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犬尾 春陽コミュの鎌倉・加筆分

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更新滞っております。申し訳ありません。
現在、先年六月に書いた作品に加筆修正を施しています。

作品の全文をここにあげるわけには行かないので
加筆した章だけ、しかも校正前の乱文ですが、お楽しみ頂けると幸いです。
(多分この小説で一番いいシーン)

・ラルク好きな方へ
テーマ「叙情詩」で送ろうと思ってる作品なので
「叙情詩」を踏まえた小説として率直な感想が頂けると大変ありがたいです。



 七、

 鮮やかだった百日紅の花が、いつのまにか散っていた。知らぬうちに夜が長くなり、日暮れるのが早くなる。風が冷たく、人々が足早になる季節にも、私たちの彷徨は続いた。以前のような焦りや不安は薄くなったものの、変わらず私は手の届かぬ何かを希求する曖昧な気持ちを、言葉に出来ぬまま持て余していた。
私が不用意に取り乱したあの日の後も、少女の態度は私の憂慮に関わらず、何も変わらなかった。私はそれを、何よりも有難く思い、安堵した。あの日、私は何かに酔っていたのかもしれない。穏やかな生活の日々の中で、あの時の私はどうかしていたのだという思いが膨らみ、それを隠すように、私は常に理知的な態度を保つよう努めた。軽率な言動で、今まで過ごした時間や、生活や、私と少女の間に在るもの――それが何かはわからないけれど――が壊れてしまうことが耐えられなかったからだ。
少女は何を考えているんだろうという思いが、時折顔を覗かせ、私は意識的に目を背けた。そんなことは考えてみたってわかるはずもないことだ。私はただ少女が近くに居てくれるだけで良かった。それ以上に望む物は何もないほどに、いつしかそれは私にとっての切実な願いになっていた。

 暖かい日だった。玄関に施錠をして見上げた空は、小春日和というに相応しい光に満ちている。上着に羽織った毛糸越しに、降り注ぐ陽射しが柔らかな温もりを肌に伝えている。
「少し、遠回りをして行こう」
 少女は白い頬に微笑を湛えて、私の差し出した手を取った。
 風もない。日ごとに風が冷たくなる季節の中で、ふと風が止まったこんな日が、もしかしたら一年の中で最も静かな日なのかもしれない。高く、青く、迷いなく澄んだ空に、筋を描いて薄い雲が流れる。
――小学生の頃に、帰り道で一人見上げた空と同じだ。
 そんなことを思い、私が小さく笑うと、少女が視線を上げるのを感じた。
「なんでもないよ」
 小さな頃に見た景色を思い出したことを、口に出そうとして、やめた。
「天気がいいね」
 そんな言葉に置き換えた恥じらいに少女は気付かず、私に屈託のない笑みを向けた。

 見慣れない景色を見たくなって、私は家の裏手の道をずっと上がっていた場所にある切り通しを訪れてみることにした。鎌倉に越してくる前、雑誌で幾度か見かけたことのある場所ながら、実際に訪れたことは一度もない。市街に向かう道とは逆方向に当たるため、歩を進めるに従って過ぎ行く人影も減り、緑陰が影を落とす山道に静けさが響いているように思われた。
 静けさは景色を染めただけではなく、私の胸をも染めていたのかもしれない。静けさがゆっくりと降り積もり、空気の層を作ってゆくのが見えるようだ、と思う。時折、吹く風に、垂直に伸びた木々の枝が揺れ、さざめくような音を立てる。その度に、線を描いて差し込んでいた陽が揺れ、見上げると緑陰が白い瞬きを以ってちらちらと輝いていた。
 ふいに足を止めた私を、少女が振り向いて見上げた。
「静かだな、と思って」
 そう言って見上げた私の視線の先を、少女も追う。
「ね」
 言葉なく少女も頷く。その横顔を見て、私の脳裡にふと『幸せ』という言葉が浮かんで消える。
――そうだ。私は今、幸せの景色を見ているのだろう。
 自分が幸せであることを言葉に出して自覚したことなど、一度もなかったように思う。実感するには馴染みがなく、幾らかの恥ずかしさを含んだその言葉は、目に映る穏やかで暖かい午後の陽が差す静かな景色を、少女と手を繋ぎ、互いの存在を確認するように目を合わせて過ごす今の季節を、何よりも相応しく表すものであるように思われた。

 住宅街を抜け、山間の道を歩いた先にあった切り通しは、想像していたよりも大きいものだった。湿度を持った空気が冷たく澱み、高い緑陰からは陽射しも届かない。
「鎌倉時代に作られたトンネルなんだって」
 何かで聞きかじった知識を、少し得意な気持ちで口にする。
「鎌倉は三方を山に囲まれているから。幕府があった頃、山を切り開かないと交易が不便だったんだろうね」
 目の前に広がった奇景を、立ち止まり、口を開けて見上げていた娘が、その言葉に納得したような表情を浮かべてこちらを向く。満足に伴って、次第に照れくささこそばゆさが湧き上がり、私は
「受け売りなんだけどね」
と言って、少女の手を取った。
 笑い声の滲む息を漏らし、少女が私の顔を見上げる。私も笑う。
「こんな――」
 ふいに胸の詰まる思いがした。人の居ない静けさ、緑陰を裂いて差し込む陽光、柔らかい陽だまりと、その隙間から見える高く青い空。時の流れまでも止まってしまっているような無音。この場所には今、ささやかに非日常の匂いがする。特別な、息も止まりそうな緊張感。
「こんな、場所なら、もっと早く来てみれば良かった」
 深く一つ呼吸をして、それだけを口に出すと、少女は「そうだね」とでも言うように頬を持ち上げて、私を見上げた。

 白く細く、だけど確かに強く、差し込んでいる陽光に、私は自分の抱く祈りを重ねて見ていたのかもしれない。木の葉が風に揺れ、その路が断たれても、違う隙間から絶え間なく降り注ぎ、輝きと共に柔らかく暖かい陽だまりを作る陽光。そのように、在りたいと思う。私の抱く願いが、それ程の強さを持てたなら。私はきっと、この少女をずっと幸せの景色の中で見守っていられるのだろうと思う。
 再び、胸が詰まる気持ちがした。私がいつまで少女を見守っていてあげられるのかはわからないけれど、それは考えるべきことではないのだろう。私は今、この娘を大切に思い、手を繋いで一つの風景を見上げているのだから。同じ景色を共有して、たわいのない思いまでもを、共に分け合うことができているのだから。
 少女の体温を掌の先に感じながら、私は見上げた木漏れ日の中に、今までに見たイメージを幻を見るように思い返していた。初めて家に来た日、俯いた輪郭を隠すように揺れた褐色の髪。顔を上げ、私を見詰めた涙に濡れたような黒い睫毛。何気ない時、ふいに動く何か言いたげな唇。うすく紅差した頬と、髪に隠れた白い首筋。冷たく作り物のような華奢な指。いつか拾った貝のような爪。
 甘い幻に、思わず目を閉じて思う。この娘が、このまま無邪気に屈託なく笑って、傍らに居てくれれば、どれほどに幸せだろうと。
 私は、背後から娘を抱きしめた。言葉にならないこの祈りを、神に訴えるように。

 人の居ない平日の午後、冷えた冬の光が地平を埋める森に音を立てずに染み込んでいく。少女は私の回した腕に自らの手を添えて、巻きつけられた赤いマフラーに顔を埋もれさせたまま、ゆっくりと瞼を閉じた。胸の底を握られた思いがする。私は少女の肩に顔を寄せ、抱きしめる腕に一層の力を込めた。
 冷えた上着の布地を通して、少女の体温がゆるく伝わる。甘い匂いがした。何かを思い出しそうになる、安心する匂いだ。

 ふいに、少女が顔を上げた。
 抱きしめていた私の腕を解き、そこからスイと抜け出して、緑陰の陰になるあたりを見上げる仕草をする。
「どうかしたの」
 声をかけると、彼女は私の顔を見て、私の唇に自身の指先を当てた。
 指差す先を見上げると、枝葉の影に鳥が居るのが見えた。
ルリルリルリ
 鉱石が闇夜の中で響きあうような、硬質で澄んだ声で鳥は鳴いた。

コメント(7)

これから投稿する作品なので、このトピック自体もしかしたら消すかもしれません。
ご承知置きください。
途中のシーンだけ読んでもわからないですよねー。

ええと説明すると、鎌倉の山奥に隠居している男(35〜40くらい)のところに
ある日疎遠な親戚の伯母さんが訪ねてきて、親戚の中で盥回しになっている少女を
「引き取ってくれ」と押し付けられ、共同生活を始める話です。
「叙情詩」
http://jp.youtube.com/watch?v=6ePYfGYEJAM
>白黒さん
ええとね、マニキュア後、紅葉前ってとこに捻じ込もうとしています。
紅葉後のほうがいいかなあと思ったんだけど、冬過ぎるよなあと思って。
このシーンは11月上旬、紅葉は11月下旬のつもりでいます。
>作品としてとてもよくなった
こういって貰えて嬉しい!じゃなきゃ加筆した意味ないもの!でも自信なかったの!嬉しい!
>これがラルクらしさ
そうです。正解です。その通りです。あたしがラルクのその辺が好きだから
避けて通れなかったっていうのもあるのだけど。
捧げる作品、として読んで思えるのなら、十分合格点です。ありがとう!
凄く参考になりました。ありがとう!

>のりしろさん
あ り が と う!!
この小説に関しては、何よりの褒め言葉です。ありがとう。
おっさんとして精進して行きたいと思います。

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