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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの闇島奇譚?怪異の潜む島(第七回)

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 「お志世、どうしてここへ?」と三郎が問うと、少女は「様子がおかしかったのでお館様にお知らせして後を追って来たのです」と相変わらずの調子で答える。そこで三郎は「それなら、あの男の一人が」と同じ外見の男たちを指し示して「僕を助けてくれたのも、君が呼んで来てくれたのか」と訊いたが、お志世は首を左右に振った。「星夫さまだと想います」その答に三郎は、ハッ、とした。夜部星夫があの男たちに命令出来るのなら、もしかして彼らを誕生させたのも、星夫なのか?
 不意に悲鳴が聞こえて振り向くと、あの大男が、小夜子を襲った男が恐怖の叫びを上げていた。だが、同じ顔の男たちは、がっちりと大男を押え込んでいる。想わず三郎は走り寄っていた。男たちが先に入り最後に真紅の髪の女が入りかけて振り向いたところだった。そこではっきりと顔が見え、三郎の背筋に冷たいものが走った。
 何だ、これは・・・?女は美しかった。良く見ると身体に薄い布のような物を巻き付けていて、裸ではないものの身体の線がはっきりと浮かび上がり、やけに扇情的だった。(*)瞳は細く切れ長で、しかし黒目と言うものが無かった。睫毛も眉毛も見当たらず、そもそも顔にも剥き出しの腕や太ももにもにも産毛の類すら見当たらなかった。それでも矢張り美しかった。「一体、何が・・・」言いかけて三郎は誰かに袖を引かれるのに気がついた。お志世だった。どうやら、ここは居るべきでない場所らしいと気がついて三郎はお志世に引かれる方へ歩き出した。
お志世は暗夜館の方へ進んで行った。大の大人が少女に袖を引かれて行くのか、何とも滑稽な事になったな、と想いながらも、三郎は何処か救われたような気持ちになっていた。そのせいだろうか。部屋に朝食の膳が運ばれて来た時、妙に食が進んで三郎はいつもなら飯を二膳でやめにするところを、四膳も食べてしまった。
 その夜、三郎は館の三人、とは言っても実際は薫子に対してだが、小夜子の行ついて尋ねてみた。返って来た答は、行の内容は知らぬ、それから小夜子の邪魔にならないよう、こちらから近づいてはいけないと言う事だった。「あの男の言っていた夜まで待てないと言うのは、どういう事なのです」どうせ、こちらも知らぬと言われて終わりだろうと想っていたところ、「ああ、今はまだ教える訳には行かんな」と言う答だった。「何故です?何故、今はまだいけないのですか?いつになったら教えて頂けるのです?」景色ばんだ三郎が言い募ると、「今から三日のうちぐらいには、教えてやれるじゃろう」と言う答だった。それならば今度はシャンブロウと言う女について尋ねてみると、「順序と言うものがある」と言う答だった。どうやら教えてくれる物事について順序と言うものが存在しているらしい。
          *          *          *
 その晩、三郎はなかなか寝つかれなかった。小夜子の妖しい姿が心から離れず、悶々とした心地に苦しめられていた。三郎が暫く覚える事が無かった男の欲望が、身体を内側から苛んでいた。寝巻きへの着替えを手伝ってくれたお志世に対してまで変な気を起こしそうになり、慌てたものだった。勿論、お志世に狼藉を働くどころか指一本触れていないのだが、参ったと想った。近いうち和明に報告しに昼島へ行く事になるから、その時、商売女を捜してみようかとも想った。ああいう島だから必ずその種の女が入り込んでいる筈だと想い、だが、大木中尉たちにそんな所を見つかったらと想うと躊躇してしまう、だが、このままでは身がもたず何処かで抱ける女を捜すしかなく場所は昼島しか考えられない、だが、大木中尉たちが・・・そんな思考の堂々巡りに明け暮れていた三郎は、ふと障子が開く気配に気がついた。誰だろう?お志世か?廊下から月光が差し込み、ヨグ・ソトースかも知れない小さな像とその横の壺を浮かび上がらせる。壺の表面に誰かの影が映っていた。廊下の方を見ると小柄な人影が見える。顔は良く見えなかったが、月光で身体の一部が露になっていた。裸だった。丸く形の良い乳房が闇にくっきりと浮かび上がっている。三郎は落ち着いていた。女が近づいて来る。近代化され文明国家となっても、夜分、裸の女が客人を訪ねるもてなし方は、所々に残っていた。大陸へ行っても、なお、そうする日本人も居た。実際、三郎も任務で大陸に赴いた時、日本人の実業家の命で夜中に現地の美少女が寝所に忍んで来た事があった。軍人の中には大木中尉のようにそういう風習を厭う者も居たが、三郎は受け入れていた。むしろ今は歓迎する気分だった。だから、柔らかく暖かな女体が肉体に絡みついて来た時、三郎は、嬉々として受け入れ抱いたのだった。女の肌からは甘い臭いが強く立ち上っていた。体臭なのだろう。蠱惑的で頭の中が痺れる程に濃密な臭いだった。
          *          *          *
 翌朝、三郎は爽やかに目覚めた。室内に変わった様子は無かったが、おのれの肉体が、はっきりと昨晩の事を覚えていた。もう、昼島へ女を買いに行こうなどとは想わなくなっていた。昼下がりに三郎は、こっそりシャンブロウの居た洋館まで行ってみる事にした。洋館は西の岬の手前を海岸へ降りる途中にあった。そこは岬ほどではないが、海にやや突き出した形の高台があり、そこの松林の中に隠れるようにして佇んでいた。それほど大きくはなかったが、高さだけなら暗夜館よりもありそうだった。扉に手をかけるとあっさりと手前に開いた。自由扉か。奥へも手前へもどちらでも開くようだった。中はひっそりと静まり返っている。そして薄暗かった。窓には鎧戸が下りたままで僅かに天井近くの明かり採りの小窓から光が差し込んでいるだけだった。三郎は玄関ホールを数歩進んでみた。そして何気なく振り返って想わず叫びそうになった。あの真紅の髪の女が立っていたのだ。気配が全くしなかったぞ?女が口を開いた。「ワタシ、イマ、食ベタクナイ」女は昨日とは違う格好をしていた。緋色の着物に紫の帯をし、頭には着物と同じ色の布をアラビヤ人のように巻き付けている。「デモ、食ベロト言ウナラ食ベラレルヨ」何の事だ?三郎がその場で急いで自己紹介をし暗夜館に滞在している事を説明したのは、何か危険を察知する本能に依るものだったのかも知れない。
 「違ウノ?食ベロト言ウノジャナイ。デハ何ノ用?」少し間があって女が問う。日本語があまり得意でないらしく、たどたどしく抑揚が無い喋り方だ。
「館ノ人、何シニ来タノ?」言われて三郎は昨日の大男はどうしたのかと問うた。すると女は「アア、引キ取リニ来タノ。デモ、アナタ、人間。しょごすジャナイ。何故?」何の事かよく判らないまま三郎は口にしていた。事情があって僕があの男を引き取りに来たのだと。苦しい説明だと想いながらの言葉だったが、女は「判ッタ。少シ待ッテイテ」と言い置いて滑るように奥へ向かい、一分と待たずに戻って来た。その後ろにふらふらと大男がついて来ている。確かに昨日のあの大男だった。だが、その変貌ぶりに三郎は眼を見張った。あのギラついていた眼は虚ろで、頬もこけ、全体が弱々しく感じられた。近くに寄っても体臭がまるで感じられなかった。まるで生者からただの物体になってしまったかのようだった。「デハ、コレデ、コノ男ハ返スネ?ワタシモ充分食ベタヨ」三郎は、そうだとだけ答え大男の手を引いて外へ出ようとした。だが、途端に大男は暴れ出した。慌てて押え込もうとして三郎は驚いた。易々と大男を押え込めたのだ。反射的に大男の肩に手をかけたただけで、大男は身動きが叶わなくなってしまった。まるで全身から力がごっそりと抜け落ちてしまっていたのだ。「いやだ、いやだ。シャンブロウ、俺のものだ。俺のだ・・・」うわ言のように繰り返す大男に、三郎はぎくりとした。この男、廃人になってしまっている?「おい、君、何をされた?」想わず三郎は大男の耳元で問うていた。女に聞こえないように囁き声でだったがその質問は大男の脳に到達していたらしく、「気持ち良かった。素晴らしかった。もう一度、欲しい・・・」と大男は呟いた。呟き続けた。ふと、三郎は麻薬中毒者のようだと想った。大陸で鴉片中毒者たちを見た事があったが、みなやつれて、それでいて薬物のもたらす快楽への渇望が絶ちがたく、丁度この大男のようだったのだ。
三郎が振り向いたのは殆ど本能と言って良かった。振り向いた三郎の眼は女の瞳の無い眼をまともに覗き込んでいた。いつの間にか女は真後ろに立っていたのだ。今度こそ三郎は叫び声を上げて後ろへ飛びのいた。女は頭の布を解きにかかっていた。
 「逃ゲタラ食ベラレナイ」え?と三郎は想う。この女、食べる事しか口にしていないが、一体、何を食べると言うのだ?三郎の視界の片隅で大男が身を起こした。ふらふらと女に向かって歩き出す。「ああ、頼む。もう一度・・・」大男は弱々しく呻いた。「アナタハ引キ取ラレタ。モウ食ベナイ」不意に三郎はこの女が何を食べるのか気がついた。「君は今度は僕から食べる積りなのか?」女の頭を覆っていた布が全部取り払われ、真紅の髪が出現した。しかしその髪は生きているかのようにうねっていた。「ココヘ来タ人間カラハ食ベル。アナタモ人間。ココニ入ッテ来タ。ダカラ食ベル」髪がするすると三郎の方に向かって伸びて来る。これは・・・!三郎は、戦慄した。
不意に館の扉が内側へ向かって開け放たれた。小夜子さん・・・?そこには汗を滴らせた小夜子が立っていた。如何なる行なのか、袴の裾は泥にまみれ、汗なのか水なのか白衣の肩の辺りは濡れて透けて見えている。「三郎さん、ここは罰を受ける者か送り込まれる所です。貴方が来る所ではありません!」小夜子は怒っているようだった。大またで近づいて来る小夜子からは汗と体臭が強く臭っていた。ただ、決して不快な臭いではなかった。大男は小夜子を一瞥しただけで、再び女の方に関心を向けた。そして女の関心は三郎の方に向けられていた。真紅の髪が三郎を捕らえようとしていた。だが、小夜子が割って入る。髪が小夜子の全身に絡み付く。途端に小夜子は悲鳴を上げ、全身を妖しくくねらせ始める。三郎に向けられた小夜子の顔は、昨日以上に艶かしかった。開きかけた口元がわななき、舌が唇をちろちろと這い回る。鼻孔が膨らみ瞳は焦点を失い、頬が真っ赤に染まっている。三郎は、女がそういう状態になるのを大陸で一度だけ見た事があった。処方された特殊な薬物を打たれて男と交合させられた時の、現地の女とそっくりの表情だった。小夜子の口から迸る声と喘ぎも、その時の女の発したものとまるで同じだった。あの時、実験で薬物を打たれた女は幾度も男にせがみ、廃人同様の態を見せていた。三郎は、おのれが気がつく前に飛び出していた。小夜子に飛びついて助けようとする。だが、その指先が真紅の髪に触れた途端、電撃に打たれたように三郎は声を上げて引っくり返った。凄まじい快感の奔流が全身を流れ、耐えられず一瞬にして三郎はおのれの肉体の制御を失ったのだ。床の上で三郎は快感の余韻にのたうち回った。指先がほんの一瞬触れただけで、この有様だった。意識こそあるものの、暫くは身動き出来そうになかった。不意に小夜子の身体から髪が離れて行った。「食ベ過ギ」小夜子は床にへたり込んで喘いでいる。弛緩した表情と妖しく乱れた姿態が凄艶だった。小夜子の体臭が再び三郎の鼻孔を打つ。果実が熟して醗酵しきったような甘く官能的な臭い、だが、そこに妙に不快な異臭が紛れている事に三郎は気がついた。不意に小夜子はきっと表情を引き締めると「三郎さん、わたくしは大丈夫です。先に出て下さい」と、へたり込んだまま言う。三郎が躊躇していると、なおも続けて「今のわたくしの姿を見られたくないのです」と言うので、仕方無く三郎は扉を押して外へ出た。
三郎は助けを求めに暗夜館へ向かいかけて、向こうから同じ顔の男たちが来るのに出会った。「待て!」と想わず呼び止めて彼らがその通りにしたので三郎は少し驚いた。「君たちはどうして足を止めたのだ」すると男たちの一人が抑揚の無い声で喋る。「貴方様が命じたからです」その言葉を三郎が理解するのに数瞬かかった。君たちは僕の命令をどうして聞くのかと問えば、「館の方たちこそ我等が主人」と言う。そこで三郎は小夜子の救出を命じたが断られた。結局、軍の指揮系統のように命令者に順位があり、三郎よりも上位命令者から小夜子に関してかシャンブロウの館に関してか、放っておけという命令が出ているらしい。どうしようかと逡巡しているところへ、今度はお志世がやって来た。三郎が中々帰って来ないので探しに来たらしい。訳を話すと、「小夜子様は嘘はおっしゃいません。大丈夫だと言うのなら大丈夫です」と言う。それでも諦めきれずに三郎は愚図愚図していたが、ふと気がついて男たちに別な命令を発した。「君たちの正体を明かして貰いたい」
 途端に三郎にとって予想外の事が起きた。男たちの身体がどろどろに溶け出したのだ。真っ黒な、しかし陽光を反射した部分だけは虹色に輝いて見えるタールのような粘液状の物質が男たちの立っていた位置に堆積している。ゴーレムみたいなものだったのか?それで身体を形作っていた物質に還元した・・・?だが、違った。大きな眼が粘液の中からこちらを見ている。その物質は、脈動し、鳥のさえずりのようにも聞こえるテケリ・リ、テケリ・リ・・・と言う音を発していた。

* C.L.ムーア作「シャンブロウ」より

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