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朝鮮映画研究会コミュの『朝鮮民主主義人民共和国映画史』書評

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■繰り返される拉致と粛清。危険なお隣さんの嘘みたいな本当の映画史

 世界が狭くなり、神秘が消えた21世紀にあって、世界最後の秘境と呼べるであろう場所が北朝鮮・朝鮮民主主義人民共和国である。21世紀に生き残った数少ない共産主義国家である北朝鮮はありとあらゆる奇天烈がまかりとおる不思議の国である。仮にもれっきとした独立国家が偽札と麻薬製造で外貨を稼ぎ、戦闘員を送り込んで他国民を誘拐し、隣国に侵略するために地下トンネルを掘ったりするだろうか? そんな馬鹿なことをするのはアニメか007の悪役ぐらいのものである。だが、その国は実在する!
 不思議の国・北朝鮮に映画史が存在しないという。世界に冠たる映画マニア独裁者・金正日を擁していながら、なぜまともな映画史がないのだろう?
 北朝鮮では映画は高度に政治的な存在である。つまり、政治の風向きに簡単に左右される存在だということだ。当然政治的に問題が生じる人物も出てきて、その出演作は最初からなかったことにされてしまう。自分が評価している映画が、いつ「政治的に不適当」にされてしまうかもわからない。そんな状況で、まともに映画史など書けるわけがない。一方隣国韓国では反共法(国家保安法)のおかげで北朝鮮映画を見ること自体が犯罪となってしまう。そんな状況で映画研究が実現したらその方が驚きである。
 そういうわけで、本書は世界初の北朝鮮映画通史である。
 門間貴志は『アジア映画にみる日本』などの著作がある東アジア映画の専門家である。韓国、北朝鮮、中国から等距離に位置する日本の地の利を活かし、蝙蝠のごとくにふるまってわかるかぎりの情報を集め、ここについに北朝鮮建国から現在にいたるまでの通史が完成したのである。
 北朝鮮の歴史は粛清の歴史でもある。金日成が支配を固めていく過程で、その反対派は次々に粛清され、姿を消していった。映画界では甲山派(朝鮮国内で抗日運動をおこなっていたグループ)の追放とともに、多くの有力映画人が追放される。それを主導したのはもちろん金正日である。金正日は映画界の刷新をはかる。外国の美学理論を追放し、すべてを金日成の文芸思想に統一した。金日成の個人崇拝を押しすすめ、金日成原作の「不朽の名作」(クレジットに明記されている!)を製作した。こうした功績が認められ、金正日はついに金日成の後継者の地位を手に入れる。映画独裁者・金正日はまさしく映画によってその地位を手に入れたのである。
 北朝鮮映画史は戦慄すべきエピソードに事欠かない。1980年冬、人民俳優の称号を持ち、『春香伝』(59年)や『ある分隊長の物語』(65年)などで国民的人気を誇った美人女優禹仁姫(ウ・イニ)が不倫問題から銃殺処刑された。恋多き女だった禹仁姫は、党幹部多数と不倫関係にあったとされ、事を重大視した金正日によって処刑を命じられた。金正日のお気に入り女優だったため、裏切られた思いも強かったのかもしれない。禹仁姫は市民5000人の前で公開処刑された。夫である映画監督は最前列でそれを見ていたという。禹仁姫の出演作はすべて封印され、一部の映画は出番を他の女優を使って撮りなおされた。本人が粛清されたなら、映画もまた粛清されてしまうのである。
 金日成の個人崇拝は北朝鮮映画界にしか存在しない不思議な慣習を生みだした。映画で金日成一族を演じる俳優は「一号俳優」と呼ばれ、一生他の役を演じることはできない。金日成役の俳優が悪役やコメディを演じるのは金日成の威厳をそこなう、と考えられたからだという。一号俳優は金日成に似せるために整形までする。金日成の登場場面は完全にパターン化されているため、観客は白頭山を遠景で捉えたショットに赤い夕陽のショットが続いただけで、金日成が出てくるとわかるのだという。
 だが、極度の様式化は映画の硬直化を招かずにはいられない。独裁者である以上に映画マニアでもある金正日は、北朝鮮映画の抜本的改革を決意した。そのための方策は? もちろん拉致である! 金正日は韓国のベテラン監督申相玉(シン・サンオク)と女優であるその妻を拉致し、平壌で映画を作らせることにする(申相玉の拉致事件にはいまだ謎が多いが、門間氏は基本的には金正日による拉致だろうとしている)。申相玉は金正日の期待に応えてきわどいお色気入りの映画や怪獣映画『プルガサリ』(85年)などを製作し、北朝鮮映画の水準を一気に跳ね上げる。しかし、やがて申相玉は映画祭出席を口実に国外に出た機会に再亡命を図る。当然ながら申相玉の北朝鮮映画はすべて封印されてしまうのである。
拉致と粛清、規制緩和と引き締めがくりかえされる北朝鮮映画には北朝鮮の軌跡がダイレクトに反映する。北朝鮮映画史を学ぶのは、北朝鮮の歴史を学ぶことなのである。リアルであるには面白すぎる国の映画史は、とても本当とは思えないくらい面白いフィクションなのだ。(映画秘宝8月号/柳下毅一郎)

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