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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの闇島奇譚?怪異の潜む島(第九回)

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 三郎は息も絶え絶えになって暗夜館に帰り着いた。暗夜館では、罰の館に火が放たれた事は既に知っていた。「厄介な事になってしもうた」と薫子はぼやいていた。風太がどさくさに逃げたのだと言う。大木中尉たちには従者のような男が一人ついており、その男に連れられて風太は逃亡中だと言う。大木中尉たちも見つかっていない。だが、薫子は不敵に笑って言う。「本土までは逃げられんよ」と。
 その日の朝食はパンと目玉焼きに豚のベーコン、それに塩と胡椒で茹でた蕪だった。朝食後、三郎は昼島に向かった。母の実家を通り抜けながら大木中尉たちも、ここを通ってやって来たのだと想いながら三郎は吊橋へ向かった。吊橋を渡り終えて、三郎は、今朝遭遇したあの狛犬に似た存在の事を想った。どうやら三郎に対して害意は無いらしい。そう言えば最初にここで会った時も、襲って来た訳では無かった。あれも闇島を守るか何かしている宇宙的な存在なのだろうか。
 和明は昼過ぎには宿に居る事になっている。三郎は、まず一風呂浴びて何処かで昼飯でも喰い、それから会う積りでいたのだが、来てみると昼島温泉は丁度休憩時だった。漁師向けの朝風呂は夜明けから開くのだが、三郎が眼を覚ました時分には既に休憩時に入っていて、次に開くのは十時頃だと言う。まだ少し時間があるので、三郎は天明(てんめい)神社にでも行ってみようかと想った。東の吊橋を通って朝島に渡り、そこから明島(あけじま)に渡る。この小島は大きな船が停泊出来る波止場を設けられる余裕が得られず小船で渡って来るしかなく、しかし隣の朝島も直立した岩の塊で周囲も波間に隠れた岩々が危険で波止場を設けるのは無理だった。それで朝島のすぐ隣にあり比較的大きかった昼島に波止場が設けられたのだが、今日の昼島の発展ぶりは天明神社への入り口としてではなく、どうも温泉が掘り当てられた事の方に起因しているように三郎には想えるのだった。とは言え、温泉が掘り当てられたのは、天明神社の入り口として町が形作られていったからなのだが。
 天明神社の社はそれほど大きくなく、むしろ拍子抜けするほど小さめだった。鍵守神社よりやや大きいくらいだった。お賽銭を入れて手を合わせ帰りかけて三郎は鳥居の上、中央に刻まれた紋章のようなものに気が付いた。あの晴明桔梗めいた星型の中央に眼がある印だった。棺の表面とその中の木乃伊状の物体の至る所に印されていたものと同じ形だった。気になって三郎は朝島で社務所を訪ねこの社の来歴を尋ねてみたが、誰も知らないくらい古いのだと言う答が返って来た。闇島の鍵守神社よりは後に出来たらしく闇を封じる天空神を祭っているという事しか判っておらず、今は天照大神と同一視されているが明らかに男性神なので、学者たちの中には古くは天照大神は男性神だったのではないかと主張する者が居るとの事だった。又、夜島と闇島の先にある冥島(くらきじま)の社も来歴不明で、この天明神社と同じかその後に出来たとしても、古事記以前から存在している社らしいとの説明だった。三郎は話を聞かせて貰ったお礼代わりにお守りを一つ買った。隣で売っていたお札には、矢張りあの中央に眼のある五芒星が印されていた。
 昼島に戻ると既に温泉は開いていた。そこでゆっくりと湯に浸かり菓子をつまみながら茶を飲んで身体を休めると、三郎は市場の方へ向かった。地元のおかみさんたちに混じって観光客らしい人々があちこち冷やかして歩いている。三郎は地元の人向けらしい食堂に入ると、刺身を一人前注文し、ご飯と味噌汁も付けて貰った。朝、市場に入って来た魚の刺身はなかなか美味で、刺身に使った魚のアラや頭を入れた味噌汁は旨味が充分に染み出していて、三郎は、ついお代わりを頼んでしまった。
 食事を終えると少し早いが三郎は天明荘に行ってみた。うまい具合に和明は部屋で昼飯を喰っている最中だった。朝、獲れた魚を白味噌に付けて焼いたものを菜にご飯と味噌汁の椀が膳に置かれている。味噌汁は三郎が今しがた食したものと違って白味噌を使っていたが、魚の頭が見えていて、どうやらこの辺りでは魚を味噌汁に使うのは普通なのだなと三郎は想った。
 和明は、三郎に向かって昼飯はどうしたのかと尋ね、もう食したと答えると、なら自分に構わず報告してくれと促すので、三郎は一通りの事を話した。地下室で遭遇した謎の木乃伊の如き物体、その棺と木乃伊の包帯にあった中央に眼が描かれた晴明桔梗めいた五芒星の印、罰の館と呼ばれる所に居る謎めいたシャンブロウの存在、ショゴスと呼ばれる人に姿を変える蠢く粘塊、そして愚かな自殺行におのれを巻き込みに来た大木中尉の一行と何を想ったか彼らが罰の館を焼いてしまった事、その現場に再び出現した狛犬の形をした存在の事、そして今しがた訪れた天明神社で見た印が矢張り中央に眼のある五芒星であり、そこでお守りを買う時に、古事記以前から存在する社であると聞かされた事などなど。ただ、小夜子の事だけは話さなかった。何故か話してはいけない気がして口に出せなかった。
 三郎が話し終えた時には、和明は飯を喰い終えていた。彼は後ろにあった菓子盆を引き寄せると中に餡を詰めた餅一つを三郎に勧め、おのれも一つを取って食べ始めた。それから、ふむ、と唸って「かなりの収穫があったな」と言った。それから「君、買ったお守りを見せてくれ給え」と言うのでそれを渡すと中を開いて、「ほら」と和明が見せたのは平らな小石だった。小石の表面にはあの中央に眼のある五芒星が刻まれていた。
 「それからショゴスだが、魔法使いのエイボンも狂ったアラビヤ人も知っていた。それどころかアラビヤ人の方は、召喚し従わせる方法まで書いている」と和明は言い、「ではシャンブロウの方は?」と三郎が問うと、「良く判らん。材料が足りない。最初に聞いた時はイドラかと想ったが少し違うみたいだ」と答えるので、今度は、イドラとは何かと問うと「パオの暗黒のスートラ」に記載がある豊穣の女神だと和明は答えた。夢の魔女と呼ばれるイドラは魅力的な女性の姿で人々の前に現れるらしいが、快楽を与えて精気を吸い取るとは書かれていないのだと言う。
 又、天明神社に祀られている神についても和明は推測を語った。「おそらく狂ったアラビヤ人がエルダー・ゴッドと呼んでいる存在だと想う」と。そしてイドラにしてもそうだが、地下室に神像が置かれている禁断の神々、ゾタクァとかヨグ・ソトースとかは、みなグレート・オールド・ワンと呼ばれる存在で、この禁断の神々に対する敵対者がエルダー・ゴッドなのだと教えてくれ、お守りの印はエルダー・サインなのだとも語った。「君が持っているエイボンの記したものの中にはそこまで書かれていないが、アラビヤ人の書いた方には、こいつでグレート・オールド・ワンに仕える者どもを撃退出来るともある。君はいざと言う時には、そいつをお守りから出して護符かお札のようにして使うんだ」和明は興奮して叫ぶように語った。何に対して使うんだと三郎が訊くと「ショゴスには有効だ」との答が返って来た。どうやら三郎は要領を得ない顔をしていたのだろう。和明は続けて言った。ショゴスはグレート・オールド・ワンの使い魔なのだと。そしてグレート・オールド・ワンに仕える者ならば人間にでも扱え、それで狂ったアラビヤ人がその秘密を書き記しているのだとも言った。では、あの木乃伊状の物体と狛犬は何なのかと糺す三郎に、和明は正直に判らない、見当もつかないと答えた。ただ、木乃伊状の物体に関してはエルダー・サインを書き込まれているところからして、あまり良いものではないだろうとの事だった。ならば危険かと問うと、「エルダー・サインで封じられているのならば、君の持つエルダー・サインも有効な筈だ」との答だった。
 「それにしても、その大木中尉とやらには気を付け給えよ。そいつらはエルダー・サインも役には立たんぞ」一通り話し終わってから和明は想い出したように口にした。三郎は判っていると答え、シャンブロウはどうしただろうと言うと、「グレート・オールド・ワンやその従者の中には火を苦手とするものも居るようだ。もしかしたら焼き殺されているかも知れない」と和明は答えた。「でも、僕が見た時、炎の中で動いて見えるものは何も無かった」と三郎が言うと、「君はシャンブロウの正体が判っていないのだろう?案外、その狛犬がシャンブロウの別な姿なのかも知れないぜ」と和明は面白そうに言う。だが、正直、三郎にとっては面白いどころでは無かった。
 天明荘を出て波止場近くを通った時、何やら人々が騒いでいた。事故でも起きたのかと想って行ってみると誰かが波止場から海に落ちたのだと言う。引き上げられたが水でも呑んだか海水の冷たさに心臓をやられたか、既に事切れていたのだと言う。遺体は、まだ波止場の上にあった。白髪の人物だった。顔にも皺が寄っており、老人のようだった。だが、鼻の左横に大きな黒子を認めて三郎は、ハッ、とした。そして近くに寄ってじっと見直した。風太だった。だが、この顔は一体どうした事か。腕や脚にも皺が寄り、全身が高齢である事を物語っている。しかし、その顔は若返らせたら紛れもなく風太だ。
 「あんた、その人の知り合いかね?」じっと見つめ過ぎていたのだろう。誰かが、三郎に尋ねていた。三郎は知り合いかと想ったのだが、自分か知っていたのはこんな老人ではなくもっと若い男だと答えてその場を立ち去った。
三郎は判らなくなっていた。もしかしたら風太は本当は老人で、死んで正体が現れただけなのかも知れない。だが、薫子の言葉が心に引っかかっていた。まるで本土へ着く前に死んでしまう事が判っているような言い方だった。もしかしたら何者かが仕掛けて彼を一気に老化させ、それで衰弱し、立っていられなくなって海に落ちたのではないだろうか。そんな事を考えながら西の吊橋へ来た時だった。三郎は珍しいと想って眼を凝らした。吊橋を向こうへ渡って行く人影があったのだ。姉さん被りと緋色の着物から女性と知れた。その女性が、ひょいとこちらの方を振り返り、三郎は、アッ、と声を上げた。細く切れ長の眼!シャンブロウだ!だが、良く眼を凝らすと違うようにも見える。眼は先日よりも緑がかって見える。肌も前に見た時よりも黒っぽい。まるでインドか何処かの人みたいだ。しかし、それでもシャンブロウだと言う想いには変わりは無かった。何故かは判らないが、そんな気がしていた。
気が付くと、緋色の女は向こうへと歩み去って行くところだった。不意に横風が吹いて女の姉さん被りを吹き飛ばすと、中から現れたのは深紅の髪で、それが風に逆らってうねっていた。あいつだ!シャンブロウだっ!三郎は急いで女の後を追った。走って追いたいところだったが、流石に吊橋の上ではためらわれ、急ぎ足をするのが関の山だった。三郎には全てが判った気がしていた。シャンブロウは気がつかれないように哀れな風太に近付いて、彼の精気を一気に奪い去ったのだ。それで彼は不意に老化してしまい、老いた二本の脚でおのれを支えきれずに倒れて海へ落ちたのだ。おそらく海へ落ちていなくても、彼の命はそこまでだったに違いない。
 三郎が吊橋を渡り終えた時には女の姿は何処にも見当たらなかった。母の実家へ飛び込んだ途端、太い腕が三郎の首をがっちりと押さえ付けた。佐々木少尉だった。大木中尉の声が背後で冷静に告げる。「大和、我々はこれ以上ここにとどまる訳には行かん。妖怪を館ごと焼き殺した事で、化け物やお前の居る館の連中に追われている。だが、お前との話がついていない。だから一旦お前を本土まで連れて行く」三郎は有無を言わさず引きづられて行く。
 「待て。大木。シャンブロウは死んでいないぞ」三郎は必死に叫んだ。
 「シャンブロウ?あの化け物の事か?死んでいないとはどういう事だ?」
 「風太が殺された。お前の従者が逃がそうとした男だ。あの館に囚われていた男だ。今しがた波止場で精気を吸い取られ老人のような姿で死んだ」
 「何だと、本当か?」大木中尉の眼は驚愕に見開かれていた。「本当だ。僕はそれらしい女が吊橋を渡ったのも見ている。お前たち、ここから出て行く緋色の着物を纏った女の姿を見ていないか?」
 不意に大木中尉の顔が落ち着きを取り戻した。「無様だな」蔑みの表情さえ浮かべて大木中尉は言った。「騙す積りで語るに落ちたな。我々は昼からここに居たが、誰も来なかったぞ」今度は三郎が驚く番だった。馬鹿な!
 何か言おうとして三郎は黙った。彼らが女の姿を見ていないのならば、何を言っても信じないだろう。既に吊橋を渡りかけている。いっそ波止場へ行って死んだ風太を見せてやれ、と言う気に三郎はなっていた。
 だが、三郎の目論見は実現せずに終わった。吊橋を渡り終えた所で五人の奇妙な男女が踊っていたのだ。いや、本当に男女なのかは判らない。女物の着物におかめの面を被った者が二人、男物の着物にひょっとこの面を被った者が三人、いずれも奇妙に身体をくねらせてゆらゆらと揺れるような踊りを見せていた。そして五人共、着物から面に至るまで全て緑色だった。五人の踊り手たちは、道を塞ぐようにして踊っていた。
 「構わん、真ん中を通り抜けろ!」大木中尉の号令で三郎を引きずった佐々木少尉が先頭に立って歩き出した。だが、踊り手の一人の手がふわりと佐々木少尉の頭のてっぺんに下ろされる。始め「あん?」と佐々木少尉は馬鹿みたいな声を出したが、次の瞬間、三郎を放り出すと踊り手たちと一緒になって踊り出した。
 「佐々木少尉、どうした?何をやっている?」大木中尉が狼狽した声を上げるが、佐々木少尉は止めようとしない。そればかりか踊る度に佐々木少尉の全身が頭のてっぺんから徐々に緑色になって行くのだ。みなが呆然と見守っているうちに、佐々木少尉の全身は緑色に包まれて行った。いや、今や佐々木少尉の全身からは緑色の炎が噴き出していた。
 安達少尉が、ぎゃあっ、と叫び腰を抜かして地にへたり込んだ。「あ、足が・・・」他のみんなにも判っていた。踊り手たちの足が地から離れていたのだ。佐々木少尉も同様だった。彼らは宙を歩きながら大木中尉たちに接近していた。比企少尉が一番決断が早かった。彼は一目散に吊橋を逆に闇島へと向かって行った。大木中尉も後を追いながら振り向いて「安達、早く来い」と言い、安達少尉も、たった今まで腰を抜かしていたのが嘘のように後を追った。佐々木少尉を巻き込んだ五人の踊り手たちは空中を漂いながらくねりくねりと迫って来る。だが、不意に接近が止まると一瞬にしてかき消えた。後には怪しい踊り手たちの姿も佐々木少尉の姿も見えなくなっていた。それにしても、まるで吊橋の向こうに何かを見て動きを止めたようだったが・・・そう想って闇島の方を見ると上空に渦を巻く雲のようなものが見えていた。何だ、あの雲は?いつの間に?不意に雲の中が虹色に輝いた。雷雲?いや、違う!三郎の脳裏に横須賀に出現したと言う謎の虹色の輝きの事が想起されていた。そして、その虹色の輝きの中で、三郎は闇島の方に人影を見た気がしていた。ふらふらと危なっかしげな足取りのその人影を認めた時、三郎は、白と赤紫の色を見たような気がしていた。
 吊橋を渡り終えた時にはもう人影は無かった。母の実家に入ると中が大分乱れていた。大木中尉たちだろう。家具を配置し直して敵の侵入に備え立て篭る方法は軍人ならば誰でも知っているが、それを実践したのだ。誰かが、その移動した家具に引っかかって倒したようだった。埃がまだ舞っている。家具に何かが破けて引っかかっていた。赤紫色のものと灰色のもの。どちらからも異臭が立ち上っている。赤紫色のものは袴の裾の方だった。灰色のものは汚れきった足袋の切れ端だった。臭いはかなり強烈だった。だが、矢張り、汗や足の臭いに紛れて何か別な異臭がしている。
 三郎は、こっそりと暗夜館に戻ると誰にも見られないようにして地下室へと急いだ。地下室の異臭は相変わらずだ。三郎はポケットから足袋の切れ端を取り出して臭いを嗅いだ。同じだ。足袋に染みている異臭は同じものだった。饐えた異臭に隠れた臭いはこの地下室に漂う、恐らくはあの木乃伊状の物体からしているのと同じ臭いだった。
 三郎はいつでもお守りを取り出せるようにして、棺の所へ向かった。だが、棺は空っぽだった。蓋は棺に立てかけられており、中にあったあの木乃伊状の物体は影も形も無かった。何処かへ運ばれたのか?だが、異臭は相変わらず立ち込めている。何処かにある筈だ。三郎は臭いの源を辿ろうとした。だが、うまく行かなかった。不思議だった。確かにここへ入った時には、奥の方から強く臭っているようだったのだ。だが、今は入り口の方が臭っている。まるで臭いの源が移動しているみたいだった。
 結局、三郎は再び棺の近くまで戻って来てしまった。その時だった。強く異臭が鼻を刺した。背後からだった。振り向いた三郎は、異臭にうっ、と呻いた。三郎の鼻が殆ど触れんばかりの所に木乃伊状の物体の顔があった。その顔は、三郎を見つめ直そうとでもするかのように、接近して来ていた。 
 

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