実はコメントしようかどうか迷ってました。…というのは、実は、前TermのWritingでのResearch PaperでDeath with Dignity in Japan について、Livingwill、ADformの事を含めて書いたのです。結構、大変でした。いろいろな意見があって。日本では『脳死』は臓器提供の意思がある患者に限り『人の死』と定義されているし、それでかえって『死』の定義が、他の国と違って明確ではなくなってしまった気がします。逆にその他の『脳死』を『死』と認めている国でも、定義の見直しの論争が挙がっていたりもしています。私が、このResearch Paperで考えた事は、『死(に方)の選択』の中でのADFormやLivingwillとして考えた時、きっと日本では馴染まないだろうな、あくまでも治療の選択のものであるべきだろうな、という事。で『尊厳死』自体にも疑問が出てきたり。そうすると、日本ではまず、自律性の尊重には告知の問題があるんですよー。そして、緊急時か進行期・慢性期か終末期かでも…。
そこでちょっと気になったのが、Marikoさんがまず挙げている?『自己決定をしたいと思っている人』とは?一般(健常者)調査?何か疾患を持っている人?…?死生観の講義の後とは?…どの様にDataをとるのかなーと思ったので。
長々となってごめんなさい。大変だと思うけれど、すごく興味のあるテーマなのでがんばってね。
あいにく、Americaでの死生観に関する教育についてはよく分かりません、ごめんなさい。でも、今まで会った人達の話を聞く限りでは、Master Courseで学んでました。