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「週刊オクちゃん」完全版コミュの第30回 『この、ひと漕ぎに・挫折篇 -最終話-』 2006.1.26

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警察からの電話。
これ以上やっかい事が起きるのはごめんだったが、電話にでないわけにはいかない。
僕は受話器を取った。
電話は中津川署の初老の署員からだった。この宿を見つけてくれた人だ。
「やぁ、無事に着いたようだね」
初老の署員は明るく言った。
着けましたが、無事ではありません。中津川署からここに来るまでに、大きな怪我を負ってしまいました…。
心の中でそうつぶやきながら、「はい。ありがとうございます」と努めて明るく答えた。
もう知らんからね、という顔をして帰っていった、あのスウェット上下の駐在は、中津川署に事故の報告をあげていないようだ。
初老の署員は僕の明るい声にホッとした様子で、「いやね、奥村くん。松本まで行くと言っていたけど、これから天気が荒れるから、あまり無理をしないように。明日は岐阜に引き返した方がいいと思ってね。ちょっとお節介で電話したんだよ」と言った。
驚いた。警察がそんな理由で電話してくるなんて。
いや、この初老の署員は、警察としてではなく、一個人として心配して電話をかけてくれたのだろう。
「無茶はしません」と約束して電話を切った。
ウソだった。
それでもまだ、松本へ行こうとしていた。
とにかく寝よう。ぐっすり寝て、元気を取り戻そう。

だが、その夜。
僕はあまり眠れなかった。
右ひじの血は止まっていない。
傷の痛みもあったが、血が布団に付くことが申し訳なくて、そればかり気にしていたから、熟睡することができなかった。
結局、ウトウトしただけで朝が来てしまった。
起きてすぐ包帯を取り替えた。出血はまだ、完全に止まってはいなかった。
カーテンを開けると、出発の朝と同じようにどしゃぶりの雨。
だが出発した朝とは違っていることがある。
台風が近づいている事実を知ったこと。前日の疲れが取りきれていないこと。そして、右ひじに大きな怪我を負っていること。
進むのか、帰るのか、決断の時がきていた。

朝食をとってすぐ、出発の準備をした。
宿代を払って礼を言い、玄関で靴を履いていると、見送りにきたおばさんがポツリと言った。
「おばさんは、旅を続けることには反対やよ」
僕はおばさんの顔を見上げた。
「負けるみたいで悔しいんです」
「お兄さんの旅は、勝ったとか負けたとか、そんなつまらんもんやないやろ?」
頭を下げ宿の玄関を出て、カッパを着込んだ。
僕の旅は、勝ったとか負けたとか、そんなつまらないものじゃない…。
おばさんの言葉を、心の中で何度も繰り返した。
つまらないものじゃないのかもしれない。でも!でも!引き返すのは、負けることだって思うんです!!
雨に向かって叫びたい気持ちだった。

僕は自転車にまたがった。
雨が僕の体を打つ。
激しく、重く、冷たい雨だった。
…雨が、残っていた気力を奪っていった。
僕は、歯を食いしばってペダルを漕ぎだした。
傷が痛んで歯を食いしばっていたのではない。
これから出す結論に…、結局、弱かった自分に、悔しくて歯を食いしばっていた。

帰ろう…。

僕はハンドルを切った。松本ではなく、岐阜に向かって。

この瞬間に、僕の旅は終わった。
松本まで行くことはできなかった。
僕の心はまだ、そこにたどり着けるほど強くはなかった。
歯を食いしばってペダルを漕ぐ僕の胸をいっぱいにしていたのは、悔しさと、大きな挫折感だけだった…。
大学1年。18の夏の出来事だ。

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