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PWL音楽論コミュの誤解を招く「ディレクター」表記

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これは最近、レンタルCDショップにて1枚のコンピCD「THE BEST OF DISCO 80’」
(発売元:AVEX−TRAX 2005年リリース)
の解説を読んでいた時のことであった。
この中に「カチーン」と頭にキテしまった、許し難きコメントが書かれていた!

それは、CDの後半に収録された「Michael Prince--DANCE YOUR LOVE AWAY」
についてのコメント。

「この曲はPWLでも初期作品で、これを手掛けたのは「STOCK,AITKEN」の二人。
「俺たち二人にだって出来るんだぜ!」と言ったかどうかは定かではないが..。」
(以下省略)

何が腹立たしいか?
それは、2005年というこの時代に、いまだこうした「誤った情報」が出回ってしまうという、日本国内における認識不足。
はっきり言おう。
こんなに情報認識が遅れているのは恐らく、日本だけであろう。
まったく情けない..。

横田商会「DJ−BOSS」殿。 宜しくたのんます..。

と、その時は腹立たしかったのですが、しかしこの誤解は何処から生まれたのかと考えてみると、
ひとつはSAW初期活動におけるプロデューサー表記にあったようだ。

そこで今回は、「PETE WATERMAN」が楽曲制作をしていないという疑惑の発端となった、
SAW初期活動における作者のクレジットについて語りたいと思う。

彼等が活動を開始した1984年。
ここではまだブランド表記は「PRODUECED BY STOCK,AITKEN & WATERMAN」
という形ではなく、
「DIRECTED BY MIKE STOCK MATT AITKEN」が上段に書かれ、その下に
「A PETE WATERMAN PRODUCTION」という表記であった。

これを単に解釈すると、サウンドを全て手掛けたのは「STOCK,AITKEN」二者で、
彼等は「PETE WATERMAN PRODUCTION」に所属するディレクター、
という様に捉えてしまう。

当時は私もこう解釈していた。
しかし、「DIVINE」ワークでは「WATERMAN」はプロデュース名義であり、ここでは明確にサウンドに関わる表記となっている。
この「HI-ENERGY」初ヒットをきっかけに、「HAZELL DEAN」、「DEAD OR ALIVE」
と次々に大ヒットを連発した頃には、すっかり世間では「STOCK,AITKEN & WATERMAN」、
いわゆる「トリオ」としてその実力が評価されていた。

当時は日本国内でも同様に認識していたのですが、この初期クレジットの捉え方と、後に
「ヒットファクトリー・ブランド」となった「SAW表記」に対する「誤った憶測」が働いてしまったようである。

これは恐らく、PWLレコード社長兼マネジメントという肩書きから、
「こんな経営者がサウンド作りなど、何処まで関わっているのだろう?」
という、安易な憶測があったようだ。

PETE自ら構想していた「DANCE-POP革命」。
これは「PETE WATERMAN」の頭の中にしか存在しない。
これを実現させる為、彼は優秀な人材「STOCK,AITKEN」との偶然な出会いにより成功させたのです。

「MIKE STOCK」著書の中に、このクレジットに関わる重要な内容が書かれていた。

「SAWが活動し始めた84年では、プロデュース表記はWATERMAN、僕らはディレクターであった。」
「ディレクター?僕らはプロデューサーだ!」

英語が苦手な人であっても、このくらいの文章なら読み取れるはずである。
「MIKE STOCK」自身も、初期活動でのディレクター表記には不満を抱いていたらしい。
しかし、ここをどう捉えるか。

確かに、クレジットどおりサウンドの原型を作り出したのは、紛れもなく
「STOCK,AITKEN」の二人なのでしょう。
しかし、以前にも語らせて頂いたように、キャッチー且つ、ド派手な「サウンド・アレンジ」、そして独特な「グルーブ感」、この大きなヒット要素を担う人物こそ、「PETE WATERMAN」ただ一人。

他にも、マイナー作品に「Edwina Laurie--DARK GLASSES」というのがあるが、
ここではレコードジャケット上は「DIRECTED BY MIKE STOCK MAT AITKEN」
(しかも「MATT」のTが一つ少ない)のみだが、レコード盤には
「A PETE WATERMAN PRODUCTION」が入った表示パターンもあり、紛らわしい部分もある。

今回のコンピCDで唯一フォローするとすれば、「MICHAEL PRINCE」のジャケット付き12インチレコードを手に入れる事は非常に困難であり、「WATERMAN」表記はジャケット上のみであった。

「EXECUTIVE PRODUCTION- PETER WATERMAN」。

更に、ソングライトに二者のみクレジットとなったもう一つの理由がある。
これは以前にも紹介したように、この曲の元ネタは
「Hazell Dean--WHATEVER I DO (WHEREVER I GO)」。

この大ヒットにより、サウンド・パターンを変更し、新たなノリを生み出した楽曲として
「STOCK,AITKEN」が手を加え、「WATERMAN」が最終的な「リミックス・アレンジ」を行なったのです。

PWL始動時期から「STOCK,AITKEN」だけが手掛けた作品は、ひとつも存在しない。

しかしそうなると、私自身、ひとつ誤解していたモノがある事に気付いた。
それは「Hazell Dean-- BACK IN MY ARMS」のカップリングとなった「TAKE ME HOME」。

このクレジットで言えば、これは「Willi Morrison」単独ワークではなく、これも「WATERMAN」が
加わっていたという事だ。

話は変わって、当時懐かしい、あの伝説のレコード屋「友&愛」での思い出をひとつ。

1986年から87年初期あたりに、3枚のSAW作品の12インチが新入荷したのだが、
すぐに「貸し出し中」となってしまった。
通常なら、1週間もすれば返却されるのだが、1ヶ月を過ぎても返ってこない。

多分、2ヶ月間は1度も返ってこなかったのだと思う。
それが以下の作品。

・「Hazell Dean--STAND UP」
・「Splash--QU'EST-CE QUE C'EST?」
・「Nick Straker--A WALK IN THE PARK」(87年8月リリース)

今となっては、「単なるマイナー作品」というモノでしかないのかも知れない。
しかし、当時をよく振り返ってみると、この頃のSAWは84〜85年における「HI-ENERGY」の爆発的大ヒットに始まり、また「DEAD OR ALIVE」では「YOUTHQUAKE」の後に続く、新作第一弾
「Brand New Lover」がリリースされたばかりで、この一連の動きを経て、上記作品がリリースされたのです。
しかも、まだ一度も聴いたことがない状況。
レンタルレコード屋では、レコードが「貸し出し中」になると、コピーされたジャケット写真が唯一の
情報源となる。

これはワクワクしますよ!
この3作品のアーティストと曲名をみたら、「HI-ENERGY」としか想像できなかったですから。

約2ヶ月後、初めて聴く事となった訳ですが、こんなに「マイナーサウンド」であるとは思わなかった..。

ちなみに、「Nick Straker」UK12インチのジャケット上で、プロデュースに「PETE HAMMOND」がクレジットされているが、このオリジナルは80年リリースで、こちらは87年のリメイク・バージョン。
彼は「NICK STRAKER BAND」のオリジナル・メンバーであったようだ。
クレジットはこれに配慮したもので、実際は「SAW」三者によるプロデュース作。

しかし、マニアは何故こうした「マイナー作品」をもコレクトしようとするのでしょうか?
それは、一流プロデューサーが手掛ける「マイナーサウンド」の中にも、「一流の技術」が隠れているからなのです。

この3作品の中にも、SAWならではの「一流技術」があります。
マニアは、この技術をみつける為にコレクトするのです。

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