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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの闇島奇譚?怪異の潜む島(第十三回)

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 三郎は朝食を終えるとすぐに暗夜館を出た。クアックスズアッラにより与えられた知識、そして鍵守神社の祭神がヨグ・ソトースであった事、これらを急いで少佐と和明に話さなければならないと想っていた。だから天明荘を訪ねて空振りだった時の落胆は甚だしいものがあった。だが仕方が無い。もともと連絡は昼か午後と言う事になっていた。おそらく二人共何処かで調査を行っているのだろう。そこで時間を潰すために一風呂浴びようかと想い昼島温泉目指して歩き出したところで、ふと三郎は真願寺の事を想い出した。あそこの敷地内にあると言う露天の温泉に行ってみようかと想い立ち、向きを変えようとしていた時だった。「あら」と言う声がし、そちらを見ると、向こうから見覚えのある人影がやって来るところだった。前に小夜子の事を色気狂いみたく悪し様に言っていた村の女だった。今では、あの社の巫女たちは行のせいで一時的に色に狂うのだと三郎は理解していたが、シャンブロウやグレート・オールド・ワンの事を知らない人たちに何と説明したところで、まず納得はしないだろうと言う事も、三郎は理解していた。だから女が開口一番、小夜子の事を話し始めた時、三郎は何も想わず聞き流す積りでいた。だが、女の話題が小夜子から他の巫女たちの事に移ったので、三郎は、つい聞き耳を立ててしまった。女に言わせれば、みな猥らな娘たちばかりで、村から巫女に上がった娘たちも、みな感化されるのか色狂いになると言う事だった。女に悪気は無いのだ。多分、日頃、話す相手が限られていたところへ現れた書生風の姿の三郎は、話しかけ易い相手だったのだろう。それならそれで話をさせておけば、何かを掴めるかも知れなかった。だから女に勝手に話をさせ「特に小夜子とあの六姉妹がねえ」と言うのを、六姉妹とは何なのだろうと想いながら三郎は聞いていたのだが、不意に女はぎくりとした表情を見せると慌てたように言葉を誤魔化してそそくさと立ち去って行った。どうしたのだろうと辺りを見回して、三郎はすぐ近くに巫女姿の人影を見つけた。一体、いつからそこに居たのだろう。「夕子さん、お早うございます」三郎が挨拶すると相手は不機嫌そうに眉根を寄せた。「どなたです?わたしは妹の夜子です」確かに夕子とは異なる雰囲気の持ち主だった。夕子は、ごく普通な感じの娘だったが、夜子と名乗るこの娘は夕子と同じ顔形をしていながら妙にきつい感じのする娘だった。「あ、失礼。夕子さんとそっくりだったもので」と三郎が慌てて謝ると、「わたしたちは、顔はみな一緒ですわ」と娘は木で鼻をくくったように言ってのけた。
 「夜子、買い物が済みました」不意に背後で同じ声がし、振り向くとそこには同じ顔をした、こちらは茶色の着物を纏った女性が立っていた。挨拶しようとして三郎は、待てよ、と想いとどまった。その女性も、又、夕子と雰囲気が異なっていたのだ。何と言うか存在感そのものが希薄な感じだった。
 「朝子姉さま、相変わらず買い物に時間がかかっています。わたしたちが忙しい事を失念なさらないで下さい。ところでこちらの方をご存知ですか」夜子は姉に対しても、割ときつい物言いをしていた。朝子と呼ばれた女性は三郎を繁々と見てから「ああ、」とだけ言った。そして夜子の方を向いて「この人が大和三郎さん・・・だと想います」と続けた。もしかして、この朝子と言う娘は少々頭が弱いのだろうかと想って三郎が見ていると、朝子は今度は三郎の方に寄って来て、「昼子姉さまが接待しているのですよね。今度は、あたしがお相手しましょうか」と言いながら帯に手をかけようとする。
 「やめて下さい。朝子姉さま、往来でそのような事はするものではありません。第一、その方の接待は昼子姉さまがお役目を仰せつかっているのです」と夜子が止めに入ると朝子は「だって、前にあたしが相手した人は往来でするのが好きだって。それに、あれからずっと、あたしはお役目を仰せつかっていないものだから、少しはした方が良いかと想うのだけれど」と別段、不満そうでもなく朝子と言う娘は主張した。
 何だこれは、と三郎は想った。この娘に漂う希薄感の原因が掴めたような気がしていた。感情をまるで露にしないのだ。と言うより、どうやら感情に乏しいのだ。頭が少々弱そうな事と関係があるのかも知れなかった。
 「幾ら島へいらしたお客様だからと言って、求めに応じて表で抱かれたりするからお役目を仰せつけられなくなったのですよ」と夜子は姉に対してつっけんどんに言う。「じゃあ、しなくて良いの?」「してはいけないのです」「判った。しない」取り敢えず、夜子は姉の扱いをよく心得ているようだった。
 夜子は、失礼します、と三郎に一礼すると姉を引きずるようにして去って行った。見送って、三郎は、村の女の言葉を想い出していた。確か六姉妹と言っていたが、もしかして彼女たちの事なのではないか。すると、彼女たちは全部で六人居るのだろうか。巫女であると同時に島の接客役、つまりはおのれの身体を客に与えて愉しませる女たちだ。田畑を耕して働く女から白い眼が向けられるのも、猥らな女たちと蔑まされるのも仕方の無い事だろう。三郎とて、こういった何も無い島では、女たちが男に身体を開く事が最上の接客手段であると判っている積りだった。だから昼子と知り合っても、彼女が巫女であると知ってからも、嫌悪感のようなものは何一つ無く、むしろ好ましく感じてすらいたし、この島に居る間だけでも彼女たちとは仲良くしていきたいとすら想ったりもしたのだ。女たちの務める鍵守神社がヨグ・ソトースを祀ってさえいなければ。
 兎に角、一風呂浴びよう、それからもう一度天明荘へ行き、今後の事を相談しようと三郎は想った。
 真願寺の庭には誰も居なかった。三郎は、そのまま露天風呂の方へ降りて行った。露天風呂は崖の下のにあった。源泉が海岸にあり、その周囲に石を敷き詰めて低い塀を設けてあった。塀の下の方に二箇所、切れ込みがあってそこから海水が少しだけ流れ込んでいるのだが、それでも三郎には熱かった。満ち潮になればもう少し海水が入り込んで来て丁度良くなるのではないだろうか。夕刻か夜になったら、又、来よう。そう想い三郎は、今、湯に入るのはやめにした。しかし、改めて昼島温泉に行き直す気もせずに、結局、土産物屋を幾つか冷やかしてから、天明荘に向かった。
 まだ昼前だったが、三郎がふたたび天明荘を訪れると、少佐と和明はもう戻っていた。天明神社へ行っていたのだと言う。二人はエルダー・サインの位置と数を確認しに行っていたのだと言う。
 「鳥が見えぬな」
 三郎が報告をしようとしたところで、不意に少佐はそう言った。言われて想わず三郎は上を見た。と言っても、そこは宿の一室、天井しか見えないのだが。だが、想い返してみれば、この島には鳶も海鳥も鴉もまるで見た覚えが無かった。
 「何か結界のようなものでもあるのではないかな」と少佐は続けて言う。それから「時に大和、この昼島に鷲(おおとり)神社があるのを知っていたか」と言った。正直、三郎はそんなものがあるなどとは知らなかった。だから、正直にそう答えた。
 「であろうな。最初にこの島へ着いた日に見つけたのだが、荒れて一見して何の社であるかよく判らぬものであった。唯、地に鷲神社と書かれた木片が落ちていたので、どうやらそうらしいと判った。それと、壁にこんなものが記されていた」と、少佐は妙な一見して何かの模様と想えるようなものを見せる。「文字だとすれば三つか四つの文字で何者かの名が記されているのだと想う。ごく簡単なものだったので二つ書き写し、一つはその日の内に帝都へ送った。向こうで調べが着けば良いのだが」
 それからいよいよ三郎の報告になった。一通り聞き終えた少佐は、鍵守神社はもともと夜部一族の神を祀る社だと言った。奈良時代の文献に依れば、門を開いて大いなる夜をもたらす神であるとされ、夜神(よるがみ)もしくは夜具神(よぐしん)と呼ばれていたらしい。そして、その昔、この神を祀るに当たって帝は大陸から渡来した帰化人たちのうち、白い肌に金色の髪と眼をした人々をその任に就かせたと言う。
 「その帝はどなたなのです?」「神武天皇だ。つまり帝が今日あるのは、引いては我が国があるのは、全てヨグ・ソトースを祀る術(すべ)を熟知していた白人の一団に依ると言う訳だ」愕然とする三郎に構わず少佐は続けた。「夜部文書の存在は朝廷が出来たばかりの頃は、大臣たちの間では常識だったらしい。一方、鍵守神社はかなり早い時代に、あの島に創建されたらしい。当時は島には名前が無かったものと想われる。そして鍵守神社は巫女の頭が宮司の代わりも務め、代々の巫女頭にだけ夜神にまつわる伝承が文書の形で伝わっているとされる。これは、元来、夜部が持っていた文書を三つに分けたらしい。特に夜神に関わる秘中の秘は鍵守神社に、渡来以前の夜部の歴史を扱ったものは島に居て鍵守神社を守る夜部の一派の頭領に、魔術の技術的なものについて記したものは帝の近くに居て御用を務める一派の頭領に、元は一つだったものを三つに分けらしいのだが、その元となった文書だ。大和中尉の報告を聞くと、これはこれで、どうやら残っている可能性がある」
 「僕の報告?」三郎は覚えが無かった。「大和中尉、確かにクアックスズアッラなる自称グレート・オールド・ワンの言葉、いや思念の中にズーダラとジロベンと言う名が出て来たのだな?」三郎は即座に肯定した。「欧米の黒魔術関係者の間に、かつてこの地球にヒュペルボリア大陸なるものがあって、そこでは魔法による文明が栄えていたとする者がある」「アトランティスですか?」「それより遥かに古いものだ。そこの遺産とも言うべき書物の一つが、君も翻訳の写しを渡されているものだが、あれはエイボンと言う人物の書いたものだ。ところが他にもジロベンと言う人物が書いたものと、ジロベンの書いたものに姉なるズーダラか筆を入れたものとが残されている。ジロベンが単独で書いたものはあまり重視されていないが、問題は姉が手を入れた方だ。エイボンが書き記したものと同等の価値を持つものらしい。そして、帝のお傍に居た夜部たちの夜術(やじゅつ)、そう呼ばれていたらしいのだが、その中には彼らの祖先たる女の呪術者のずうだらが発明したものがあるとされているのだ」「では夜部文書の正体は古代の魔法使いたちの記したものだと?」少佐は「その可能性はある」とだけ言った。
 その後、和明と少佐はクアックスズアッラに、もっと色々聞いてみろと言い、又、絶対に包帯を取ってはいけない、それどころか触れてもいけないと注意を促した。
 帰り道、三郎は気が重かった。クアックスズアッラの思念を受ける度、おのれの中で何かが変わって行くような気がしていた。何かが壊され、他の何かに取り替えられていくような、徐々におのれの中に偽者のおのれを滑り込まされて行くような、そんな漠然とした恐怖のようなものが感じられていたのだ。それにしても、あのグレート・オールド・ワンに訊く積りでいて尋ねていない事が結構あった。緑色の五人の踊り手と言い、狛犬の事と言い、まだ訊いていない。アウラニイスとシャンブロウとの関わりについても訊いてみなければならないだろう。鷲神社の事や夜部とズーダラとの関わりにしてもそうだ。
 そこまで想って、三郎は、報告していない事が三つあった事を想い出した。一つは話題にする事を避けたかった事に依るもの、一つは口にしにくくて中々言わない内に、つい言わずに終わってしまった事に依るもの、最後は完全に失念していた事に依るものだった。
 口にしたくなかったのは真理子についての真相だった。昼子は、真理子の巫女としての生活を全て話してくれた。真理子が如何に真面目で善良な人柄であったか。自ら望んで巫女になった真理子が、如何に真剣に巫女としての務めに励んでいたか。そんな真理子が行に打ち込むようになったのは必然だったらしい。行に赴く時の真里子の様子を、朝食の膳に箸を付ける際、いつも以上に一口一口、お米を噛みしめるようにしていたとか、顔を洗う時、ふだんよりも長い時間をかけて洗っていたといった事まで、見えない眼でよくそこ迄、判っていたものだと想える程、昼子は細かく語ってくれた。そして、いよいよ運命の岐路とも言うべき行の時の事だ、シャンブロウの館に一晩居て無事に戻って来た筈の真理子の様子が数日してからおかしくなり、夜毎に何処かへ行っては朝になると憔悴して戻って来るようになり、シャンブロウの館へ出入りしているショゴスたちからも報告がもたらされ、仮にも巫女の一人が罪人同様の最期を迎える事は許されず、生贄に処せられたのだ。昼子は生贄にされたとしか言わなかったが、既にクアックスズアッラと遭遇している三郎には、生贄が何を意味していたのか判っていた。
 口に出しにくかったのは、その昼子の事だった。そもそも夜毎、寝所に女人が訪れると言う事自体、口に出し辛かったのだ。それで最初、和明に対しては黙っていたが、黙り通している訳にも行かず、一応、報告はしておいた。だが、その女人と陽光の下でも顔を合わせ、その姉妹とも遭遇したなどと口にするには、もう少し時間が欲しいところだった。結果として、昼子とその姉妹の事は報告から完全に漏れてしまったのだが、次の機会には報告しなければ、と三郎は想っていた。
 そして、完全に失念していたのは、矢張り昼子と関わりのある事、と言うより昼子の口から聞かされたヴーゾムファなる存在の事だ。まあ、これについてはクアックスズアッラに問うてみてからでも良いだろうと想うのだが、と同時に、叶う事ならばクアックスズアッラには二度と会いたくないと三郎は想ってもいた。
 西の吊橋に向かいかけて、三郎は空を見た。確かに鳥の姿がまるで見えなかった。そろそろ夕刻だ、そう想って三郎は露天風呂の事を想い出した。そろそろ満ち潮の筈だ。三郎は行き先を真願寺に変更した。行ってみると案の定、海水がかなり入り込んでいて、湯が丁度良い熱さになっていた。湯のすぐ手前にある岩場の上に脱いだ物を置いて三郎は湯に身体を沈めたる海水と入り混じった湯は柔らかな感触で、肌に染み込むような心地良さがあった。肩まで浸かり眼を瞑ると、三郎は、一時全ての事を忘れた。それからどのくらい経っただろうか。誰かが湯に入って来る気配に、ふと、三郎は眼を開けた。そして辺りが既に薄暗い事に気がついて、しまった!と想った。夕餉の時間迄には戻る積りだったのに時が経つのを忘れていたのだ。出ようと想って前を見て、三郎は、ハッ、とした。美しい裸身が湯に沈むところだった。その顔は小夜子だった。
 「小夜子さん・・・」何と挨拶したものか一瞬躊躇した三郎の様子に気がついてか、「今晩は、先日はお見苦しいところをさんざんお見せして、申し訳ありませんでした」と、小夜子は最初に会った時のような魅力的な笑顔で言う。先手を取られた感じで、三郎は仕方無しに、そんな事はないですなどと言って誤魔化した。そして、暫くは笑顔があった。沈黙があり、小夜子はにこやかに笑い、三郎はぎこちなく笑いを返す。暫くは笑顔が、いや、笑顔と妙な緊迫感だけがあった。最初に沈黙を破ったのは三郎だった。「小夜子さん、あなたは何者なんです?」と。
 小夜子はにこやかに笑っていた。ただ、笑うだけだった。三郎は想い切って「クアックスズアッラをご存知ですか」と口にした。だが、小夜子は笑っているだけだった。「真理子さんは行に失敗してクアックスズアッラの依代(よりしろ)にされました」それでも小夜子は笑っている。「異界の存在に憑依されている彼女の全身からは、いえ、あれはもう真理子さんではなくクアックスズアッラと言う異界の存在ですが、そこからは臭気が漂っています。かなり臭うのです。でも、行の最中だと言っていたあなたからも同じ臭いがしていた。クアックスズアッラと同じ臭いをさせていたあなたは一体何者なんです?」
 すると、それ迄、ただ笑うだけだった小夜子が漸く口を開いた。「ああ、あれは着替えも出来ず汗を拭う事も出来無かったものですから・・・」「嘘ですね」と三郎は決め付けた。「あの時の臭いは二種類ありました。確かにあなたの言われる通り、身体を洗っていない時の臭いもしていました。汗が溜まった時の臭いもしていました。でも、それでもあなたの身体からは、クアックスズアッラと同じ異界の臭いがしていたのです。何故です?本当はあの時、あなたの身体からは異界の臭気が立ち上っていて、あなたはそれを誤魔化すためにわざと着替えもせず湯浴みもせず汗をかき、さも行の最中なので臭っている風を装っていたのです。真理子さんは、行の為にシャンブロウの館に泊まった時、ちゃんと着替え持って行き、汗を拭ったり湯浴みの為の手拭いを何本も用意して行ったと聞きました」全部、昼子から聞き出した事だった。だが、それでも小夜子から笑顔は消えなかった。「三郎さん、あなたも他人(ひと)の事は言えませんよ」小夜子の言葉に、三郎は、え?と想った。「あなたもクアックスズアッラの臭いをさせていますよ」馬鹿な!と三郎は、想った。「誰も僕から異臭がしているなどとは言っていない」「他の人は気がつかないくらいの臭いなのです」「どうしてあなただけが、その事に気がついたのです」「それを言うならば、あなたもわたしの臭いに気がつきました。でも、暗夜館まで押しかけて来たと言うあなたのお仲間の軍人さんたちは、たとえクアックスズアッラに会った後でも、わたしやあなたの臭いには気がつかないでしょう」それはどういう事か、と三郎は問おうとしたが、何かに気が付いたように小夜子が天上を振り仰いだので、つられて見上げ、悲鳴を上げた。全身に布を巻き付け至る所エルダー・サインが記された人型の物体が宙に浮かんでいたのだ。「クアックスズアッラ!何故ここに居る?」想わず三郎は叫んでいた。すると“気配を感じた”と思念が三郎の頭脳に響いた。何の気配だと訊かずとも判った。いや、判らされた。三郎の脱いだ物が置かれている岩の向こうに緑色のものがちろちろと見えていた。五人の人影が踊っている。あの緑色の踊り手たちだ。怪しげな五人の男女、この前、見かけた時と同じ顔触れ、いや、一人は佐々木少尉だ!そう想った途端、三郎は湯から急いで岩場に這い上がった。小夜子の見ている前で、全裸だと言う事にも想い寄らず、三郎は五人の踊り手たちに向かった。佐々木に向かって手を伸ばす。だが、伸ばした三郎の手は不意に横から伸びた柔らかな手に押しとどめられた。「駄目です!」小夜子だった。小夜子も全裸のまま湯から飛び出して来たようだった。それにしても、何と言う速度だろう。三郎の方が先に行動に出ていたのに、小夜子に追い付かれていたのだ。「知っているんですか?佐々木はどうなったのです?」三郎は激しい口調で小夜子に詰め寄る。すると、小夜子の形の良い乳房が揺れた。少したじろいだ様子で後ろに下がると小夜子は「前に見た事あります。夜島でお祀りしている炎の神様が取り憑くとああなるのです」とだけ、答えた。小夜子は前を一向に隠そうとせず、何故か両手を後ろに回して尻を隠すような姿勢をとっている。お陰で、豊かな乳房と細い腰、股間の意外に濃い叢などが丸見えだった。美しい肢体だった。ただ、骨格と筋肉はかなり発達しているようで、女性ならではのか弱さよりも男性的な力強さを感じさせる肉体だった。艶かしい肢体であるにもかかわらずだ。いや、実際、巫女の仕事はかなりの重労働なのだろうし、肉体的にはかなり男に近いのかも知れないな、と三郎は想った。おのれも全て見られてしまったと想うと恥ずかしさよりも開き直る気持ちの方が強く、それでも一応、手拭いで前を隠しながら三郎は小夜子を繁々と眺めて、おや?と想った。この女(ひと)、意外と毛深いぞ。男の前で隠そうともせず晒け出されている股間を覆う叢は濃いだけでなく、まるで剛毛といった感じだったのだ。ぴんと太く張った毛の一本一本が束になったような感じで、しかも上は下腹の辺り迄、下は太股の辺り迄、覆っているのだ。三郎の女性経験と言えば、今迄に商売女を買った事しかなく、彼女たちはふだんから体毛を剃っていたりするので、素人(?)の女の下半身を露(あらわ)に見るのはこれが初めてで、女性と言うものの下半身が男よりも毛深いのか、それとも小夜子が特別なのか、判断がつかなかった。
 視界の隅に佐々木少尉を含めた五人の踊り手たちを認めて、三郎は気を取り直した。「どうやれば、その炎の神様から解放して貰えるのです?」答は別な所から来た。“次の生贄が捧げられれば肉体は解放される”クアックスズアッラだった。「なら、別な誰かが生贄になる迄、佐々木は助からないのか!」“助ける事は無理だ。魂と命は最初にトゥルスチャに喰われている。解放されるのは魂と命を失った肉体だ”「じゃあ、佐々木は既に死んでいるのか?」“主等の概念では、その通りだ”「トゥルスチャと言うのもグレート・オールド・ワンなのか?そいつが佐々木やあの人たちを操っているのか?」“そうだ。トゥルスチャはグレート・オールド・ワンだ。主等の四大元素の概念に当て嵌めるならば、地と風と炎の存在だ。それから操るのではなく、あの中にトゥルスチャが居るのだ”「トゥルスチャは五つ居るのか?」“いや、トゥルスチャは一つの存在だ。幾つにも分かれてこの惑星の各地に居る。この地では、更に五つに分かれている”おのれを幾つにも分散させる事が出来る存在など民間伝承の魔物でもあり得ない代物だったが、信じるしか無さそうだった。三郎は眩暈を覚えそうな気分だった。改めて小夜子の方を振り向き、そこで三郎は気が付いた。小夜子はいつの間にか着物を纏っていたのだ。一体、いつの間に?だが、小夜子に声をかけている暇は無かった。三郎の身体が不意に宙に浮いたのだ。宙に浮く木乃伊じみた物体の横に浮かばされ、辛うじて悲鳴を呑み込んだ三郎の心に、クアックスズアッラの思念が割り込む。“来るのだ。トゥルスチャを見せてやるから、理解するのだ”「ま、待て、着る物を・・・」途端に三郎の脱いだ物も宙に舞い上がる。同時にクアックスズアッラが、全裸のままの三郎を連れて上空に舞い上がった。





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