ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

クトゥルー神話創作小説同盟コミュの闇島奇譚?怪異の潜む島(第四回)

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
                                ?

 「あのう・・・」
 と、澄んだ声が何処からか三郎に囁きかける。
 「大和さま、夕餉のお支度が整いました」声は障子の向こう、廊下からだった。小夜子の声ではない。おそらく下働きの小女か何かだろう。三郎は、読んでいた書類を急いで仕舞うと障子を開けた。眼の前に年の頃は十三か十四くらいだろうか、黒眼がちのわりあい綺麗な少女が無表情な顔で立って見上げていた。無表情さがいっそう少女を綺麗に見せており、これで綺麗な着物でも着せて銀座辺りを歩かせたら若い男共が振り向くのではないかと想わせる程だったが、何故か三郎は少女の姿に何処か居心地の悪いものを感じていた。
 「大和さま、よろしければこれから食堂までご案内致します」
 少女は無表情のまま抑揚の無い声で早口に喋る。まるで暗記していた口上を忘れてしまう前に全部口にしてしまおうとしているかのように。いや、或いはそうなのかも知れない、と三郎は想った。おそらく覚え込ませられた事を必死になって実行しようとしているのだろう。それで表情も変えず、ひたすら暗記した言葉をまくし立てているのだ。そう想うと最初は居心地が悪く感じられた少女が何やら可愛いく想えて来て、三郎はくすりと笑った。
 「あのう、大和さま」
 相変わらず抑揚の無い声だが困惑しているのだろうか?
 「食事の前に、ここのお館様にまだ挨拶させて頂いてないのだが」
 「それでしたら、お館様も含めて、皆様、食堂でお待ちです」
 言われて、はたと三郎は気がついた。おのれは夕餉の肴なのだ。考えてみれば帝都から来る人間など、この島へ来る軍人など、他には居まい。だが、それでも構わないと三郎は想った。何なら、肴にでも道化にでも何にでもなってやろう。今はそれよりも・・・
 「それから喉が渇いているのだが、水は貰えないかな?」
 すると少女は三郎を案内して、廊下の突き当たりの方へ向かった。だが、そちらには手洗いがあり、左へ曲がってすぐ左の扉はあの地下室へと通じているのだ。三郎は読んでいた書類の内容を想い出していた。四大文明の誕生以前に栄えた魔法文明の遺産、おそらくは宇宙人であるゾタクァと結託していたエイボンという人物の研究や文書を弟子が纏めたものだと言うのだが、そこにはイアグサトとかヨク・ゾトースといった名前があった。イオグ・ソトトもヨグ・ゾトースも全て同じ存在で、おそらくこいつも宇宙人だ。
少女はかなり足が速かった。後姿からは一向に急いでいるようには見えず、しかし早足の行軍に慣れた軍人でもこれほど早くそれも自然に足を運べるだろうかと三郎は想った。水呑み場は廊下の突き当たりにあって、そこだけ西洋風な扉の鍵を外して押し開けると土間があって隅には蓋をした井戸があった。少女は慣れた手つきで木の蓋を外し井戸の水を汲み上げると、取っ手と周囲に綺麗な彫刻が施された金属のカップに柄杓で注いでくれた。西洋では麦酒を飲むのにこういうカップがよく使われると三郎は知っていいて、どうやら西洋風なのは建物だけでは無さそうだなと想った。
 水は冷たくて旨かった。どうやら真水が出るのは夜島と昼島だけでは無いのだなと三郎は想った。一気に飲み干してカップを返しながら三郎が「ありがとう。美味しかったよ。ところで君の名前は?」と口にすると、少女は「申し遅れました。わたしは、しよと申します。志に世の中の世と書きます。おしよとお呼び下さい」と答える。志世と書くらしい。良い名だと三郎は想った。
 水呑み場からの帰りは、又も志世に追いつくのが精一杯で、食堂へ着くまでの間、三郎は必死で歩き続け、おかげで折角引っ込んだ汗が再び噴き出してしまっていた。食堂は二階にあり、階段をかなり歩く羽目になってしまったのだ。
 先に立って食堂に入った志世が「遅くなりました。大和様をお連れしました」と言った途端、「本当に遅かったね」と、年老いた女の声が響いた。その声に想わず三郎が足を止めると、「おしよ。気が利かないね、早くおどきよ。お客様が入れないじゃないか」と再び老女の声がし、弾かれたように少女は横へ移動した。途端、三郎はそこに居る人々の視線を一身に浴びていた。人々と言っても三人だけだったが・・・
 「大和日暮子(ひぐれこ)の息子の大和三郎です。叔母は長峯日名子、祖母は夜部(やべ)歌子です」
 正面の席に居た老女は満足そうに頷くと「橋守の娘の息子よ、よう来た。わしはここの主の夜部薫子(かおるこ)と言う。お前の祖母、つまりお前の母の母はわしの従妹で分家の一つに嫁いでおった。既に身まこうて幾年も経つがのう」と口にする。
 食堂は二十畳くらいはあるだろうか、板敷きの洋間だった。壁や柱の窪みに置かれたランプが薄ぼんやりと食堂を照らしている。中央にはかなり大きな四角い卓があった。中央にはひときわ大きなランプが置かれ、四角の一片に三人か四人分の席は用意出来そうな大きさだった。だが、その卓には四人分の席しか用意されていない。四角の一片につき一人だ。三郎から見て右の席には白髪の初老の男性が、左の席には太った中年の男性が就いていた。初老の男性は薫子の息子の明男(あきお)、中年の男性は分家の星夫(ほしお)と紹介され、星夫は三郎の母の従弟に当たり、今では分家筋で残っているのは彼だけだとも教えられた。
 三郎が席に就くと食事が始まった。美事な晩餐だった。地元で取れたと思しき白身の魚の酢漬けに西洋の野菜を刻んだものから始まり、牛乳と小麦を混ぜたソースを伸ばし浅蜊を加えたスープ、白身の魚を焼き温野菜を加えたもの、野兎の肉を焼いたもの、それに香ばしい丸く硬いパンなどが次々と供され、最後には臭気の強いブルーとか言うチーズや穴が沢山開いたエメンタールと言うまろやかなチーズが出て来た。料理を運んで来るのは愚鈍そうな初老の女性だった。驚いた事に、食事の飲み物としてワインがデカンタに入れられて出されていた。こちらの方は執事然とした細身の老人が運んで来ていた。三郎が自分は酒は嗜まないと言うと、薫子はならジンジャーエールはどうかと尋ねるので、頂きますと三郎が答えると執事然とした老人が少しして(*)ウヰルキンソン・タンサンのジンジャーエールの瓶を手に戻って来た。後で聞くと中二階に大きな冷蔵庫があるのだと言う話だった。冷蔵庫用の氷は春になる前に運ばれて来て地下の氷室で保管されているのだそうだ。ジンジャーエールは、よく冷えていて甘辛く美味だった。特にジンジャーの辛味は三郎の疲れた頭に適度な刺激を与えてくれた。
 晩餐は、専ら三郎が東京での話をし、三人が聞き役に回っていた。もっとも質問をしたりするのは薫子一人だけで他の二人は三郎の話に興味が有るのか無いのか、話を聞いているのかいないのか、適当に相槌を打ったり頷いたりするだけだった。ただ、途中、三郎が小夜子に案内された事を話し矢張りここの住人なのか尋ねた時だけ、ああ、そりゃ違うと二人揃って否定に回った事があったから、一応、話は頭に入っているらしかった。しかし、その後は又も聞いているのかいないのか、と言った風で、わざと会話に関わらないでいるようにも想えた。ちなみにこの時、薫子は少し驚いたような表情を覗かせ、「雲が分厚いとは言え、月が出ている時期に出歩くとは・・・」とか何とか呟いていた。
そのうちに三郎の家族や友人の話になり、話題は自然、従姉の真里子の話になった。
「そう言えば真里子姉さんは、元気にしてますか?」
何気なく三郎が口にした言葉に、明男と星夫はそれまでの無関心な様子が嘘のように著しい反応を見せた。劇的な反応だった。不意に身体を硬直させ、表情を一変させたのだ。その時、二人の顔に浮かんでいた表情は、紛れも無い恐怖の相だった。反対に薫子は落ち着き払った様子だった。そして、落ち着き払って薫子は答えた。「真里子は死んだ」と。
          *          *         *
 部屋に引き上げると夜具が既に敷かれていた。正直、真里子が死んだと聞かされた事は衝撃だったが、それでも三郎は比較的冷静だった。おそらく子供の頃の記憶しか残っていないせいだろう。一瞬、打ちのめされて会話を続けられなくなってしまったものの、それでも三郎はデザートに何だかよく判らない西洋の蕩けるように甘い果物を、その後に出された黒いチョコレートケーキを、そしてデミタスカップに注がれた濃厚なコーヒーを、しっかり味わっていた。それでも、何故、真里子が死んだのかと言う問いは遂に発せなかった。その程度には衝撃的なのだった。
 三郎は服を脱ぎ捨てると寝間着を纏って布団に潜り込んだ。多少の緊張があったのか疲れているのになかなか眠れなかった。それに誰かに見られているような気もしていた。それでもいつしか三郎は眠りに就いていた。
 眼覚めた時、既に室内には朝日が差し込んでいた。鴨居を見るとハンガーに脱ぎ捨てた服が架けられている。誰が架けてくれたのだろう?ふと床の間を見ると、あの奇妙な像の横に大きな壺があった。小さな子供なら入ってしまいそうな大きさで蓋がしてある。昨日、小夜子に案内されて来た時には無かった筈だ。いつ置かれたのだろう?
 三郎は手洗いに行くと用を足し髭を剃り顔を洗った。戻ると志世が居た。鴨居に架けてある服の事を尋ねると、矢張り彼女だと言う。三郎が礼を言うと、志世はそれが役目だからと答えた。どうやら三郎の世話をするよう言い遣っているらしい。志世に朝食の用意が出来るまで、まだ一時間程かかると言われて三郎は散歩して来る事にした。
 暗夜館(あんやかん)から十分も歩くと村が見えて来た。もっとも村に人の姿は見られない。村の向こうに田畑が広がっており、そちらでちらほら人影が動いているのが見える。どうやら朝早いうちに野良仕事に出てしまっているらしいな、そう想いきびすを返すと三郎は昨晩耳にした波の音を目指してみる事にした。おそらく暗夜館の裏手はすぐ海なのだろう。そう想って裏に回ると果たしてそこは岬になっていた。岬の先の方に立つと海岸が眼に入る。三郎は海岸で褌以外は裸の男たちが海へじゃぶじゃぶと入って行く光景を眼にした。何だろうと想って見ていて三郎は地引網が仕掛けられている事に気がついた。ここは地引網が出来るんだ・・・この辺りの島々は岩が多く海岸と言うと岩だらけの磯の印象が強かったのだが、ここは砂浜があるのだ。そう想って見ているうちに男たちは全員、海へ入って行ってしまった。それも頭のてっぺんまですっぽりと海中に。
 時が過ぎて行き、海中に没した男たちは、只の一人も出て来なかった。まさか・・・蒼白になった三郎が誰か人を呼びに行こうとした時だった。不意に海面に何か黒いものが見え始めていた。頭だった。男たちの頭髪だった。やがて額が、眉が、眼が海の上に現れ着始めた。そして漸く鼻と口が海面に出る。だが、大きく息をしようともしない。苦しくないのか?息をどのくらい止めていられるんだ?
 先頭に現れた男は割り合い整った顔立ちをしていた。鼻の左横に大きな黒子が見える。そして次の男も・・・三郎は想わず叫び声を、悲鳴を上げそうになった。男たちは二人目、三人目と海から上がって来る。だが、全員、揃って同じ顔だったのだ。黒子の位置まで。
 
* 明治の頃、良質の国産天然炭酸水を原料として作られた辛口のジンジャーエール。現在はアサヒ飲料からウイルキンソン・ジンジャエールとして販売されている。 


 

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

クトゥルー神話創作小説同盟 更新情報

クトゥルー神話創作小説同盟のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。