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クトゥルー神話創作小説同盟コミュの時の猟犬

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僕は黒板を拭きながらため息をついた。
現時刻は夕方五時すぎ。九月半ばの秋空は朱に染まり、理科室には徐々に夕闇が迫ってきていた。
こんな時間に掃除をするハメになったんだから、ため息の一つも出るというものだろう。
黒板拭きを終わらせて振り返ると同級生のトシヤとコウジがのろのろと掃き掃除を続けている。トシヤはお調子者のひょうきん者。コウジは理屈っぽい言い回しが得意な理論派。どっちかというと引っ込み思案な僕。何故か僕達三人は気が合った。
「早く終わらせて帰ろうぜ」と僕が言えば
「誰だよーろ紙ちらかした奴はよー」とトシヤ。それに答えてコウジ
「トシヤが散らかしたんだろ」
コウジは手にしたシュロ箒で肩を叩きながら続ける「しかしいまだに理解できん。こんな不当な扱いがあるか!?」
まあ、確かに不当かもしれないと思うが。

事の起こりは二時間前にさかのぼる。僕とトシヤとコウジの三人はいつものように放課後のクラブ活動に参加していた。
クラブの名称は「近代科学部」
名前ばかりは一丁前だが、やってる事と言えば小学生の理科の実験に毛が生えた程度のことばかりで、僕たち三人はすぐに飽きてしまっていた。
「高校三年にもなって「ろ過」はねーよな」とはコウジの弁だ。よりによって、高校三年生というこの大事な時に、こんなクラブに入ったのが運のつきというやつか。実験に飽きた僕たちは好き勝手に遊び始めていたが、この事が僕たちと同級生で近代科学部部長であるカズコの逆鱗に触れてしまったらしい。
クラブ活動終了時刻の到来と同時にカズコは鬼の形相で僕ら三人に詰め寄り「掃除はあんたたち三人でやってよね」と言い放つと、彼女の「忠実なる部下」・・・下級生の女子を連れてさっさと出て行ってしまったのだ。

そんなことをつらつら思い出していたら、コウジが教壇横の理科準備室に通じるドアを開けて「なあ、ちょっと覗いてみようぜ」と言い出した。
止める間もなくコウジは理科準備室の中へ。「うひょーおもしろそー」とトシヤも中に入っていく。
まったく、こいつら何考えてんだ?理科準備室といえば、ウサギの剥製やら、犬の心臓のホルマリン漬けやら、気味の悪いものばかり置いてあるってのに、何もこんな時間に入らなくても・・・
トシヤが入り口から満面の笑みを浮かべながら準備室の入り口で手招きしている。
「ほらほら、よーいち!犬の心臓♪」
わかったよ、トシヤン。入ればいいんでしょうが。

僕は入口のドアから首を突っ込んで覗いて見たが、薄暗くて中の様子はよくわからない。立ち並ぶ棚には、やはり薄気味悪い瓶詰めが所狭しと並んでいるのが暗がりでも分かる。手探りで壁に付いてるであろう電灯のスイッチを探し、それを押すと途端に部屋の中が明るくなり、それに合わせる様に戸棚の後ろからコウジが出てきた。その手には一本のビデオカセット。
「なにそれ、なにそれ」とトシヤもそれを覗き込む。
「お前ら、ここの理科室であった事件、知らないのか?」とコウジ。
知らないはずは無かった。僕たちが入学するずっと前、この理科室で一人の教師が夜遅くまで居残っていた時、窓から飛び降りて自殺した・・・という話だ。コウジは続けた。
「自殺する前、その理科の教師が何かビデオを見てたらしいんだ。自殺の原因はそのビデオらしいって」
「知ってる知ってる!呪いのビデオの話だろ?」すかさずトシヤが合いの手を入れる。
「それで、この理科準備室にはそのビデオがまだ残っているって噂でさ・・・」
思わず僕とトシヤは息を呑んだ。
「こいつがそうさ」
コウジの声だけが薄暗くなりつつある理科室に響いた。

そのビデオテープには「催眠状態における時間移動実験」と書かれたラベルが貼ってある。随分年代物らしく、ラベルは変色して黄ばんでおり、文字のインクも色が飛んで薄くなっている。
「コウジ、まさかこれ・・・見るつもり?」
トシヤの問いに答えず、コウジは真っ直ぐ教壇の反対側に据え付けられたビデオデッキに向かった。
「一度呪いのビデオっての、見てみたかったんだ」
コウジは僕たち二人を振り返ってニヤリと笑うとテープを入れ、ビデオデッキの再生ボタンを押した。
僕とトシヤも興味半分でテレビの前に椅子を持っていって座り、固唾をのんで画面を見つめた。

黒い画面にややノイズが混じった後、どこか、広い部屋が映し出された。
画面は全体的にひどく青みがかり、時折ノイズが混じる。映し出されたその部屋は、無闇にだだっ広いが、どうやらどこか学校の教室かなにかのように見えた。部屋の中央には、椅子が一つ置かれており、そこに一人の男が座っている。男は、どうやら黒人らしく、黒い肌に、白いTシャツを着ており、両手をヒザの上において座っていた。
そこへ、画面外からもう一人の人物が現れた。
その人物は、白衣を着ており、どうやらかなり年がいっているらしく、白髪で頭の上は禿げ上がっていた。その白衣の人物は黒人のところへよたよたと歩み寄ると、水の入っているらしいコップと何か錠剤のようなものを渡し、ぼそぼそと話しかけているようだ。
黒人の男がその錠剤とコップの中の水を飲んで白衣の老人に返すと、白衣の老人はよたよたとした妙な足取りで画面外へと消えていく。
と、画面から妙な歌が流れてきた。
その歌は、少なくとも日本語ではないようだが、とにかく間の抜けたリズムで、おまけに小太鼓の安っぽい音まで入っている。それはまるで小学生がやる鼓笛隊のような、そんな幼稚な歌だったので、ちょっと緊張してた僕達三人は、思わず笑い出してしまった。
僕達が笑っている間もその歌と小太鼓の間抜けなリズムは淡々と続く。耳が慣れてくると、歌の中身が大体3パターンほどの組み合わせで構成されていることが分かってきた。
らー らー ぐあー ぐあー 
つあー たう つあー たう
すーりゅー すーりゅー
こんな感じだ。その合間合間に小太鼓がたんたんたんたんとリズムを刻む。僕達が笑い止めるころ、画面が大きくズームして男のアップに切り替わった。

30歳代くらいに見えるその黒人の男は、固く目をつぶり、額に汗をにじませていた。
と、歌と太鼓の音が低く静かになり、同時に別の男の声が聞こえてきた。
「静かに。ゆっくりと息を吸って」
声の主は画面に映っていないが、年を取っているらしいしわがれた声だ。画面に見える黒人の男はその声にしたがい、深呼吸をする。声はさらに続けて「ゆっくり、リラックスして。暗闇に溶け込むつもりで・・・」
テープのラベルにもあったように、どうやら催眠術を使っているらしい。もっとも、催眠術と言っても雰囲気は随分古典的な感じで、いかにもいかがわしい感じのものだが。
やがて男が落ち着いたのを見計らい、しわがれた声は質問を始めた。
「なにか、見えるかね」
男が答える。
「良く見えないが・・・何かぼんやりしている」
先ほどのしわがれた声が続ける。
「もっとゆっくり・・・・ゆっくり近づいてみてくれ」
男。
「海だ。海が見える」
「それはどんな海かな」
「静かな海だ。だけど暗い・・・夜のようだ」
「空には何か見えるかね」
「月が見える」
「そこは、寒いか」
「いや、寒くは無い。とても暖かい風が吹いている」
「そこは、キミの出発点だ」
男は少し眉をひそめる。
「出発点?この海がそうなのか?」
しわがれた声はゆっくりと、諭すように言う。
「言うなれば、キミの原点。キミの心が持つ最初のイメージだ」
「言っている意味が良く分からないが・・・」
「理解する必要はないが、キミは旅の出発点に立っているのは間違いない。先に進んでも良いかね?」
男はうなずいた。

しわがれた声が続ける。
「リラックスして・・・。次にキミは、その海の中へと沈んでいく」
男は静かにうなずく。

「次は何が見えるかね」
「海の中だ。海の中なのに・・・息が苦しくない・・・」
「ゆっくり、周りを見てくれたまえ。何か見えるかね」
「暗くて・・良く分からないが。何か魚のようなものが泳いでいる」
「魚?どんな魚だ?」
「良くは分からないが・・・多分イルカか何かのようだが・・・」
「水の底はどうなっているかね」
「暗い。真っ暗でどうなっているのか見えない・・・まてよ、何か聞こえる」
「何だ?何が聞こえるんだ?」
「よくは聞こえないが・・・なぜかとても懐かしい声のようだが」
「懐かしい?聞いたことのある声なのか?」
男は少しの間、押し黙っていたが、やがて独り言のようにつぶやいた。
「呼んでいるんだ」
しわがれた声は静かに言う。
「その声の聞こえる方に進みたまえ。それは、キミの遠い先祖の記憶に違いない」
男は静かにうなずき、沈黙した。

しわがれた声が静かに言った。
「キミはゆっくりと沈み込んでいく。時間をさかのぼり、ずっとずっと遠い過去へ」
先ほどの小太鼓がまた聞こえてきた。今度はごくごく小さく。例の歌も聞こえるが、これもとても小さい。
「今度はなにが見えるかね」しわがれた声だ。
「巨大な・・・石柱が見える」男が答えた。
「それは海底にあるのかね?」
「ああ。海の底に建っている。何本も、何本も。まるで・・・ローマの古代都市のように・・・いや・・・何か違う。いびつで・・・柱には何か彫ってあるようだが」
「それを見ることはできるかね?」
「ああ。おかしなものが彫り込んである・・・蛸かなにかのようだが・・・」
ここで男は妙な感じに、囁き声を出したが、その声は日本語ではなかったが、英語というわけでも無いようだった。
「カトゥルー・・・カトゥルー・・・」
しかし、しわがれた声はそれには気づかなかったのか、質問を続けた。
「その古代都市に入ることはできそうかね」
「なんだこれは・・・」
「どうした。何があった?」
「俺の手が・・・なんだこれは・・見てくれ・・・手が」
震えながらそう言うと男は目を閉じたまま自分の前に両手をさし伸ばしたが、特におかしなところは無いようだった。ただ、その差し伸べられた手はわなわなと震えていた。
「手をどうかしたのかね」
「違う!俺の手が、変なんだ。肌は緑色だし・・・指と指の間に、膜がくっついているんだ!」
しわがれた声は沈黙した。男の幻想にあっけにとられているのか、それとも次の質問を用意しているのか。と、男が少し後ろのほうを気にかけるようにして囁いた。
「見られている」
ここで急にノイズがひどくなり、音声が聞き取れなくなったが、すぐに元に戻った。

黒人の男は少し寒そうに震えて「寒い・・・窓を閉めてくれないか」と言い出した。それに答えたしわがれた声は、しかし、窓を閉める気配は無く「周りの様子はどうかね」と質問を続けた。
「かろ・・かなり寒い・・・あろ・・・」
男は、ろれつが回らなくなってきているらしい。しわがれた声はまるで囁くように問いかける。
「リラックスしたまえ。周りの様子を教えてくれるかね」
「冷たい・・・水の底だ・・・一面、ヤミノウミダ」
「そこは昼間かね。夜かね」
「寒い・・・イトツクヨウダ・・・ナヌカ居ル・・・人間かもしれない・・・」
「それは、人間なのかね」
「ヌンゲン・・犬・・・イムダ」
「イム?犬なのか?」
「あれが犬なものか!!」
突然、男が大声を上げたので、僕達三人は飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
「アレは・・・アレは・・・クッチヲミテル・・・こっちに来るぞ!」
ここでまたひどいノイズがザリザリと現れ、コウジがちょっと立ち上がりかけたのでそちらを見ると、あたりはすっかり暗くなっていることに気がついた。

ガチャン!

突然画面から聞こえてきた金属音に振り返った。同時に「うあああ」という苦しそうなうめき声が響いてきた。
カメラが横倒しになったらしく、画面が90度傾いている。画面には床と、椅子から転がり落ちて痙攣している男が映っており、カメラの周りを走り回っているらしい何人もの足音と、「担架だ」とか「水を持ってこい」といった、怒号が聞こえる。
薬物を使った妙な実験が、とんでもない結果を招いているらしいことが分かる。
男に走り寄る白衣の男達。その足元から、黒人の男の姿がちらちらと見える。画面からは、男の上半身しか見えないが、男がひどい痙攣を起こしているのが分かった。
突然、白衣の男のうちの一人がぎょっとしたように画面奥を凝視し、後ずさりをして画面から消えた。それに気づいた他の者も、画面の奥へと視線を向けた。

画面の奥。
その大きな部屋の隅。
その隅から、なにか黒いものが染み出している。
まるで墨汁が壁の角から染み出てきたように、黒いシミは見る見る床に広がり、その真っ黒なシミの中からおかしなものが這い出してきた。
白衣の男達は、明らかにそれに怯えたように、痙攣する男を置いて画面外へと逃げていく。

黒いシミから這い出してきた、真っ黒な犬のように見えるそれは、一度身震いし、首を左右にゆっくりと振った後、少し身を屈めたかと思うと凄い速さで画面を横切って画面外へ飛び出していく。
「あああ」「くるぞ!」
「逃げろ!早く!」
画面からは、怒号、絶叫、物が倒れる音、ビンが割れる音、そして、絶対に犬などではない、得体の知れない唸り声と金切り声が響き渡った。しかしそれは長くは続かず、ほんの数秒で静かになり、あとに残ったのは横倒しのまま痙攣している黒人の男の「うう・・・うううう」という苦しげな声だけ。
ほんの少しの時間の後、妙な足音が聞こえてきた。

ひた。
ひた。
人間のものなどでは決して無い足音だ。
と、痙攣を続けている黒人の男が、突然足の方から引きずられるように画面外へ消え、今まで聞いた事も無いような、ぞっとするような叫び声が響びいた。
やがてそれが「あぐ・・・あが・・・」という、もだえるような声に変わり、そして途切れ、恐ろしいほどの沈黙が訪れた。

ひた。
ひた。
沈黙の中を、あの足音が響く。足音は徐々に大きくなり、画面に例の黒い犬のように見える何かが映った。
がたり、とトシヤが椅子を動かすのが聞こえ、まるでそれを聞きつけたようにその犬がカメラ、いや、こっちを振り向いた。そのとき僕は画面の中のその犬と目があったような気がして寒気がした。犬は、こちらに向かって歩み寄ってきた。
僕は僕の少し前、僕よりもテレビに近い位置にいるトシヤの肩に手をかけようとした。これ以上このビデオを見るのは、このビデオを再生するのは止めた方がいいと思ったからだ。犬の顔が画面いっぱいに迫り、僕はトシヤの肩に手をかけた。驚いてトシヤが振り返る。

そこで画面が、ストップした。
そして画面には白い文字でテロップが現れた。

「ティンダロスの猟犬。彼らは時間の片隅にうずくまり、不注意な旅行者に襲いかかる。時間旅行の際は、くれぐれもご用心」

あっけにとられる僕。その僕を見て、画面を振り返るトシヤ。後ろからはコウジがフフンと鼻で笑うのが聞こえた。
と、テロップが消えて画面が動き出すと、犬はカメラをぺろぺろとなめ始めた。
突然沸き起こる拍手。
カメラが置きなおされると、画面には白衣を着た男達とあのハゲ頭の老人、さらに他数十名の若者が二列に並んで映っている。
と、うちの学校の制服を着た女子生徒が、黒い犬を連れて画面内に入り、列の中央に犬と共に座った。黒い犬は舌を出してうれしそうに尻尾を振っている。
若者達は声を合わせて言った。
「昭和六十三年度、近代科学部卒業作品!」
犬がウオンと吠え、そして拍手。拍手。拍手。

どうやら僕達は、十数年も前の先輩達に一杯食わされたようだ。

翌日、このビデオを近代科学部の下級生共々、カズコに見せることになった。
例の犬が画面に近づいてきた時、カズコが思わずテレビのスイッチを切ろうとしたのを見てコウジは「近代科学部の部長らしいや」と笑ったものである。
その後、僕たち近代科学部が新たなる「卒業ビデオ」作成に入ったのは、言うまでも無い。

コメント(7)

これは結構昔に友人のサイトに余興で投稿したもので、そのサイトはとっくに消滅しており、そのときの記憶を頼りに大幅に加筆訂正したものです。(原本はこれよりずっと短く、あっけない展開でした)
当時は校正なしのぶっつけ本番書きだったため、犬が画面に寄ってくる件を書いているときまでは犬が画面から飛び出してくることにしようと思っていました。(当時は「リング」が大ヒットしている時でした)
しかし、その後をどうまとめてよいか見当もつかず、逆転の発想でまとめてみたら、こっちのほうが面白くなったことを覚えています。
逆転の発想に負けました。普通に流れからいって主人公達が名状しがたい死に方をするものだとばっかり……
まさか単なる撮影オチだとは全く思いも寄りませんでした。
生粋のラブクラフティアンのお口には合わなかったようですな。
失敬。
見越入道さん>
拝見しました。
まず、同盟の趣旨に照らし合わせる上で、こういった小説は、世界観の広がりを感じさせ、同盟における作品の幅を限定しないという意味合いで、むしろ大歓迎であると考えております。

黒人の男は暗黒の男を想起させ、錠剤も遼丹を思い起こさせ、そんな部分にガジェットを見出す喜びを感じますし、むしろ、犬が画面から出てくるといったありきたりとも思える初期の設定よりも、現在のオチの方が好ましく思えます。

怪奇小説ばかりが、クトゥルーものではない、という素敵な見本でした。次回作も楽しみにしております。
甲斐さん→ありがとうございます。
また何か書いてみますので、その際はまたよろしくお願いします。
いえいえ、口に合わなかったという意味ではありません。言葉足らずですみません。
>2はそう見えないかもしれませんが、私なりの褒め言葉のつもりでした。私は読みを外されるのが好きな人間なので。
笑いました!
こういうタイプの作品も良いですね。

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