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vivi用とりあえず個人的物置き場コミュの八作目「賭博狂ルーレット」

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 ロシアという国は、どうにも博打好きらしい。
 
 それは足りない心を埋めるための、ほんのちょっとした好奇心というやつだが、いやはや類に漏れずロシア人は博打が下手クソなのである。今日もこの貧乏宿屋の主人は、夜明け前の安ルーレットにて小遣いを巻き上げられていた。
「ちくしょうめ。またカミさんに叱られちまう」
 お決まりの台詞を吐くとポケットにあった金貨一枚を握り締め、三軒目の賭博場へと入る。大好きなルーレットの店を廻るのが日課となっているのだ。しかしこの貧乏宿屋はすっかり顔を覚えられていて、「またあんたか」「おカミさんから店に入れるなってキツく言われてるんでね。帰ってもらえんか」と、突き返されてしまった。不貞腐れた主人はそこいら中の賭博場に足を踏み入れるが、どこもかしこもカミさんの息のかかった賭博場らしく、すっかり足蹴にされた。
 最初の二軒に戻ろうにも、もう営業を終えているのだ。主人は薄明るい天を仰いだ。綿を引き裂いたような隙間から月が顔を出し、地上を照らしていた。
「……さあて。いよいよ俺の賭博病も末期になってきたようだ」
 そう言うと町外れにある、一昔前まで賭博場があった場所へと向かった。噂では数年前に潰れたとのことだが、この外れならカミさんも見落としてるだろうという算段だ。しかし潰れた店で金を増やすことが出来ないのは百も承知。この主人は一人でルーレットを廻すだけでもいい、トランプを並べるだけでもいい、とにかくその賭博気分を味わいたいと思うようになっていたのである。
 ――もうすっかり賭博狂なのだ!

 その場所には確かに賭博場の残骸があった。破れたテントに覆われた、それはそれは安い作りの、その場しのぎの賭博場である。どうやら国に隠れて転々と移動し運営していた、所謂  『闇賭博』 というやつらしかった。
「なるほど。今の俺にはぴったりだ。……どれ」
 主人は入り口をくぐり、天井の穴から漏れ入る月明かりに助けられながら賭博場を見渡した。目が慣れてくると、そこにはたくさんの多種多様なルーレットが朽ちてあることに気づいた。その一つひとつを回転させ、音を楽しむ。主人がルーレット台を決める時、その音の良し悪しを見極めるのだ。
「……見つけた!」
 カラリカラリと音をさせる、なんとも不細工な色使いをした一つの残骸に食い入り、その台を月明かりが漏れ入る場所まで運んだ。そして適当なイスに腰掛け、さも嬉しそうにルーレットを廻す。くすんだ白玉は幾年かぶりに数字の上を踊り始めた。
「よし、『24』だ」

 五周、十周、二十周……やがて徐々に減速した玉は『24』で止まった。主人はそれを見てひどく興奮した!
「はっ! それ見ろ。俺が予想した通りじゃないか! 金貨一枚で俺は宿屋なんかやめちまうことだって出来たんだ! ちくしょう畜生、カミさんが余計なことしなけりゃ!」
「いっそのこと――」

 その続きを言おうか言わまいかという時、天井穴から突風が舞い降り、ルーレット上の白玉を弾き飛ばしてしまった。目を血走らせた主人は言葉を飲み込んで、逃げる白玉を追いかけた。白玉は生きているかのように跳ね回り、やがてゴミが重なりあう暗闇へと駆け込んだ。他の玉を使えばいいものを、もうすっかり賭博病末期患者となった宿屋主人は狂ったようにゴミを漁り続けた。すると白玉は無かったものの何やらおかしげな階段を見つける。この階段の下に落ちていったのだろうと考えた主人は、ろくに明かりも差しこまない地下へと下りていった。
「こんな野原のド真ん中に、なぜに階段なんぞがあるんだ」
 階段は思った以上に長く、足先で段差を探りつつ進むといった具合である。もう真っ暗で何も見えないのだ。ようやく下りきった時、コツンコツンという玉が跳ねる音が聞こえた。その音は共鳴してどこから聞こえるのか分からなかったが、適当に見切りをつけて歩を進めた。すると何かに衝突したようである。行く手を阻む何かに、主人は恐る恐る手を差し伸べてみた。初めはそっと……徐々に大胆に。
 その感触には覚えがある。

 ――それはルーレットだった。

「ほう、こりゃあ……」
 そのルーレットを手探りで測る。大きさ、材質、重さ――そのどれを取っても今までのルーレットとは比べ物にならないほど古いようである。主人は歓喜の雄たけびを上げた。
「ひゃああ! こいつは大した代物に違いない! きっと賭博好きな王様とやらが直々に作らせて、貴族だけの賭博場かなんかで使われていた、それはそれは高価なもんだろうさ。……ああそうとも! これを売れば俺は大金持ちだ! カミさん様様、闇賭博バンザイ、賭博者ここに極まれりだ!」
 主人はそれが嬉しくて跳ね回った。歌い踊った。――真闇の中でホコリを撒き散らしながら、一人の男が暴れ狂ったのだ。しかし、そのせいで足をルーレットにぶつけてしまう。ルーレットはカラリカラリと小さな音を発した。主人は足をさすりながらふと思う。
「……このルーレットは、ちゃんと廻るのかいな」
 主人はルーレットに手を添え、勢い良く廻した。

 それが主人の最後のルーレットだった。

「ようこそ。賭博場へ」


             ★


 昼になっても帰ってこない主人に激怒し、忙しさも相まって、宿屋のおカミさんは殺気立っていた。
「あの人ったらどこをほっつき歩いてんだい! 帰ってきたら腕一本はへし折らないと気が済まないよ!」
 今にも暴れだしたい風だが、一人で店を切り盛りしなくてはいけないため、それどころではなかった。客の前では至って愛想よく、心の内ではありとあらゆる火山が噴火している模様だ。ようやく本日の仕事を終えたものの、おカミさんは夜になっても主人が帰ってこないため、さすがに不自然に感じた。
「おかしいね。どうせ賭博場行ってるんだろうが、あの人は勝っても負けても朝には帰ってくるんだ。これ以上私一人で働けやしないよ。唯一の小間使いにいなくなられちゃ宿もお終い、私もお終いだ!」
 おカミさんは明朝の支度を済ませると、賭博場が立ち並ぶ歓楽街へと向かった。そこではいつもと変わらず男たちが客を手招きし、また一人、また一人と不幸にしていく。おカミさんは自分の息のかかった賭博場の呼び込みを捕まえて、主人の行き先を聞いてまわるのだが、誰も知る様子はなかった。
「あっしは知りやせんぜ。昨日言いつけ通り追い払ったんですから」「あの店なら遅くまでやってるんで、あそこなら知ってるかもしれやせん」
「ふん! そうかい」
 おカミさんはここいらでは幅を利かすことが出来た。元々この歓楽街を仕切っていたヤクザの娘でもあり、連中とは随分な仲だ。それ以上に、単純に怖い存在でもある。

 最後の店は営業時間も遅く、所謂『賭博病』の末期連中は、朝方にはここに集まってくるのである。そのどれもこれもが死んだ魚のような目をして、ルーレット台の合間を泳ぐのだ。おカミさんはそのマズそうな魚どもを捕まえては主人の行き先を聞いてまわった。だが、どれもこれも良い反応はない。強く揺さぶればそのまま死んでしまうかのような、そんな生気の無さを発していた。諦めかけたその時、最後に捕まえたとびきりマズそうな魚だけはある事を知っていたのである。
「町外れに……古い賭博場……壊れた」
 綿を引き裂いたかのような隙間から月が覗く夜、おカミさんはその残骸の前に立っていた。ゆるい風にはためくテントは、まるで死人にまとわり付く布切れのようである。意を決し、中へと入る。多種多様なルーレット台と、そして散乱したゴミがそこにあった。破けた箇所から漏れ入る光が、一つのルーレットを照らしていた。そこにはイスが添えられており、誰かがここにいたことを示していた。
 おカミさんは心底落胆していた。
「こんな所で、何をやっていたんだい……」
 何か手がかりはないものかと、辺りを見渡す。するとゴミに囲まれた階段を見つけた。ホコリにまみれた階段には、くっきりと新しい靴跡があった。それは下りた跡しかない。上ってきた様子はないのだ。――宿屋の主人はこの中にいる。もう、すぐそこまで追い詰めたおカミさんは、どっちの腕を折るか冗談混じりにつぶやきながら階段を下りていった。

 階段を下りていくと、オレンジ色の明かりが見えてきた。そして妙に暖かい……いや暑い。一段ごとに光と熱は増し、階段を下りきると汗だくになっていた。
「なんだい、こりゃあ。暑いったらありゃしないよ」
 その声は部屋中に響き渡った。その部屋は壁にたくさんの松明が掲げられ、それが轟々と燃え盛っていた。すぐに炎の音が、おカミさんの声を掻き消した。
 部屋の中心には古く巨大なルーレットが置いてあった。主人の姿はどこにも見えない。しかしそのルーレットはカランカランと乾いた音で廻っており、当然誰かが廻したに違いないのだ。
「あんた! いるんだろ! さっさと出てきなよ!」

「……右かね? 左かね?」

「ひっ」
 唐突にその知らない声――
 おカミさんは驚きのあまり尻餅をついてしまった。
 声は再び尋ねる。

「右ですかな。それとも左がよろしいか」

 おカミさんは怖くなって、大声で叫んだ。
「――右、いや左、いやそんなことどうだっていい! あんた誰だい、どこにいるんだよ!」
「答えてもらえれば、お教えするよ」
「じゃあ右だ! 右にしておくれ!」

「右だね。ではスタート」
 その声とともにルーレットは勢いを増し、ガラガラと轟音を発する。おカミさんは抜けた腰に気合を入れ、ようやっと立ちあがると、ルーレットに近づいた。
「私はここにいますよ。――あなたの目の前に」
  
 声は間違いなく目の前から発せられた。――声の主はルーレットだ! おカミさんは更に近づく。ルーレット上を何かが転がっている。更に更に近づく。転がる何かは早すぎてよく分からない。更に更に更に近づく。徐々に減速する中、転がる何かは声を発していた。
「――助けてくれ!」

 それは小さくされた宿屋の主人であった。

「あ……あんた!」
 主人は減速するルーレットの上で走りながら、転がりながら、助けを呼んでいた。そしてようやく轟音が鳴り止むころになると、疲れ果てた主人は一つのマスの上に倒れこんだ。

『右腕』

「うぎゃあ!」という声とともに、倒れこんだ主人の右腕は捻じ折れた。彼は右腕を抑えながら、『右腕』のマス、『左腕』のマスの上を交互に転がり、悶絶する。
「どうです。いい玉でしょう。こいつは転がる音が格別に良いんだ」
「何を言ってるんだい……だってあんたは……ルーレット……そうさ、ルーレットの分際で――」
「あんたは何を言ってるんだよ!」
 ルーレットの轟音は止み、松明と主人の呻き声、そしておカミさんの金きり声が響き渡った。

「私は……」
「私は見ての通りルーレットさ。でもそこいらのルーレットと一緒にしないでおくれよ? 私は賭博狂たちが作り出した生粋のルーレットなんだ」
 松明は更に激しさを増す。主人は暑さによるものか、痛さによるものか、体中から流れるような汗を噴き出していた。
 ルーレットはそれらの音を楽しみ、続ける。
「いつの時代も賭博狂ってのはいるもんでね……」
「私が生まれた時代はそんな連中を一所に隔離、治療していたわけだが、君たちも知っているように連中ときたら賭博にのめり込み過ぎて周りが見えなくなって、やることに見境がないんだな」
「幾度も暴動を起し、医者まで殺してしまった。見かねた王様が彼ら全てを処刑することにしたんだ」
「彼らは死ぬ前夜、綿のような雲の隙間から入る月明かりを頼りに、巨大な食卓を削って私を作った。死ぬ前にもう一度ルーレットがしたかったのだよ」
「そして翌昼、彼らは火あぶりの刑となった。その時彼らは自らの死ぬ順番を賭けていた。私は彼らの望みどおり、盤上にて死の順番を決めていった。火が脳を焼き尽くすまで、彼らの死のルーレットは廻り続けたのだ」

「何も変わりはしない。賭博狂が命を賭けることに、変わりようはないのだ」

 暑さと恐怖にじっと耐えていたおカミさんは、重い口を開く。
「私らは……私は賭博なんかに興味ないね! そ、そりゃ主人は賭博好きのろくでもないクズだけどさ……少なくともそんな人殺しの賭博狂なんかと同じにしないでおくれよ!」
「そう、ただの臆病者さ、動物も虫も殺せないんだよ。毎日金貨三枚を売り上げからちょろまかして、私の目を盗んで抜け出して、日ごろの鬱憤を晴らしてるだけのどうしようもない――」
「――どうしようもない賭博狂さ」 ルーレットが割って入る。

「あんたの主人は、あの時代の賭博狂と変わりはしないよ。人殺しの賭博野郎だ」
「な……何を」
「上で見たろう。あの良い音がするルーレットを。主人は一人で廻して的中させたんだ。せめてあと一ゲームさえ出来ていればと思っていた彼は、力いっぱい叫んだよ」

「いっそのことカミさんがいなくなればいい――と」
 
 ルーレットのマスは『生』と『死』の二つになり、またゆっくりと動き始めた。


「この部屋に来た主人は君の『死』に賭けた」
「……嘘だよ、そんな――」

「さあ、ゲームの始まりだ。君は勿論『生』に賭けるな」
「おい起きろ! また良い音を響かせるんだ」
 松明は更に炎を上げ、部屋は灼熱へと変わる。ルーレットはグオングオンという轟音とともに、再び勢いを増した。主人は片腕を抑えながら必死にうめき、走り、転がる。
「ああ、あんた……」
 
 ――グオングオン。

「お願いだよ、主人を助けておくれよ」

 ――グオングオン。

「主人には賭博をやめるように言うからさ、頼むよ――」

 ――グオングオン。

「大事な人なんだ……頼むから助けておくれ」

 すると主人は気を失い、体勢を崩し倒れこむ。その際、マスにある境目に引っかかった。
 ――ちょうど『死』のマス上に。

「……あ、あんた、あんた! あんた! 何を……何をやってんだい! さっさと立って走るんだよ! 立て! 走れ! いいからその邪魔な右腕を離しなよ! 走れって言ってるだろこの賭博野郎! もうわたしゃ『賭けちまってる』んだよ! さあ這ってでもいいから動きなさいよ! さもないと……さもないと……あたしがあんたを――――殺してやる!!」


 




 廻る。廻る。
 この国のルーレットは、どこも良く廻るんだ。




             了


作品「賭博狂ルーレット」 書いた人「viviPOEchan」

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