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インドネシア語で話そう〜!!コミュのPatung Surabaya

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Apa kabar?
Saya baru pertamakali berkunjung ke Kota Surabaya pada bulan ini.
Di sana,saya terkujut pada patung besar!
Yaitu patung ikan hiu(Sura=bahasa Jawa) dan buaya.
Seorang Indonesisa kata bawah “ Nama Surabaya berasal dari ceritera lalu.
Di sekitar sini ada ikan hiu dan buaya,dan bertengar untuk pengaruh lingkungan:”

Saya bertanya”Yang mana merang? Yang mana lebih kuat?”
Kalau ada orang tahu tentang ceriteranya,shilahkan ajar saya!

スラバヤでサメとワニの巨大モニュメントを見ました。
スラ(サメ)とバヤ(ワニ)で地名の由来になっているそうですが、
どちらが勝ったのか?
ご存じの方がおられましたら、教えてください。

コメント(11)

keikoさん
多分、どちらが勝ったとかの話ではないと思います。

1334年、kelud山の噴火による自然災害で、多くの死傷者が出たようです。
また噴火の後、東ジャワを流れるBrantas川とその支流であるMas川の河口付近の
地形が大きく変化し、Hujunggaluh(スラバヤになる前の地名)の海岸線が北へ移動してしまったと言います。その不思議な出来事を当時の人たちは、海の支配者サメと陸の支配者ワニが争った結果だと考えたようです。

サメとワニの神話は、既に12世紀から13世紀に存在していたようですから、人々は、その神秘的な自然現象を神話と重ね合わせたのでしょう。日本の神話、因幡の白兎に出てくる、サメだかワニだがもこのお話に通じている所がありそうです。

自然災害を恐れた人々は、海と陸との異なるものが仲良くすることを願ってsuraとbuayaを一つにして、Surabayaという地名にしたと言われています。

「セカンドライフでインドネシア語」というコミュを管理しています。インドネシア語学習に役立つサイト情報や、インドネシアのなぞなぞ、早口言葉、怪談話やジョーク集等を載せています。宜しければメンバーになって下さい。ネット上のセカンドライフという仮想世界では、常時インドネシア人も遊んでいて、チャットでインドネシア語の学習が出来ます。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=4513845
Terimakasih banyak!

それは意外でした。大変参考になりました。
実は、現地で何人かに聞いてみたのですが、みんな知らないと言っていたワケがわかったように思います。

因幡の白ウサギは、古事記にできてくる話で、7世紀にまとめられた神話です。
いちおう、サメのことらしいですよ。

それにしても、ロジェさん、お詳しいですね。
どこで勉強されたのでしょう? すごい博識ですね。
私は、ミクシーに参加のインドネシアの人から適当な返事があるのかと
思っていました。なんとなく。

インドネシア語は忘れる一方なので、参加させていただきました。
よろしくお願いします。
saya tinggal di surabaya, cerita itu hanya "myth" dan tidak ada yang menang あっかんべー
Keikoさん
因幡の白兎の話は、サメだと合理性に欠く点もあるのでワニ説を説く人もたくさんおられます。日本の仏教伝来の時期を考えると、スラバヤの話と合致させるのは微妙かも知れませんが、共通点を探るのは楽しいと思います。

他に、シンガサリ王朝の王位継承争いで、双方がサメ軍、ワニ軍と呼ばれていたことが元になったという説もあるようですが、自然災害が元になった説の方が有力な気がします。
一応、こんな説もあるので是非参考に
Namun adajugayang berpendapat Surabaya berasal dari Kata Sura dan Baya. Sura berarti Jaya atau selamat Baya berarti bahaya, jadi Surabaya berarti selamat menghadapi bahaya. Bahaya yang dimaksud adalah serangah tentara Tar-tar yang hendak menghukum Raja Jawa.Seharusnya yang dihukum adalah Kertanegara, karena Kertanegara sudah tewas terbunuh, maka Jayakatwang yang diserbu oleh tentara Tar-tar. Setelah mengalahkan Jayakatwang orang-orang Tar-Tar merampas harta benda dan puluhan gadis-gadis cantik untuk dibawa ke Tiongkok. Raden Wijaya tidak terima diperlakukan sepereti ini. Dengan siasat yang jitu, Raden Wijaya menyerang tentara Tar-Tar di pelabuhan Ujung Galuh hingga mereka menyingkir kembali ke Tiongkok.

Selanjutnya, dari hari peristiwa kemenangan Raden Wijaya inilah ditetapkan sebagai hari jadi Kota Surabaya.

ジンギスカンの時代に遡りますね。
 インドネシア人に、スラバヤについて聞いても分からないでしょう。それは、日本人に『八ヶ岳と富士山』の伝説って分かるの?って聞くのも同じです。詳しい人は詳しいけど、知らない人が殆どですね。
アルベルトウスさん

へ〜面白いですね。こちらの方も信憑性がありますね。

シンガサリ王朝の歴史や人物を知らない人の為に、日本語の解説を少し付けさせてもらいます。一人でも多くの日本人に、インドネシアの歴史や地名の由来に興味を持ってもらえたら良いな、と思います。

スラバヤの語源は、suraとbayaと言う言葉から来ていると言う意見もあります。
suraは、栄える、あるいは安全、無事であるを意味し、Bayaはbahayaつまり、危険を意味します。

危険とは、この地にあったジャワの王国シンガサリ王国が「元」即ち、モンゴル軍に攻め込まれようとしていたことです。ジンギスカンの孫で元の皇帝であったクビライは、何度もこのジャワの王国に朝貢せよと使者を送っていたのですが、1289年にシンガサリの王であったクルタナガラは、その使者の顔に刺青を入れてモンゴルへ送り返しました。それを見たクビライは激怒し、2万の討伐軍をジャワに送り込んだのです。

余談ですが、Tartar とは、モンゴルのタタール族を意味し、日本では韃靼(だったん)人とも言われています。韃靼そばって聞いた事があると思います。タルタルソースのタルタルも語源は同じです。

モンゴル軍は、クルタネガラ王を討ちたかったのですが、彼らが到着する前にシンガサリ王国では政変が起こり、クルタネガラは既に殺されていました。

シンガサリ王国に滅ぼされたクディリ王国の末裔、ジャヤカトワンが反乱を起こしたのです。クルタネガラは、娘婿であるラデンウィジャヤにジャヤカトワン軍を攻めさせたのですが、逆に首都に攻め込まれて殺されてしまいました。

そこに、漸くモンゴル軍が到着したのですが、既にクルタネガラは殺され、シンガサリ王国もジャヤカトワンに奪われていました。ラデンウィジャヤは、知恵をめぐらしてモンゴル軍に、「クルタネガラ亡き後、攻めるべきはジャヤカトワンだ」と進言し、ジャヤカトワン軍はモンゴル軍に滅ぼされます。

勝利したモンゴル軍は、元に持ち帰ろうと金銀財宝、何十人と言う綺麗な娘たちを奪おうとしました。それを良しとしないラデンウィジャヤは、戦闘で疲弊していたモンゴル軍を攻め、Hujunggaluh(スラバヤになる前の地名)の海岸線までモンゴル軍を追い詰め、モンゴル軍は命辛々、元へと逃げ帰りました。

このラデンウィジャヤの勝利の日が、スラバヤという地名が出来た日だと言われています。

1294年にラデンウィジャヤが即位しました。それが、あのガジャマダ宰相で有名な「マジャパイト王国」の始まりです。

このスラバヤの語源説のブログに、サメとワニの喧嘩の会話が書いてあったので、「セカンドライフでインドネシア語」のコミュに解説を書きたいと思っています。

http://mixi.jp/view_community.pl?id=4513845


インドネシア語で話そう〜!!なのに日本語でズラズラと書いて失礼しました。
 はじめまして。ぶんがです。


 全然関係ないのに、皆さんの書き込みを愉しく読ませて頂きました。

 ちょうど、インドネシア検定のテキストもパラパラ読んでいたりして。


 大学時代、語学プログラムでスラバヤに行っていたコトもあり…


 日本でも地名の由来は色々ありますが、インドネシアでもこんなに色んな説があるものなのですね。

 新しい発見でした。(笑)
私も父がスラバヤに15年以上住んでるのであのモニュメントや至る所にあるサメとワニの像見てきました!!その隣の潜水艦にも入りましたー(^ ^)色んな説があるのですねぇ

近くの有名なタバコ工場は社会見学出来たので見てきましたがsuro boyo?スロボヨ的なTシャツのプリント物がありました。

bagus!!
すみません便乗で質問なのですが、この町の中国名は泗水ですよね。これは何か謂われがあるんでしょうか?
中国語WIKIに解説がありました。
Surabayaを音訳した泗里木が、中国風の地名である泗水に改められたようです。
福建語で読むとSu-le-bakとなり、発音が近くなります。現在この地方の華人の多くは客家語を話すようですが、客家語の発音ではSi-li-mukでSurabayaと隔たりがあるため、もともと住んでいたのは福建人が多かったのだろうと思います。たとえば中国をTiongkokというのも完全に福建語の発音ですし、(客家語ではChung-koet)、福建人の影響の大きさをうかがわせます。以上、蛇足でした。

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