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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの闇島奇譚?怪異の潜む島(第六回)

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あの地下室から如何にして戻って来たか、三郎漠然とだが記憶はあった。だが、全ては夢の中の出来事のようでもあった。あれは一体、何だったのか。あの木乃伊のようにも見える人体状の物体は一体・・・
 三郎はいつしかあの包帯まみれの人型を人間以外のもの、只の物体として考えていた。おのれの正気を守ろうとする無意識の防御、或いは逃避だったのかも知れない。
 三郎は大きく息を吐いた。漸く落ち着いたところで、額に流れる汗に気がつき右手の甲で拭いかけて、三郎はハッ、と手を止めた。顔がすっかり冷たくなっている。そして身体の方は、冷や汗がべったりと肌着を濡らしていた。裸になって汗が引くのを待ちながら、そう言えば昼に温泉街に行きながら入浴して来なかったな、と三郎は想った。身体が臭い出す前に入浴しておこうとも想った。実際、演習で風呂に入る余裕が無い時など、汗でみな凄まじい臭いを発するようになる。それでも、あの木乃伊のような物体が放つ程の異臭にはならなかった。木乃伊の臭いというものを三郎はまだ嗅いだ事が無かった。あの臭気は幾千年もの歳月を経た木乃伊の臭いなのだろうか?それにしても、木乃伊にあのような晴明桔梗のような印を護符か封印のようにあしらうなどと言う話は聞いた事が無かった。ましてや動くなどと!
いや、あれは科学的な説明がつく筈だ、と三郎は想った。あの木乃伊は冷たかった。あの棺はおそらく何らかの保温、いや保冷装置になっていたのではないだろうか。昨年辺りからか発売されている魔法瓶なる保温容器があるが、水を冷やしたままにも出来ると言う話で、それと似たような仕組みだったのではないだろうか。それが急速に暖められて保存されていた遺体が膨張しその結果として首の辺りが緩んで重心の関係で、頭が上を向いただけなのだ!
「大和さま、どうかされましたか?」という声がいきなり近くでした。「お志世か」相変わらず抑揚の無い言葉で「はい。お具合でも悪いのですか?」
そこで三郎はおのれが裸である事に気がつき慌てた。「ごめん。悪い夢を見たらしく汗をかいたので身体をさましていたんだ」
「悪い夢ですか?何なら添い寝してさしあげましょうか?」お志世は三郎の裸の姿にも動じる事が無かった。男の裸を見慣れているのか、それとも性的に未熟なだけなのかは判らなかったが、慌てて断ると、お志世は外へ出て汗を拭くものを持って来てくれた。汗を拭き終えて礼を言おうとすると、お志世はもう居なかった。その時になって三郎は気がついた。お志世はいつからこの部屋に居たのだ?お志世が最初に声をかけてきた時、外から入って来た様子は無かった。
その夜、三郎は悪夢を見た。夢の中には小夜子が居た。小夜子は着物こそ纏っていたが三郎と褥を共にしていた。添い寝をしてくれていた。それが不意に球体の集合体のような化け物に、あのイオグ・ソトト或いはヨグ・ソトースと呼ばれる存在に変身して暴風雨を引き起こすのだ。海中に落下したと想った途端、汗びっしょりで三郎は眼が覚めた。顔を洗って戻って来ると、「今日もお散歩に行かれますか」と、お志世が既に居た。そうだな、と想って表に出た三郎は、しかし海に行く気にはなれず誰も居ないのは判っているが村の方へ向かった。着いてみると矢張りみな野良仕事に行ってしまったらしく、人気は無かった。戻るか、と想って振り向いた三郎の前に中年の太った人の良さそうな女が立っていた。「あんた、何処から来なすった?」と訛の無い言葉で尋ねて来る。東京だと三郎が答えると途端に懐かしそうな笑みを浮かべた女は、次に天明(てんめい)さんに御参りはもう済ませたのかと尋ね、それで三郎はおのれが昼島の温泉街に来ている観光客と間違われている事に気がついた。それで暗夜館に泊まっている事を言うと、女は眼に見えて慌てだした。そしてお館様の一族なのかと尋ねるので、遠い親戚に当たるのだが、ここの事は何も知らなかったのでどんな所かと尋ねて来たのだと言うと又も慌てだし、自分の無礼を詫びるのだった。それだけでは済まず、何かお役に立てる事があればなどと言い出す始末で、これには三郎の方が逆に慌ててしまった。
「だったら、この島の事を何か教えて下さい・・・そうだ。鍵守(かぎもり)小夜子さんと言う女の人をご存知ですか?」
 その途端、女の顔に浮かび上がった表情を何と呼ぶべきだろう。嫌悪?恐怖?侮蔑?それとも何だ?
 「あんた、もう寝たんかい?あの女と?」
 その女は、小夜子の事を“女”と呼んだ。それもかなりきつい口調で。だが、三郎の怪訝な顔に女は表情を和らげた。
 「あの色呆け女は鍵守神社の巫女じゃよ。暗夜館の正面まで戻ってそこから五分程西の岬の方に行けば、鍵守神社はあるよ」
 女は、三郎に興味を無くしたかのように、或いは三郎から逃げるように背を向けると村の方へすたすたと歩いて行ってしまった。
 僕が小夜子さんと寝る?小夜子さんの事を色呆け女?三郎は訳が判らなかった。いや、一つだけ判った事がある。小夜子について迂闊に話題にしない方が良さそうだと言う事だ。
 役目柄、魔術や宗教上の儀式には性的なものや男女の交合そのものが取り込まれている事も少なくないと、三郎は承知していた。ウエイトリー氏の説明が正しければ、この島に祀られている神は古事記に記された神々よりも、キリストや仏陀よりも古くから祀られていたのだと言う。おそらく鍵守神社と言うのがその神を祀っている社で、それならば今日では不道徳とされるような儀式などが伝わっていてもおかしくはないかも知れない。
 目覚めた時の夢がよみがえって来て三郎は全身が火照って来るのを感じ、慌てた。欲情しているのか?三郎は努めて冷静になろうとした。だが、同時に小夜子の事を気にし小夜子に会いたがっているおのれにも気がついていた。女の教えてくれた通り、暗夜館の手前から岬に向かって三郎はふらふらと歩き続けていた。気がつくと松林の奥の古びた社の前に居た。ああ、もしかしてこれが・・・と想っていると、「まあ、三郎さん」と声がして振り向くと小夜子が立っていた。足袋を手にし、白い小袖に赤紫の襠有りの袴を穿き、裸足だった。「ああ、おはようございます」と挨拶して三郎は、小夜子の様子がおかしいのに気がついた。頬が上気し息が乱れ額から汗を垂らしている。
 「え、ええと小夜子さん、こちらで巫女をされていらっしゃるのですね?」
 「え、ええ。すみません。昨日は行をしておりましたのでお訪ね出来なくて」
 荒く息を吐きながら小夜子が言う。ぷうんと甘酸っぱい臭いが三郎の鼻孔を刺した。小夜子の汗と体臭だ。熟し過ぎた南洋の果実と菊の花の香りを混ぜたような意外と強い体臭だった。それに何やら饐えたような臭いも立ち上っていた。つい顔をしかめてしまったのだろう。
 「あ、申し訳ありません。臭いましたか?」小夜子は慌てたような顔で後ろ手に足袋を隠した。「行を終えるまでは着替えたり脱いだりしてはいけないのですが、臭って来たので、つい脱いでしまったのです。他の人たちには内緒にお願いします」と、小夜子は悪戯っぽい表情で続ける。聞けば行は幾日か続き、終えた時には全身が臭っていて堪らないそうだ。三郎は、行の内容についてまでは尋ねなかった。何故かその気になれなかったのだ。先ほどの女の言葉が耳に残っていたせいかも知れなかった。代わって三郎は「昨日から行に入られていたのですか?」と、問うてみた。「おとといの朝からです」と答が返って来た。だが、その一昨日の晩、三郎を迎えてくれた時の小夜子は普通の着物だった。すると小夜子は「それも内緒にお願いします」と又も悪戯っぽい笑顔で言う。それで三郎が既にその事を暗夜館の人たちに言ってしまった事を話すと、今度は「ああ、あの人たちは良いのです」と答が返って来た。
 その時だった。不意に人影が二人の間に割って入って来た。屈強な大男だった。むっ、とする獣のような体臭が鼻を衝く。男は小夜子に抱きついた。顔をしかめて「放して下さい」と小夜子が言うが男は離れようとしない。三郎は「やめたまえ、君。彼女が嫌がっているではないか」と言って男に手をかけようとしたが、振り向いた男の表情に、ぎょっ、として手を引っ込めた。男は何かに憑かれたように両眼をギラつかせていた。「夜まで待てんのだ!」と男は吠えた。「い、今すぐだ!も、もう我慢出来ん!今日は俺の番だ!」
 「待ちたまえっ!」三郎は叫んで男に手をかけようとした。だが男の太い腕が動き、三郎の顔面を直撃した。その力と勢いは凄まじく、三郎の身体は近くの松の木に叩きつけられた。霞む視界の中で、三郎は、男に腰を胸を撫で回されて喘ぐ小夜子の姿を見た。だが、それも一瞬の事で、次の瞬間、男は恐怖に顔を歪めてその場から走り出した。一体、何を?と想って松林の向こうに視線を巡らした三郎は、一昨日の晩、吊り橋の所で出会った狛犬のような物を眼にした。そいつは男の後を追って走って行った。まさか、あれが宇宙人・・・?だが、それよりも小夜子だった。松の木の根元に小夜子はうずくまって肩を上下させている。
「大丈夫ですか?」だが、小夜子は三郎から逃れるように身をすくませた。驚いて動きを止めた三郎を、小夜子は霞のかかったような瞳で見上げた。想わず三郎は息を呑んだ。半開きにした口の端には舌が艶かしく覗き、頬を赤く染めた小夜子は今までの清楚な様子が信じられない程に妖しく見えた。村の女の言葉が脳裏に蘇っていた。
「すみません。もう大丈夫ですから」
弱々しく言う小夜子の身体から体臭が強く臭っていた。
「今の男は一体・・・」
だが、小夜子は何も答えず「大丈夫です。あの男は罰を受けます」とだけ答える。三郎は納得出来無かったが、小夜子は行を続けねばならないからと、そのまま行ってしまった。
 暗夜館へ戻るとお志世が待っていて、来客を告げた。まさか少佐がここまで乗り込んで来た訳でもあるまいと想い部屋に戻ってみて、三郎は顔を曇らせた。「お前たちか」と想わず呟く。そこには四人の男たちが居た。みな三郎と近い年齢の若者たちだった。
 「挨拶だな。この不忠者が」「殉死を恐れる臆病者が」「俺たちから逃れようとした卑怯者が」「何故、乃木閣下を見習う気になれんのだ」
 若者たちは口々に三郎を糾弾しようとする。彼らは軍で三郎と仲の良い軍人たちだった。何故、無意味に死のうとするのか。三郎は堪らなくなって彼らをそのままに部屋を出ると外へ出た。すると四人は外まで追って来た。
 「逃げるのか。逃げ続けるのか!」そう怒るのは四人の中心的人物の大木中尉だった。三郎は何も答えなかった。一人が三郎の胸倉を掴み上げる。佐々木少尉と言う武術自慢の男だった。だが、不意に横から佐々木少尉の腕を掴んだ者があった。その人物の顔を見て、三郎は、あっ、と想った。ホムンクルスかと想われた男たちの一人だったのだ。佐々木少尉は顔を強張らせると後ろへ引いた。分が悪いと見て取ったのか大木中尉は自分たちは昼島館という所に泊まっているから考えが変わったら訪ねて来いと言い置いて、みなで去って行った。佐々木少尉をたじろがせた男はそれを無言で見送ると、何処へともなく立ち去って行った。
 厄介な事になったと三郎は想った。果たしてこれからどうしようか・・・あてどもなく歩きながらそんな事を想ううち、三郎は、見知らぬ所に来てしまっていた。一寸した洋館がそこには立っていた。何故かは判らないものの、三郎は得体の知れない不気味さのようなものを、その洋館に感じていた。
 不意に扉が開き中から一人の女が現れた。顔はよく見えない。裸体のようだった。娼婦か?だが、三郎は女の身体より髪に眼を奪われていた。真紅の色をしていた。異人なのか?いきなり髪が自らうねったように見え、まさかと三郎は想った。と、そこへ誰かがやって来た。一人ではない。複数だった。あのホムンクルスと思しき男たちだった。三人がかりで誰かを強引に引きずっている。引きずられているのは、さっき小夜子に狼藉を働いた男だった。喚き、泣き叫び、何かを懇願している。だが、男は真紅の髪の女の前に立たされると観念したように大人しくなった。
 「一体、何者なんだ?」と三郎が想わず口にすると、「シャンブロウ(Shambleau)様です」と声がし、振り向くとお志世が立っていた。

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