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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの「彼方から」 投稿作品『彼方への夢』

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 私、ダー・リ・クラン・アのグルムールは、その名を書き記すことさえ躊躇われる慄然たる者共の聖地である彼の地より、我が懐かしき故郷ダー・リ・クラン・アのクン・ユールに住まう、我が旧友ムルネブへと最後の力を振り絞ってこの文書を転送するものである。
 全ては、君の制止を振り切り、星辰が千年に一度の〈大いなる合〉に到ったことによって開かれた〈百万宇宙の門〉を潜ってからのことを、君に対して伝えんがためだ。この記録が無事に君の手に渡ったのであれば、つまりこれを読み解いているのが君であるならば、私がここに書き記した全てを余すことなく皆に伝えて欲しい。本来、それが私自身の責務であることは承知している。しかし私は、後述する忌むべき巨大生物の虜となったがため、その神聖なる義務を果たすことができなくなってしまった。そこで君に頼んでいるのだ。君の真摯なる忠告に嘲笑で以て報いた私が、他ならぬ君に対してこのことを依頼する身勝手さも承知の上で、私は、我が唯一の友にして最も尊敬する神官たる君に全てを託したいと思う。厚顔無恥との誹りも甘んじて受けよう。いかなる悪評を広められようとも受け入れよう。私が君に用意できるものは今となってはほんの気持ち程度のものでしかないが、しかし私は、用意し得るあらゆる全てを以て報いるつもりでいる。だから、どうか、友よ、私の記録を皆に知らしめてくれ。
 誠実にして賢明なる友人よ、君が私の懇願を聞き入れてくれることを切に願いつつ、私が〈百万宇宙の門〉を越えてからのことをごく簡単に書き記すこととする。
 〈門〉を越えた後、私は遥か遠きヤディスへと到った。そこで私は大いなるズカウバ――ヤディスに住まう偉大な魔術師だ――の知遇を得て、何人たりとも触れてはならぬ禁断の知識を論じ合い、忌まわしき様々な伝説を語り合って過ごした。その内、私はズカウバから謎に満ち満ちた不浄なる彼の地のことを聞いた。彼の地の名を書き記すことは敢えてしない。許してくれ。その名を書き記すことさえ、今の私には躊躇われるのだ。ズカウバとの議論の際、私は彼が彼の地の名を口の端に乗せることさえも躊躇うのを見て笑ったものだが、今となっては本当に笑われるべきがこの私であるということがよく理解できた。彼の地は軽々しく名前を出すべきものではなく、それどころかいかなる理由があろうとも決してその名を呼ばわってはならぬ土地なのだ。
 ズカウバから彼の地のことを聞き及んだ後、私は彼の地に到る手段を模索するようになった。
 手段を発見するのにそれほどの時は必要なかった。ズカウバが仄めかす知識を基にしてヤディスの資料を読み漁る内、自然と彼の地に到るに足るだけの知識が私の中に刻み込まれていた。
 ズカウバは、かつての君と同様、私を思い留まらせようとした。しかし愚かな私は、またしても誠実なる忠告者を臆病者と嘲笑い、彼の地への門を開いてしまった。
 彼の地に到達した私は、長い時間を費やして彼の地を巡り、恐るべき彼の者共及びその文明を見聞した。全てを詳細に記すだけの時も体力も最早残されてはいないので、ごく簡単に、その概略を述べるのみに留めることとする。ご容赦願いたい、友よ。
 伝説が記す通り、彼の者共は極めて醜悪な肉体の持ち主であった。手足や関節の数は異様に少なく、悪臭を放つ分泌物でじっとりと湿った皮膚には薄らと体毛が生えており、その下に隠された肉はぶよぶよとした不気味な弾力と有り得ざる熱を秘めており、その肉体は我らの数千倍、数万倍もの巨大さを誇っていた。
 またその性質も、伝説に語られる通り、邪悪極まるものであった。彼の者共は、自らの種族の繁栄のために他種族を踏み躙り、地や空、海を汚すばかりか、しばしば自らの利益のために同族と争い、蹂躙しさえする野蛮なる種族だった。彼の地は常に争いに満ちており、誰かが死なず、何かが壊れぬ時は寸秒たりとも有り得なかった。常に誰かが死に、何かが壊れていた。
 文明は極めて野蛮であり、原始的であった。化石燃料の活用法をおぼろげながらも理解できる程度の科学技術、非効率的ながらも内燃機関を開発できる程度の工業技術、ある程度の高度を持つ塔を建てられる程度の建築技術、少々の負傷や病を治療できる程度の医療技術、大いなる神々の奉仕種族に対抗できる程度の魔術、といったものを持ち合わせているだけであり、到底、我らの文明に及ぶものではなかった。
 しかしながら、これはあらゆる種族、あらゆる文明に共通する事実であるが、中には突然変異的な才能を持つ個体も存在した。私はその中のとある個体に注目し、その生活を覗いてみようと考えた。
 魔術を用いて禁断の存在との交信に励むその個体の棲家に潜入し、気づかれぬようによく配慮しつつ、その個体の性質の調査を始めた。
 その個体は彼の者共の社会においては導師のような役割を担っているらしく、毎日のように若年の個体の集団の中へと出かけ、彼の者共の歴史、社会、宗教に纏わるらしき雑多な知識を語り聞かせていた。その語り聞かせの中で、魔術的な知識、古の恐怖に纏わる知識、おぞましき超生物らに関する知識は、僅かに仄めかされる程度であったことから、彼の者共の社会では魔術は厳重な秘密として取り扱われ、ごく一部の選ばれた者しか知ることを許されないものとされているらしいことが推測できる。
 そのように、その魔術を扱う個体の観察を続ける日々を送っていたのだが、ある時、油断から、私はその個体に発見されてしまった。
 そこで逃げておけば、或いは私は助かったかもしれない。だがそれも、今となっては虚しい思惟でしかない。その時、驕り昂ぶっていた私が、このような者共に自分をどうこうできるはずがない、という油断に取り憑かれていたことは事実なのだ。
 その個体は、私の目の前で、何か透明な容器の中に奇妙な液体を数滴ばかり垂らした。その個体にとっての数滴であるから、私にとっては大瓶数杯分にも等しかった。
 一体何をしようというのか、と興味深く様子を窺っていると、この世のものとも思われぬ甘美極まる馥郁たる香が漂ってきた。風の流れから考えるに、それはあの個体が容器の中に垂らした液体が揮発したものであったに違いない。実際、甘い香に誘われて、私がその容器の中に入り込んでしまったことについては、それが理由としか思えない。私が容器の中に入り込んだ瞬間、鈍重な彼の者共とは思えぬほどの敏捷さで以て、あの個体は容器の口を閉ざし、私を捕らえた。私とは全く異なる構造の顔面の持ち主であり、共通点など無きに等しい顔立ちではあったが、その時、その個体が笑みを浮かべているのだということが、なぜだか私にも理解できた。
 まだまだ書き足りないが、そろそろ力が入らなくなってきた。恐らく、件の「甘い香の液体」が、そのおぞましい毒性を私の肉体に及ぼしたのであろう。また、この文書を書き記すために血液を使い過ぎたためでもあろう。
 ここで筆を置き、このまま君にこの記録を転送しようと思う。無事に届くことを切に願う。


*  *  *


 大谷浩二は下崎秀人教授の研究室で奇妙な標本を発見した。虫ピンで磔にされたその標本は、およそこの地球上のいかなる虫にも似ていない、全く異質な生物なのである。甲虫と羽虫を掛け合わせたようでもあり、単なる甲殻生物のようでもあり、実際、そもそもこれを虫と呼ぶべきであるか否かすらもわからなかった。
「先生、これ何ですか?」
「名前は知らないが、珍しい虫であることだけは確かだ。ヤディス辺りの――いや、もっと遠い所の生物かもしれない」
「いや、珍しいどころじゃないでしょ、これは!」
 事の重大さをまるで理解していないようなさらりとした返答に、大谷は思わず声を高めてしまった。
 ヤディスとやらがどこにあるのかはわからないが、講師である自分が知らないくらいなのだから、相当な秘境に違いない。アフリカやアマゾンの奥地辺りかもしれない。
「こんなのどこで捕まえたんですか」
「私の家だよ。しつこく周りを飛び回ってくるから、ちょっとした餌を使って捕獲したのさ」
「じゃ、じゃあ、こいつは日本に、それもこの辺りに棲息しているんですか? 凄いじゃないですか! これまでの生物学を引っくり返す大発見ですよ! 学会に報告しなくちゃ!」
「ああ、今申請中だよ。もっとも、君の言う『学会』とは違う『学会』だがね」下崎教授はそう言うと立ち上がり、一方的に話を打ち切った。「まあ、この話は一旦終わりにして、昼飯にでも行こうじゃないか」

コメント(3)

手違いがあったので再投稿致しました。

彼方から見れば此方こそが彼方である。
まあ、そういった言葉で要約できてしまう作品です。
お楽しみいただければ幸いです。
とても楽しくj拝読しました。

ズカウバ=ランドルフ・カーターのような入れ子構造を模した結果、入れ子に見破られ……
SKさんがおっしゃられている通り、「彼方から見れば此方こそが彼方」という所見もありますが、これだけコンパクトに書簡モノで書ききってしまえる辺りに熟練の風格を感じさせられます。

オチの下崎教授、地の底、宇宙の果てを見通しているかの、とはいえなんでもない口調に快哉をおぼえました。

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