスか?」和明は昼子たち六人を見ながらそう言ったが、三郎は首を振って一人一人紹介した。今では三郎にも六人全員の区別がつくようになっていた。最後に夜子を紹介した時だった。夜子の身体がぐらりと揺れたのだ。ふらふらとするのを、昏子と夕子が左右から支える。和明が三郎の耳元で囁いた。「大和、あの子は薬物でもやっているのか?禁断症状のように見えるが」言われて三郎には想い当たる事があった。「ヴーゾムファかも知れない」すると、その言葉を聴きつけ曙子と朝子が「夜子は、あたしたちと一緒」「三人共、みーんなヴーゾムファさまの触手に中毒なの」と口々に言う。そして、昼子は三郎を迎えに来たと言い、彼を守る為にみなで来たのだとも言った。三郎が和明に事情を説明すると、彼は黙って頷いたきりだった。
昼子は案内すると言って先に立って歩き出したが、彼女が歩いて行くのは、あの地下室だった。地下室に小夜子の父が待っているのだろうか?
地下室には相変わらず異臭が漂っていた。初めて見る和明は好奇心丸出しで様々なものを見ていたが、何かの拍子に、すうっ、と天井近くから降下して来たクアックスズアッラと顔を合わせてしまい、ぎょっと離れたものの、すぐに布に覆われた顔を興味深そうに覗き込んで、「なるほど。これがグレート・オールド・ワンか」と呟いて顔に向かって手を伸ばそうとする。三郎は、慌てて止めさせようとするが、和明は止まらない。「クアックスズアッラ、この布をほどいたら僕はどうなる?」途端にクアックスズアッラの思念が地下室中に満ちる。“我の力の一部が主に注がれる”「それは契約と言う事なのか?」“主は我と何を契約する?”「僕は力を貰う。その代わり君の顔を封じた布を外そう」“了解した”三郎は仰天した。「駄目だ。いけない!」だが、途端に三郎はうっ、と呻いて床に倒れ込んだ。鼻を押さえてのたうち回る。見ると、少佐と大木中尉も苦悶の表情を浮かべて倒れている。「三郎さんっ!」昼子が三郎を助けようと駆け寄って来るが、うっ、鼻を押さえて呻き「パム・ソコット!已めて下さいっ!」と叫ぶ。苦しみながら、おや?と三郎は想った。見ると、夕子はみなから離れた所に佇み、夜子も鼻を押さえて夕子の所迄後退している。だが、他の三人は平気な顔をしている。その間に和明はクアックスズアッラの顔の布をほどきにかかっていた。昼子は三郎をずるずると後ろへ引きずり臭いから引き離そうとする。
「さあ、やったぞ!クアックスズアッラ!これで君は自由だ!」和明の叫びが地下室にこだまする。彼の手には布があった。彼の前には光があった。クアックスズアッラの全身から、そして何より顔から強い光が放たれていた。
本当に真理子さん・・・なのか?光に遮られて顔の仔細は良く判らなかった。だが、真理子の顔なのだろうと三郎は想った。真理子、いや、クアックスズアッラの顔から放射される光が和明の顔に吸い込まれて行く。和明が笑った。勝ち誇ったような笑みを見せていた。
「長門中尉、馬鹿め。魔神に魂を売ってどうするのだ!」苦悶しながら日向少佐が叫ぶ。だが、「申し訳ありません。少佐。ですが、僕はあなたを裏切りません。この力、軍と国家の為に役立ててご覧に入れます。大佐の意向ですので」
「何?長門中尉、まさか武蔵大佐の意向なのか?だが、危険性は大佐もご承知の筈!場合によっては処分も・・・」「それは表向きです。大臣にはそう言ったものの、絶対、葬ってはならない、と言うのが大佐の意向です。如何なる犠牲を払っても闇の力を持ち帰り処分させてはならないと。もっともグレート・オールド・ワンを果たしてどうしたら処分出来るのかは判りませんがね」
今や和明の全身も光に包まれ始めていた。和明の笑いは哄笑に変わった。だが、不意に笑いが止んだ。和明は輝きながら戸惑ったような表情を浮かべている。「あ、熱い。痛くなって来た」“我が蓄えて来た力を注げるだけ主に注ぐぞ”「ま、待て。既に限界だ。止めてくれ」“まだまだ注げる”「そ、それより使い方を教えてくれ。僕はこの力で何が出来る?」“主に出来る事は何も無い”「え?待て!それはどう言う事だ?」“我の力が高まり過ぎている。このままでは我は封印を破り人の肉体から離れてしまう。だが、そうはさせてはならない。このグレート・オールド・ワンを解放する事は世の中の、人間の為にならない。だから最初はこの地下室を壊す程度の力を放出して蓄えられた力の一部を削ぐ積りだった。だが、三郎さんの為に居てはならない人間がここに居た。だから、その人間を消滅させて力を削ぐ”「騙したのか?お前たちは契約を守るのではなかったのか?」“あなたが契約しようとしていたクアックスズアッラは、まだ覚醒していませんよ”「何だと?」“クアックスズアッラは人の人格に寄生し操る存在。でも、まだ寄生は出来ても操つりきれる程、目覚めてはいないのです。増してやその中には代々の宿主にされた女性たちの心が眠っています。彼女たちは自らを犠牲にしてでもクアックスズアッラの封印になろうとした高潔な人々です。勿論、その高潔さを何とか踏みにじろうと言う努力は古代から成されて来ました。薬物も用いられました。今はシャンブロウ様ヴーゾムファ様の力で色狂いにし、人格を欲望に染め上げる事が行われています。でもクアックスズアッラに寄生された時点で肉体に巣食った狂った色情はグレート・オールド・ワンに喰われて消滅してしまい、わたしたちは元の人格を取り戻すのです”
真理子さん?真理子さんなのか?
“でも、実を言うと少し危なかったのです。三郎さんが棺の蓋を開けてくれた時、わたしはまだ狂っていました。完全に目覚めていないとは言えクアックスズアッラの方が勝っていたのです。ですから三郎さん、あなたが最初に話したクアックスズアッラは本物だったのです。あの時、あなたが聞いたわたしは、シャンブロウ様の髪に包まれたいと浅ましき欲望に狂っていたわたしも又、本物のわたしでした。でも、二度目の時は、もう、わたしだったのです。クアックスズアッラは地下室から出て移動する為にわたしの狂った部分を全て吸い尽くしました。それでわたしは自分を取り戻したのです。でも、まだ完全ではありませんでした。時々、クアックスズアッラが目覚めかけるのです。その時はこの身体は完全にクアックスズアッラのものとなってしまいます。それで、わたしは逆にクアックスズアッラに囁きかけました。顔の布を外す事が出来れば解放されると。それ以来、クアックスズアッラは目覚めても、わたしから肉体を奪う事より顔の布を外す事に関心を向けるようになりました。その間に、わたしはクアックスズアッラの内に眠っていた代々の宿主たちを一人ずつ覚醒させ、少しずつグレート・オールド・ワンの力を抑えて行きました。それでもクアックスズアッラは、わたしたち全員に抵抗し続けていました。でも、これでクアックスズアッラは抵抗する力を失い、わたしたちが封印となるのです”
「ば、馬鹿な、馬鹿な、馬鹿な・・・」和明は醜い形相で呪詛するかのように、同じ言葉を繰り返し続けている。
「待て、一つ教えてくれ」と少佐が身を起こして問うた。“何ですか?”「クアックスズアッラが最初に大和中尉に語った事は本当だったのか?」“判りません。あの時のわたしは禁断症状に苦しむ色情狂でしたから、クアックスズアッラが何を思念したかすら記憶に無いのです”「では二度目の時は?」“あの時は、クアックスズアッラの知識を利用して、わたしが語りました。二度目の時は本当・・・だと想います”「想う、と言うのは?」“クアックスズアッラの思念がわたしに対して嘘がつけるのかどうか、わたしにも判りません”「成る程、ヤツがあなたを騙した可能性はあるのだな」“そうです”
「真理子さん!」三郎は堪らなくなって声を限りに叫んでいた。“三郎さん、ごめんなさい。でも、わたしの顔を、身体を、エルダー・サインを記した布で覆う事無しに見てはいけませんよ。人間には耐えられない程の力を放っているのです。クアックスズアッラが覚醒出来ない程、力が弱まったとしても、それでも人間の神経を破壊するには充分な威力があるのです”「じゃあ、和明は?」“わたしの顔の布を外した時点で、既に廃人です。ただ、本人が気が付いていなかっただけなのです”絶叫が上がった。頭を抱えて苦しむ和明の全身が光の中に霞んで見えていた。和明の全身はどんどん薄くなり、やがて見えなくなってしまった。「どうしたのだ?何があった?長門中尉は何処に行ったのだ?」大木中尉が半ば恐慌状態で叫ぶ。“肉体に取り込んだ力が強くなり過ぎて物質でいられなくなってしまったのです”「人を構成する元素に分解されたのだな?」と少佐か確認するように問うと“そうです・・・おそらく”と言う返事が返って来る。
クアックスズアッラの、いや、真理子の顔を覆っていた布が、まるでそれ自体が生きているかのように、ひょろひょろと動いて彼女の顔に再び巻き付いた。“これで全て元通りです”真理子の思念がそう言った途端、矢が飛んで来た。矢は真理子の額を貫いて止まった。真理子の身体が床に崩れ落ちる。ハッ、として三郎が駆け寄り矢を引き抜こうとすると、「およし!」と声が飛んだ。振り向くと、薫子と明男が孝作の姿のショゴス四体、それにお志世を従えてそこに立っていた。お志世は弓を手にしていた。「矢を抜いたら脳か再生しちまう。でも矢が刺さっている間は矢が邪魔で再生出来無いのさ」「待って下さい。これは真理子さんなのです!」「関係無いね。真理子でもその前の十和子でもその前のおときでも、クアックスズアッラであったとしても一緒さ。クアックスズアッラの力を揮えるって事はね。だから封じさせて貰ったのさ。ま、どうせ真理子の事だから、放っておいたって自分から言い出したろうけどね」「だったら、せめて真理子さんが自分から言い出す迄・・・」「万一って事があるからね。クアックスズアッラについちゃ、安心出来無いんだよ。何しろ自分てものをはっきり持ってる訳じゃないから、状況次第では夜神さまにだって矛先を向けかねないからね。そんなヤツが万一、完全に肉体を奪いきったら面倒だからね」それから薫子は意味ありげに、「もっとも、あんたがお館様になれば、その辺りもあんたの好きにして良いのさ」と言い、「それより、あんた。小夜子さまに呼ばれてるんだろ?わたしらも立ち合わせて貰う」と昼子の所へ向かう。三郎が真理子の身体を棺の中へ戻そうとしていると、お志世がやって来て手伝った。
昼子と薫子は並んで地下室の奥へ行くと、棚の前で立ち止まった。ショゴス四体が棚を動かすと、その向こうに大きな石の扉があった。扉には錠がしてあり、昼子は鍵を差し込むと開錠した。
ショゴスたちが扉を手前に引くと、重たく鈍い音を立てながら扉は開き、光が漏れて来た。中は明るく光に満ちていた。そして広かった。岩場が見え、岩場の上には家のようなものが見え、動物らしき影が幾つか動いているのが見えた。影の一つに眼を凝らして、三郎は、アッ、と声を上げた。先刻、三郎を襲った触手じみた三つ又尻尾の犬だった。その向こうに蔦のような尾が二つに分かれた巨大な猫が居る。これが、おそらく和明の言っていた猫又だろう。
それにしても、ここは一体、何なのだろう?三郎は開いた扉の手前で呆然と立ち尽くしていた。

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