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New Zealand -HUIA Hostel-コミュの皆さんのHUIAでの思い出は何ですか?

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火事でもないのに、真夜中に警報器がよくなって
消防車がきてたのを覚えています。
みんな寝てるところを起こされて
外にたたき出されたのでパジャマ姿のまま外に出てました。
ああいうことはまだあるのでしょうか?

あとは、隠れてお酒飲んで盛り上がってたことです。
なぜかあそこは酒禁止でしたよね。
おかまいなく飲んでましたが・・・。
そしてしまいには友達が追い出されてしまい・・・。
皆さんの思い出は何ですか?

コメント(31)

私が最初に入居した頃はオークランドの電力が夏の暑さで壊滅状態になり電力供給がストップしてHUIAのエレベーターが何日か動かなかったことがありました。
私は4Fに住んでたのでまだマシでしたが上階に住んでた人は階段で上がってて本当に大変そうでした。そーいえば警報機が鳴った時も帰りは階段でしたね。

まだエイドリアンやサニーはいるのかな・・・。
Huiaの思いでねえ。96年以来出たり入ったりやけどNZにおる時はずっとあそこで、たまに学校とか行く以外はあの建物におる時間がほとんどやし、NZの友達もほとんどあそこでできたし、NZの思い出=Huiaの思い出なんやけどな。それにこれからもまだ当分住む予定やし、現在進行形の生活やねな、みんなとは違って。
6月末にNZへ帰ってきてから、プラティークのフラットに1ヶ月間居候しててんけど、あいつが先週水曜に中東のドゥバイへ帰ったから、Huiaに戻ってきた。昨年10月にNZを出る直前に俺の誕生日で部屋で飲んでてノイズでコンプレインが出て酒が見つかってしまった。ミクロネシアからその当時Huiaにおったプラティークに状況を聞いたら、エイドリアンが俺は絶対帰ってこれないと言ってたらしいから、今回は容易でないことが予想された。策として部屋を少しの間シェアする友達に申込書を書いてもらって出したら、ルームメイトの俺の名前は聞かれずに楽に入れた。けど入るとすぐに友達は俺の申込書を書かされて、前回もそうしたように俺の名前のスペルをちょっと変えて書いてもらった(Huiaで郵便物を受け取りたいから、全く違った名前は使えない)。それで初日の晩に外へ出る時に、最近は受付の前に2台のビデオカメラがあるから、非常階段で降りたら何と出口のところも新しくビデオカメラが設置されていて、見つけた時は遅すぎた。いやな予感。それ以来受付の前を通る時はキャップを深くかぶり、俺だとわからないようにしていたが。。。ついに昨日「TAKUYU(俺の偽名)明日エイドリアンに会いにくるように」という何回か見たことのあるいやな紙が俺の郵便箱に。どうやってかしらないが、ついに見つかってしまった。
仕方なしに今日の午後(朝よりも昼食後の午後の方が彼女も機嫌がいいだろうと思って)、いつもよりはちょっとまともな格好で受け付けへ行った。彼女は最初はブラックリストに載っている俺がどうやって帰ってきたのか執拗に聞いてくる。そしてやっぱり非情にも1週間の命との宣告。俺も「あの日は誕生日だったし、隣のブラジル人が酒を持ってきていやいや飲んだ。もうしないから、最後のチャンスを下さい」と泣きつくように食い下がるが、「私の決断は変わらない」。
帰ってきて、「さてどこに移ろうか、前フレイザーが追い出される前に見に行った別のホステルかな」とか考えていると、10分後俺の部屋番号の呼び出し。さっき持っていった知り合いの申込書の件かなとか思ってると、エイドリアンが「もう一度考えたんだけど、もう一回チャンスをあげることにした。今度何かのコンプレインがきたら。。。」何回か聞いたことのことのあるファイナル・ワーニング。奇跡は起こった。
ということで俺の現在進行形の思い出は首の皮一枚でまたつながった。
昨日グランドフロアーへ電子レンジを使うために降りていった。リフトを出る時、すれ違ったインド人風の男に「タクヤサン!」と呼ばれたので振り返ってみると、どこか見覚えのある顔。。。ちょっとの間思い出せなかったけど、話をしてみると、2001年にここに住んでいたパキスタン人だった。日本人と結婚していて、日本語ぺらぺら。日本でお兄さんと中古車屋をやっているそうだ。

このグループの中にも何人か知っている人間がいると思うけど、当時俺やプラは4階で、彼は2階だったが、4階にいたインド人のモ*ッシュの日本人の彼女が2階にいたのが、多分理由で彼とは何回か話したことがあった。プラから昔聞いたかもしれないが、Mの日本へ言って彼の家に滞在していた時の話にはびっくりした(ここではやめとくけど)。

6年振りにすれ違っただけで、腰巻をはかずに最近ロン毛(ただ長くなってきただけ)の俺を見抜いたのはすごい。1週間奥さんと休暇できてるそうだ。

俺なんかそんなにグランド行かへんのに、すごい偶然。俺別に運命論者じゃないけど、こういう偶然ってどう説明すればええか、わからん時がある。また昨日は、帰国するとよく遊びに行っていた、ポーンペイ人とのハーフを父親に持つあんちゃんが、父親の死をメールで知らせてきた日でもあった。「出会いあれば、別れあり」って中学で転校するとき書いてくれた友達がおったけど、まさにそれやな。一期一会。

しかし、こうしてみると結構リピーターおるんやろな(こないだ来たK嬢もそうやけど)。

今週土曜は早くもみんな行ったことがあると思う「クリスマス・イン・ザ・パーク」というドメインでのコンサート。なぜか毎年10万人以上集まるから驚き。オークランドの人口は?って思って、俺の電子辞書の広辞苑で調べたら、「32万人(1993)」。今はもっと多いだろうけど、それでも10万人ってすごいよな。

最近もかくれて3ヶ月間欠かさず、毎週土曜日に飲みを催してるんで(飲みの最中にドアをノックされると、俺はクローゼットの中に隠れるけど)、また寄ってくださいな。
水曜日の夕方、HUIAに震撼が走った。と言っても、決して大げさではないだろう。それは受付にある個々の郵便箱(?)に入っていた紙がきっかけであった。すべての住人が受け取ったその紙はエイドリアンからの手紙だった。「非常に残念なことですが、大学がすべてのHUIAの部屋を学生に賃貸することになったので。。。」俺も最初読んだときは自分の目を疑った。そんな突然!2月から始まる新学期に向けて1月末までに出て行かなければならないという。とんだ寝耳に水の話である。一階に30人以上で11階、300人以上が路頭に迷うことになる。特に他にはHUIAに似たようなアコモデーションがこの立地と値段でないので(追い出されそうになった時、探したけど)、長期滞在者がほとんどのHUIAでは困る人は多いと思う。

とにかく大きな変化である。俺が最初にここに来た1996年もHUIAは大学の寮であったが、1階から7階までが学生用で、8−11階は一般用だった。今回はHUIA全体である。ここ数年ここのマネージメントは収入の安定(と質の良い住人?)を目指していくつかの語学学校で宣伝してもらい、生徒が結構増えた。大学との契約でさらなる収入の増加を目指したのだろう。

HUIAにいる連中はフラットに行きにくい移民や外国人が多いから、彼らにはかわいそうな決定だなと思っていた。翌日早速大学のアコモデーションのオフィスへHUIAを予約しようと行った。今140ドルのレントが5ドル上がるというのを、別の学生に聞いていたので一応値段を確かめてみた。「175ドル」、自分の耳を疑った。ここの大学の寮はなぜか高いけど、それ並の値段になるみたいだ。やっぱり、それが狙いだったんだ。HUIAとしては大幅な収入アップである。

エイドリアンとの過去のいざこざがあるせいか、この決定にはむかつく。ここはビジネスでやっているとわかっていても、長期にわたって住んでいる300人近いの住人のことは完全に無視である。そう思って彼女の手紙を読むと、最初の文の主語が「大学」になっているのに気づく。これは彼女を中心とする決定なのだが(もう一つのバッパACBも共同経営している2人のオーナーの承認)、自分に苦情が来るのを避け「いいもん」でいるために、主語を大学にして「これは大学の決定である」としたわけである。彼女のこの姿勢は、手紙の最後の方に「この変化について悲しく思う」だの「友情をありがとう」だの「みんなの将来の幸運を」だの「たまには寄って下さい」といった歯の浮くような文章で明らかである。書いているとむかついてきたから、もうやめておこう。もう大学と契約を結んでいるみたいだし、いろいろ考えてみたけど、この決定を覆すのは不可能。

ということで俺もみんなと一緒に別の場所を探すことになってしまった。175ドルはいくらなんでも、高すぎ。このことをここの住人に言うと、みんな驚いていた。「どれだけここに住んでるの?」の質問にいつも答えてあきれられていたが、俺のここでの暮らしに終止符を打つときがついにきた。あとNZの滞在も1−2年なのに(多分)、最後にこんな変化が訪れようとは。12年のNZ生活で大学で数ヶ月寝袋で寝ていた時以外ほぼずっと住んでいたここを離れることに非常にさびしい限りである。

この体制がどれだけ続くかは未定だが、その間は一般人の入居はほぼ無理で学生がいなくなる長期休暇中だけ一般に開放するようになるかも。しかしレントはめちゃ高い。これでHUIAのひとつの歴史が終わる。多分これからこのコミュニティーに入りたいというような経験をHUIAでする人間は出てくるのだろうか?

ということで昨日から新しい住みかを探し始めたけど、やっぱりホステルという形態が良い俺は、市内と大学に近い、安いという条件で探してみるとやはりあまりチョイスがない。多分YMCAになりそう。インド大統領親衛隊出身「国民的英雄」にこの場所の印象を聞いたプラティークは今年7月、あいつのフラットを出て新しい場所を探す時、あそこは勧めなかった。「デッド・プレイス」と言ってた。HUIAにいるPNG人は「比べてみると、HUIAはホテルで、あそこは途上国だ」と言っていた。行って村おこしでもしましょうか。
たくさん、お久しぶり。
懐かしいHUIAの情報を面白く読んでたのに
まさかそんなことになるとは・・・。
レント175ドルはきついなぁ。

路頭に迷う300人以上の居住者とデモを起こしたら?
無理か・・・。


ある情報筋によるとHUIAは大学と10年契約を結んだらしい。
自分らもNZ来てもHUIAには入れんな。
俺も何か対抗策できへんか考えたけど(ここには書けへんような過激なこと)、この決定はくつがえせんとあきらめた。
いくらあの立地と設備に勝るホステルはないと言っても175は無理やな。
今日YMCAの予約用紙に書いてきた。かなりHUIAからは落ちるけど、ホステル派の俺には多分あそこが残ってる選択のなかではベストやろうな。
大変ですわ。
ちょっと久しぶりにNZでの正月。まずHuiaでBBQ。人は土曜日のBBQの人間を中心として口コミで前回と同じ20人ぐらい集まったかな。楽しくやっててんけど、あの日はなぜかいつも晩の中国人のおっさんが早くから来ていて、誰かが騒音でコンプレインしたのか、10時ごろきやがって、酒が見つかる。その時何を言ったのか覚えてないねけど、俺が何かちょっと気にさわるようにわざと大きい声で言ったら、あいつは怒って「お前はまた酔っ払ってるのか」と言われた。

まあ仕方なくお開きになり、俺の部屋でちょっと飲んで町へ行くことになった。その前にモンゴル人に会うと受付でビールの箱を取り上げられたというので、それを取り返させて外で飲んでから行く。ロシア人、台湾人、グランドフロアで一緒になったスイス人の女の子2人。

クイーンストリートで正月を迎えるのはプラと一緒のときが最後やったから、2000年ぐらいかな。11時過ぎになると道が歩行者天国になって結構人がいっぱいになる。アオテア・スクエアでもっと何かイベントみたいなんやってるんかなと思ったら何もやってなくて、カウントダウンもなく12時なると花火。それが終わると何にもなくてみんな帰って行く連中が多いねけど。花火の時、隣におった若者2人は100キロぐらい北にあるファンガレイからわざわざ来たと行っていた。田舎の正月はつまらないらしい。

花火の後、俺らは時々叫びながらクイーンストリートの下まで歩いて帰ってくる。まあ叫んでたんは俺とロシア人だけやったけど。(俺は次の日の朝、声がまったく出んかってんけど、ロシア人も声がかれたって言ってた。)スイス人2人はNZに着いたばかりで、英語もあんまりしゃべれず、めちゃ大人しい子らでビールを進めてもアルコールはダメっての飲まないくらい(田舎もんやからかなと思ったら、首都から来たと言ってたけど)。しかし途中からは「カモン・スイッツランド!イエーーイ!」って叫んだら、ちょっと控え目に「イエーイ!」とやってくれるようになっていた。Huiaで会った時は、「今日はもう寝る」と言ってたけど、ちょっとは楽しんでもらえたと思う。途中の交差点でハレークリシュナの連中が何かやってて、人だかりになってたけど、そこで叫んでたら、たまっていたサウジ人を中心とする中東人の若者が来て叫び合いになって、訳わからんけど、わっと取り囲まれて胴上げされた。奇声を上げたり、それに答えてくれると「ハッピーニューイヤー」。こんなに人がフレンドリーなのは正月の晩だけ。

その後ナイトクラブへ行こうとしてんけど、普通の倍(いつもダダのとこは10、10のとこは20)だったので、入るのをやめてHuiaに戻ると、Huiaの横の坂でへんなおっさんが一人で花火をやってて、それにロシア人とジョインする(他の連中はもう帰ってた)。このおっさんは太平洋のニウエっていう島の人で、隣のホテルに泊まっていると言う。何か見たことあるなって話を聞いてると、AKLのナイトクラブで7年ぐらいバラの花を売ってるらしい。そう言えば何回か見たことある。Huiaの窓から「うるさい、寝れへんぞ」とか苦情を言われるけど、悪口を言い返して続ける。打ち上げ花火をHuiaへ打ったりした。叫んで呼んだら来て花火にジョインしたモンゴル人とニウエ人が、ホテルに行ってビールを売ってくれと交渉したけど、ダメだった。

仕方なく帰って部屋に戻ると、モンゴリアン(この間の飲みの時モンゴリアン・チョップについて語ってくれた)が来て「タクシーでビールを買いに行こう」という。2時ごろ。スーパーマーケットに行くと、閉まってて仕方なくKロードのパブで飲む。そいつは働いているから気前が良く、ビールに加えてカバーブも二個奢ってくれ、パブが閉まってからは道のベンチで5時ごろまで飲んで、またタクシーで帰宅。モンゴル人は俺の部屋に来て飲むけど、俺は途中で寝てしまう。

てな感じでクレージーな正月やったけど、やっぱり正月はこうじゃないとあかんよな。なかなかこんな正月を迎えるのは、日本やったら難しいやろな。かなり満足度の高い正月であった。
2001年の年明け早々にクイーンストリート沿いのポールによじ登ってポリスにしょっぴかれたのは誰やったっけなぁ?
今でもそれに近い事をしているとは・・・^^;;

で、プラはドバイで成功してるのだろうか?
君、人聞き悪いな、あの時ははおまわりさんにちょっと注意されたぐらいやったやん。そう、あんまり進歩がないねんな。

プラは1−2ヶ月前にチャットしてきよったけど、その時はインドにインドに帰国してた。ちょっとの時間だけやったけど、まあ忙しく、ビジネスもまあまあみたいで、満足してるようなことを書いてたな。しかしあいつのビックマウスとあの性格を見てたら、もっとビックなやつになるかなと一時期思ったこともあったけど、無理かもしれんな、はは。
HUIA's news in New Zealand Herald:

http://www.nzherald.co.nz/topic/story.cfm?c_id=108&objectid=10485683
たくさん、あけみさん
元気そうでよかった。
久しぶりにここをのぞいてみたら
懐かしい2人の書き込みがあったので・・・

HUIAも変わってくね。
まぁ、あんな場所はそうそうないからなぁ。
面白い体験をいっぱいさせてもらえて
ラッキーだったかも。
Kロードも懐かしいなぁ。
でも、あの頃のクラブはもう皆無だよね。

ちなみにうちのHUIA babyは
4月で2年生になります。
気づいたら、あの頃「おやじ」よばわりしてた
カズさんの年齢を超えてしまいました(笑)
おお〜さおりちゃん!お久しぶり!
一昨年のプラ来日以来やね〜わーい(嬉しい顔)
あの時は皆、超久しぶりに会って楽しかったねぴかぴか(新しい)

さくらちゃんはもう2年生になるの?!は、早いたらーっ(汗)
プラのこと『ガイコー』って言ってたのが未だに耳に残ってるよ〜(笑)
またいつか皆で集まりたいね〜るんるん

そーいえばカズさんてどーしてるんだろう。。。
生きてるのだろうか・・。げっそり
そじかかはあそこで旦那みつけたんやから、HUIA様様やよな。
今YWCAにおるけど、やっぱりHUIAになれた俺からすると物足りんな。住人層も何かまともやし。
クラブとかも変わってしまってるな、マルガリはまだあるけど。
へえ、自分とこの娘はもう2年か、早いな。何語がしゃべれるん?
うちらも(A嬢)今年40、信じられん。
かずさんは俺もかなりメールもらってないけど、最後は2年前ぐらいかな。まだ広島で働いてると思う。その当時はまだ子供がいないって言ってたな。もう種が残ってないのかな?って誰かが言ってたな。
あけみさん
ホント、あの時は久しぶりで楽しかった!
皆変わってなかったね。プラが一番変わってたかも(笑)
サクラはいまだに、プラの名前を言っても分からず
「ガイコ」といわないと分からない。
なんか間違ってインプットされてしまいました。トホホ。
しかし、「ガイコ」の一言だけであの2人はなんかコミュニケーション
とれてたのが今もって不思議ですが(笑)
でも、プラの英語にどこまでついていけるか
会うまで不安だったけど、思ったより分かったのは
嬉しかったなぁ。あけみさんは流石でした!
こんどは何がキッカケで集まれるかなぁ。楽しみ!

タクさん
YWCAって、ヒロムが一時期住んでたとこ?
HUIAは独特かもね。時期によっても雰囲気違うだろうし。
あの無為な時間は貴重だったよ〜
ちなみにウチの娘は日本語しか話せないよ(笑)
旦那も日本語の方がラクになっちゃてるから
母国語を教えないし。
母国に電話しながら日本語が出ちゃってて笑えるよ。

カズさんは5年前くらいに突然電話がかかってきて
びっくりした。まだ横浜にいた頃かな。
どうしてるんだろう・・・

プラは結局ドバイに帰ったの?
NZでやり直すような事をあの時言ってたような
気がしたけど・・・

今年の夏、俺が帰ったら集まろや。
ひろむYWCAに住んでた?YHAとYMCAもあるねけど。YWCAは警察署と消防署の間。
昨日はHUIAに戻って飲んできた。もう部外者やから恐いもんなし。
へえ、3年ぐらい前か集まった時は、旦那は母国語でさくらに話してたの覚えてるけどな。
プラはNZに落ち着くつもりやってんけど、会社の上司とあまりうまいことがいかず、独立したら取引したるとかいうオファーもいくつかあったみたいで、チャンスやと思ったんちゃう?それと年老いた両親に近いドバイというのもあったみたい。
わお!わーい(嬉しい顔)
嬉しい!!! 管理者のTakashiです。
みんな会話弾んでくれてて嬉しいです。
私のHUIAの思い出はほんと1週間(内宿泊3日)位だけど、鮮明に覚えています。

また、カキコします。
うまい!
お集まりに是非参加させてくださいねぇ
達雄です takusan帰って来るらしいですね 今年の夏が待ち遠しいです
私も集まり参加したいです
トム、集まりは多分東京やで。まあトシのとこかどっかに泊めてもらえばええけど(Sody、あいつまだ結婚してへんの?)。前回のプラ来日の時は佐々木が北海道から来たらしいけど。
トシはねぇ、多分結婚はしてないけどde factoってとこかな。
お相手は皆様もご存知のお相手です。
だから、泊めてくれないかも(笑)
また多摩川か?
トムも来るなら、佐々木にも声かけなきゃねぇ。
takashiさんに、やっと会えるかな?
HUIA東京大会開催か!?
おもしろそ〜
そしたらあけみさんにも来てもらわなきゃだウインク
 イースター休暇を利用してプラが2週間、NZへ来ていた。一応ビジネストリップで(その割には、一度うちへ泊まりにきて部屋がいっぱいだったので廊下に寝袋で寝ようとしたけど、テレビを見てる連中がいてバッパに移ったけど)、ウェリントンやクライストチャーチまで足を延ばしてクライアントなどと忙しくミーティングしていた。
 2週目の週末、どっか田舎を旅行したいということでトンガリロ国立公園にある北島最高峰(2797メートル)のルアペフへ登る2泊3日の旅を企画して、飲み友達のロシア人とベトナム人を連れて行くことに。ルアペフは8年前、俺の高校時代の友達とリズ、ハディとで北島をまわった時(ヒロムとトシも一部参加)、俺と友達が登ろうと計画してたけどガスってて道がわからず、登れなかった山。
 ちょうど1日目があいつの誕生日(39!)で、キャンプした標高1000メートルのスキー場でケーキ。「スゴイネ!」思えばHUIAで階が違ったあいつと親しくなり始めたのが、10年前のあいつの誕生日。HUIAの掃除夫だったフランス人のジェロミに誘われてハイダーなどと参加(ゆーじも行ったよな?)。TVルームでみんなでオープンに酒を飲んでいるのに驚いた。しかし案の定、見つかってプラとジェロミはHUIA追放処分に決定に。その時ハイダーとかと署名を集めてマネージャーに恩赦にしてもらう。「もう二度と同じ過ちは繰り返しません」はは。多分エイドリアンは俺があれに加わっていたことを知らないだろう。次の年のクリスマス・パーティーの後にも出て行けと言われたけど、何とか首がつながったし。あれ以来何回かあいつの誕生日に加わったし、何回かあいつに誕生日をやってもらった。ちょっと感慨。
 登山では雪渓で雪を生まれて初めて見るベトナム人と久しぶりに見るロシア人が感激してみんなでヘッドスライディング。一日中天気が良い日で雲海の上を歩く最高の登山だった、その時までは。くたくたになったプラとベトナム人は先に下りて、俺はロシア人と昨年も噴火したという頂上の火口を一周することに。夕方、ロシア人と下にたどり着くと、ベトナム人と3時間先に下りたプラからロシア人の携帯に電話(俺はまだ携帯を持っていない)、「迷って道がわからない。。。」下りはずっとキャンプしたスキー村の建物を見ながらの下りのはずなんだが、どうやったら迷えるのか!?「後1時間で暗くなるから急げ」というテキストを送る。しばらくして「リフトの近くに小屋を見つけた。ヒーターとかもあるから、ここに泊まる」というメッセージが来る。うちらの荷物は全部鍵のかかったベトナム人の車の中だったから、何とか降りてくるように説得するが、「霧も出てきたし。。。近くのロッジに助けを求めれば大丈夫」みたいな無責任な返答。仕方なしにロシア人が針金を使って車のドアを開けることに。30分ぐらいで何とか成功し、食料と寝袋などを確保。その上、パブリックシェルターという非常用の建物を見つけ、1晩目のテントより快適な夜を過ごす。
 一方、スキー村から1時間半ぐらい登った小さな小屋で夜を明かしたプラとベトナム人は、昼飯の残りが少しと近くの水溜りでくんだ水で小屋にあったケトルでコーヒーを沸かして飢えをしのいだらしい。その上、小さいヒーターはあったが、寝袋はなくあまり寝れなかったとのこと(上っている途中、水溜りに氷がはっていたし、かなり気温は下がっていたと思う)。翌朝9時半、無事下山してくる。思ったとおり、2人は下りの途中で2,3時間昼寝をしてて遅くなって山なりにまかせて下ってたら、変な方角へ下ってしまったそうだ。
 この日はトンガリロ・クロッシングというトラックに行く予定だったが、時間がないからタウポによって帰る。8年前、リズやハディとキャンプして入った湖のほとりの小さなくぼみの温泉は砂で埋まって浅くなってたんで、だだで入れるところを探してたら、あった!フカフォールの近くに。みんな行ったことある?小川から温泉が流れてるところ。知らんかった。タウポ行くんなら、あそこはお勧め。みんな温泉は初めてみたいで、大喜び。
 帰り車の中でプラとこの10年での変化なんかについて語る。あいつはここ2、3年仕事に賭けているみたい。昨年ドバイに移ってから、ここ2,3ヶ月は仕事も軌道に乗り出したらしい。今回のトリップではいくつかのビックなおファーをもらったみたいで、NZに(また)戻ってくることを真剣に検討しているよう。基本的にドバイは金、金のところで住み着くところではないらしい(前々から言ってたけど)。ということで、あいつはここ1年以内にNZに帰ってくる可能性が高そう。
 俺は最近、永住権を取って2年たって、やっと政府からの生活保護を受けられるようになって、生活が安定した、はは。学生用の生活費で週210!週170で生活が出来る俺には貯金までできてしまう。ここ5年くらいは学生の身分を利用して好きなことをいろいろやってたけど、最近は次のステップへ移っていろいろやってみたいという気持ちが強くなってきた。飛躍の時。十年一昔。そろそろ終わらせなければやばくなってきたというのもある。ということでこれからは真剣に勉強しますんで。
横着でごめんなさい・・・
Takusanの日記へのコメントを転記します・・・あせあせ(飛び散る汗)

先日リズから 電話が来た。
1シーズンに1回位のペースで突然携帯にかかってくるんだが、忙しい私の携帯にいつもいつも運良く、事務作業していて平気な時間。。。
「ゎたしはリズデェーす」ってかかってくる(笑)
特に用事はないけど、いっつも一方的に話てて、俺の英語力では把握できること全体の30%程度 (苦笑)
必ず、「プラの近況」を聞いてくるが…俺は彼女の恋歴を詳しく知らんし、まして英語で近況をペラペラと話すなど、わたしにゃ〜無理…

まぁ去年の12月にリズへのバースデープレゼントを贈っていて(写真とかCD)その アリガトウの電話だったらしいが…

とにもかくにも…拓さんのこの情報で、プラが元気にやっている様子が分って良かった(^^)/
なんせ、私の結婚式以降、何の連絡もよこさないので、気になっていた。
忙しいのもあるのだろうと考えていたが、(私も同じように忙しい毎日)順調でなにより(^^)

日本にも拓さんと一緒に遊びに来たらいいなぁ〜と願うこのごろ

追記:絶対に時間を調整して会合には行きますぜぃ!
Gakuさん、タクさん
お久しぶり。
みんな元気そうで良かった。
プラはまたNZに戻るのかな?
旅行に同行のベトナム人はまさかヒッ○ーじゃないよね?

リズはまだプラのこと好きなんだね・・・
HUIAにいた頃、うちの旦那にもよく相談というか話にきてた。
でも、うちの旦那はGakuさんにようにやさしくないので
「他のトピックはないの?」なんてうんざりして冷たいことを
リズに言い放ってたあせあせ

リズと電話はすごい・・・私は30%も分かるかなぁ。
チャットですらキツイと思う・・・
娘がお腹にいた頃、リズが携帯に電話してきてくれて
「青物(野菜)を沢山食べるのよ!」とNsらしい
アドバイスをくれたはうれしかったけど。

ところでタクさんはいつ日本へ戻ってくるの?
楽しみにしてんだけど。Gakuさんにもお初にお目にかかれるかなと
ウインク
よお、久し振り。
プラはまたNZに帰ってくる可能性が非常に高い。たぶん向こうのビジネスに一区切りつけて7、8カ月後に。
旅行に同行のベトナム人はHUIAの4年ぐらい知り合いのやつでヒッ○ーちゃう。

WDDやったら、「他のトピックはないの?」って言うやろうな。リズは最近連絡ないから、こっちからも連絡を避けてる。HUIAいた時は週一か2週一に電話がかかってきて2時間ぐらい話に付き合わされてたし。しかしあいつに誘われて入ったマイスペースから、あいつの誕生日の通知が来たからメールしたけど、全く返事がなかったり、訳がわからん。

帰国はこの夏に考えてるねけど、まだ昨年ミクロネシアでやった仕事の報告書に追われていて、論文に取り掛かってないから、ちょっと不安になりつつある。来年の3月までに最低でも何章か書いてしまわなあかんから。まあまた連絡するわ。
お久しぶり!
プラは2週間帰ってたんやね〜。
タウポか〜、懐かしい!フカフォールのフカジェットに乗ったなぁ。
すごいスピードで最初は面白かったけど、だんだん気分が悪くなってきて、でもあとちょっとで終わり・・・って所で操縦士のおっちゃんが皆の盛り上がりに気を良くして『大サービス!もう一回周るぞ〜!』私の『もういい!!止めて〜!』の声もむなしく超猛スピードで再びフカフォールへ・・・。なんとかボートを汚すことは避けられたけどヘロヘロでトイレへ・・・もちろんvomit...。
30分ヘタってたなぁ。。。
まぁよく考えたらジェットコースターに乗った事がないのに
無謀だったと後悔。。。

川が温泉!行ったなぁ。道路の横の細い脇道を入って行くから
分かりずらいようで穴場みたいやね。
タウポは2回行ったけどやっぱりいい所やった!
フカジェットは除いて。

Gakuさん、リズから電話とはすごいね。
彼女はほんと一方的に話すからビビるよね・・。
私は絶対電話番号は教えないと誓ったよ。

さおりちゃん、早く会いたいね〜。
さくらちゃんにも会いたいわ!
へえ、自分もあの温泉行ってたんか。あそこは穴場なんやろな。俺らが行ったんも日曜やったけど、あんまり人おらんかったもん。金払うスパは何箇所もあるみたいやけど、ただなとこがええよな指でOK

リズは自分でしゃべりまくってストレス発散してるんやろな(かなり昔は国際電話で月数万使うって言ったな)。俺もあいつの英語あんまりわからんから、適当に聞き流してたら、「それでタクヤはどう思う?」てたまに聞かれて、むっちゃ困るもんあせあせ俺も引っ越してあいつが電話番号知らんのをええことに静かに見つからんようにしてるうまい!て、言ってもあいつに会員にならされたフェースブック(米国版ミキシィ)からあいつの誕生日のお知らせが来たから、喜ぶかなとメール送ったけど、何の返事もないし。よくわからんげっそり
私もFecebook入らされた。リズ、めちゃきれいになってるやん。
びびったわ富士山 最初誰かわからんかったもん。
誕生日のお知らせはFecebookからじゃなく、直々に彼女から
お知らせが来た・・・たらーっ(汗)
毎年、無視してたけど(私も意地悪やわあせあせ)去年はちゃんと
メールのグリーティングカード送ったのに返事無し。
まじでわからん・・・。
確かにその後の写真をいくつか見たけど、ちょっと写真うつり良くなったよなボケーっとした顔単に髪染めたからかな?

そうか、自分も無視された口やねながまん顔しかし、わざわざ自分からお知らせ送っといて、返事なしかよげっそり
HUIAのGFで麻雀大会をやってたなぁ電球香港の名前忘れたけど、兄さんから麻雀牌借りて連日徹マンやってたよ。HUIAの住人が珍しげに麻雀のプレイを見てたなぁ
toshi君は麻雀強かったよ考えてる顔

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