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思考交換所コミュのPart 1

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シーン1 〈夏の始まり〉
  
七月は上旬の夏の訪れを予感させる土曜だった、青く澄んだ空に強めの太陽。町中はこれからやってくる夏に向かって少々浮かれ気分、そんな都心から少し離れた町の小さなアパートで、由希と崇は同棲2年目を迎えていた。1DKのその部屋は、それなりの築数によって、ところどころにボロが出ているものも、由希の行き届いた掃除のお陰で、いつも清潔感を保ち、若い二人の男女の暮らす、色気だの温もりみたいな物があちこちにちりばめられていた。

「もう八時だよ?今日は挨拶に行くんでしょ?」
由紀は、寝ぼけている崇を半ば強引に起こした。まだ、状況があまり飲み込めていない崇に対して由希は続けた
「大体、昨日呑みになんか行くから今日起きるの辛くなるんでしょ」
由希は少し怒っている口調で喋っているが、これはこの二人の間ではよくあることで、崇もそれほど、由希が怒っていることを気にしたりはしなかった。
「今何時?」時計を見て続けた「まだ7時じゃん、そんなにあわてる時間じゃないのに・・・」
崇が言っていることもあながち、的外れでもなかった。今日は、結婚をすることを彼女の両親に伝えるために埼玉にある由希の実家に行くことになっていたが、由希の実家までは電車で二時間ほどで、途中でお土産を買うことを考慮しても、まだそんなに焦る時間ではなかった。
「そんなこと言って、いつも遅刻するんでしょ?いいから早くおきなよ」
確かに、崇はわりと普段からダラダラとしていて、特に就職したその後は、同棲を始めたことも重なって、休日に外に出掛ける回数は減った。そんな崇に由希は慣れているはずだったが、その時の由希はやはり、ちょっと違った。崇も、その由希の些細な緊張や不安に気がついてはいたが、敢えて、それに触れずにいた。
「分かった。シャワー浴びてくるよ」

崇がシャワーから上がると、朝食が用意されていて由希もどうやら、崇が上がってくるのを待っていたらしく、一緒に朝食を食べ始めた。
「そういえば、お土産何買うか決めた?」
少し落ち着かない由希に気を使いながら崇は尋ねた。
「まだ、何も決めてない、何がいいと思う?行く途中に新宿通るから、どっかのデパートに寄って買おうよ」
由希は、自分自身でも落ち着きを取り戻そうと、いつもより少しゆっくりめに喋った。
「そうだね、お父さん何が好きなの?」
普段は割りと喋る方で、二人の間では意見をいっぱいする由希ではあったが、どことなく、この時は遠慮がちに、そして慎重に答えを探してるようだった。それを感じた崇も、これ以上この会話をすることを避け、たわいもない話題へと話を切り替えた・・。
「まあ、デパート行ってから考えればいいね。それより、昨日俊次と呑んでたときにさ・・・・・」


シーン2〈薄暗い部屋〉
 
 午前10時半、目覚まし代わりにセットされた携帯電話の電子音にうなだれながら、俊次は四畳半の薄暗い部屋で目を覚ます。25歳、独り暮らし、彼女もいない俊次の部屋には何もなく、整頓された部屋ではないけれど、そのシンプルな部屋は本当に寝るだけにあるみたいだった。携帯のアラームを止めた俊次は、また布団に仰向けに倒れ、それでも目だけは開けて、薄汚れた天井を眺めていた。晴れ渡った青空の中で、その明るさすらも感じることの出来ない薄暗い部屋で、独り一体、何回目の朝を迎えているだろうか?そのなかで、一体俊次は何度希望と共に目覚めることが出来たというだろうか?脚本家を目指し、大学卒業と共に劇団に入り、その後2年、バイトと公演に追われる日々を過ごした。その2年間で7つの作品の脚本を書き、公演したが、どれも本人の納得できるものではなく、それ以上に世間が彼の作品に背を向けて、回を重ねることにそれは残酷なまでに露骨に伝わってくるのだった。絶望した俊次を励まそうとした劇団員に対し俊次は逆上し、最終的にはその劇団を辞めざる得なくなったのである、その後いくつか劇団を探したが、俊次が気乗りするところはなく、とりあえず生きるために、としていたアルバイトに追われ、脚本家という夢を諦めないまま、かといって何もすることなく、フリーターとして今日に至るのであった。世間では歓迎されるはずの週末でも、俊次にとっては関係なかった。別に土日だからといって、バイトに行くわけで、彼の働くレストランは週末混むのでむしろ嫌いなくらいだった。バイトを楽しいと思ったことは一度もないし、それなりにバイト仲間もいるし、フリーターである彼はそれなりにバイトの中では重要なポジションについていた、だがそれらに満たされることは無かった。むしろ、時には空虚感に苛まれ絶望したりしていたかもしれない。それでも、彼がバイトを止めない理由は、勿論生活の為にということもあるだろうが、それ以上に、いまバイトを辞めると彼から何もなくなってしまうことを知っているからであろう。

天井を見つめ何を考えるのだろうか?絶望?それとも・・・・?


シーン3〈電車〉
  
 新宿でお土産を買い終えた由希と崇は電車の中にいた。崇は今朝の由希を思い出していた。朝食を食べ終わった後、由希は母親へと電話を掛けていた。
「どう、お母さん、お父さんどんな感じ?もううすうす気づいてるかな?」
由希は口では、お父さんなんて賛成してくれても、してくれなくても関係ないという。今まで自分の人生に口出ししなかった父だから、結婚するって言っても何も言わないと思うって言っていた。でも崇は分かっていた、由希がお父さんに祝福されたいことを。
「そうね、あうゆう人だから、何も言ってないけど。改めて挨拶に来るんだから、それなりには、気づいてはいると思うよ。」
由希は、不安そうな声で言った
「どうせ、お父さんのことだから、結婚するって言っても、そうかって言うだけだろうけどね、まあ、今更私の人生に口出されても困るけど。」

崇は由希の手を少し握り締めた。
「お父さんってどんな人?」
由希は、少し考えた後に答えた。
「どんなって・・・、何かいつも静かで、何考えてんだかわかんない。あんまり怒られたことも無いし。今日も、何も言わないと思うよ・・・。」
崇は、そんなことないだろって言おうとしたが、言うのをやめた。代わりに
「気に入ってもらえるといいな」といった。
由希は何も返事はしなかったが、少し嬉しそうに笑った。
二人は、窓の外の次々に変わっていく景色を目で追った。

二人の向かいには高校生ぐらいの青年と、その母親が座っていた。別に仲が悪そうでもなかったが、お互いに一言も話そうとはせず、お互いに物思いにふけっているようだった。


シーン4〈母、紀子〉

 久しぶりの息子との外出に浮かれることもなく、母、紀子は黙って電車に揺られていた。目の前のカップルを見ながら、色々何かを考えているようだった。あくまで普通に、何事もないかのように、そのカップルから視線をそらさずにいた。そのカップルの男の方が彼女の手を少し強く握ったことも、多分気がついていただろう。紀子はそのカップルが電車から降りていく様を見届けた。そんな母の視線の先には気がついていたが、毅は黙って何か物思いにふけ続けていた。毅は思うのであった、人生といったい平等に出来ているのだろうかと?そして、毅自身はその中で幸運な方なのか、そうでないほうなのかということを。でも、毅は思っていた、紀子は不幸な方であることを、そして息子ながらに同情すらした。だからといって、母に何かをするわけではないし、むしろいつもそっけない態度をとっているけれども、それでも紀子に起こって来た出来事に対して、哀れむ気持ちでいっぱいだった。
毅が10歳の時に父親は、家を出て行った。別に蒸発したわけでもないし、きちっと離婚した上で出て行った。紀子は離婚を切り出されたその瞬間から旦那を責めたことが一度もない、離婚を切り出されたその瞬間も旦那の予想とは裏腹に、毅然とした態度で黙って離婚届にサインをした。新しい家庭を作ろうとし連れ子を嫌った父と、いや、多分嫌がったのは向こうの新しい妻の方だろう、そして毅だけは手放したくなかった母の間でもめることもなく毅は母親に育てられることになった。負い目のある父親は毅の養育費を払うことを自ら打診したが母はそれを断った、その代わりに毅に関るすべてを父親から奪った。もちろん会うことも、電話をすることも手紙を書くことすらも。毅が生まれ、家を出て行くまで、別に悪い父親ではなかった。できるだけ息子の学校行事には顔をだしたし、一緒に出かけたりも、多くはなかったけど、それなりにあった。毅もそんな父親の愛に何の疑問もなたなかった、だけどそんな中で父は突然家を出て行った。まだ小学5年だった、毅に母は、何一つ隠さないで起こったすべてを伝えた、父親が他の人を好きになったこと、だから家を出て行くこと、もう会えないこと。毅はすべてを理解なんかできるはずもなかったが、はっきりと理解できたのは、母親を守らなくてはいけないこと。皮肉にもそれは、父親に教わったこと。だからそれ以来父親の話を避けた。母親も絶対にしようとしなかったし、二人はまるでもとから2人だったかのように、生活を始めた。とは言っても、養育費を断った母は働きに出なくてはならなかったので結婚する前に務めていた、病院の受付をまた始め、時には実家の両親に助けられながら、裕福ではなかったにせよ、毅がお金の心配をしなくてもいい程度の生活を送った。中学二年の時、紀子が父親と電話しているのを聞いたことがある。どうやら当時それなりに稼ぎを得ていた父親はお金に余裕があると、多額ではないまでも、養育費としてお金を振り込んでいたらしい。それで、その養育費をめぐって断る母と送り続けた父親の揉め事は一年ぐらい続いていたが、いつの間にか、そんな話を聞かなくなった。勿論、その話を聞いてしまっただろう毅に紀子も気がつかないわけはなかったが、毅は母親にその話題をすることはしなかったので、紀子も知らない顔をしていた。

紀子は何を考え、あのカップルを見ていたのか・・・・。

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