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懐かしい物ふぁんくらぶ♪コミュのプリンセス・プリンセス (歌手)

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1983年から1996年に活動した、女性5人から成るガールズバンド。SHOW-YAとともにガールズバンドのパイオニアとなり、レベルの高いソング・ライティングでヒット曲を連発。商業的にも最も成功したグループだった。プリプリという略称で親しまれた。


メンバー
奥居香(ヴォーカル、ギター、ピアノ)- 1967年2月17日 広島県広島市出身
解散直後、俳優の岸谷五朗と結婚し改姓、のちに本名の岸谷香へ改名。
幼い頃から作曲の才能を発揮。「ソーロング、ドリーマー」は彼女が15歳の頃作曲したもの。
現在、一男一女の母。
中山加奈子(ギター、ヴォーカル) - 1964年11月2日生まれ 神奈川県横浜市出身
現VooDoo Hawaiiansのヴォーカル、ギター。
ロックが大好きで「キース・リチャーズ」などがお気に入りのギタリスト。
2004年2月7日、一般男性と結婚。自身の公式ホームページで「突然ですが、先日結婚しました。昔から結婚しないと言ってきたのに、こうなるとは人生不思議なもんです」と報告。
渡辺敦子 (ベース、ヴォーカル) - 1964年10月26日生まれ 熊本県出身
最年長でプリプリのリーダー。おっとりだがいちばんお姉キャラ。
富田京子(ドラムス) - 1965年6月2日生まれ 神奈川県藤沢市出身
作詞も多くてがけている。きっちりと整理整頓するのが好き。
今野登茂子(キーボード、ヴォーカル) - 1965年7月15日生まれ 埼玉県さいたま市(旧浦和市)出身
解散後、2002年7月に映画監督で俳優の利重剛と結婚した
プリプリの出版物の中でたびたび漫画を描いて画才ぶりを披露。またその美貌から、映画「パイパティローマ」やCMなどメディアの出演も多い。
現在、一女の母。

歴史
1983年にTDK主催で行われた各楽器ごとのオーディションにより5人のメンバーが選ばれ、「赤坂小町」(あかさかこまち)というバンド名でシングル「放課後授業」(TDKレコード)でデビューした。しかし、アイドル的な仕事が多かったため、違う事務所へ移籍してしまう。1996年3月25日にTDKから赤坂小町時代に発表された全楽曲を収録したベストアルバム『赤坂小町』が発売されたが、すぐに廃盤になった。
1985年に「JULIAN MAMA」に改名。しかしここでも、事務所と意見が合わずに移籍することに。
1986年にシンコーミュージックに移籍し「PRINCESS PRINCESS」へと改名(名づけ親はムーンライダーズの岡田徹)。
同年、ミニアルバム『Kissで犯罪(クライム)』でCBSソニー(現在のソニー・ミュージックエンタテインメント)よりメジャーデビュー。このとき、奥居はヴォーカル・ベースからヴォーカル・ギター・ピアノに、渡辺はギターからベースに、それぞれパート変更する。
1987年、ファーストシングル「恋はバランス」を発売。だが、この曲の作詞はメンバーの中山が担当しているものの、作曲が鈴木キサブローであった。この曲はメンバー内ではかなり抵抗があったらしく、以後リリースされた曲はメンバー自身の作詞・作曲にこだわり続けていた。しかし、中山、今野が所属した「ミレニアム・イブ」では、シライシ紗トリの作曲作品が存在している。
彼女たちはライブで生演奏するだけの実力も十分だった。ブレイクするまで紆余曲折があったが、マネージャー「市やん」などが彼女たちを売り込むときも「プリンセス・プリンセスはライブをみればその良さが分かります」と繰り返し叫んだというエピソードがある。
1988年、「MY WILL」がヴィクトリアのCMソングに起用されたのがきっかけで注目を集め、フジテレビの夜のヒットスタジオDELUXEに初出演を果たす。渡辺は昔から憧れていた番組で、何度出ても緊張する番組だったと言う。初登場の時は電飾を使ったセットだったが、この電飾が余計に緊張したという。
また1988年に女性バンドとして初の日本武道館公演を行う。
この年はタイアップと共に知名度が上昇した年であった。「GO AWAY BOY」は資生堂春のキャンペーンソングに起用され、続く「GET CRAZY!」は*月9「君が嘘をついた」の主題歌に起用された。
知名度が上がるとアルバムもヒットし、その収録曲も話題を呼んだ。「LET'S GET CRAZY」収録の「M」は後述「Diamonds」のカップリング曲にもなり、長く愛される曲となる。
1989年の「Diamonds <ダイアモンド>」でブレークし、その後多くのヒット曲を生み出した。この年のブレークにより、第22回日本有線大賞を受賞している。彼女達の曲はメロディアスで覚えやすく、また歌詞は自分達の素直な思いがこもっており、特に女性を中心として熱狂的な支持を集めた。この時期が彼女たちの全盛期といえる。ちなみに紅白歌合戦からもDiamondsで出演のオファーが来たが、スケジュール上の都合で辞退した。
ブレークをきっかけに以前リリースされていた曲も注目された。既にEP盤として発売されていた2ndシングル「世界でいちばん熱い夏」がCD化されるとたちまち人気を呼んだ。カップリング曲の「世界でいちばん熱い夏(平成レコーディング)」は、ライブで演奏していたアレンジをレコーディングしたものである。また「19 GROWING UP -ode to my buddy-」もアーティスト、ファン共に思い入れの深い曲となった。
アルバム「LOVERS」は、「Diamonds」のブレーク後にリリースされた作品のため大ヒットした。中山が亡き父へのメッセージとして作詞した「パパ」、明るいポップなナンバー「パレードしようよ」などが収録されている。
1990年にリリースされたアルバム「PRINCESS PRINCESS」には、「ジュリアン」「HIGHWAY STAR」などのほか、今野・中山のソロ曲が収録されている。メンバーそれぞれの個性を表に出したということでタイトルがつけられた。
実力だけでなくルックスもプリプリの魅力であった。なお、1991年後半Vo.奥居がトレードマークであった長いソバージュの髪をバッサリ切ってイメチェン、ファンの中には「なんで?」という声も聞かれた。
1993年にリリースした「だからハニー」は、人気ドラマ「ダブルキッチン」の主題歌となり、久々にプリプリの健在ぶりを示す作品となった。
メンバー5人のバンドとしての活動を大事にしていたため、デビューから長らくソロ活動は控えていたが、1994年に今野がシングル・アルバム「24Hours」でソロデビューをしたのを皮切りに、メンバーが続々とバンド活動と並行してソロ活動を開始した。
1995年に解散宣言と共に「Fly baby Fly」をリリースし、ラストツアーのチケットは瞬く間に完売となった。1996年にリリースしたアンコールシングル「夏の終わり」が、解散前の最後のシングルとなる。
ラストツアーは2度目の全県ツアーだったが、最後に全国のファンにお別れの挨拶に行きたいとの意向で実現したが、スタッフから反対の声が上がったそう。実際のところ1県だけ若干売れ残った程度でほぼ、完売した。
バンド活動は13年間にわたり、観客動員数190万人を記録。21枚のシングル、15枚のアルバム(ベスト盤含む)を発表し、1996年5月、アルバムの打ち合せでいいアイデアが思い浮かばず、プリンセス・プリンセス解散。解散発表直前に、富田がやっぱりプリプリは解散させちゃいけないと思い、渡辺に電話したが何度かけても留守だった。他の解散の理由としては、奥居自身が「昔は曲を書くときは天から降ってくる感じで、何も考えずににかけたのに、時間が経つにつれて曲を書く際に考えるようになり、そのことを悩んでいた。」ことや、「友達のまま、解散したほうがいい。」とのメンバーの意向も挙げられる。
現在のメンバーの活動は、渡辺は東京スクールオブミュージック専門学校の副校長、富田は、同専門学校の顧問を勤めている。奥居(現:岸谷香)は歌手活動の傍ら作曲家として、中山は作詞家として、他アーティストに楽曲を提供している。
オリジナルソングは120曲で活動期間の割にやや少ない印象があるが、クオリティは高い。
マネージャーのイチヤンこと市村恵美子なる女性は、6人目のメンバーといってもよいほどの功績のある人物であるが、表に出ることは全く無く、なぞの多い人物である。独身と伝えられている。
渡辺と今野はバツイチであるが、再婚している。
富田以外はみな愛煙家である。富田の喫煙は確認されていない。


ディスコグラフィー

シングル
恋はバランス
世界でいちばん熱い夏
MY WILL
19 GROWING UP
GO AWAY BOY
GET CRAZY!
Diamonds <ダイアモンド>
世界でいちばん熱い夏(1989 Ver.)
OH YEAH!
ジュリアン
KISS
SEVEN YEARS AFTER
ジャングルプリンセス
パイロットになりたくて
POWER/REGRET
だからハニー
ふたりが終わる時
THE SUMMER VACATION
Birthday Song
Fly Baby Fly
夏の終わり

アルバム
Kissで犯罪 〜キッスでクライム〜(1986年)
TELEPORTATION (1987年)
HERE WE ARE (1988年)
LET'S GET CRAZY(1988年)
LOVERS(1989年)
PRINCESS PRINCESS(1990年)
DOLLS IN ACTION(1991年)
SINGLES 1987〜1992(1992年)
BEE-BEEP(1993年)
Majestic(1993年)
PRESENTS(1994年)
The Last Princess(1995年)
The Greatest Princess(1996年)

解散後
カバーアルバム「14プリンセス 〜PRINCESS PRINCESS CHILDREN〜」(2006年3月8日)
ソニーミュージックに所属する女性アーティストがカバーしたアルバム。
ベスト・オブ・ベスト「プリ2 〜PRINCESS PRINCESS BEST OF BEST〜」(2006年3月8日)
着うたの上位ベスト14曲を収録したアルバム。
プレミアムボックス完全生産限定版「10 Years After 〜PRINCESS PRINCESS Premium Box〜」
オリジナルアルバム10タイトル、武道館ライブDVD 2タイトル

PrincessPrincess - M
http://www.youtube.com/watch?v=ifx5CeNpt5Y

PrincessPrincess - Julian
http://www.youtube.com/watch?v=-WNkAb7AYX4

PrincessPrincess - 19 Growing Up - ode to my buddy
http://www.youtube.com/watch?v=QO5H09fs5Pg

プリンセス・プリンセス − Diamonds
http://www.youtube.com/watch?v=LC3t0figQzo

PrincessPrincess - Go Away Boy
http://www.youtube.com/watch?v=TFPRzZZxm2I

PrincessPrincess_-_Sekai_de_Ichiban_Atsui_Natsu_(1987)
http://www.youtube.com/watch?v=s88qPJ3-4fQ

Princess Princess - Get Crazy
http://www.youtube.com/watch?v=0mdz5q3Gpz4

Princess Princess - Oh Yeah!
http://www.youtube.com/watch?v=UVt1fSS1tT8

( ゚Д゚) 懐かしい・・・アルバム持ってたな〜

コメント(6)

口ではバカにしつつ、実は加奈ちゃんの隠れファンでした(^^)
てか、加奈ちゃんはラウドネスの樋口と付き合ってたはずだったのに、いつの間にか違う人と結婚してたんですね〜。

ちなみに、ドラムのスタジオテイクは、スタジオミュージシャンの青山じゅんさんが叩いていたと、もっぱらの噂でした。
lindy さん
Mは確かドラマーの人が自分の思い出を歌にしたと飼って聞いたことありますよ

まっしゅ さん
キーボードのファンでしたW
お嬢様っぽくっておねいさんのような感じで(*´ω`*)ウンウン

ゆ〜た@世界人さん
音階は「ドレミファソラシド〜♪」でしたW
いつも一緒にいたかった♪
Mは今聞いても”キュンキュン”します。
そう言えば「胸きゅん刑事」って言うのもありましたねw
今度アップしなければ(´-`).。oO

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