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古井由吉コミュの好きな作品・すごいと思う作品

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放置しっぱなしなのもどうかと思うので、お約束ですが一応。

好きな作品、すごいと思った作品、その他諸々どうぞご自由に。

コメント(47)

はじめまして。「レイヴ」ですね。僕もそう思います。意味はよく分かりませんが。
つい先日、君はミステリーや娯楽小説を何故読まないのか、と聞かれ、一時答えに窮したのですが、よく考えてみると、古井由吉の書くような(あるいは大江健三郎でも中上健次でも後藤明生でも森内俊雄でも構いません)文章が、それらのジャンルの本を読んでもあまり出会えない、ということが理由だと思い至りました。
手元に『聖耳』はないので、写した文章でしか語れませんが、「犬の道」の中の

追憶というやつだな、これを夜中に犬にして、寝床から降ろして部屋の外へ出してやる、と別の知人は入院中のことを話した。この人は一時重体に近いところまで行ったが、乗り切って二月ほどで放免され、三年は元気に暮らした。近年、高層の十階以上に飼われる犬は地上に放されるとたちまち道に迷うそうだが、俺の犬は長年飼われていながら野良犬も同然で、勝手知った顔で廊下を伝い非常階段を駈け降り、救急口あたりから表へ滑り出る。未明の車の間を、尻尾を巻きながらはしこく擦り抜け、長い切通しをくだって橋を渡り、もう古い町をうろついている。やはり子供の頃の方へ行きたがるようで。

この部分が発熱の原因(多分)でした。
僕は図書館で借りて気に入ったところを書き写してます。
昨年、新刊が立て続けに出たとき、一部の書評家たちが「古井由吉ブーム」を作り出そうとしてましたが、やっぱり空振りに終わってるみたいですね。
えとここに書くのはおこがましい気がするんですが、
昔読んだ「水」にすごい感銘をうけました。
あぁ、これこそ純文学だ!!と。
この方の作品、なかなかお目にかかれなぃんですが、
時間をかけても、集めていきたぃな。
はじめまして。
僕は「水」が一番好きな作品です。
特に「弟」、読んでいて震えが来ました。
今は仮往生伝試文をゆっくりゆっくり読んでます。
「楽天記」がわりに好きですが、基本的に古井の小説であればそんなに好き嫌いはないです。
その中でも好きな文章というと、「眉雨」の冒頭からの文章です。

 この夜、凶なきか。日の暮れに鳥の叫ぶ、数声殷きあり。深更に魘さるるか。あやふきことあるか。
 独り言がほのかにも韻文がかった日には、それこそ用心した方がよい。降り降った世でも、あれは呪や縛やの方面を含むものらしい。相手は尋常の者と限らぬとか。そんな物にあずかる了見もない徒だろうと、仮にも呪文めいたものを口に唱えれば、人は言葉から漸次、狂うおそれはある。
 そう戒めるのも大袈裟な話で、私は夕刻から家を出て、蛇がくねるのに似た、往年の流れの跡と聞く道路を、最寄の電鉄の駅へ向かっていた。この夜と言うほどの一夜ではない。鳥は町でもけっこう鳴いている。近くには林がまだわずかばかりあり、椋鳥だか、塒に帰った群れがやすむ前に躁いでいる。耳を遣れば暗さのまさる中で何事か異変のありげな乱れ方だが、それも車の往来の音に紛れ、際立って呼ぶ声もない。あらかたの事柄にたいして、聞いていても聾唖に近い耳だ。
 車はたそがれると、赤系のものから見えにくくなるという。どの程度、目から失せるものか。
 空には雲が垂れて東からさらに押し出し、雨も近い風の中で、人の胸から頭の高さに薄明りが漂っていた。顔ばかりが浮いて、足もとも暗いような。何人かが寄れば顔が一様の白さを付けて、いちいち事ありげな物腰がまつわり、声は抑えぎみに、眉は思わしげに遠くをうかがう、そんな刻限だ。何事もない。ただ、雲が刻々地へ傾きかかり、熱っぽい色が天にふくらんで、頭がかすかに痛む。奥歯が、腹が疼きかける。たがいに、悪い噂を引き寄せあう。毒々しい言葉を尽くしたあげくに、どの話も禍々しさが足らず、もどかしい息の下で声も詰まり、何事もないとつぶやいて目は殺気立ち、あらぬ方を睨み据える。結局はだらけた声を掛けあって散り、雨もまもなく軒を叩き、宵の残りを家の者たちと過して、為ることもなくなり寝床に入るわけだが。
 夜中に、天井へ目をひらく。雨は止んでいる。とうに止んでいた。風の走る音もない。しかし空気が肌に粘り、奥歯から後頭部のほうへまた、降りだし前の雲の動きを思わせる。疼きがある。わずかに赤みが差す。
 雲の中には目がある。目が、見おろしている。小児の頃に、雨雲の寄せる暮れ方、膝に疼きを溜めて庭から仰いだ。夢の中のことだったからかもしれない。何者か、雲のうねりに、うつ伏せに乗っている。身は雲につつまれて幾塊りにもなり、雲と沸き返り地へ傾き傾きかかり、目は流れない。いや、むしろ眉だ。目はひたすら内へ澄んで、眉にほのかな、表情がある。何事か、忌まわしい行為を待っている。憎みながら促している。女人の眉だ。そのさらにおもむろな翳りのすすみにつれて、太い雲が苦しんで、襞の奥から熱いものを滲ませる。そのうちに天頂は紫に飽和して、風に吹かれる草の穂先も、見あげる者の手の甲も夕闇の中で照り、顔は白く、また沈黙があり、地の遠く、薄明のまだ差すあたりから、長く叫びがあがり、眉がそむけげみに、ひそめられ、目が雲中に失せて、雨が落ちはじめる。
 ──虹、空に掛かる、あれを朝方に見たことはないか。
 ──さて、朝焼けのひどいのなら。人を起そうかと思ったほどでしたけど、この世の終わりではあるまいし。
 ──眠っていなかったんだな。
 ──眠っていたんでしょうね。話しかけられて答えては、時間がひとまとまりずつ飛んで、人の顔も変わっていきましたから。自分も起されるまで眠ってしまおうかと、窓辺に出たんです。膝が固くなっていた。目の隅に掛かった髪を、ひとすじつまんだら、白いんですよ。その白髪までが、赤く染まって。
 ──雨が降り出した、まもなく。
 ──午後まで土砂降りだった。晴れ続きだったのに。肌着まで染みは通る、足もとはもう滲めなこと。どうしても、雨にかからないわけにはいきませんから。それに、あの降りの中で、なにかの拍子に、傘をさし忘れているのね。おそろしそうな顔して見てる人がいた。でもこれぐらい降ればいっそ、何も区別もないようで。一度だけ気色ばみましたけど。ついてないな、と天を仰いで手放しに滅入られたので。悪うございました、と笑ってしまって。
 ──ぼやくんだな。困ったところで。
 ──心得がないんですよ、近頃。雨でも降ればなにかと、手間取りますし。早く放免されたい一心で。
 ──流れが滞ると、子供っぽくなる。
 ──ああ、そう言えば虹、出てましたよ。あの帰りに。皆、陽気な顔をして、かやかや指差してました。あたしも、いっとき気が抜けて、感心して見上げてましたっけ。あの降りにしてはずいぶん、あどけない色合いだなと思って。煙突のむこうから立って、高台の上へ、淡いのでしたけど。
 あどけない、なるほど。
 ──あの朝ならもっと、凄いのが立ったでしょうね。黒い虹とか。
 ──紫一色とか。
 ──同じことですよ。空があれだけ焼けては。西の方まで赤かった。日の暮れまでひとりで寝過したのかと思ったほどでした。朝の空気を吸おうとして、二階の雨戸を細くあけたそのとたんに……。
 ──二階の雨戸……。
 ──部屋にいろいろ小物が押し込まれてました。衣裳部屋にもなっていて、物と物の間を分けて、女たちが三人、小さく丸まって眠ってました。空が赤すぎるので自分でも気が引けて、雨戸を閉めて振り向いたら、目をくらまされた真暗闇の中に、戸の隙間から光が洩れていたんでしょうね、三方から皺々の顔が、こちらへ首をもたげて、赤く染まっていた。大きな目をひらいているの。昨夜まで自分ももじきに死ぬようなことを言っていたのが、あたしを気味悪そうに見て、雨になるのかね、そうたずねるの。
 ──あなたの顔も、赤く焼けていた。
 ──雨戸を閉めた上に、空のほうへ、背を向けていたんですよ。
 ──輪郭が、赤く縁取られていた。
 ──女達の目がおずおずと、こちらに集まってました。つい眠ってしまったのを、咎められた気がしたのかしら。あたしの意向を、うかがうみたいな声でした。やっぱり雨になるのかね、と。知りませんよ。

まあ私にはほぼ意味がわからない文章なんですが、このグルーヴ感がとにかくなんともいえないです、はい。
聖〜栖〜親 の三部作が一気に読めて面白かった。
古井作品の中の静かに狂う人たちがすきです。
「腑に落ちる」感じがすきです。

今読んでいるのは、魂の日です。

読み終えたのは、
杳子、妻隠、行隠れ、水、夜の香り、眉雨、女たちの家、椋鳥、白髪の唄、
櫛の火、槿、楽天記、仮往生伝試文、忿翁、野川、聖耳、夜明けの家、
です。

買ったけどまだ読んでないのは、
陽気な夜まわり、山躁賦です。
『円陣を組む女たち』ですね。
「自己否定」のくだりのところで、思わず背筋が震えました。
いちばんはじめに読んだのが「雪の下の蟹」だったもので、印象に残っています。

いつの間にか、芥川賞選考委員もご退任なされたようで。
『仮往生伝試文』の完成度が、いちばん高いと思います。
現代日本文学の一つの頂点ではないでしょうか。
その点では、蓮見重彦の意見に賛同したいと思います。
『聖耳』が一番好きです。
最初に古井作品と出会ったのがこの本だからかもしれないですけど…

バイトしていた蕎麦屋の近くにある西京漬けのお店が、古井さんが良く利用されていたと知ってときめいたのを覚えてます。
はじめまして。
「仮往生伝」、あの路線であれを超えるほどの作品は、ほかの作家が書けないのはもちろん、古井さんご本人ももう書かないのではないか、書くつもりもないのではないかと思われるほどです。現代日本語散文の洗練の極みだと思います。

あの路線の端緒と思われる「山躁賦」も、実験的な荒削りの部分はあるんですが、なまな感じがして私は好きです。

「仮往生伝」である意味の頂点を超えたあとの、近年のやや平易で落ち着き払ったような、それでいて狂いやブレを覗かせる文体は、還暦を越された古井さんの達観(といっても決して安楽境ではないんですが)も感じられます。

その意味では、近作の「野川」の表現には感銘を受ける箇所がとても多く印象的でした。とりわけ、

  「俺が死んでいるのと一緒に、そちらも、この俺を、死ん
   でいるのだ、と故人の声をまだ半分睡りながら繋いで、
   そう言われてみれば静まり方がまるで違うな、と耳を澄
   ました。」(P105、『忘れ水』)

この「この俺を、死んでいるのだ」の「を」に出会えただけで、私のなかの日本語が救われたような気がしました。
すみません、お粗末な訂正ですが、上記の「野川」からの引用(P105)、『忘れ水』ではなく『睡蓮』でした。
どれも好きなので順序とかそういうのはつけられないですが、
それらの中では『山躁賦』がいちばんすごいことになっていて好きで、
なおかつすごいと思います。
その後の作品のように練り上げられていないところもいいです。
動かし難くなっていない感じで。

あとは『円陣を組む女たち』と『夜明けの家』でコンプリートなので、
なるべく早く入手しようと思っています。
はじめまして!

私はみなさんほど読んでないので、月並みな答えですが、
「杳子」がいちばん好きです。
「辻」ですね。必ず辻が出てくる、連作。かならずアルツハイマーの老人が出てきて、それを冷静に見つめる目があり、冷静であればあるほど、なにか狂いが生じてきて、狂いながら、最後は、女の謎めいた言葉で締めくくる。
渋くて、狂っていて、顰蹙ものの最近の古井さん、とほほ?
「杳子」って映画化されているんですか?
結構 前になるんですね。わざわざ調べていただきありがとうございます。機会をみて、観てみたいと思います
ベストは、「行隠れ」です。ちゃんとしたお話と、緊張感ある文章があるのがすきです。

次いで、「山躁賦」。紀行文的な叙述と、作者の妄想が暴走する部分のバランスがいい。

三番目が「椋鳥」です。冒頭から圧倒的な不気味さが漂っています。

「遠くからは果実と見えた。冬枯れの大欅の梢近くに、黒い瓜ほどの実がたわわにさがり、暮れ方の強風に揺れている―人の目は何でも見るものだ、何も見ていないものだ」

はじめまして!最近ミクシィで戦後文学の代表的作品の感想文を書いているものです。
古井さんの作品はまだ『杳子』しか読んだことのない新参者ですが、かなり琴線に触れたのでレビューを書いてみました。よろしければお読みください。

http://mixi.jp/view_item.pl?id=27973&reviewer_id=1200954
「行隠れ」が一番好きです。

自分自身の体験といろいろ重なって。。。。

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