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神経科学コミュの意識の問題への物理学的アプローチ

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はじめまして。たいそうなタイトルをつけましたが内容は特にないです。
僕はアメリカの大学で物理を勉強しいるものです。みなさんよろしくお願いします。いくつか前のトピックに意識の探求というテーマがあったので書き込んで見ました。不勉強で間違ったことを書いてるところもあると思うんで、その辺の指摘も含めてリスポンスを期待させてください。
僕はそもそも脳(特に意識の問題)に興味があって結構迷った挙句に物理を専攻することに決めたんですが、それは結局脳の働きや意識の問題も最終的には物理的なアプローチから解き明かされるべきだと思ったからです。
最近徐々に意識の問題へのアプローチがサイエンスの一分野として固まりつつあるように思いますが、まだまだその捕らえ方、取り組み方を模索している段階であるようにも思えます。
物理学からのアプローチでは脳のシステムを複雑系として捕らえてそのモデルを構成しようとするアプローチのほかに、量子力学と意識の発生の関係が注目され始めているようです。
これまでの科学は精神的な現象を研究対象から除外することで驚異的な成功を収めてきましたが、その末に出てきた量子論は理論の枠組みの中に「観測」という行為の存在を要請しています。「観測」という行為はたどっていけば最後には「人間が認識する」ということに行き着くわけでこれは「意識」の存在を理論の枠組みに取り入れざるを得ないことを示しています。
また意識が脳の活動全体(記憶や運動など、脳の異なる場所で行われる処理)に影響を及ぼすことから、量子論の非局所性がその説明になるのではないかという考えもあるようです。
また、大きな捕らえ方をすれば、、、
「意識」というのはこれまで科学の対象ではない、何か「理屈ではわからないもの」(魂とか愛とかとおんなじように)として捕らえられてきました。人間が「理屈ではわからないもの」として何かを捕らえるとき、それは記号に落として考えることができないもの、ということを意味しているんじゃないでしょうか。
一方で物を記号に落として整理していくことで発達してきたのが自然科学、そして物理学です。その物理学が、(誤解を招く言い方かもしれませんが)ものの物理状態は確率的にしか知ることができない、という量子論に行き着いたわけです。(補足をすると、確率的にしか「知ることができない」のかそもそも物理状態が確率的にしか「決まっていない」のかは歴史的にも議論があり、アインシュタインに代表される「知ることができない」派の人たちは量子論が不完全な理論なために決定的な予言ができないんだと主張し、量子論の枠組みに入っていない「隠れた変数」が存在するんだと主張しました。そしてその「隠れた変数」を見つけて理論に組み込むことによって量子論は決定論(決定的な予言ができる理論)として落ち着くはずだといいました。しかしこれは量子論で記述できる自然現象の中には決定論においては必ず満たされるベルの不等式を破る現象があることが実験で確認され、自然現象がそもそも決定的(局所実在的といったほうが正確でしょうか)でない、つまり物理現象が確率的にしか「決まっていない」ということで決着がつきました。ただしこれは記号化による方法で構成される決定論では自然が記述できないということにすぎず、本当に自然現象が確率的にしか「決まっていない」ことの証明にはなりません。なので確率的にしか知ることができないと上では書きました。)僕はこれが、ある意味で自然科学の記号化によるアプローチの限界を示唆しているように思えるのです。そしてその限界の向こうには、まさに人間が「理屈ではわからないもの」として扱ってきた物事があるんじゃないでしょうか。
ゆえに意識の問題と量子論を結びつけて考えることは僕にはとても妥当なことのように思えます。
また、意識への正面からの取り組みが、今後自然科学全体の発展に深くかかわっているとも思います。
でもなんとなくそんな気がしたのでそうは言ってみたものの、もし本当に意識の問題が記号化によるアプローチの限界のむこうにあるなら科学はお手上げなわけで、それはつまり「意識」は科学の対象外であったってとこに逆戻りなわけだし、そもそも記号化できないものって言われても僕には見当がつきません。「意識」への取り組みの目標は当面はそれが科学の対象かどうかを知るってとこなんでしょうか。なんだか何がいいたいかわからなくなってしまいましたが、こうやってごちゃごちゃ考えたのも意識のなせるわざだということで「意識の問題」はとても重要な問題なんだってことでしめさせてください。
そして何のためにこれを書いたかというと、もし僕が書いたことに近いことをやっていらっしゃる方、また興味をお持ちの方がいらっしゃったら色々教えていただきたいと思った故です。
こんな意味わかんない文章をここまで読んでくれたあなたはきっと何かしら思うところがおありなんじゃないかと思うのでレスポンス期待してますw

コメント(29)

自分とのアプローチはちょっと違うけどなかなか面白いじゃないか。”記憶”も理論の中に入れてね♪

でもいいな、いろいろ考えてて
概ね、同意見です。量子数、波動関数などで持って定量的に示せるか、クオリアとの関係は不明ですが、観測問題を基礎とする量子論で意識、認識の理論を構築すべきでしょう。その際は時間を特別扱いにしない相対論的にすべきと思われます。
意識をどう定義するかによると思いますよ。どうなったら「意識が解明された」ことになるとお考えですか?
こういうコミュもありますので、もしよかったらどうぞ議論してみてください。

■生物学と人文学
http://mixi.jp/view_community.pl?id=1310306

ご紹介まで。
早速のレスありがとうございます。

ヴァンさん>どうもです。ヴァンさんのアプローチをよかったら今度聞かせてください。

dualityさん>なるほど。相対論的に扱われるべきなのはなぜですか?よろしければもっと色々教えてください。

sivadさん>早速コミュ参加させていただきました。おっしゃるとおり、定義を固めなければ解明という言葉も意味を持たないと思います。そして現在意識への取り組みはまだ「定義」さえ固まっていない段階だと理解しています。つまり解明はまだまだ先のことのようですね。でも逆に脳のメカニズムがある程度わかるまで意識の定義は固まらないのかもしれないとも思います。
> dualityさん>なるほど。相対論的に扱われるべきなのは
> なぜですか?よろしければもっと色々教えてください。

素過程として扱う必要がありますし、記憶の問題とも関係するでしょうね。でもそこが明快になれば一本、publishできるかと思います。
脳の量子力学的理解についての諸問題について、私が考えたこと。

脳内の情報処理過程とその状態について、それを量子力学でもって理解し、そこでの精神過程や意識の発生を解釈しようとする立場は、その脳内の情報処理過程の中でトンネル効果だとか量子力学状態の干渉効果だけでなく、当然観測の結果生じる量子跳躍的な波束の収縮(崩壊)をも観測問題として絡んでこざるを得ない。そして、その観測に伴う予測不可能でランダムな非因果的変化は、観測相互作用のどの段階で起こりえるものかも問題であるが、波束の収縮(崩壊)は非決定論的で不可逆(及び時間的非対称性)の不連続過程であり、他方量子力学に於ける異なる状態の重ね合わせの結果として得られる量子相関または量子干渉は、因果律に従った量子的振幅を表す波動関数の変化の決定論的で可逆的な連続的過程である故に、そこには二段階的なモデルをもちこまざるを得なくなると考えられる。しかし、この量子力学的な二段階的なモデルは、脳の情報処理がコネクショニズム的な並列分散パターン処理するニューラルネットワークの、数学的な積(入力×シナプス加重)を形成しその積を加算してその和を閾値と比較するという機能と、そこに於ける数多くの個々のニューロンの欠陥に対して全体か無かではない連続的な能力低下という特性による機能維持とに対して、どのように整合的に成立するものかが全く判らない。

そもそも、脳内の情報処理過程が量子力学的状態であるとするならば、脳内で波束の収縮(崩壊)がなぜ起こりえるのかを考えなければならないが、その波束の収縮(崩壊)をもたらすところの量子力学に於いて観測者や観測行為に当たるものが、脳内の何であるかを明らかにしなければならないと言える。この問題は、認知(気づき)と意識とがコヒーレンスな関係にあるので難問であり、更にワーキングメモリーの性質を考えると、その量子力学的理解にとって大きな障害となる問題であると言える。ワーキングメモリーが(他の領域と連繋しながら働く前頭前野に於ける)「目標志向的な課題や作業の遂行に関わるアクティブな記憶による達成システム」であり、そこに「自己モニター」を含くむ中央実行系の働きを持つ「注意」や「知覚的気づき」として、何らかの自己認識なものを働かせていると考えられているが故に、もしワーキングメモリーのそれが量子力学に於いて観測者や観測行為に当たるものとして、脳内の情報処理過程での量子力学的状態から意識を生み出す波束の収縮(崩壊)を引き起こすとするならば、波束の収縮(崩壊)で生み出された意識や精神状態より先にある「注意」の遂行的意識=awarenceや「気づき」的な認知意識=awarence (「注意」や「気づき」は意識と深く関係する)がどうして成立したかが理解できなくなる。

仮に、脳内の情報処理過程に対して量子力学的状態でもって精神過程や意識を説明するモデルとして、海馬と結びついた視床と皮質の間のフィードバックループに関連する、視床・皮質間ループを構成する多くの皮質ニューロンの膜の脱分極が同期された振動を示すこととする考え方や、細胞膜表面上に分布している誘電性分子、微小管や細胞骨格を通したポンプ作用より絶え間なくエネルギー供給を受けられる静電双極性振動子の集まり等がボーズ収縮を生じさせているとする考え方などを採用するにしても、しかしそれらモデルが精神状態や精神過程の基礎だとするのは、状況証拠的な憶測の域を脱してはいないし、従来の理論と同じように「ハードプロブレム」に関する説明のギャップを抱え込んでいる。脳内情報処理過程に対する量子力学状態のモデルだけでは、精神過程や意識がなぜ存在するのかは何ら説明はつかないと言える。

また、脳内の情報処理過程に量子力学状態を持ち込むならば、その量子論的な非局所性を特徴とするが故に、波束の収縮(崩壊)も非局所的でなければならない。バインディング的意識としての思考システムが脳内の波動関数の波束の収縮(崩壊)によるものだとするならば、精神状態としての情報処理過程も非局所的な全体的なものと考えなければならなくなるが、頭頂側頭連合野の中に展開する言語等に示される概念や観念についての思考システム、それら思考結果を評価して充足感として表現する大脳辺縁系、そしてこの思考システムを動かす指令信号を発する前頭前連合野といった三角の領域関係、更にこの関係を支える大脳基底核、小脳、覚醒睡眠系という支持装置というものをも含めたそれら領域固有性といった局所的なものを、非局所性との関連に於いてどう位置づけて解決するかという問題を抱え込まざるを得ないと言える。
意識の問題って古典論でよくないですか?
面白い考え方ですねぇ

生理学関係の見方をすると・・
意識や感情の変化は、何らかの生体信号に変化を及ぼす・・と考えると

間接的ですが、意識の変化をとらえたと言えるかもしれません。

ただ
あくまで間接的ですし、証明手段としても、多くのボランティアに可能な限り同じ意識状態になるようなタスクを与え、その変化を・・・やはり「統計学的」に表現するしかないでしょうね。
例えば精神的にリラックスした状態は・・
脳波ならα優位
筋電図 低下
他に自律神経変化はR-Rを用いるなど、いろいろな手段があります。

現在の学際誌のジャッジを通るためには、一定の傾向がありそうな結果を呈示し、
それが統計学的に有意であること。すなわち、著者の仮説に対して、読み手が納得することが最重要事項です。少なくとも生体信号に関してはこれで充分です。
真の意味での学問追求のためにはtetsuさんのような発想が必要なんでしょうが、
実際の生体信号を解析すると分散が大きく、精度に難があります。

若い人たちのこういった考え方が、これからの研究を変えていってくれるのかもしれませんね。
がんばってください。
意識の問題について興味あります。

>量子論的な説明方法について

量子的な過程を持ち出す前にスケーリングを考える必要性があると思います。
生物の基本デザインはDNAを原基としたたんぱく質と水の塊だと考えることができます。
このたんぱく質の生体内における運動性は明らかになってないのですが、
僕らの意識がたんぱく質(ニューロン)という物質によって担われているとすれば、
量子的なサイズの話が意識に直接関係するとは考えにくいのではないでしょうか?

特別な物理法則が意識を作り上げるというのは非常にロマンチックだと思うのですが、
現実的な観点から、ニューロンにおける機能としての意識を考えたくなります。
ニューロンにおいて何らかの特別な物理的特性が意識を生み出しているのかもしれ
ませんけど・・・w
>生理学関係の見方をすると・・
>意識や感情の変化は、何らかの生体信号に変化を及ぼす・・と考えると

意識が起こったから生理的な反応が起こっているのか、それとも、
生理的な反応があるから意識が起こっているのか、
にはかなり違いがあると思うのですがいかがでしょうか?

意識や感情の変化が生体に影響を与えるという考え方は二元論的な解釈だと思われます。
極端にいえば、体の外に意識があってそれが体を変化させるということですよね。
一方で、身体反応(呼吸や脳活動など含む)が意識を生じさせているというのが、
後者の考え方です。心身一元論とでもいいましょうか。

現在の科学という文脈では後者の立場をとるのが一般的で、
自分の立ち位置をはっきりさせれば、私自身はこの後者の立場で考えています。
そして、この立場における意識研究は少しずつですが前進してきていると
考えていいと思います。

たとえば、誰かさんの脳をなんらかの方法で破壊すれば、
少なくとも意識を失います。そこまでしなくても、眠らせてしまえば、
僕らが通常の意味で用いる意識は消失します。

この意味では意識というのはシステムの状態のあり方をさしていて、
そこに記号化や量子的なものを介入させる必要性はないと考えられます。

要するに、身体(端的に言えば脳)の状態と意識の状態を
対応付けて検証することで、どのような身体状態のときにどのような意識が存在しえる
のかを見ていこうというものです。

しかしながら主さんがお考えになる意識の問題も確かに存在します。
主さんが記号化とおっしゃっているのは、おそらくには「一人称の意識」の問題なのでしょう。
この一人称の意識は確かに不思議で、それはうまい記号化が思いつかないようなものですし、
観測問題そのものといえます。

他者をみれば、そこにはニューロンの活動という物性の変化があって、
それによって意識が生じているように見えるのですが、自己に限って言えば、
そういう物性を基盤にしている感じがしないわけですね。
むしろ、意識そのものが身体から乖離しているのかのようにも感じるわけです。

もし科学というものを客観的なデータによって積み重ねられるべき何かと考えるので
あれば、一人の人間の内なる意識感覚を科学するのは無理ということになりましょう。
個別そのものですから、客観性も何もないといえます。よって、ここに言及すると
限りなく哲学的なものになっていくわけです。

きっと一番面白いのは「一人称の意識」であって、三人称の意識ではないのかもしれませんね。
そしてそれは、科学という形で記述すべき何かではないのかもしれません。

とはいえ、科学という枠組みを支持するのであれば、三人称の意識を探ることに
取り組むことで、一人称に迫ろうというアプローチがあってもいいように思います。
外乱を与えずに信号を取り出すことは困難ですが、何らかの方法で自分の脳活動を
物性としてリアルタイムに知りえたとしたら、そのときの内観と客観的な計測値を
付き合わせることで何かを見出せるかもしれません。
理論的には自己言及するシステムなので何かが変わってしまいますが
少なくとも、自分の意識状態を変化させることで身体状態を変化させることを
体感できるはずです。

また、他者の意識であれば、なんらかの記号化可能な原理を導くことができると
思うのですがいかがでしょうか?健康なヒトには基本的に意識が宿るわけです。
これには少なくとも体必要ですし、それが正常に機能しなけえばならない。
逆にいえば、これらの身体条件がそろえば、意識は必然的に現れるともいえます。
とすれば、これらは客観的に観測可能ですし、そこには何らかのルールがあるはずです。

一方で、いやいや第三者の意識なんかあてにならないじゃないかといったヒトがいます。
チャーマーズという哲学者がゾンビ問題という概念を提唱しています。
要するに他者の意識をどうやって確認しえるかという問題です。
他者は自分ではないので他者の意識を直接に捕らえることはできません。
よって、五感を通じての観察によってしか相手に意識の有無をみることができないわけです。
もし、その第三者があたかも意識があるように見えたとしても、それは意識があるかの
ように振舞っているだけで実際にはゾンビかもしれないというお話です。

一人称の意識のみが三人称の意識を認識しえるだけど、
それは一人称の解釈次第で変わりうるということですね。

いろいろと書きましたが、意識の問題は、
最終的には個々人の解釈ってところで落ち着くような気がしますw
>omakeiさん

「及ぼす」という表現が引っかかったのでしょうか?

意識が起こった→生理的な反応が起こった
生理的な反応がある→意識が起こった
眠らせてしまう→意識は消失

〜だから〜のように
「→」という考えじゃないんですけどね
あえて言えば、ほぼですが・・「=」と言っていいと思います。
つまり・・
「意識A」ならば「身体B」になる  ではなく
「意識A」の時は「身体B」の状態である(ことが多い)

>要するに、身体(端的に言えば脳)の状態と意識の状態を
>対応付けて検証することで、どのような身体状態のときにどのような意識が
>存在しえるのかを見ていこうというものです。
↑まさにこれですね

そうやってきたつもりなんですけどねあせあせ(飛び散る汗)

最終的に報告する際、確率論になりますので(ことが多い)
になるのはあしからずあせあせ

何か特殊なモデルでも作成できれば、どちらの方向に作用しているか
はっきりするかもしれませんが・・
ヒトを対象とする場合は脳・神経の領域にはブラックボックスが多すぎるのが現状ですね。

どういう解釈になるかは、倫理に則ってヒトを対象とした実験をする環境にあるのか、動物・モデル実験や机上で考えることが多いかなど、その環境による違いということなのでしょうね。
>かっちゃん@PhD

レスありがとうございます。

>最終的に報告する際、確率論になりますので(ことが多い)
>になるのはあしからず

確率論にならない記述方法がほしいですよね?僕は欲しいですw
確かにヒトを対象とした場合ブラックボックスになりがちなわけですが、
脳内の領野レベルにおける議論であれば、意識を担う組織がどれかを検討する考えが
ありますよね(NCCです)。うまくいってるのでしょうか?

お酒や薬物などで意識を変容させることができるわけですが、
これは、脳内の物性に外乱を与えると意識が変わることを意味します。
つまり意識って物理現象なんだとわかるわけですよね。
物理現象だとしたら確率の項を含むとしても何らかの記述は可能だと思いますが
どうでしょうか?

繰り返すようですが、
一人称の意識を説明しようと思ったら大変だと思います。
どういう物理現象によって一人称が生まれるかとなると哲学問題になりますよね。
自由意志なんかが絡んできて、なんとなく自由意志はあって欲しいと思いつつ、
第三者的な記述を推し進めていくと、自己が消えていってしまうような寂しい
気持ちになってみたりして・・・(汗)
とはいえ、この辺りが一番面白いテーマなのだと思うのですw
>omakeiさん

こちらこそ
戯言に付き合っていただき楽しんでおりますあせあせ

どこまでを「意識」とするかにもよりますが・・
喜怒哀楽など情動の発現を担っている部分は、はっきりしていますよね。

扁桃体がそれにあたり、
動物実験ですが・・
刺激を与えれば怒りや恐怖が出現し、切除すると感情がなくなりおとなしくなるそうです。
ヒトにおいては扁桃体の部位に損傷がある場合、感情抑制の症状が見られることで確認されているようです。
同様に、脳内のある伝達物質が減少しているとき、特定の身体の状態が確認できれば、その物質こそ大きく関与していると言えることになります。
その分野はかなり解明されており、そういう意味では(ある意識=ある物質または電気信号)
と定義付けできることになりますね。

では、扁桃体をとことん調べれば解明されるのか?ということですが・・
実際は、個人の頭で「意識」として認識できるためには、経験・記憶との照合に関わる海馬や、前頭連合野の前頭前野など多くの部位を介して成り立っています。
外部からは情動変化が観察されなくても、もしかしたら脳内では発生していて、それが第三者に伝わらないだけかもしれませんねむふっ

こういう議論は学生の時以来です
私は多少違うスタンスにいるようですが、tetsuさんやomakeiさんのスタンスでの解釈は大変勉強になります電球
こちらではできないことのさらなる究明を期待していまするんるん
意識についての本です
コッホ、クリック、ヴァレラ、ラマチャンドランなどが語ってます

意識を語る

http://www.nttpub.co.jp/search/books/detail/100001944

気鋭の科学者,哲学者による対話形式の書籍.作者は「脳のなかの幽霊」で有名なサイエンスライターです.科学のなかでももっとも重要なトピックである意識についての最前線が見えてきます.
参考の為、意識研究に関するリンクを挙げておきます。

◎「意識」に関連した学会。
Toward a Science of Consciousness
http://www.zynet.co.uk/imprint/SPECIAL/tucson.html
 the 2002 Tucson conference on Toward a Science of Consciousness
 国際会議『意識の科学に向かって』
 http://www.consciousness.arizona.edu/tucson2002/index.html
 Conference Schedule and Abstracts (1.71MB PDF)
 http://www.consciousness.arizona.edu/tucson2002/Final_Tucson_program.pdf
Association for the scientific study of consciousness
http://www.phil.vt.edu/ASSC/
http://assc.caltech.edu/index.htm

◎「意識」に関連した雑誌。
Journal of Consciousness Studies
http://www.imprint.co.uk/jcs.html#reviews
 New books on Consciousness Studies
 http://www.imprint.co.uk/books/jcsmainframe.html
PSYCHE
http://psyche.cs.monash.edu.au/
Behavioral and Brain Sciences
http://cogsci.soton.ac.uk/~harnad/bbs.html
The Journal of Mind and Behavior
http://kramer.ume.maine.edu/~jmb/
Minds and Machines
http://www.cs.buffalo.edu/pub/WWW/faculty/rapaport/MM/flyer/
Philosophical Psychology
http://www.carfax.co.uk/php-ad.htm

Online papers on consciousness (Compiled by David Chalmers)
http://www.u.arizona.edu/~chalmers/online.html
Center for Consciousness Studies Department of Psychology (University of Arizona) アリゾナ大学意識科学研究センター
http://www.consciousness.arizona.edu/

財団法人 ブレインサイエンス振興財団 (日本)
http://homepage2.nifty.com/bsf/
意識研究者リンク集(認知科学徒留学日誌)
http://www.hardproblem.org/diary/archives/cat_link.php
認知科学徒ブックマークス / 意識
http://b.hatena.ne.jp/cogni/%e6%84%8f%e8%ad%98/
こんにちは。

脳の研究をしたいと思っている大学三年生です。

科学が検証できない向こう側に意識があるなら・・・それは科学を超越したなにかっていうことでしょうか?

自分は、キリスト教系の大学に通っているのですが、宗教での祈りがどのように脳に影響しているか、どのようなことが脳で行われているかを研究したいと思います。

大学を卒業してから何を研究したいかはまだ決めてませんが、卒論はこの問題を研究しいたいと思います。
(いま、病気療養中で休学してるので卒論着手は来年以降になると思いますが)
フィリップヤンシーの祈りの本は比較的科学的に祈りを研究したので
有名ですね。

私もその題材にはすごく興味があります。
ぜひがんばってください^^ ふみおさん。
>さっさん

さっさんはクリスチャンなんですね!

自分もクリスチャンですよ〜。
科学を超越した何かというより科学の性質上対象を絞って研究しているので
常によくわからん現象って出てくるもんだと思います。
物理学の理論で起き上がり駒が立ち上がる現象を説明しようとしても上手く出来なかったり
よく分かってない事っそこらじゅうにあると思います

傍らで意識とは何ぞや、ということを解き明かしたいと思いつつ、

現実には形ある研究を志向しなければならないという気持ちで10年近く研究をしました。

そんな中で大して理解は進みませんでしたが、自分なりに印象に残っていることを幾つか。

眠っている人は意識が無い。でも夢見ている人は意識がある。死んだら意識が無い=と思われる。

意識は記憶なくしては語れなさそう。そうは書きつつ、海馬やへんとうたいを無くした人だって意識はあるわけで。

ある先生は「意識は前頭頭野」といってたな。知覚をモニターする部分が意識だとしたらそれは納得。短期記憶と意識はリンクする?でもそういえば前頭葉がやられた人もいたような。その人は意識が無くは無かったよなあ。

この辺りから混沌
ある回路の活動状態を把握する回路が存在して、それに出力系が繋がっている。コンピューターと違うところはその出力系の働きで自立的に電源を得られること(=生物)??

今は複雑すぎて意味づけできないけど、脳の活動の意味を完全に翻訳できるシステムがあったとしたら、その人がとある知覚を持っている状態やら、とある思考をしている状態、をさらに意識がそれを把握している状態っていうことを記述できるのではないかと思う。−−を把握している状態を含む脳の活動の意味というような。

全然物理学的な記述にならないですね。

現実的に自分ができることは、こういうピースのどこかを切り取って、そのことをひたすら記述することな気がする。みんな自分の切り口でそれをやるうちに、運の良い人が、ごんと、鉱脈をあてるような。
意識って、人間の脳が生み出した錯覚を人間の文化がそう定義したものに過ぎないのでは?
いや、これは散々議論されてきている命題ってことは承知なのですが。
我々人間の思想と、洗濯機の水槽に浮かぶ泡の虹色と何の違いがあるというのでしょうか?
明確な違いがあると断定出来る理論を感情的に望んでいますが、それは恐らく無理ではないかと考えています。


なんか機械翻訳の文章みたいになってしまいました。
僕ね、ここの人たち統合失調症の治療が必要だと思う

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