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川喜田半泥子コミュの川喜田半泥子について

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萬晩報主宰 伴 武澄


 川喜田半泥子(1878−1963)という陶工が津にいた。土をこねて焼くことを生業としていた訳ではないから、正確にいうと陶工ではない。土をこねる芸術家だ。

 それでも半泥子という名は茶をたしなむ人なら誰でも知っている。今では値の付かない作品もあるというのに、半泥子は作品をひとつも売ったことがない。自分の茶会で使うのが目的で、あとは誰彼となくあげてしまうのだった。もらった人の多くは価値がわからなかったから、多くの作品がそのまま農家の押入れで死蔵しているかもしれない。

 作風といえば大胆の一言。おおらかでのびやか。そしてこだわりがない。そういうことなのだ。師匠はいない。「志野」あり「美濃」あり「備前」ありで思いに任せて土をこねた。

 それもそのはずだ。津のあたりにはよい粘土がないから全国から粘土を取り寄せた。戦前は朝鮮半島の土も多くこねた。朝鮮の土は主に全羅南道務安郡望雲半島の荷苗里(ハビヨリ)のものだった。南宋の戦乱を避けた中国の陶工たちが多く避難した土地柄らしい。青磁づくりはすでに廃れていたが、半泥子は壊れかけていた窯を再興させたという。

 大阪の「かぼちゃ」の仲間に誘われて二度ほど備前を訪れ、ろくろを回してから今まで以上に茶わんに愛着を持つようになった。それまでも関心がなかったわけではない。京都に住んでいたとき、「楽」茶わんの窯元の茶会で「300年前のノンコウの作」(ノンコウ=三代目楽吉左衛門・道入)といわれて震えながら茶をたしなんだこともあった。

 半泥子の茶わんはまだ見るだけである。津市内の石水博物館に足を向ければ、無造作にに並んでいる半泥子の作品をいつでもみることができる。何度か通ううちに好みも出来るというものだ。半泥子の作品には陶芸の専門家にありがちな銘は一切ない。出来上がった時の季節や気持ち。出会った人物への思い。そういった気分として名付けられるのだから素人にも分かりやすい。

「おらが秋」などは名前からして気に入った。志野焼きで大振りの茶わんだ。「あぢさい」というのは薄青の釉薬が薄くかかった作品だ。これは大胆というより上品な部類に入る。「昔なじみ」という銘に到ってはいう言葉がない。

 備前の先生は失敗作を捨てようとすると「せっかく作り始めたのだから完成させましょう」とやさしく指導してくれる。半泥子も同じ気持ちでろくろを回していた。半泥子には失敗作というものがなかったという。つくったものはすべてが「作品」と考えたからである。割れた陶磁器を修復する「金継ぎ」という技法が日本にはある。半泥子は焼き上がった作品に割れがあるとすべてを神戸の金継ぎ職人に出した。おかげでこの職人は金継ぎで生業がたったという逸話まである。

 朝鮮の土を使ったり割れた茶わんをすべて金継ぎに出したりと半泥子という人はよほど金に余裕があったに違いないと思うだろう。そう半泥子の本名は16代目川喜田久太夫といった。川喜田商店といえば、江戸大伝馬町では大手の部類に入る木綿問屋だった。明治以降は地元三重県の百五銀行のオーナーとなり、いまも三重財界の中核を担う一族である。

 ふつう芸術家は王様や財力あるパトロンに見いだされて世に出ることが多い。だがパトロン自らが芸術家になった例は洋の東西を問わずほとんどいない。宋の時代、文人画を描いた徽宗が有名だが、絵画や書は文人としての教養の範疇だった。古今東西、ろくろを回すことなどは職人の仕事だったはず。銀行のオーナーが仕事の傍らろくろを回して喜んでいたのだから風景として異景だったに違いない。

 一般に芸術家は芸を売るから芸術家なのであって、どんなにいい作品をつくっても生業としなければ芸術家と呼ばれない。ここらは不思議なことだと思っている。世上、半泥子は陶工ではないから「趣味人」などと呼んでいるが、茶わんづくりに異常までの情熱をかたむけた半泥子に限っていえば失礼になる。半泥子のその芸はやはり秀でていたのだから芸術家としか呼びようがない。

 半面、半泥子の趣味は「もてなし」にあったのだろうと考えている。お客さまを家に呼ぶとき、家や庭をきれいにして、おいしいごちそうを出すのはどこの家でも当たり前。半泥子の美意識では、茶会のもてなしが高じて茶わんまで自分でこねる必要があったのだ。

 半泥子が茶会を開くときは、三重自慢のうなぎを自ら七輪で焼いたともいわれる。茶室の生け花はもとより掛け軸も自筆の書や絵画を墨で描いた。客が満足し喜ぶことが半泥子の喜びだった。茶わんだけでない。最近そんな半泥子が大好きになっている。

 津市郊外の半泥子の窯跡である広永陶苑にある泥仏堂には自作の半泥仏が祀られている。その扉の裏側に「把和遊 喊阿厳」と書いてある。何と読むか。

 



コメント(9)

僕も陶器、磁器、など茶道具全般大好きです。
半泥子さんと同じである方向に進んでいたと僕は思っている野崎幻庵さんや半泥子を師と仰いでいた上口愚朗さんの器も是非気にとめておいてください この二人がすごく好きなんですがマニアアック過ぎるのか誰も書き込みしてなくて・・・
幻庵さんが削る前の茶杓が手に入ったんですがすごく力があり
怖くてなかなか削れません ただの竹なのに人の想いってこんなに込もるのかと何回見ても感動します
そんな茶碗を自分の手に入れて見たいものですね
なんせ茶道具はたかすぎて・・・
はじめまして!
半泥子のことを語れるコミュあるとは!
私は、かれこれ15年ほど前、展覧会を見たのが最初だった気がします。黒瀬戸茶碗のごついのが好きで、慾袋も驚いたというか、笑っちゃいました。本家?の破袋にすごい衝撃を受けていたので。
半泥子の意味である”半ば泥(なじ)みて半ば泥(なじ)まず”という精神は、わたしも中庸ということばに魅かれるので、すごく共感します。内観法や気の実践もすごいですよね。
勝手に”偉大なる素人”と思って、尊敬しています。
よろしくです。
管理人です。放置状態でした。いつの間にか同志(同師)が集まってくれて、うれしいです。このコミュニティを作ってよかったです。よろしくお願いします。

>とーじ☆☆☆さん
ありがとうございます。最初にプロローグとして「川喜田半泥子について」の説明が必要でしたね。ありがとうございました。

>けんぞうさん
入手した茶杓見てみたいです。写真アップしてくださいよ。
ヒトに譲らないで、大きなヒトとなって死ぬまでには削ってください。ただの竹でも高価ですよね。どこからか嗅ぎ付けてきて、ワラブキ屋根の家を壊すとき、業者がイロリの上の竹を買い占めるらしいですね。その竹がダイヤの原石なんですよね。
茶道具は、まず自分で作ってみてください。心がわかってくると思います。そのうちに半泥子に心もわかるかもしれません。私は一番そこに、ひかれるし興味があります。よい茶碗の中には宇宙があるそうです。
そうそう私は詳しくないので野崎幻庵さん上口愚朗さんのこと知りませんでした。興味ありますので、詳しい作品などあるサイトあったら紹介してください。

>ゆこもりさん
「偉大なる素人」。素人だから偉大な人になれたんだと思います。作ることを楽しみ、生きることを楽しみ、そして心を楽しんでいたのだと思います。陶工という職人だと、良く作ろうとする欲が作品に出てしまいます。半泥子は禅の心を得とくしたのでしょう。
検索していたら、二代目半泥子を襲号した川喜田敦という人がいるということを最近知りました。作品もそっくりだし、半泥子の本も出している。私は、どうも納得いかないのです。伝統工芸じゃないし、半泥子と言う名で稼がないで欲しい。あんなの贋作だよ。一代目半泥子は素人だからよいとされる。一代目の心なんて死んでもわかんないだろうな。手塚治虫が言っていた「アトムは商品であって作品ではない」と。人の目を気にして作っていたら商品に格下げだよ。

奥が深いコミュニティだなぁ。まあ、楽しく楽しく。
nozacさんありがとうございます 僕は来年の二月くらいに東京で日本料理店を開業する予定なのでそこでお披露目します
実は3本あって1本は削りました それだけではなく食後用に立ったまま茶が点てれるリュレイ席みたいな物や毎月変わる自作の茶杓、僕が集めた小服、杯、器たちもお目見えする予定です できればそちらで拝見ください 僕なりに幻庵さんの思いを汲み取り削った茶杓です なんか宣伝みたいになりましたが楽しみにしててください
前からお話していたお店をこの度2/22から東京都中央区新富で「潤菜どうしん」という店を構えました。修行時代からワンルームでお茶会を自作の茶杓や集めた骨董と独自に勉強した野菜の料理(懐石、コース)でもてなしていたかいがあり、いろいろな人の協力もあって今に至ります。野菜にもこだわっていますし、お茶会に行くより楽しめる様に・・とおもいお店も茶釜が掛かり自作の茶杓で、集めた小服で、野菜のコースと野菜のお菓子でと楽しめる空間になってます。普段着で行けるお茶会とおもい一度遊びにいらしてください。ちなみに今月のお菓子は紫芋の羊羹となってます。今月の家庭画報にも少し載ってますのでよろしければご覧ください。何か質問があればお店までご連絡ください。03-5542-8851
茶杓だけではなく箸や菓子切りも自作のものです
できれば4月中に御来店頂けると京都のおいしい筍が用意できてます。1年の中で一番贅沢なな野菜だと思います。食べてみないとわからないのが残念ですが農家から直送でくる筍は別格です。
すごく竹のチカラが強い染み竹でした 銘は是非お店でお尋ねください
はじめまして。高宮と申します。

お茶をやっているので茶道具は大好きなのですが特に茶杓に惹かれます。
茶杓をいくら見ても飽きる事がありません。興味のない人にとっては
ただの竹なのですがなぜでしょう。自分でも不思議です。
私もいつか古民家の囲炉裏の竹で作ってみたいものです。
今宵の鑑定団の方で、川喜田半泥子さんの火鉢が出ましたな。中々良いと思ったが…やはり、本物と鑑定された。しかし250万円の評価は安く感じた…((苦笑)←


買えないが。(笑)←


私の持ち物は、解らないから一度鑑定団に出そうかな…(((^_^;)と、考えもしつつ、でも無粋な事するような気分にもなるからしたくない自分も居たり。



悩む…(((^_^;)

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